英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第19話「リドニカ戦①」

最初からそうであろうと、予感はしていたのだ。


フィニア帝国の首都であるリドニカの中で内乱が勃発しているのだとして、程度あれど敵側が優勢なのだとすれば、最も拮抗しているのはおそらく皇城近くに違いないだろうと。


なにせ敵の結託者であるアルダー帝国は、大陸で随一の軍事国家。強者が全てである鬼畜上等なあの国では、帝国兵の一人各々がフィニア帝国の騎士一人を圧倒している。


それに加えて合成獣による戦力強化、大罪教との間接的な結託等々……もはや内乱側は小国並みのの戦力を有していると見て間違いはない。


そしてどうやらその予感は、本当の本当に正しかったようだ。


「さて、こうして来てみたは良いものの……あれは無理じゃね?」


「同感だな」


「「よし、帰ろう」」


「帰っちゃダメですよ!?」


踵を返してリドニカの外へと出ようとする青黒い髪の青年ーーアランと白の長髪をした青年ーーグウェンを、女神の化身と言われても疑わないであろうほどの美貌を持った少女ーーエルシェナが慌てて止める。


ただいま三人はリドニカの皇城東側入り口付近にて、隠れるように現状を見守っていた。南側入り口方面から右回りに移動すること一時間半。二、三個の魔術罠を難なく解除しながら進み、空中の偵察の目を掻い潜りながら、ついさっき到着したところだ。


「いや、だって敵の数が見ただけでも異常じゃん?   それに加えて空には飛竜がわんさか飛んでるし」


「正直な話、よくこれだけの大軍隊を相手に今の今まで耐えているなど、賞賛を送りたいくらいだ」


仲の悪いはずの二人が、こういう時に限って妙に同調している。腕を組んでうんうんと頷いている所などを見ていて、エルシェナはため息を漏らさざるを得ない。


「それよりも、どうやってあの群衆を突き抜けて皇城に入るかを考えて下さいよっ」


もとよりアラン達の目的はフィニア帝国皇帝陛下アルドゥニエの安否を確認し、そのついでに敵勢力の除去をする事だ。だがその道中に敵がいる現状、蟻の大群のように皇城に群がる敵兵達は、倒さなければならない。


「だけどもあの数は無理あるだろ。雑破に見積もっても二千ってところか」


「しかもその内に合成獣や竜種がいるときた。さすがアルダー帝国、戦力投入に躊躇いがない」


「お前が【五属の矢】の百万本ミリオスで敵の数を減らしてさー……」


「いや、どうやらこの結界内ではあまり大規模な魔術は使えないようだ……というか貴様、それを知ってして使えと言っただろう」


「ほんっと今回はお前、使えねー。うわーい、役立たずー。家に帰れよ碌でなしー」


「……(スチャ)」


「あわわわ、ちょっと二人ともストップ!!   ほら、グウェンさんも剣下ろして!!」


二人の会話の弾み具合が悪くなったのを察して、エルシェナが止めに入る。アランがはふぅ、と安堵の息を漏らしグウェンが辛辣な顔をしながら舌打ちをする。


だが二人が無理と言うのにも正しい理由があった。なにせ敵の主力である地竜を模した竜型合成獣は五体。そのずんぐりとした巨体は五十メートル以上離れたアラン達に肉眼でくっきり見えるほど大きい。帝都襲撃時に『骸の牙』のケドゥラが操っていた合成獣とは明らさまに格が違う。


それに加え、百の飛竜達の背に魔道具である杖を手に持って滑空する魔術師達。十の組みを十列作って、絶えず地上で踏ん張るフィニア帝国の兵士達に魔術攻撃を放ち続けている。


この戦場は明らさまに、敵の士気に支配されていた。数人倒したところで数倍になって集まってくるアルダー帝国兵、攻撃しようにも出来ない空の飛竜軍団、容赦なく攻め続けて来る五体の竜種。


空にしても陸にしても、数にしても質にしても。もはやフィニア帝国がアルダー帝国に勝つ要素は何一つ残っていない。アルダー帝国兵達が時折叫ぶ鬨の声にて、フィニア帝国の騎士兵達の精神力はみるみるうちに削れ落ちていった。


だがそれでも、絶対に通さないと確固とした意志で【プロテクションシール】を発動し続けるのは、皇帝への忠誠心かそれとも生命の危機をその身で感じているからか。ともかく彼らの心は未だに折れてはいなかった。


「ここから南側に戻るのは時間の無駄だろうし……仕方がない。ここは囮作戦でいきますか」


「無論、貴様がなるのだろう、その囮とやらは?」


「言葉の圧がうぜぇ……まあ、そうなんだが」


地図を出せとアランの言葉に、グウェンは無言で地面に地図を広げた。気配を極力消した状態で、アラン達の作戦会議が始まる。


「いま俺達がいるのが白璧から離れたここだ。で、敵はこの白壁の前にいる。ここまではエルシェナも大丈夫だよな?」


「はい、分かります」


アランが指したのは皇城を囲む分厚い白璧。高さが五メートルあり、都民全員を収納できる程度の広さを内側に持つ純白で壮大な壁だ。現在フィニア帝国の騎士達はこの壁の前で善戦している。


「あの白壁には『上空を通過させない』っていう古代魔術が仕掛けられているから、現状は都民もアルドゥニエも無事だろう」


白璧の内側に入る門は北側を抜いた三箇所だけ。そのどれかが通過されたとすれば、壁はすでに内側から壊されているだろうし、壁の外側で守護する意味はない。


「だが俺達も同様に皇城に向かう道は三つしかない。南側には竜型合成獣はいなかったけど敵兵多数。西側は不明だが……」


「おそらく、大丈夫だろうな」


アランの言葉を繋ぐようにグウェンが口を開く。フィニア帝国はアルダー帝国と東側で隣接しているので、態々ぐるりと回って西側を攻めるために分断するよりは東と南側で物量攻撃を仕掛ける方が効率が良い。


そして地竜が南側にはおらず東側で見たのは体力を考慮しての配置だと、地竜の生態に詳しいアランとグウェンは鑑みた。


「では、どうして東側こちらに?   話を聞く限りですと、南側の方が圧倒的に突破しやすそうですけど……」


「南側なら頑張れば一時間は耐えられるが……東側は分かるだろう?   保っても精々十分が限界だ」


「騎士達の防衛戦が越えられれば、都民らの命はない。だがそんな事に感けて少ない戦力を割く事は出来ん。ならば先に敵の戦力を潰しておく方が得策というものだろう?」


「そう……ですね。愚問でした」


エルシェナが少し顔を曇らせるがいちいち気にしている訳にはいかない。再び三人は地図に顔を下ろし、話を始める。


「ともかく。俺達はどうにかしてこの東側の門から皇城に向かう必要がある。だがここで俺とグウェンで殲滅すると、追加の敵兵がここに向かってくる可能性もあるし、かといって戦わなければ敵の大群が白璧内に入り込んでしまう」


「そのためにアラン様が囮もとい殿しんがりとなって、私達がお爺様の所に辿り着くまでの時間を稼ぐという訳ですね」


大規模な魔術が使えるのならば、無論ここはグウェンが足止めをするべきなのだろう。だが使えないいま、グウェンは魔力量の多いただの帝国騎士と何ら変わりない。


グウェン自身もその事はよく分かっている。だからこそ、グウェンは黙ってアランの指示を受け入れる事にしていた。第一騎士団の頭脳の肩書きは伊達ではない。


「まずは敵兵達の視線を俺に向ける。その隙に合成獣を殺して道を作る。その間に二人はこれを使って屋根伝いに前へ向かってくれ」


そう言ってアランが【マテリアルゲート】から取り出したのは、何やらボロい黄土色の外套だった。


「あの、アラン様。これは?」


「この間セレナを攫おうとした輩から拝借、もとい奪ってきた物だ」


「あの、アラン様。普通言う順番が逆なのでは……?」


エルシェナがフォローするが事実だ。あの事件の後、拘束された四人は『骸の牙』に関する情報を取り出そうとされ自害した。その時運良く外套だけは剥がされていたので、無事で済んでいたのだ。


よって持ち主がいなくなったので、アランが頼んで研究資料として貰ってきたのだ。ちなみに【マテリアルゲート】の通じる門は、セレナの屋敷のアランの部屋にあるクローゼットにも設定してある。


エルシェナの問いに対して、笑顔で「何か?」と訴えたアランはそのまま話を続ける。


「これは認識阻害魔術……要するに俺がエルシェナにあげた外套の劣化版の魔術が組み込まれている。気配や魔力の波動は消せないが、相手に見えない状態にする事はできるし、移動も出来る」


「時間制限は?」


「無い。が、明らさまな敵意を向けると瞬時に見つかる」


アランもその敵意を感じて見破ったのだから。するとグウェンはふむ、と唸りエルシェナの方を向くと、


「アルダー帝国兵はお前にとって敵だが……どう感じる?」


「確かに彼らは私の国をこんなに滅茶苦茶にした人達の中の一部です。……ですが私は恨みません。むしろ私は父に対して怒っています」


「それが聞けて安心した……よし、その手で行こう。この距離から屋根伝いとなると……十秒だ。それだけあれば彼女を安全に連れて行ける」


十秒。戦場におけるその時間はかなりと言っていいほどながい時間だ。簡易な魔術ならば二度は使えるし、剣を鞘から抜き放ち攻撃をする事だって可能だ。


だが。


「了解だ」


たった三年間とはいえ、密度の高い三年間を共に生き延びてきた相棒が言うのだから信じる事が出来る。アランは理由を問うことなく即断した。


その言葉にこくりと頷いた二人は、即座にアランから渡された外套を身に纏い、外套の刻印された魔術方陣に魔力を通す。元より気配を薄くしていた事もあって、視覚的に消えた二人の存在感はより薄くなる。


敵兵が魔力の波動に気が付いた気配は無い。


「……よし。作戦を開始する」


二人からの返事を待たずにアランは、行動を開始する。右手の甲に魔力を凝縮し、証であるその印をくっきりと浮き上がらせる。


無論、敵が気付かない訳がない。だが尋常でない魔力の波動が背後から感じれば、敵は必ず攻めよりも守りを選択する。それを読んだアランは、躊躇う事なく詠唱を始めた。


「ふぅ……《其の異名は雷帝。生まれながらにして孤高であり、生きながらにして孤独であるーーーー」


詠唱に伴って白雷がアランの身体を撫でるように這い回る。全身に浸透するかのようにその勢いは増し、やがて一本の雷の柱となる。


そして、残った三つの灯火の内一つが今ーー






ーー消えた。






◆◆◆


「はっはっはぁ!!   攻めろ攻めろぉ!!」


東側の白璧を攻めるアルダー帝国の指揮官は、愉悦に浸っていた。いや、この状況では浸らざるを得なかったのだ。


なにせ戦況は優勢も優勢。与えられた地竜隊と飛竜隊を一点に集中した、戦力差による攻めの一点張り。さすがの守りが固いフィニア帝国の騎士と言えど、長期戦に特化していないのは明白だった。


【プロテクションシール】を幾重にも張って地竜のブレスをなんとか凌ぐも、戦況は全く変わりはしない。むしろ攻撃を全く受けていないアルダー帝国兵達は、休む余裕すらある状態だ。


……この状況、保ってあと十分少しと俺は見たな!!


まるで盤上の駒の動き全てが、自分の手のひらの中であるかのような、悠然としていて余裕のある勝者らしい態度。ケッケッケと下卑た笑みを浮かべながら、白壁の向こうで怯える都民達を見据えていた。


アルダー帝国の皇帝からは、都民は好きにしても良いと指揮官は仰せられている。ゆえに全員を縛り付けてアルドゥニエの眼前で男と子供は首を刎ね、女は犯そうと考えていた。


今か今かと待ち侘びる指揮官。確実な一手を決めながら、相手が敗北を感じ顔を悲嘆に歪めるその瞬間を待ち続ける。


だが次の瞬間、彼の盤上を乱す現象が起きた。


「ーーーーッ!?   な、何だ!!」


それは背後。兵士達にとって遠方からの爆音を聞き逃す事ができないように、爆発的な魔力の波動を魔術騎士である指揮官は見逃す事はできない。


だが動けなかった。敵が意識を壁から逸らすための囮という可能性もあったからだ。


「お……おい、お前達。ゆっくりで良いから、あそこを見て来い」


指揮官の命令にゆっくりと首肯した兵士四人は、鞘から剣を抜き放ちのっそりとした足取りで、魔力の波動を感じた家屋付近へと足を向ける。


彼らは一般兵ゆえに魔力の波動を一切感じられない。間接的に気迫の様なものは感じるが、教練の経験の少ない彼らはその感覚が一体何なのか、はっきりしていなかった。


そして、次の瞬間。


『ーーーーーーッッ!?』


一本の白雷が、遥か空から大地へと降り注いだ。爆音に似た衝撃音が、兵士らの鼓膜を劈く。衝撃波が骨身に伝わる。生物としての本能が働き、口をあんぐりと開けて行動が停止する。


だが瞬時に確信した。空は晴れており、その周囲にも落雷を発生させられる程の濃密な雲は見当たらない。つまり先の落雷は人為的なものだと。


敵だ。そう決断した兵士らは、一斉に駆け出した。剣を中段に構え、足に力を込め、まだ見えぬ謎の敵に向かって距離を詰める。


刹那、バシュンという音がした。それと同時に何かが倒れる音。次いで兵士達の悲鳴。


それは指揮官の背後、すなわちフィニア帝国の騎士と戦闘継続中の前線方面から聞こえた音だった。


「な、何が……?」


素早く振り返った指揮官に、答えは与えられた。一体の合成獣の首から先が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。それはまるで剣で切り落とされたのではなく、無理やり毟り取られたかのようだと、切断面が物語っている。


しかし、その衝撃は一度では止まらない。再びバシュンという音が立て続けに三度繰り返され、三体の合成獣の頭蓋が穿たれた。


一撃だ。たったの一撃でアルダー帝国自慢の合成獣が殺された。いかに頭蓋が弱点の一部だとはいえ、その事実は指揮官の思考を鈍らせる。


あらゆる生物に共通する弱点の一つが頭蓋だ。ゆえにどのような生物も必ず頭蓋を狙った攻撃に対しては、反射速度で防衛本能が働く。生物本能が高い合成獣ならば尚更だ。


だが四体とも回避出来なかった。いや、見るからに察知すら・・・・出来なかったと言うべきか。その認識速度を超えた現象のような攻撃は人間の域を超えていると、指揮官は鈍った思考の中で悟った。


「やあ、アルダー帝国の諸君」


そして、それは現れた。


「俺はとある人物の依頼を受けて、君達の排除を承った者だ」


陸ではない。空にだ。


「だが慈悲深い俺は、お前達に機会を与えようと考えた」


灰色の髪を柔風にたなびかせ、その鮮血のようなぞっとする双眸は、眼下にいるアルダー帝国兵達に向けて威圧的な視線を送っている。


「今すぐ武器を捨ててその場から動くな。逆らった者は即殺す」


なんと傲慢か。数分前ならば指揮官である彼は、悠然とした態度でそう言い放ったであろう。


だが、一瞬で見抜いてしまった。いや見せつけられてしまった。その魔力、気配、存在、威圧。あらゆる事においてこの場にいる誰よりも格上であると。


だが。だからこそ指揮官は言った。その丸い指を、宙空に漂う謎の青年ーーアランへと向けて言い放った。


「こ、殺せぇぇッッ!!」


『オォォォォォォォォッッッ!!!』


前線で対峙する兵士以外のすべてが、向き直ってアランに対して剣を向けた。手のひらを宙空に浮かぶアランへと向けて、百を超える魔術師達が詠唱を始める。


だが。


「遅ぇよ」


瞬きの隙間すらも必要のない時の間で、アランは移動した。百メートルはあろう距離を、言葉通り束の間で移動した。


「よっと」


後方に向き直った敵兵達を置いてきぼりにして、アランは無詠唱で魔術方陣を空中に展開。【五属の矢】の千本シーゼストを三度連続して射出した。敵の悲鳴と絶叫を聴覚に仕入れながら、アランは静かに地へと降りる。


「あ、貴方は……」


すると一人の男性騎士が話しかけてきた。歳は三十半ばほどで、傷だらけの身体と疲弊しきった顔からしてフィニア帝国の騎士だろう。


「俺は『お転婆姫』を連れて来た。アンタならその人物の意味、分かるよな?」


「お転婆姫……まさか!?」


「おっと。名前は言うなよ、バレると面倒だからな。それでここからが頼みなんだが……その姫さんと俺の相方が城にいる御仁の元に向かう。少しで良いから門を開けることは出来ないか?」


これはかなり無茶のある頼みだ。それはほんの少しとはいえ、敵に急所を晒す行為に等しい。そして何より男がアランの言葉を信用しなければ、作戦のすべてが霧散してしまう。


しかし男は少し黙り込んで、数秒後。微笑みを浮かべながら首肯した。


「姫の愛称を知る君のことだ。姫と仲の良い人物なのだろう。分かった、門を少しの間開けるように仲間に話をつけてこよう」


「助かる。その分の礼として、しっかりここは足止めしてやるからな」


「それは助かるよ」


ガッと握手を交わした二人。そしてアランは敵陣へ、男は門の方へと歩み始めた。


「……さぁて」


白雷を纏いし謎の魔術騎士。明らさまな敵対行動によって、指揮官はその人物を己らの敵と即座に見なす。


だが現状、そこまでで行動が停止している。なにせ異常な速度による移動、無詠唱による魔術の使用、物量的に数百倍もの差がありながらも平然とした物腰。あらゆる点においてその存在は未知を示している。


撒き散る微弱な電磁波によって、合成獣達は絶えず警戒の意をアランに向け続ける。それを見た兵士達も同様に、アランに対して強い敵対心を放ち続けていた。






さもそれが、アランの術中だと知らずに。






「よっと」


一度の跳躍でフィニア帝国の騎士が築く高さ五メートルの魔術の壁を跳び越えたアランは、高さを感じさせない優雅な着地を決め、敵意を抱く兵士達に向けて言った。


「ーー『英雄殺し』って、知ってるか?」


『ーーーーーーッッッ!?』


アルダー帝国兵達がその目を丸くし、息を止めた。無論、背後に立つフィニア帝国騎士もだ。


なにせその異名を広めたのは他でもない、アルダー帝国だ。かつて五年前、歴史でも数少ない魔術による大戦ーーアステアルタ魔術大戦が勃発した時の話。


当時の最大戦力であったアルダー帝国の三大英雄を、瞬く間に屠った一人の少年。灰色の髪を血の臭いが混じった風にたなびかせ、鮮血のような深紅の双眸は猛禽類のような鋭い視線を持つ。


僅か数年にして大陸全土に名を轟かせた彼は、その人智を超越した能力を振るい数々の武勲を挙げた。その噂は風を流れて敵国であるアルダー帝国にさえ渡るほど。


オルフェリア帝国と同盟を結んでいるフィニア帝国にとっては、リカルドの次に心の支えとしている、影の英雄と言っても過言でない存在だ。


そんな存在が、そんな彼が。いま目の前にて悠然と立っている。敵意も害意も感じさせない乾いた視線を向けながら、漫然と立っている。


……さて、そろそろ良いかな?


アランが男性騎士と話しを終えてから、そろそろ二十秒が経つ。アランが殺した合成獣の屍によって築かれた道を利用して、外套を被った二人は白壁の向こう側に行った頃合だろう。


そう、これはただの時間稼ぎ。グウェンとエルシェナが皇城へ向かうための、僅かな時間を作るための行為だ。


先ほどの発言内容にしてもそうだ。アランはとある人物ーーエルシェナから敵兵を排除するようになど命じられていない。あくまでもアランの背後を悟らせないための嘘だ。


『英雄殺し』という存在が、アステアルタ魔術大戦において主軸となる人物である事は間違いないが、彼がどの国を支援しているかは未だ定かではない。


なにせオルフェリア帝国でも、フィニア帝国でも、カルサ共和国でも、そしてその他多くの国でもその姿は見られている。


さて、指揮官である彼はその言葉の意味について考えない事が出来るだろうか。断言しても良い、無理だ。有能無能関係なく、重要かつ確かな情報は出来る限り紐解いておきたいというのが、知能派の性だからだ。


そしてアランの狙い通り、男の思考はアランの言葉を解読する事に意識を傾ける。それと同時に兵士達がアランに攻撃を仕掛けてきた。


流れるような敵の攻撃を雷速移動で回避しながら、死角からの強襲で確実に一人ずつ熨してゆく。合成獣からの攻撃にも対応して、弱点である腹部を狙った攻撃が炸裂。蹴りの衝撃で宙に浮かび上がった合成獣は、重力に従って背から落ちる。


『《ーー悪人たる其の数はシーゼスト》ッッ!!』


「だから遅ぇよ」


後方の魔術兵団から幾千本による魔術攻撃。だが無詠唱によって浮かび上がった魔術方陣から、同数以上の雷矢らいしが彼らへと降りかかる。


『ぐぁああああッッ!?』


苦痛による悲鳴を残響にしながら、アランは再び雷速移動。両の手に槍の形を成した雷を形成し、それを地竜めがけて振り下ろした。


『Groa!?』


本能で瞬間的に回避したものも居れば、そのまま背を槍に貫かれたものもいた。魔力砲ですら傷一つ付かなかった地竜の硬皮を、易々と貫いてだ。


……やっぱし、この間の奴とは違うな。


図体は二まわりほど大きいはずなのに、回避行動の速さから鑑みるに動きがかなり俊敏だ。正面から対峙してた場合、いまの状況でなければ一目散に逃げていたことだろう。


『Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』


地竜の咆哮が地面と空気を激しく叩き、鼓膜を震わせ、身を竦ませる。だがこれはフィニア帝国騎士の場合の話。


「唾が飛んできたんだけど……」


顔に飛んできたねっとりとした唾に対して苛立ちを覚えながら、アランは獲物を見るような地竜の鮮やかな黄色い瞳を睨み返す。


今のアランには、ケドゥラの時の地竜といま対峙している地竜との違いは大して無い。ただ前の奴よりも素早く本能的で、数が五匹いるというだけの話だ。


「さて。お前らに私怨は無いんだが……退がる気は無いんだろう?」


『『『『『Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』』』』』


アランの問いに対して肯定を示すかのように、地竜達は激しく吼える。もはやその声は数万の兵士の鬨の声に匹敵するものだった。


だがアランは竦むことなく、むしろニヤリと笑みを浮かべていた。


「なら上等だ、トカゲども。俺の全身全霊で相手してやる。死ぬ気のある奴からかかって来いッ!!」


『『『『『Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』』』』』






竜狩りの時間が始まった。

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