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英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第15話「圧倒的な」

オルフェリア帝国の帝都リーバス、北大門。


その方角の遥か地平線に伸びる長い影。徐々にゆっくりと姿を見せるその影の正体に、門を守護する第二騎士団の帝国騎士達は恐れ慄いた。


「あ……あああ、アルダー帝国が大軍隊で攻めて来たぞーッ!?」
「敵襲だ、敵襲だーッ!!」
「早く皇帝に知らせろ!!」
「バカ、んなこと既にやってるわ!?」
「とにかく、近くの人達にも知らせねぇと……っ」
「そんな事をやっている暇なんてあるかよ!?」


彼らは第二騎士団。いかに帝国騎士として数年の勤務経験があるとしても、戦闘経験に関しては皆無だ。


そんな彼らが数千、もしかしたら数万にも及ぶ敵軍を見つめて戦う意志が芽生えるだろうか。恐怖に打ち勝って剣を握ることが出来るだろうか。


逃げ腰になって門を後にしようとする帝国騎士達。だが、そんな心が脆弱になる彼らの前に一人の男がやって来た。


「おうおう、お前ら。第二騎士団の帝国騎士だっつーのに、お前らは護る事もせずにこのまま逃げちゃうのかい?」


まるで酒でも飲んで酔っ払っているかのような男は、意気揚々と大門の横にある騎士専用の扉から外へと身を出し、地平線にいる敵を望観する。


「し、仕方がないだろっ。俺達では敵を倒すどころか、敵の障害物程度にしかならんのだから!!」


「ま、そうだよなぁ……」


門の上から怒鳴るようにして言葉を返す帝国騎士の一人は、今にも逃げたそうに悲嘆に満ちた顔をしていた。


そんな顔を見て、男は落胆のため息を漏らす。


「けどさ……お前ら、そんな覚悟で帝国騎士になったのかよ?」


「そ、それは……」


「ああ、いや。別に『だからお前達も戦って、潔く死んで来い』なんて言っている訳じゃねぇからな?」


へへへ、と男は笑いながら手に持った酒瓶に口をつけてラッパ飲みをする。彼の言動からは一切の意味を感じない。


「ふぅ……俺が腹を立てているのはさぁ。『アイツは弱い、だから戦う。アイツは強い、だから戦わない』みたいな簡単な判断で行動している事になんだよ」


弱者を素早く潰して、強者を総攻撃して倒すというのはとても当たり前メジャーな戦術だ。


だが、そんな事は戦闘経験に長けた者しか出来ないから、男だってそんな事をとやかく言うつもりは無い。無いのだが。


「この門の検問所から漂うこの甘い匂い……そう、酒だ。お前達の顔を見ていれば分かるよ。敵に気付くまでずっとここで酒を飲んでいたんだろう?」


勤務中に顔を赤くするまで酒を飲むなど言語道断だ。確かに帝国騎士に罰する掟などは存在しないが、各騎士団の団長から耳にタコができるくらいまで、口酸っぱく言われていたに違いない。


『……………………』


実際、こうやって沈黙を続けている帝国騎士達がいい証拠だ。


それを分かっていて、なおこんな事を平然としていた彼らを見つめて、再び男は嘆息を漏らした。


「いや、別に俺は酒を飲んでんじゃねぇよって言いたい訳でも無いんだぜ?」


ただな、と男は続ける。


「お前達はもう諦めているだろ。勝てない相手に対して、いつかは勝てるようになりたいと努力をする気すら無いだろ」


男もアランやセレナと同様、魔力を五感で察知できる稀有な人間だ。しかも男の場合は、その魔力から相手の精神状況すら理解できるほどに発達している。


その目を活かしたその言葉には、相手を納得させるに足るほどの強い力を感じさせた。


「第二騎士団の本分は『帝都の守護』。帝国そのものを護るのは第一騎士団の仕事だから、お前達の出番が滅多に無い事は知っている」


男は酒瓶を捨て、不意に現れた剣の柄を握る。


「じゃあだからって、第一騎士団にすべて任せて良い理由にはなら無いだろ。お前らにはお前らの仕事が、しっかりと与えられているんだからな」


鞘から抜いた剣身は使い込まれたように鈍く輝き、頭上へと昇った太陽の陽光がしっとりと刃先を照らす。


剣を抜くと同時に高まり始める男の魔力は、一般の帝国騎士の四人、五人、六人……いやそれ以上に膨れ上がってゆく。


「だからこれは忠告だ。自分に恥じない帝国騎士になってみろよ」


ほれさっさと行け、と言った男は脚部に魔力を集中。ピキピキと大地に小さな亀裂が入ると共に。


「んじゃ、そろそろ説教は止めて……行きますか」


生きる伝説ーーリカルド=グローバルトは敵陣に向けて大地を駆けるのであった。


◆◆◆


同時刻、フィニア帝国の首都リドニカ。


「敵襲、敵襲!!」


石壁でできた物見櫓ものみやぐらの上でガンガンと鐘が鳴る。その音に気が付いたフィニア帝国の兵士達が続々と集まり、敵であろう二人・・に切っ先を向けた。


だが。


「邪魔だッ!!」


群がる蝿を手で払うように、アランは剣を横にいだ。それによって生み出された突風に敵兵達は身を飛ばされ、落下の衝撃に苦悶の声を荒げる。


「怯むな。かかれ、かかれぇッ!!」


『おおおおおおおッッ!!』


だがそれでも、兵士達はアラン達に襲いかかる。鬨の声を轟かせながら、十数の敵が同時に剣を振り上げた。


「グウェンさーん。そろそろ準備、終わりませんかー!?」


かすなクソゴミが。あと十秒待て」


「いや、この数相手に十秒はちょっと無理があると思うんですがッ!?」


絶えず繰り出される剣撃を軽やかに回避しつつ、アランは掌打や蹴りで敵兵の手首を攻撃。剣を手から離させて無力化を続ける。


……マジでしんどい!!


敵の実力は大した事は無い。だが絶えず現れる敵の数、そのそれぞれが微妙に異なる癖を持っており、剣筋や戦術をコロコロと切り替えなければいけない。


たった十秒とはいえ、集中力は大きく削られてゆく。アランはそこに、他者からの入れ知恵がある事を感じ取った。ここまで統率の取れた動きを、フィニア帝国の下っ端騎士達が出来るはずが無い。


「グウェンさぁん!?」


涙目で助けを求めると。


「心配するな。これで終わりだ」


石灰と粉末状の竜骨を固めて作った棒にて、地面に書いた大きな魔術方陣。幾何学的な図形と方式、そして何千という第一神聖語によって彩られた魔術方陣は、グウェンの魔力を得て赤色に染まる。


魔術方陣をその場に描くといった行為は、オルフェリア帝国騎士としてもかなりの難易度を要される技術が必要だ。しかもそれを戦場でするということの難しさは、言うまでも無い。


詠唱とは異なり一寸のズレも許されない精密な作業のうえ、魔術方陣が完成したとしてもほんの一文字、第一神聖語を間違えただけで魔術方陣は効果を失うか、または望まぬ魔術を生み出す。


だがしかし、グウェンとアランはそれを何の躊躇もせずに行動に移し、危険性の高くなる半径の大きな魔術方陣を描き終えた。


「な、なんだ……これは!?」
「とにかく罠だ。一旦退け!!」
「無理だ、後が詰まっている!!」
「何だと!?   ならば敵を討つしか……」


「いいから黙ってーーーーーー吹っ飛べ」


『な……ぐぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?』


魔術方陣から生み出された炎の竜巻が、兵士達を呑み込み、宙空へと打ち上げた。それに踏ん張った兵士達も炎に身を焦がされて、呻き声を上げながら地に伏する。


そんな地獄絵図のような光景が続くこと約十秒。


「撤退、撤退ぃ!!」


聡明な兵士の一人が、命令を声高く辺りの仲間に伝える。それに従うようにグウェン達と睨み合っていた兵士達は、じりじりと後退を始めた。


「逃すと思うか?   アラン、奴等を始末し……って、おや?」


アランの姿が見えない。もしかして敵にやられたのだろうか。グウェンはそう考えながら辺りを見渡すが、騎士のコートを着た人物の影は見当たらない。


……もしや、先にフィニア皇帝の元に向かったのか?


「……ふぅむ」


眉間に皺を寄せて苦い顔で考えていると、


「どろっせぇいッ!!   殺す気か!?」


崩壊した建物の瓦礫の下から、土埃まみれのアランが現れた。だが騎士のコートは少し焦げており、焦げた臭いが辺りに漂う。


「あれだけ時間稼ぎをしてやったんだから、ちょっと位は、ちょぉっと位は俺のこと信用くれるって思ったのに……っ!!」


どうやらアランは肉体的ではなく精神的に傷を負ったようだ。


だがグウェンは地べたを這う芋虫でも見るかのように無関心な眼差しで、


「触れるな、砂埃が付く」


「テメェ……誰の所為で俺がこんな事になっていると……っ!!」


相変わらず犬猿のように、見つめ合うと喧嘩を始めようとする二人。そんな二人を制するように、エルシェナは外套を脱いで・・・・・・姿を現した。


「まあまあアラン様、気持ちを静めてください」


「おっと。そういえばエルシェナがいることをすっかり忘れていたぜ……」


「はい。これもアラン様に貰ったこの外套のおかげです」


エルシェナが羽織っているフーデットコートは、アラン作『消失の外套』という物だ。外套を被った対象の存在を一時的に消失させる魔道具で、効果持続として動いてはいけないというのが難点な代物である。


「それにしてもその外套、いつどこで手にしたんだ」


「そりゃあ【マテリアルゲート】を使って、クソ親父の家の俺の部屋から引っ張ってきたに決まってるじゃないか」


「……ふぅん」


「何だよ、その『お前の事をいつか疑うかもしれないな』みたいな視線は」


「何でもない。良いからさっさと行くぞ」


「へいへーい」


あからさまに何かを隠すグウェンをアランは背後で訝しげに見つめながら、三人は足音を極力殺して進む。


敵勢力が撤退したとはいえ、敵の数は未知数であり、どこに存在するかは情報が足りなさ過ぎて把握しきれない。


しかも遠方から聞こえる雄叫びから察するに、敵はアルダー帝国の合成獣キメラを何十と用意している可能性がある。獣というものは勘が鋭い。敵に存在を知らせる要素は限りなく減らしておいたほうが得策だ。


「それにしても、だ」


グウェンがこちらに向き直り、はぁと小さく息を漏らした。


「そういう物があるのならば、最初から使えば良かっただろうが」


グウェンはエルシェナが肩に羽織っている『消失の外套』を指差して、不満そうに呟く。


確かに『消失の外套』が量産出来れば、敵の死角を突く必要もなく、堂々と正面から敵の本拠地へと潜り込むことが可能だ。暗殺などにも有効活用できるだろう。


だが、設計者である本人が真っ先に首を振った。


「無理だ。エルシェナ以外の他の帝国騎士でも試してみたんだが、結果は全部失敗。どうやら特殊な条件があるらしいんだ」


しかしその特殊な条件が何なのかは分からない。色々と研究はしてみたものの、機密情報ゆえに帝国騎士を辞めたアランしかこの研究は行っていなかった事もあって、二年前のままだった。


「そもそも原料がちと特殊でね。同じ奴を一つ作るのにも、最速で半年必要だからな」


「半年……それほど貴重な物なのですね!」


「いやいや、それを作った発端ほったんはエルシェナの城内逃亡計画のためだっただろうが……はぁ」


話を変える。


「それよりもこれからどう進むべきか、だな。敵は主要となる大路に陣を展開し、俺達の進行を阻害して来る。かと言って小道に逸れるのは時間の無駄になる」


「そうだなぁ……エルシェナ、何かいい道はないか?」


「そうですね……」


三人は立ち止まり、エルシェナはグウェンが懐から取り出した地図に記された道を指し示す。


「ここから西に迂回するこの道と、もう少し行った後に東に迂回するこの道がありますよ」


「最短は後者か……だがそれでも偵察に魔術罠の解除、偶発的な敵との遭遇戦で時間を使うとして……二時間程度だな」


ふぅむとグウェンは思考を巡らせる。


ジェノラフの次にフィニア帝国との往復が多いグウェンは、多少なれど土地勘を持っている。


趣味が街中の探検という若干子供染みたものではあるが、こういう時に限ってグウェンの趣味は役に立つので、忠告しようにもはっきりと言いにくいものだ。


「東の道の少し行った先に、確か小道があったはずだ。馬も通れないくらい狭い道だが、皇帝がいるであろう城までほぼ一直線。罠も無いだろうから、時間も大幅に短縮可能だ」


「時間は?」


「一時間半が最速だ」


「よし、それで行こう。ここでずっと立ち止まっているとそろそろ……」


「おい、こっちに誰かいるぞ!!」


少し遠くから兵士の声が届く。さすがに戦地での停滞は、敵に居場所を知られやすい。


「まずは煙幕で敵の視界を奪い、それから予定のルートに向かう。異論は無いな?」


「りょーかい。二分で書き終えろよ?」


「一分半で十分だ」


アランとグウェンはニヤリと笑って互いに見つめ合い、作戦の準備に取り掛かる。流石と言うべきか、二年以上も共に行動していなかったというのに、その動きに迷いは無い。


「本当に息が合っていますね」


「「違ぁう!!」」


二人同時の反論が、リドニカ中に木霊した。


◆◆◆


オルフェリア帝国、東大門。


「ふざ、けんなよ……っ!!」


傭兵団「骸の牙」の副頭領である男は、驚愕のあまり反吐を吐くように毒吐いた。


敵はたったの三人。そう、三人なのだ。


こちらはその千倍以上もいるはずのに、敵の反撃を食い止めることが出来ない。前線からは味方の断末魔の叫びが耳に届き、パタタッと血の雫が革鎧の上に滴る。


「副頭領!   このままでは、こっちが全滅です!」


「くそっ、頭領からの連絡は?」


「好きにしろ、だそうです」


「頭領も自由気儘な人だなぁ!!」


男は指を咥えながら状況を整理する。


戦闘が始まってから約一時間が経過した。敵の前線はたったの三人と調子に乗っているのかと思いきや、おそらくその三人はかなりの手練れ。後方の魔術攻撃支援もしっかり確認しており、巻き添えを食らっている様子も無い。


それに対して、こちらの負傷はもうすぐで四割に達する。このまま続けていても勝つ可能性が余りにも低すぎる。


「仕方がない。ここは一時撤退だ!」


「了解です。撤退、撤退だ!!」


刹那、赤色の光球が宙空へと放たれて、それを見た兵士達が続々と撤退を始める。


傭兵団の集まりによって数を成す彼らにとって、傭兵の数が減ることは忍びない。多少の危険を冒してでも勝利を会得するくらいならば、安全にそこそこの戦果を手にした方が得策と言えるだろう。


傭兵は勝つ・・ためにいるのでは無い。傭兵は戦う・・ためにいるのだ。


そしてそれを知っているからこそ、敵の一人であるジェノラフは、無駄な追撃をしなかった。


「……これで暫くは時間を稼げますかな」


腰に提げた鞘に剣を収めて、ふぅと一息を漏らす。いかに殺戮番号シリアルナンバーとはいえ、高齢な彼は集中力を欠くと瞬時に死に繋がる。


……アル坊ちゃんに魔石これを貰っておいて正解でしたな。


コートに隠していた魔石を掴んで魔力を回復。途端に疲労感が失せて身体が軽くなる。


残りは三つ。一度の戦闘につき一つ消費するとし、戦闘の周期からして制限時間はあと四時間。


「やれやれ。歳をとるというのは、やはり嫌なものですなぁ……」


ほっほっほ、とジェノラフは細く笑いながら東門へと戻り行くのであった。

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