閉じる

英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第14話「フィニア帝国へ」

フィニア帝国、南大正門。


フィニア帝国に存在する百に及ぶ門の中で、オルフェリア帝国からの最短ルートに位置するこの門には、一日に何百という人が出入りする。


農民、貴族、そして親交国からの旅行者とその種類は多様に存在し、特に近辺の村々からの農作物や鉱石物を運ぶ荷馬車は最多だ。


そしてまた、一台の荷馬車が門の前へとやって来た。


「ごめんくだせー!!」


砂にまみれ古びた小汚い外套に身を包んだ青年が、門の上にいた兵士に向かって声を荒げる。


「ん……どうした、お前は?」


「この近所に住んでいるガッツというもんですー。ケルディクちゅう方に頼まれていた例の鉄鉱石・・・・・・を持ってきたんですがー」


「あ、ああ……そういえば、もうそんな時間だったか」


待っていろと命じられた青年は二分ほど待機していると、ズズズという音と共に大正門の横にある小さな扉が開いた。


「ケルディク兵士長はただいま留守にしておられる。どれ、俺がちょっくら見てやろうじゃあないか」


ニヤニヤとした笑みを浮かべながら兵士は荷馬車に近寄る。


この近辺の鉱山では、鉄鉱石と共に金や銅が採掘される。少量とはいえ集めれば、小さな城と領地を買うことすら叶うだろう。だがこの事を知っているのは南門の検問を任された、ごく限られた人物だけ。


オデュロセウスすら知らないこの情報は、毎月決まった日時にガッツが運びに来るよう指示されているのだ。


「今日の成果はどうかな……って、あ?」


荷馬車のカーテンを開けて中を見る。しかしそこには金や銅どころか、鉄鉱石の欠片すら存在しなかった。


そして何より、鉄鉱石などによくある少しツンとした臭いが、荷馬車からは漂ってこない。


……まさか。


嫌な予感がする、と兵士は固唾を飲んだ、次の瞬間。


「動くな」


兵士の背後から声が聞こえる。それはガッツと名乗った青年からの声だった。だがその声は先程までとは異なり、少し低くかつ研ぎ澄まされた氷の様に滑らかな声質だ。


「な、何者だ。テメェ……」


「名乗る気は無い。そして再度忠告だ、決して動くな」


「……っ」


兵士の頭部に向けられた手のひらからは、尋常では無い魔力の圧を感じる。魔術師との戦闘経験の少ない彼ですら、その脅威は生物的直感で理解できた。


「今から俺が尋ねる質問に『はい』なら右手の指を、『いいえ』なら左手の指を動かせ。良いな?」


「…………」


今はおとなしく従うべきだ。苦汁を飲むような顔をしながら、兵士は黙って右手の指をピクリと動かす。


「良いだろう。では、最初の質問だーーーー」





南大正門、付近の木陰。


気配を完全に森へと溶け込ませ、姿を直視されない限り見つかることの無い状態を維持するアラン。隣にいるエルシェナですら、視界の端に見えなければ存在を感じないほどだ。


「アラン様、もう出て行かれてもよろしいのではないでしょうか?」


「いや、もう少し待つ。迂闊に出て、敵にお前がいることがバレるのは避けたいからな」


「……わかりました」


エルシェナの声音から、少しばかりの不安と焦りを感じたアラン。だが、感情に身を任せて言動を起こしてしまうと任務の成否を大きく左右する事態になる。


……今は耐えてくれ。


ガッツという青年に化けていたグウェンは、兵士に質問を繰り返す。あまり大きな声では無いのでよくは聞こえないが、リドニカの現状を尋ねているようだ。


「それにしてもアラン様。内戦が始まっているというのに、リドニカの方角は静かですね」


すると、エルシェナがリドニカのある北東を指差しながら尋ねてきた。


「おそらく大規模な結界魔術で、都市ごと覆われているんだろう。さっきから刺々しい魔力を、同じ方角から感じるからな」


魔力に対して感受性の強いアランは、遠く離れた場所の魔力の波動すら触覚として感じる事がある。


ただし、これは天性の才能で得た物とは違い、呪い・・に近い事もあってあまり長時間は使っていられない傾向がある。


「この魔力の感覚……結界自体は外側からの攻撃に脆いが、内側からは破壊出来そうに無いな……監獄型か」


大規模な結界魔術は「監獄型」と「城塞型」の二種類に分類される。


「監獄型」は外部からの魔術や物理干渉に対しては弱いが、内部からの攻撃には絶対的な防御を誇る。これは別称「封印系」とも呼ばれており、大型の魔獣討伐の際によく使われる魔術だ。


対して「城塞型」は外部からの魔術や物理干渉には絶対的な防御を誇るが、内部からの攻撃には脆い。皇帝城に施してある魔術はこちらに部類する。


「増援を際限なく戦地に投入するためでしょうか?」


「それもそうだが、皇帝であるアルドゥニエを外部に出さないためでもあるだろうな」


いかにオデュロセウスがアルダー帝国と手を結んだとはいえ、アルドゥニエにはフィニアの多くの騎士とオルフェリア帝国が味方にいる。


数の差も質の差も明確な両陣営が戦えば、オデュロセウスの敗北は必至だ。


そうならない為にも、オデュロセウスはアルドゥニエをリドニカの外に出す事を許さないのだろう。


「おかげで俺達の侵入は楽になる訳だが……お、どうやらグウェンの尋問も終わったようだな」


情報を聞き出した兵士を気絶させ、魔力で強化した縄で縛り、更には結界で封じ込めたグウェンがこちらにやって来る。


「お疲れさまー、ガッツくん」


「黙れゴミカス。それよりも走りながら情報を伝える。ついて来い」


「了解。エルシェナ、背中に乗ってくれ」


いかに皇族で魔力量が潤沢だからとはいえ、アランやグウェンの身体強化状態の速力には圧倒的に劣る。身体強化の基盤となる筋力が普通の少女並みとなれば尚更だ。


「では、失礼して」


花のような笑顔を心に隠し、敢えて身体を密着させるように抱き付くエルシェナ。ふんわりと漂ってくる甘い香りに、理性と意識が微睡んだ。


「おい、早く行くぞ」


心の底から殺意をアランに向けて、グウェンはリドニカの方角へと駆け始める。


……面倒めんどいなぁ。


グウェンのエルシェナに対する想いを知っているアランは、グウェンが殺意のこもった視線をぶつけてきた理由を理解している。


だが恋路に関しては超が付くほどの内気なグウェンは、四年が過ぎた今もなお、その関係性に発展が無い。


しかも皆がいる前では「エルシェナなんて興味が無い」の一点張りで、正直アランの手に負えない。


「アラン様、どうしたのですか?」


「ああ、うん……ちょっと相棒の将来に多少なる不安を感じてな……」


「仲間想いなのですね。さすが私の旦那様です」


「そういう事に今はしておいて……行くか」


魔力を宿した脚部で地面を蹴り、駿馬のごとく土道を駆け抜ける。南大正門からリドニカまでは二十キロほどで、この速さだと二十分程度で到着出来るだろう。


風のように駆けるアランとグウェンに、道中で出会った農民達は大声をあげて驚愕し、兵士達は穂先をこちらに向けて警告を述べる。


だが二人は止まらない。農民達の絶叫を残響にして、兵士達の見た二人を幻影にして。


そしてアランとグウェンの瞳にも彼らは映らない。グウェンが仕入れた情報を提供し、アランが根深く推測を立てる。


風の化身のように大地を駆けながら情報提供をし合うこと二十分。


「着いたな」


リドニカの入り口に到達した。


◆◆◆


その頃、帝都リーバス。


「ねぇ、ユリア。そっちにアランとエルシェナが行ってない?」


「アルにぃとは朝から会ってないよ?」


「そう。おかしいわね……」


朝の通例、ホームルームを終えたセレナは、ユリアにアランの所在を尋ねるも、結果は不明に終わった。


朝の朝食時は居たのだが、セレナが学院に向かう時にはすでに姿は見えず、そして一緒にエルシェナの姿も消えた。


……何か変な事、してないわよね……?


エルシェナが屋敷に来てからというもの、アランに対するアプローチの数々に、セレナどころか侍女のユーフォリアですら手を焼いていた。


アランの入浴時にこっそりと侵入したり、食後の紅茶に媚薬や睡眠薬を入れたりと手段は数知れず。何が何でもアランが欲しいという意気が感じられた。


「セレナはエルシェナが嫌い?」


「嫌いじゃないけど……なんて言うか、放っておくと危険な気がするのよ」


アランへの恋心は出会った初日から嫌というほど知らされている。一途という領域すら超え、もはや崇拝の位置にすら達していそうだと、セレナは思ってしまう。


……でも、何でだろう。


今までのエルシェナを見ていると、どうしてかセレナの心がチクリと痛む。


執拗さというか、アランに対する必死さが余りにも激しいからだろうか。


「セレナ。次の授業、薬草学だから行こ?」


「あ、うん」


必要な教科書をまとめ、セレナも腰を上げて指定された教室へと足を向ける。


……そんなにアランってモテるのかな。


確かにアランはイケメンの部類に入る。適度に伸びた青黒い髪に鈍く輝く双眸。少女のように細く長い睫毛は、幼気でありながも壮美な妖精を思わせる。


その分、目が死んだ魚のようになってはいるが、それを打ち消してもなお美青年だ。エルシェナと隣に並んでも、万人が釣り合っていると頷くであろう。


無論、いま隣を歩くユリアとも並んでいてもだ。


……けど、私だって……って、あれ?


その時、ふとどうして自分はユリアやエルシェナと比較しているのだろうと、疑問に苛まれる。


確かにアランの事は気に入っている。だがそれはあくまでも「尊敬」や「信頼」という、生徒と講師のような関係なわけであって。


「別に好きなわけじゃ……」


「……?」


唐突につぶやくセレナに首を傾げるユリア。


すると。


「そういえばセレナ。今日のホームルームくらいから、あっちの方、騒がしくない?」


「あっち?」


ユリアの指す方角は北、いや正確には北北東といったところか。確かにじっと見つめていると、妙に胸騒ぎがする。


アラン曰く、それは魔力というほぼ不可視な物を、魔術師として直感で感じているのだとか。魔力量が高いほど、鮮明に感じる事ができるらしい。


「あの方角って……確か迷い殺しの森がある方角よね」


だがこの感覚は明らさまに人為的な物だ。自然に存在する魔力はもっと形が定まっていない。まるで大きな魔力を持つ人が、帝都に向かっているよう。


……でも、これほどの魔力となるとお義父様か、あとは。


「……この魔力は」


どうやらユリアも気が付いたようだ。


「リカルド騎士団長ね」





「うぃーっす。帰ったぞー」


血の臭いをコートに染み付かせたリカルドが、平然とした顔つきで帰ってきた。身のこなし、疲弊度、体外に溢れる魔力量から察しても、本当に三日間戦い続けていたのか不安になるくらい普通だ。


そしてその後ろにも同じ様な状態の殺戮番号シリアルナンバー達が姿を現し、ヴィルガの書斎へと入る。


「さて、ヴィルガ坊。私達を帝都に戻した理由を聞かせてもらおうかね」


「しかし時は砂金だ。手短に頼む」


早々にソファへと腰を下ろしたケルティアと、高そうな本を手に取って眺めるビットが話を促す。


相変わらずの自由ぶりだなあ、と呆れ果てながらヴィルガは説明を始めた。


「まず最初に。これは俺の考えではなくアランの考えだ」


「ほう、クソ息子のねぇ……」


そうは言いつつも、アランの名前を挙げた瞬間、全員の目の色が途端に変わる。


これまでのアランの予測はほぼ外した事がない。そしてそれを見越してなお、帝都にいる殺戮番号が全員集められていることを考えて、事はかなり重大だということを理解した。


「して、どのような内容なのですかな?」


「アランちゃんの言うことなら外れる事は滅多に無いしね」


隣のキッチンから全員分の紅茶を用意したジェノラフとリリアナは、机にお盆ごと置くも、充満した汗血の臭いで風味が相殺されている事に気が付いた。


「ふむ、無駄になりましたかな」


「いや、悪いのはリカルドだ。代わりに全部飲んでもらおう」


「いや、俺紅茶嫌いなんだけど……」


『黙って飲め』


「イジメか!?」


拒否権は無いとばかりに全員の口から命じられたリカルドは、本気で涙目になっていた。


話を戻す。


「さて……アランの予測によると、現在フィニアでは滞在教の支援のもとでオデュロセウスが内戦を起こしているらしい」


「ああ、あの末息子か。でもどうしてこんな時期に?」


「帝都襲撃によって被害を受けた俺達オルフェリアは、復興活動に人材を割く必要があるし、なにより防御に徹する必要がある。二度と轍を踏まないためにもな」


「そう言えば……アル坊とここに見えないグウェンはどこに行っているんだい?」


「二人はエルシェナちゃんと一緒にフィニアへ向かった」


『はぁぁぁぁぁッ!?』


驚嘆の声が書斎に響く。


「昔から無茶する子だとは思っていたけど、まさかここまで無謀だとはねぇ……」


「さすがのアランちゃんでも、滞在教とフィニアの反逆者を同時に相手するのは……」


「まあ、そこはアイツの事だから何か考えがあるのだろう」


それよりもだ。ビットは金縁のメガネを押し上げて言った。


「まだ俺達が戻された理由を聞いていないのだが?」


殺戮番号。一騎当千すら不可能では無いほどの実力を有する、精鋭中の精鋭魔術騎士。


そんな殺戮番号がアランとグウェン、検問所を修復中のキクルを除いた六名が集められるというのは、ここしばらくでは滅多に無い状況だ。


だが裏を返せば、そこまでしなければならないほどに危険な状況だという事でもある。


「なあ、ビット。フィニアで内戦が起きている。その場合、最も危険視しなければならないのは何だか分かるか?」


「それは……俺達、つまりオルフェリアからの増援だ。いかに数千の敵が居ようとも、俺達ならば早急に倒せるからな」


「……ああ、なるほど。そういう事かい」


ビットの発言を聞いたケルティアはうんうんと頷く。それに続いてジェノラフ、リリアナ、そしてビット自身も納得したようだ。


「え、え。どゆこと?」


「本当に分からないのか?   相変わらずの戦闘バカだな、お前は……」


はぁ、と嘆息をついてヴィルガは分かり易く説明してやった。


「オデュロセウスはオルフェリアからの増援に来て欲しく無い。だからこそ二つの国を繋いでいた橋を壊し、時間を稼ごうと試みている。だがそれでも時間が足りない場合、どうすればいい?   簡単だ……」


引き出しから地図を取り出し、ペンでぐるりと帝都を囲む。


「足止めをすればいい」


そのための滞在教だったのだ。わざと長引かせるような戦術を用いて、相手にフィニア帝国の事など悟らせず。


消耗戦だと思い込ませて、ゆっくりゆっくりと時間を稼いでいたのだ。


「それをアランちゃんが見抜いて、私達を帝都に戻したってわけね」


「相変わらず金になりそうな推理力だ。ふむ、今度探偵職にでも就かせてみようか……」


だがさすがと言うべきか、彼らの表情はピクリともせずいつも通りに平然と振舞っていた。


「そして敵が滞在教だとするならば、必ずアルダー帝国が共謀しているだろうとアランは考えた。おそらくこの間の魔術兵団に関しても、今回への布石だったのかもしれない」


魔術兵団が消耗したと見せる事で、アルダー帝国がしばらくの間オルフェリア帝国に攻め込むことは無いと仕組みたかったのだろう。


「つまり、敵方にもかなり頭の切れる奴がいるって事か……なかなかに面白い話じゃないか」


ニヤリと笑うリカルドは、まるで壊れにくい玩具を見つけた子供のような、明らさまに恐怖を醸し出させる顔をしていた。


と、その時。


「皇帝、失礼いたしますッ!!」


乱雑に扉を開け放ち、一人の帝国騎士がやって来た。三十路ほどの男性魔術騎士で、騎士のコートに付いている紋章から第二騎士団の団員だ。


帝国の守護を担う彼らが息を切らせて慌てるほどに、早急に伝えなければならない情報。


そして彼のズボンの裾に付着している泥土から察するに、彼は畑のある北または東の大門からここまで向かってきたと推測できる。


この三つの情報から得られて、可能性としてあり得る事といえば、もう一つしか無い。


「来た、か……」


ヴィルガの淡々とした言葉に全員が目の色を変えて、向かうであろう北門へと顔をやる。






さあ、殺し合いせんそうの始まりだ。

「英雄殺しの魔術騎士」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く