英雄殺しの魔術騎士
第11話「一途な想い」
……馬鹿な。
第三騎士団、新米騎士ウェイド=マルツェークは驚愕を露にしていた。
……馬鹿な、馬鹿な。
フィニア帝国の騎士を相手にしながら、視界の傍らで味方が敵を打ちのめす瞬間を楽しみにしていた。
だがそれは叶わず。むしろこちらが一瞬で打ちのめされ、しかも敵方の損害は全くと言っていいほど皆無だ。
「くそがァァァッ!?」
腹立たしさをぶつけるために、ユリアに向かって剣を振り上げる。
しかしユリアは、まるで剣の軌道が見えてでもいるかのようにスルリと避け、完璧なタイミングで防ぐ。
……たかが学院生の癖に!?
ウェイドには誇りがあった。それはマルツェーク家が旧貴族という小さな誇りだ。
今のオルフェリア帝国で旧貴族と名乗る者はそれほど少なくもない、むしろ多い方だ。
なにせ百程度の大小様々な貴族が五年前の革命以後、権力を没収されてただの人となったのだから。
だが貴族というものは、服に染み付いた油汚れ並みにしつこい。あの手この手を駆使して残った六貴会を取り込んで、再び地位を取り戻そうと企む貴族は後を絶たない。
しかし、マルツェーク家はそうはしなかった。当時のマルツェーク卿は民に愛された貴族だった故に、権力を失っても尚その力は衰退することは無かったからだ。
だが帝都に関する権力を失ったのもまた事実。ウェイドはそれが許せないのだろう。
ウェイドは自分が貴族であることに優位性を抱いていた。自分がそこらにいる人間とは違う存在なのだと、強く思い込んでいた。
故に、貴族への執着心は確固たるものだった。
「おらおらおらおらぁッ!!」
「ッ!?」
怒りがウェイドの剣筋を鋭いものへと変えてゆく。一撃ずつが重みを増してゆく。
回避出来なかった肩への一撃を、剣身で受け止める。剣から響く振動が手骨に伝わり、腕の力が抜ける。
「俺は六貴会なんざ頼らねぇ!!   自分の力でマルツェーク家を再興させてみせる!!」
たとえそれがどれだけ辛い道のりだとしても、ウェイドは覚悟している。
いや、覚悟しているつもりだった。
「なッ!?」
確かにウェイドの剣撃の威力は上がっている。精度もまだまだ上がるだろう。
だがその全てをユリアは捌く。適確に、正確に。
ギャギャギャッと連続して散る火花の中で、ユリアはとても落ち着いていた。
……この程度なら、アルにぃより遅い。
ここ数日の間、ユリアはアランの剣撃を絶えず受け続けてきた。威力も速度も精度も段違いの攻撃を、これでもかという程凌いできた。
それに比べればウェイドの攻撃など、飛んでいる虫を目で追う程度に楽勝だった。
「畜生、チクショぉぉぉッ!?」
ボンと膨れ上がった魔力と共に、ウェイドの剣撃はさらに威力を増す。それでもまだ、アランの一撃には遠く及ばない。
躱して、弾いて、捌いて、防ぐ。これをひたすらに繰り返し、ウェイドの焦燥感を煮え滾らせる。
その挑発のような行為に、ウェイドは怒りだけが満ちてゆく。視界がどんどん狭くなっているのに、自分自身では気が付けない。
そして。
「今だ、お前ら!!」
ユリアの後方から声が聞こえた。アランだ。
『《ーー悪人たる其の数は百》ッ!!』
その声を合図として、虚空に多色の魔術方陣が姿を現した。赤、青、緑、黄。それぞれが異なる属性の【五属の矢】であり、一属性につき今から放たれるのは百本。
計四百本が、ウェイドを狙って放たれた。
「ちぃッ!?」
【プロテクションシール】は間に合わない。かといってこのすべての矢を回避、または防御することは難しい。
「後衛ぃ!   すぐに迎撃をーーな……っ」
振り返ったその場所に、もはや戦意のある味方はいなかった。アランの圧倒的な殺気に当てられて、腰が抜けていたのだ。
……どうする、どうする!!
射出された矢の速度から三秒後に衝突すると予測。味方は全滅、敵は全員存命。魔力残量からして長期戦も望めない。
そこで一瞬、諦めの文字が浮かんだ。だが即座に否定する。
……諦めるわけにはいかない!!
こんな所で黒星など上げるわけにはいかない。学生と他国の新米騎士に合わせて帝国騎士はたったの一人しかいない、正真正銘の貧弱を相手に負けることは許されない。
だがここで、悪魔はやってくる。
「〜ッ!?」
ウェイドの思考を遮るように、ユリアが踏み込む。懐に潜り込み、剣を振り上げる。
しかし瞬時にウェイドは回避。距離を取りつつ頭上の警戒も怠らない。
結局ウェイドは剣で防御に回った。四百といえど、確実に命中するのは多くても百が良いところだ。
避けられるものは避け、防げるものは防ぐ。擦り傷程度は気にしない。受けて受けて受け続ける。
そんな時間が二十秒ほど続いた。
「はぁ……はっ、はぁッ!!」
息が上がり、玉のような汗が頬を伝う。浅い傷から血が滲み、酷使した筋肉が震えている。
「こ、これで……」
一閃。
「ぐぅッ!?」
緊張の糸が解れた一瞬を狙って、完全なる死角から強撃を叩き込む。あとほんの少しだけ敵意が漏れていなければ、確実に倒せていただろう。
「後衛はユリアの防御支援、前衛二人は下がって魔術攻撃!!」
『了解!!』
そうだ、まだ誰一人として倒していないではないか。ウェイドは息を吐きながら、状況を再確認した。
厄介なのは学院生であるユリアとセレナ。そして最も面倒臭いのは、唯一の帝国騎士であるアランだ。
周りを常に観察する視野の広さ。今の戦況的に味方をどう動かせば効率が良いか。
味方の魔力、体力、気力というものを全て見定め、それらを考慮して戦場を常に把握する。
間違いなく、アラン=フロラストという人物は戦場にこと慣れている。
……だがそのような奴ならば、一度くらい耳にした事があるはずだ!!
戦場に向かうのは第一騎士団。帝国に存在する三つの騎士団の中で最も数が少なく、最も精鋭が集まる騎士団だ。
そしてユリア=グローバルトが彼を「兄」と呼ぶことから、アランはグローバルト家の血族であることが予想される。
そんな彼が公に名前を晒した事は一度もなく、またウェイドも彼については何も知らない。
正体不明であり、未知である。たったそれだけの事なのに恐怖を感じてしまう。
「せあぁッ!!」
だがそんな事に思考を費やしている暇などない。ユリアの斬撃を受け止め、いなす。遠方からの魔術攻撃にも意識を傾けながら、自身も魔力による身体強化で防御しつつ応戦。
……せめて、有能な仲間さえ居ればっ。
アラン=フロラストという謎の存在よりも、腕の良い帝国騎士がこの場に居れば。ウェイドは苦く思った。
だが。
「それは違うんじゃないか?」
ふと、背後から声が聞こえた。
「ッ!?」
いつの間にかそこにいた。気が付けばそこにいた。気配も敵意も全くなく、まるで影のように唐突に現れた。
そう、アランが。
……背中を!?
防御不可。今アランの最大火力の攻撃を受ければ間違いなく倒れ伏せる。
だがアランは、ウェイドの肩にポンと手を置いて、諭すように語る。
「強い味方が居れば勝てた。ああ、そうかもしれないな」
けどな、とアランは言う。
「お前が想像している以上に、お前の味方は強かったぜ?」
「で、では!   何故味方は全滅している、それこそ弱者の証明ではないか!?」
「ばーか。そんな事も理解出来ねぇのかよ?   ……単純さ。指揮する者の実力差だ」
「指揮、だと?」
そんな些細な事だけで、とウェイドは考えたがアランはフッと嘲笑する。
「指揮を舐めんなよ?   音楽団に指揮者が居るように、料理店に料理長が居るように。指揮する者の的確な指示、誰もが理解出来る作戦の内容、味方の数、性格、癖、その他諸々の要素を把握した上で指揮をする。これがどれだけ大変か、お前は分かるか?」
「そんなこと……」
分かるわけがない。今回の作戦だって、陣形だって、考案したのも提案したのもウェイドではないのだから。
ウェイドは軍師ではなく兵士だ。剣を持ち、魔術を駆使して戦う騎士だ。知略も戦略もそれほど深くまで考えた事は無かった。
だが今回、ウェイドは仲間の仕事を奪って自分が目立とうと、前のめりになってしまった。
その結果がこの様だ。仲間から得た浅い知略だけで事足りると高を括り、アランの予想外な行動によって初手から瓦解。
たった十分程度で完全な詰みとなった。
「まあ、つまり。俺が言いたいのは……お前は味方を信じれなかった、それだけの事だってことだ」
味方を信じて指揮を預ければよかった。味方を信じて敵についてもっと知っておくべきだった。
ユリアが前方から突っ込んでくる、回避可能。
だが後方にアランが立っている、回避不可能。
このまま戦う?   いや、もう決着は目に見えている。どれだけ足掻いても、今となっては何の意味もないのだ。
「俺の……負けだ」
俯きながら、男は最後の言葉を呟く。
試合時間十一分十八秒。
アラン達の完全勝利で幕を決したのだ。
◆
「アラン様……」
訓練場の観戦席にエルシェナはいた。他の生徒達と一緒になって、彼らの試合を観戦していた。
「やっぱり、ユリアさんは強いわね……」
「いや、セレナも負けてねぇだろ」
「この試合から得るものは多い……」
「なあ、今度さっきの連携を試してみようぜ!!」
「あ、じゃあ私はアラン帝国騎士とユリアちゃんの動きを真似してみたい!!」
「なら俺はーーーー」
皆それぞれに自分の目で見た光景から情報を抜き取り、思考し、計算し、行動に移す。
きっとアランはこれを生徒達にさせたかったのだろう。自身で考えて身に付けた技や武器は、他人の言伝や模倣で得たそれに勝る。
特に戦術はそうだ。魔術や剣術、知術といったものは人によって個人差がある。ほぼ完璧に技術を教え込んだとしても、それと全く同じに会得できる事は滅多にない。
自分らしい色に塗り替える。自分に合った形に作り変える。そうして帝国騎士というものは強さを得てゆくのだ。
……やはりアラン様は、素晴らしいお方です。
オルフェリア帝国、フィニア帝国、アルダー帝国のイフリア大陸三帝国によって勃発した第六魔術大戦、通称アステアルタの魔術大戦。
数万という死者と負傷者を生み出して終結したこの大戦は、ひとえにアランの功績が大きな原因となった。
アルダー帝国の当代最強と謳われた英雄三人が戦場に君臨する中で、ただ一人、アランだけは平然とした顔で彼らに対峙した。
その時のアランは十五歳と、周りから見ればまだ幼いオルフェリア帝国の一騎士に過ぎない。
誰もが無謀だと感じていたこの戦いは、だがしかし一瞬で幕を下ろす。
その始終を見たフィニア帝国の騎士はこう言った。「雷をその身に纏い、瞬きすると同時に消え、敵の背後に回って斬殺した」。
故に我ら他国は、その誰もが名を知らない年若き英雄をこう呼んだ。
「『英雄殺し』」
最年少にして最強。その物理限界を超えた速度により敵を翻弄し、瞬く間にて敵を殺害する。
【顕現武装】、彼のみが習得方法を知る、人それぞれ唯一無二の魔術兵装。
魔道具や古代武具による兵装とは異なる、完全な魔術のみによる武装。自らの心象を魔力によって形作り、速度や攻撃といったある点を特化した武装へと形を成す。
セレナの完全物理無効化も然り、アランの物理限界を超越した速度を然り。
「だからこそ。彼を知る人は、彼が欲しい」
人の知覚を超えるという事は、すなわち誰にでも平等にある「人で在る」という定義を覆すという事。
その技術を量産出来れば、もはや世界は自分の手中にあると言っても過言では無い。
事実、エルシェナの父であるオデュロセウスは彼を手にするためにエルシェナをオルフェリア帝国に向かわせた。
……私も父様の策略を利用したのですけどね。
ふふふ、とエルシェナはほくそ笑む。
だが何にせよ時間がない。フィニア帝国の視察が終わるのは明後日。その時には一緒にフィニア帝国へと帰らなければならない。
それまでには、アランをどの様な手を尽くしてでも、フィニア帝国へと連れて帰らなければならない。
これは父親の為では無い。自分自身、エルシェナ=ツェルマーキン・オデュロセウス・フィニエスタの願いとして。
「さて。今日にでも仕掛けましょうか……」
そう呟きながら、エルシェナはアランの元へと向かう。
その顔には愉快に何かを企む様な笑みが浮かんでいた。
第三騎士団、新米騎士ウェイド=マルツェークは驚愕を露にしていた。
……馬鹿な、馬鹿な。
フィニア帝国の騎士を相手にしながら、視界の傍らで味方が敵を打ちのめす瞬間を楽しみにしていた。
だがそれは叶わず。むしろこちらが一瞬で打ちのめされ、しかも敵方の損害は全くと言っていいほど皆無だ。
「くそがァァァッ!?」
腹立たしさをぶつけるために、ユリアに向かって剣を振り上げる。
しかしユリアは、まるで剣の軌道が見えてでもいるかのようにスルリと避け、完璧なタイミングで防ぐ。
……たかが学院生の癖に!?
ウェイドには誇りがあった。それはマルツェーク家が旧貴族という小さな誇りだ。
今のオルフェリア帝国で旧貴族と名乗る者はそれほど少なくもない、むしろ多い方だ。
なにせ百程度の大小様々な貴族が五年前の革命以後、権力を没収されてただの人となったのだから。
だが貴族というものは、服に染み付いた油汚れ並みにしつこい。あの手この手を駆使して残った六貴会を取り込んで、再び地位を取り戻そうと企む貴族は後を絶たない。
しかし、マルツェーク家はそうはしなかった。当時のマルツェーク卿は民に愛された貴族だった故に、権力を失っても尚その力は衰退することは無かったからだ。
だが帝都に関する権力を失ったのもまた事実。ウェイドはそれが許せないのだろう。
ウェイドは自分が貴族であることに優位性を抱いていた。自分がそこらにいる人間とは違う存在なのだと、強く思い込んでいた。
故に、貴族への執着心は確固たるものだった。
「おらおらおらおらぁッ!!」
「ッ!?」
怒りがウェイドの剣筋を鋭いものへと変えてゆく。一撃ずつが重みを増してゆく。
回避出来なかった肩への一撃を、剣身で受け止める。剣から響く振動が手骨に伝わり、腕の力が抜ける。
「俺は六貴会なんざ頼らねぇ!!   自分の力でマルツェーク家を再興させてみせる!!」
たとえそれがどれだけ辛い道のりだとしても、ウェイドは覚悟している。
いや、覚悟しているつもりだった。
「なッ!?」
確かにウェイドの剣撃の威力は上がっている。精度もまだまだ上がるだろう。
だがその全てをユリアは捌く。適確に、正確に。
ギャギャギャッと連続して散る火花の中で、ユリアはとても落ち着いていた。
……この程度なら、アルにぃより遅い。
ここ数日の間、ユリアはアランの剣撃を絶えず受け続けてきた。威力も速度も精度も段違いの攻撃を、これでもかという程凌いできた。
それに比べればウェイドの攻撃など、飛んでいる虫を目で追う程度に楽勝だった。
「畜生、チクショぉぉぉッ!?」
ボンと膨れ上がった魔力と共に、ウェイドの剣撃はさらに威力を増す。それでもまだ、アランの一撃には遠く及ばない。
躱して、弾いて、捌いて、防ぐ。これをひたすらに繰り返し、ウェイドの焦燥感を煮え滾らせる。
その挑発のような行為に、ウェイドは怒りだけが満ちてゆく。視界がどんどん狭くなっているのに、自分自身では気が付けない。
そして。
「今だ、お前ら!!」
ユリアの後方から声が聞こえた。アランだ。
『《ーー悪人たる其の数は百》ッ!!』
その声を合図として、虚空に多色の魔術方陣が姿を現した。赤、青、緑、黄。それぞれが異なる属性の【五属の矢】であり、一属性につき今から放たれるのは百本。
計四百本が、ウェイドを狙って放たれた。
「ちぃッ!?」
【プロテクションシール】は間に合わない。かといってこのすべての矢を回避、または防御することは難しい。
「後衛ぃ!   すぐに迎撃をーーな……っ」
振り返ったその場所に、もはや戦意のある味方はいなかった。アランの圧倒的な殺気に当てられて、腰が抜けていたのだ。
……どうする、どうする!!
射出された矢の速度から三秒後に衝突すると予測。味方は全滅、敵は全員存命。魔力残量からして長期戦も望めない。
そこで一瞬、諦めの文字が浮かんだ。だが即座に否定する。
……諦めるわけにはいかない!!
こんな所で黒星など上げるわけにはいかない。学生と他国の新米騎士に合わせて帝国騎士はたったの一人しかいない、正真正銘の貧弱を相手に負けることは許されない。
だがここで、悪魔はやってくる。
「〜ッ!?」
ウェイドの思考を遮るように、ユリアが踏み込む。懐に潜り込み、剣を振り上げる。
しかし瞬時にウェイドは回避。距離を取りつつ頭上の警戒も怠らない。
結局ウェイドは剣で防御に回った。四百といえど、確実に命中するのは多くても百が良いところだ。
避けられるものは避け、防げるものは防ぐ。擦り傷程度は気にしない。受けて受けて受け続ける。
そんな時間が二十秒ほど続いた。
「はぁ……はっ、はぁッ!!」
息が上がり、玉のような汗が頬を伝う。浅い傷から血が滲み、酷使した筋肉が震えている。
「こ、これで……」
一閃。
「ぐぅッ!?」
緊張の糸が解れた一瞬を狙って、完全なる死角から強撃を叩き込む。あとほんの少しだけ敵意が漏れていなければ、確実に倒せていただろう。
「後衛はユリアの防御支援、前衛二人は下がって魔術攻撃!!」
『了解!!』
そうだ、まだ誰一人として倒していないではないか。ウェイドは息を吐きながら、状況を再確認した。
厄介なのは学院生であるユリアとセレナ。そして最も面倒臭いのは、唯一の帝国騎士であるアランだ。
周りを常に観察する視野の広さ。今の戦況的に味方をどう動かせば効率が良いか。
味方の魔力、体力、気力というものを全て見定め、それらを考慮して戦場を常に把握する。
間違いなく、アラン=フロラストという人物は戦場にこと慣れている。
……だがそのような奴ならば、一度くらい耳にした事があるはずだ!!
戦場に向かうのは第一騎士団。帝国に存在する三つの騎士団の中で最も数が少なく、最も精鋭が集まる騎士団だ。
そしてユリア=グローバルトが彼を「兄」と呼ぶことから、アランはグローバルト家の血族であることが予想される。
そんな彼が公に名前を晒した事は一度もなく、またウェイドも彼については何も知らない。
正体不明であり、未知である。たったそれだけの事なのに恐怖を感じてしまう。
「せあぁッ!!」
だがそんな事に思考を費やしている暇などない。ユリアの斬撃を受け止め、いなす。遠方からの魔術攻撃にも意識を傾けながら、自身も魔力による身体強化で防御しつつ応戦。
……せめて、有能な仲間さえ居ればっ。
アラン=フロラストという謎の存在よりも、腕の良い帝国騎士がこの場に居れば。ウェイドは苦く思った。
だが。
「それは違うんじゃないか?」
ふと、背後から声が聞こえた。
「ッ!?」
いつの間にかそこにいた。気が付けばそこにいた。気配も敵意も全くなく、まるで影のように唐突に現れた。
そう、アランが。
……背中を!?
防御不可。今アランの最大火力の攻撃を受ければ間違いなく倒れ伏せる。
だがアランは、ウェイドの肩にポンと手を置いて、諭すように語る。
「強い味方が居れば勝てた。ああ、そうかもしれないな」
けどな、とアランは言う。
「お前が想像している以上に、お前の味方は強かったぜ?」
「で、では!   何故味方は全滅している、それこそ弱者の証明ではないか!?」
「ばーか。そんな事も理解出来ねぇのかよ?   ……単純さ。指揮する者の実力差だ」
「指揮、だと?」
そんな些細な事だけで、とウェイドは考えたがアランはフッと嘲笑する。
「指揮を舐めんなよ?   音楽団に指揮者が居るように、料理店に料理長が居るように。指揮する者の的確な指示、誰もが理解出来る作戦の内容、味方の数、性格、癖、その他諸々の要素を把握した上で指揮をする。これがどれだけ大変か、お前は分かるか?」
「そんなこと……」
分かるわけがない。今回の作戦だって、陣形だって、考案したのも提案したのもウェイドではないのだから。
ウェイドは軍師ではなく兵士だ。剣を持ち、魔術を駆使して戦う騎士だ。知略も戦略もそれほど深くまで考えた事は無かった。
だが今回、ウェイドは仲間の仕事を奪って自分が目立とうと、前のめりになってしまった。
その結果がこの様だ。仲間から得た浅い知略だけで事足りると高を括り、アランの予想外な行動によって初手から瓦解。
たった十分程度で完全な詰みとなった。
「まあ、つまり。俺が言いたいのは……お前は味方を信じれなかった、それだけの事だってことだ」
味方を信じて指揮を預ければよかった。味方を信じて敵についてもっと知っておくべきだった。
ユリアが前方から突っ込んでくる、回避可能。
だが後方にアランが立っている、回避不可能。
このまま戦う?   いや、もう決着は目に見えている。どれだけ足掻いても、今となっては何の意味もないのだ。
「俺の……負けだ」
俯きながら、男は最後の言葉を呟く。
試合時間十一分十八秒。
アラン達の完全勝利で幕を決したのだ。
◆
「アラン様……」
訓練場の観戦席にエルシェナはいた。他の生徒達と一緒になって、彼らの試合を観戦していた。
「やっぱり、ユリアさんは強いわね……」
「いや、セレナも負けてねぇだろ」
「この試合から得るものは多い……」
「なあ、今度さっきの連携を試してみようぜ!!」
「あ、じゃあ私はアラン帝国騎士とユリアちゃんの動きを真似してみたい!!」
「なら俺はーーーー」
皆それぞれに自分の目で見た光景から情報を抜き取り、思考し、計算し、行動に移す。
きっとアランはこれを生徒達にさせたかったのだろう。自身で考えて身に付けた技や武器は、他人の言伝や模倣で得たそれに勝る。
特に戦術はそうだ。魔術や剣術、知術といったものは人によって個人差がある。ほぼ完璧に技術を教え込んだとしても、それと全く同じに会得できる事は滅多にない。
自分らしい色に塗り替える。自分に合った形に作り変える。そうして帝国騎士というものは強さを得てゆくのだ。
……やはりアラン様は、素晴らしいお方です。
オルフェリア帝国、フィニア帝国、アルダー帝国のイフリア大陸三帝国によって勃発した第六魔術大戦、通称アステアルタの魔術大戦。
数万という死者と負傷者を生み出して終結したこの大戦は、ひとえにアランの功績が大きな原因となった。
アルダー帝国の当代最強と謳われた英雄三人が戦場に君臨する中で、ただ一人、アランだけは平然とした顔で彼らに対峙した。
その時のアランは十五歳と、周りから見ればまだ幼いオルフェリア帝国の一騎士に過ぎない。
誰もが無謀だと感じていたこの戦いは、だがしかし一瞬で幕を下ろす。
その始終を見たフィニア帝国の騎士はこう言った。「雷をその身に纏い、瞬きすると同時に消え、敵の背後に回って斬殺した」。
故に我ら他国は、その誰もが名を知らない年若き英雄をこう呼んだ。
「『英雄殺し』」
最年少にして最強。その物理限界を超えた速度により敵を翻弄し、瞬く間にて敵を殺害する。
【顕現武装】、彼のみが習得方法を知る、人それぞれ唯一無二の魔術兵装。
魔道具や古代武具による兵装とは異なる、完全な魔術のみによる武装。自らの心象を魔力によって形作り、速度や攻撃といったある点を特化した武装へと形を成す。
セレナの完全物理無効化も然り、アランの物理限界を超越した速度を然り。
「だからこそ。彼を知る人は、彼が欲しい」
人の知覚を超えるという事は、すなわち誰にでも平等にある「人で在る」という定義を覆すという事。
その技術を量産出来れば、もはや世界は自分の手中にあると言っても過言では無い。
事実、エルシェナの父であるオデュロセウスは彼を手にするためにエルシェナをオルフェリア帝国に向かわせた。
……私も父様の策略を利用したのですけどね。
ふふふ、とエルシェナはほくそ笑む。
だが何にせよ時間がない。フィニア帝国の視察が終わるのは明後日。その時には一緒にフィニア帝国へと帰らなければならない。
それまでには、アランをどの様な手を尽くしてでも、フィニア帝国へと連れて帰らなければならない。
これは父親の為では無い。自分自身、エルシェナ=ツェルマーキン・オデュロセウス・フィニエスタの願いとして。
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