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英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第10話「粛清は心身共に」

複数人における魔術戦闘には、幾つかの基礎となる陣形が存在する。


まず前衛けんじゅつ後衛まじゅつに分かれた、攻守を安定させた陣形。これは最も初期の魔術戦闘に利用されてきた。今でも単純ゆえに指揮し易いという事もあって、よく活用される。


次に前衛を多めに配置して、後衛からの高火力な魔術による攻撃を主軸とした陣形。これは魔術兵団があるアルダー帝国がよく使っている陣形だ。


そして最後に前衛と後衛、そしてその二つの間に君臨して、前衛の魔術支援と後衛に向かう残存する敵戦力を排除する遊撃部隊を配置した、菱形のような陣形だ。


他にも多くの陣形は存在するが、それら全ての元を辿るとこの三つが基礎なので、他の陣形は今は考えない事とする。


「……で、俺達が今回使うのは、フィニアが得意とするこの攻守安定陣形だ」


「じゃあ、向こうは?」


「んー……たぶん菱形かな。あの性格からして、最新の陣形を好んで使うタイプだろうしなぁ……」


「あー、何となく分かるわ。私、あの性格の男は大嫌い」


セレナは向こうに集まって話し合っている、第三騎士団の団員達に冷たい視線を送る。


先ほど挨拶の時にした会話、というか一方的な罵倒を纏めて述べると、こんな感じ。


「はん、貴様らみたいな雑魚では不満だな」
「一瞬で決着がつきそうだ」
「しかも人数合わせに学院生を使うとは」
「もう勝敗は決まったものだな!」
『ははははは!!』


その自信が、その微々たる魔力のどこから溢れているのだろうか。他の団員達もアランやセレナと比べて貧しい魔力量だ。


「私も言い返した方が良かったかしら?   『弱い犬ほどよく吠える』って」


「止めとけ。どうせ後になって後悔するだけだから」


それもそうねとセレナは言った。


さて、どうしてアラン達が第三騎士団の新米帝国騎士と一緒にいるのかというと、それは先日のシェイドに持ちかけた作戦が原因。


アランが提案したのは「知名度の低い自分と戦わせて、惨敗を味あわせる」というものだ。


その後色々とあって、今回は六対六の団体戦となった訳だが。アランと共に参加する人物はこちら。


セレナ。
ユリア。
フィニア帝国新米騎士三名。


正直言って、向こうが実力的にアランやセレナ、ユリアよりも弱いと言っても、帝国騎士になるその狭き門を通る程度の実力は有している。


……場合によっては負ける事もあるしな。


だが、これだけの戦力差でも向こうが負けたという事実を、相手に与えることが出来ればその成果は目に見えずとも大きいと断定できる。


どうやらこの団体戦は、思ったよりも重要な一戦のようだ。


「ユリアと俺、そしてお前達が前衛。そしてセレナとお前達が後衛だ。異論はあるか?」


「問題なし」
「私もそれがいいと思うわ」


フィニア帝国の新米騎士達も静かに頷く。元からジェノラフに知らされていたのかもしれないが、アランに対する信頼が思った以上に厚い。


だがそのおかげで、今回はスムーズに事が進む。無駄な時間を大幅に削減することに成功した。


対して敵は、


「……やっぱりな」


アランの予感が的中。後衛を三人、遊撃を二人にした菱形、というより五角形の陣形を組んでいた。


後衛の人員を厚めに置いたことから鑑みるに、向こうはおそらく魔術による大規模な攻撃で決着を付けることが狙いなのだろう。


……逆手に取るか。


「ユリア、こっちゃ来い」


「……?」


模擬戦開始直前に、アランはユリアを呼び寄せる。そして二十秒ほど会話をしたのち。


「……それを私がやるの?」


「ああ、別に倒してしまっても構わんが、あまり魔力を使うなよ?」


「分かった、頑張る」


よし、とアランはユリアの頭を撫でる。


いざ、開戦だ。





「行くぞ!!」


本来、前衛は後衛の魔術詠唱を見計らって前へ飛び出す。そうしないと敵に向けた魔術を敵諸共に受けてしまうからだ。


だがアランは、躊躇うことなく前へ駆けた。その後をユリアも続く。


「まったく……」


俺は合わせないからお前らで考えろとでも言いたそうなその背中に向けて、セレナは静かに嘆息しながら敵の動向を観察。やはり予想外だったようであり、慌てて応戦態勢をとっている。


その所為あって敵の陣形に僅かな崩れが見えた。


……あそこかな。


狙いを定め、詠唱を始めた。


「《火の精よ、汝の力を以て、邪なる敵を討つ、悪人たる其の数はハンドレータ》ッ!」


生み出された紅い魔術方陣から現れた火の矢は、セレナの意思を汲み取るかのように次々と射出されてゆく。


アラン達の頭上を越えて弧を描きながら敵陣へと飛来した火の矢は、見た目派手に爆散し、敵後衛の視界を大きく奪った。


「よしッ!」


魔術はあくまでも戦闘手段の一選択肢に過ぎない。魔術を使おうと剣術を使おうと、目的は相手の動きを遮り、単純化させることにある。


そうして相手を己の盤上に誘い込み、勝利を手にする。これこそが本当の戦闘だ。アランの言葉を思い出しながら、セレナは再び詠唱を開始する。


「ひ、怯むなッ!   このまま突き進めぇッ!!」


敵のリーダー格らしき金髪の男は、予想外の上に予想外を浴びせられて怯んでいる同志に喝を入れる。


……おや、アイツは確か。


見覚えがある。装いや気迫の違いか少し分かり辛いが、先日シェイドにこっ酷く叱られていた新米帝国騎士だ。


まあつまり、コイツが敵の親玉と見て良いだろう。アランは頬を少し釣り上げる。


あとは倒す順番を考えねば。シェイドに頼まれたのは「実力差を知らしめる」と、「心をポッキリ折ってほしい」だ。


つまりは精神的に傷を負わせて、自身を見つめ直す機会を与えてやって欲しいという事だろう。


いや、もっと簡単な言葉に言い直そう。鬼畜になれ、という事だ。


ああいう自分に絶対の強さがあると確信している奴の心の折り方は熟知している。アランも第一騎士団に入団したての団員を数名、徹底的に懲らしめた覚えがあるからだ。


あの時は一対一だったから、時間はそんなに掛からなかった。だが今回は団体戦、戦局によって状況が大きく変わる。


ならばまずは、心の支えを奪ってゆこう。


「ユリア、左を頼む!」


「わかった!」


返事すると同時に、ユリアは前衛と後衛の間に佇む帝国騎士二人のうちの一人に向かって駆ける。


「お前達は前衛の彼を頼む!」


『分かりました!!』


アランも右側に駆けて、前衛に立つ金髪のリーダー格らしき騎士をフィニア帝国の新米騎士に任せる。


実力的には敵の方が上だが、一対二という状況は思った以上に攻撃の頻度が下がる。


断続的な攻防に、不意を突く様な背後からの一撃、こうした多方面からの攻撃に慣れていない第三騎士団の彼ならば、身体が慣れるのにも時間がかかるはず。


……その間に他の敵を倒す!!


「ぜぇぁッ!!」


赤髪の青年が気迫たっぷりに突っ込んで来る。その肉厚なバスターソードを振り上げると、一気に振り下ろした。


だが剣先がアランのコートに触れる寸前に、アランは身を捻り一撃をうまくいなす。


「がぁッ!!」


だが青年も負けじと剣を振り上げて、空中に滞在するアランへ向けて重い一撃を叩き込もうとした。


「甘いんだよ」


冷ややかに独り言を呟くと、アランは剣身に手を乗せて振り上げられた剣に身を任せて上へと跳ね上がる。


青年はおそらく脳筋タイプ。学院の剣術講師であるベルダーに似ているが、青年は根っから魔術を使わず身体強化のみに頼った戦術を得意とするようだ。


……力は良い。剣筋も迷いがなくて回避はし辛い。だが。


魔力を右手に込めて、人差し指で照準を青年に定める。使う魔術は【五属の矢】、本数は一本。


「《雷の精よ、汝の力を以て、邪なる敵を討ち給え》」


バチィッと空気を叩くような音が、青年とアランの鼓膜に届く。しかし、それとほぼ同時に。


「ぐおぉぉぉッ!?」


矢が青年の肩に突き刺さり、凝縮された電気の塊が青年の身体を走った。肩に当たった事を考えて、良くて戦闘続行不可、悪くて気絶が妥当だろう。


何にせよ、青年はもう戦えない。


「もう少しは、魔術について考えるべきだな」


地面で寝そべる青年に対して一言呟き、アランは別の戦場へと向かうのであった。





一方、アランが青年と対峙していた頃。


「がぁッ!?」


ユリアは苦戦を強いられていた。


別段相手が強いというわけでは無い。ただ相手の戦術が苦手なのだ。


一歩背後に退くと、クシャと何かを踏み潰したような感覚を覚えて、


「ぐッ!?」


地面が爆ぜる。


だからといって攻めようとすれば、相手はバッタのように跳躍しながら距離を取る。


彼の戦術は卑怯と一言で言ってしまえば、確かにそうなのだろう。だがこれは戦闘、卑怯な手段も戦術の一つだと断定出来てしまう。


敵が来る前に進路上に罠を仕掛けておき、罠を駆使して敵を倒す。これも立派な戦術だ。


……どうにかしないと……っ。


アランは既に敵を倒している。さすがアルにぃと、いつものユリアならどこか自慢げだ。だが今はそんな事に頭を使っている余裕はない。


敵はユリアと違い、仕掛けた罠の場所を把握している。だが、敵の跡を追って踏み込んだその場所も既に罠が仕掛け済みなのは、さっき味わったばかりだ。


爆発そのものは大して攻撃力はない。ただ視界が遮られ、足場が不安定になるとユリアの得意な近接戦闘がし辛い。


こんな時アランならどうするか。


攻める?   守る?   いや、もっと簡単なことだ。敵が周囲に罠を仕掛けた状態で戦い続けるのは、精神的にも身体的にも苦痛だ。


だったら。






「ぶっ壊す!!」






圧縮した魔力を宿した拳を、思い切り地面に叩きつける。ズンという鈍い音の後に、


ーー辺りの地面が爆裂した。


「んな無茶な!?」


男が仕掛けた罠の数は二十六。うち四を使ったとしても、あと二十以上もあった。


だがその全てを拳一つで破壊した。拳にのせた魔力の波動で、地面に埋めておいた爆雷術符を発動させたのだ。異常にも程がある。


「これでッ!」


抜剣したユリアは一気に男へと詰め寄る。静かに燃えるその瞳からは、絶対に倒すという強い意志を感じた。


剣を引く。そこに集まる魔力はまさしく一撃必勝、魔力障壁すら容易く破壊するだろう。


……防御できない!!


「あぐぅッ!?」


左脇腹に重い一撃が入り、痛みが全身に浸透する。胃酸が刺激されて吐き気まで促された。


だが。


「ま、だまだぁぁぁッ!!」


噛み締めて意識を朦朧とする覚醒させ、拳を振り上げる。拳に込められた魔力はまさしく岩石を砕く勢い。まともに喰らえばユリアと言えど骨折は免れない。


だがしかし、拳がユリアの柔肌に触れる前に男の身体は宙へと舞い上がった。


「なッ!?」


ユリアが詠唱をしていた覚えはなく、ましてや最も近くにいるアランが魔術を使った様子もない。


そう、それはアラン達の後衛。遠距離からの魔術戦を続けていたセレナによる、寸分の狂いもない後方からの支援攻撃だ。


男は乱気流に飲み込まれて遥か高くに打ち上げられる。その高さ約二十メートル。


……すぐ着地姿勢に!!


このまま頭から落ちでもすれば、ただの怪我では済まされなくなる。それに戦闘不能扱いとして自分の味方が不利になるだけだ。


しかしさすが帝国騎士、と言うべきか。瞬時に判断をしてそれを実行に移せる、その過程を当たり前のように行えるだけの実力を有しているという訳か。


脚部に魔力を集中させながら、着地の瞬間に襲いかかる反動を受け流すため、最もダメージの少ない姿勢を取っている。


だが。


「降りる場所が分かってるなら……っ!!」


グッと握りしめたその小さな拳に魔力を宿し、ユリアはタイミングを伺う。


男にとっては最悪だ。なにせあの攻撃から身を守る為に防御の姿勢を取ってしまうと、着地の瞬間に足を守る為の魔力が薄くなり骨折の恐れがある。


だが防がなければ、肋骨の数本は覚悟するべきだろう。男に残された時間はわずか二秒。深く悩んでいる暇はない。


……元より選ぶ必要はない!!


「ふぅッ!!」


「なッ!?」


着地際、ユリアの拳が胸部を打撃するその寸前。男はその隙間に手を差し伸べて威力を削いだ。


そして残った反動を活かして後方に飛び、大きな砂煙を舞い上げながらほぼ無傷で地面に着地する。


「どうだ。貴様には俺がこうする事を予想出来ていたか?」


「ぐ……っ」


してやったような笑みを浮かべながら、男は【五属の風】の詠唱を始める。


やはり彼らも帝国騎士なのだ。どれほどに大面で構えていたとしても、彼らにはユリアやセレナを上回るだけの実力はあるという訳だ。


「《ーー立ち向かう愚者を払い給え》ッ!!」


男の放った炎熱を含んだ大風は、大地を焦がしながらユリアに直進する。


速い。僅かにだがユリアの回避よりも速度が上回り、瞬時に男は勝利を予感した。


しかし、不運にも男は負けざるを得なかったようだ。


「ふッ!」


バスンと空気を断つかのような音と共に、一人の青年が現れた。そう、アランだ。


「アルにぃ!」


「はぁ!?」


ユリアは歓喜の声を上げ、男は驚嘆の声を上げる。それも仕方がない。なにせ男にとって火属性の魔術は得意分野であり、なおかつ【五属の風】において同期の中でも一番操作能力が高かったのだから。


……俺の一撃をたったの拳一つで!?


魔力を帯びた拳を振り下ろし、起こした風圧だけで膨大な熱量を帯びた風を断つ。馬鹿げた考えだが、理論的には不可能ではない。


だが誰もしない。なにせ少しでもタイミングを違えば、攻撃をその身に直接受ける羽目になる。特に雷風や熱風といったものは命にも関わる、とても危険な賭けなのだ。


……アラン=フロラストとか言ったか。アイツは正真正銘の化け物だ!!


「お、お前!   本当は何者だ!?」


「あ?   んーっとなぁ……強いて言えば、あそこのセレナお嬢様に仕える、一介の騎士です」


「そ、それだけな筈がない!!   俺達のような同期の中でも、お前みたいな桁外れた存在は見た事がないぞ!?」


「嫌だなぁ。そんなに褒めないでくださいよー」


男の目には、もはやアランが怪物にしか写っていない。恐怖と驚異に飲み込まれてしまったのだ。


しかしアランはニヘラニヘラと笑いながら、ユリアの頭をポンポンと叩く。


「ユリア、こっちは良いから行ってこい」


「本気で倒しても良い?」


「おう。容赦無くやっておしまい」


「うん、分かった!」


笑顔で駆け出すユリア。男はその嬉々とした背中をただ呆然と見つめるだけだった。


「……さて、と」


刹那、男の背筋を冷や汗が伝う。


殺気だ。瞬く間にして数十本の剣で四肢を貫かれたかのような、捕食者と被食者の関係を知らされたような、それほどに圧倒的な実力差を感じさせる。


……やばい、やばいやばいやばいやばいッッ!?


この存在は紛れもなく危険だ。自分の身を死に追いやる危険がある。男の生物的直感が逃亡を激しく主張する。


これは強者を目の当たりにした時ではなく、具現化された「死」に対面するかのような感覚だ。ただ側にいるだけで心臓の鼓動が速くなり、呼吸が荒くなる。


「おいおい、この程度・・・・の威圧で汗びっしょりかよ。根性ねぇなぁ……」


この程度。アランは吐き捨てるようにそう言った。アランにとってこの威圧は「この程度」で済まされるような、ちんけなものなのだ。


「ぐ……っ」


だが反論できない。喉元まで出かけている言葉が上がってこない。


辛い。この場に立っている事が。圧倒的な実力者を前にして、悠然と振る舞い立っている事がこれほどに辛いとは。


……これが、現実なのか。


今まで見て見ぬ振りをしてきた強者達が、これほどに恐ろしいとは。


剣も握らず、魔力も見せず、アランはその場に立つだけで、男の覇気を食らい続ける。


そしてそれから十数秒後。


男はゆっくりと、その膝を屈した。

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