英雄殺しの魔術騎士
第7話「積もる疑問」
エルシェナがオルフェリア帝国に来国してから五日。魔剣祭本戦が七日後に迫ったある昼のこと。
「……で。帝都に残った殺戮番号は俺とグウェン、あとはジェノラフの爺さんか」
第一騎士団の兵舎に姿を現したアランは、自分以外の殺戮番号がどのくらい帝都に残っているのかを確認して、少し呆れていた。
「この面子で帝都を守れって言うのか、あのクソ親父は……」
他にも第二、第三騎士団といるものの戦力となる魔術騎士はごく限られた人物だけだ。しかもそのほとんどが殺戮番号持ちには及ばない。
「心配せずとも俺が北門、ジェノラフの爺さんが南門を守るように皇帝から命令が出ている。そしてアラン、お前はーー」
「エルシェナとセレナの護衛だろ?   それくらいは分かる。だが、たかが大罪教の残党討伐に殺戮番号を普通は六人も連れて行くか?」
ヴィルガからの情報を聞くに、大罪教の残党の数は百から三百程度とリカルド一人いれば十分な数だ。
なのにヴィルガは半数以上を討伐へと送り、帝都の警護をかなり薄めにしている。これにはなにかしらの理由があるとしか考えられない。
「ほっほっほ。ですが私達にはヴィルガ殿が考えている事は分からない。今のところはおとなしく待っている方が賢明だとは思いませんかね?」
「一理あるな。まあ、何か起こるとしたら北門だろう。ジェノラフの爺さんはゆっくり茶でも啜っているといい」
「そうさせて頂くとしましょう」
優しく微笑みながら言うジェノラフ。
北門にはアルダー帝国やフィニア帝国があり、南門はカルサ共和国がある。カルサ共和国と同盟を結んでいるオルフェリア帝国にとって脅威となるのは断然北門だ。
……まあ、グウェンがいれば余裕だろ。
昼ご飯のたまこサンドウィッチを口に咥えながらそう思う。
第一騎士団の殺戮番号の中でも随一の魔力操作センスと詠唱速度を誇るグウェンは、遠距離からの永続魔術攻撃が得意であり、基礎魔術とされる【五属の矢】は最大射出数が百万本と、極大魔術に匹敵する威力だ。
代わりに近接戦がすこぶる苦手なのが面倒な点だが、五分程度時間を稼いでくれれば、ジェノラフやアランも救援には余裕で辿り着ける。つまり帝都の警護はほぼ完璧というわけだ。
……だけどなぁ。
どうしてもこの不可解な、心のどこかに靄の張り付いた気持ちの悪い感覚が離れない。何かを見落としているのでは無いだろうかと、疑心暗鬼になってしまう。
フィニア帝国からの視察団として送られた、フィニア帝国の新米兵士達と皇帝の孫娘であるエルシェナ。彼らがオルフェリア帝国に到着して数日の内に検問所が強襲を受けた。
……あまりにも偶然って感じがしないんだよなぁ。
強襲の実行者は、かつてアラン達が掃討したはずの大罪教の残党。奴らの狙いがセレナかエルシェナか分からない現状ではアランも迂闊に外へは出られない。
だが本当にそれだけだろうか?
エルシェナの身柄を欲するならば、オルフェリア帝国に向かう途中に襲撃を行った方が可能性としては成功も有り得たはずだ。だがそれを易々と見逃した。それは一体なぜだ?
そしてエルシェナが目的で無いとするならば次の可能性はセレナ。だがセレナを誘拐するために、どうして検問所を強襲する必要があるのだろうか?
必要なパズルの破片は集まりつつある。だが、決め手となる必要不可欠な一片が足りない。
最悪なことに、遠方と会話が出来る魔道具「魔接機」をリカルドが兵舎に置き忘れたらしく、向こうの情報をいち早く手に入れる事は今の段階では困難だ。
……暫くは大人しくしておくか。
「ごちそうさん。それじゃあ俺はもう行くよ」
配膳板をカウンターキッチンの上へと置いて、アランは帝国騎士のコートに身を包み扉へと向かう。
「おや、アル坊ちゃん。何かご用事でも?」
「アル坊ちゃんは止めてくれって……ちょっとした野暮用がな」
「買い物、だろう?   その右ポケットに入っている紙切れは、差し詰め貴様が料理する食材が書いてあると俺は見込んだ」
「相変わらず面倒くさいところで聡い奴だな、お前は……正解なんだけどさ!?」
見事予想を的中させられたことが嬉しかったのか、ふんと軽快な鼻音がアランの耳には届いた。
「して、アル坊ちゃん。いったい何をお作りになるのかね?」
アランが料理するのがかなり気になるのか、ジェノラフは前のめりに尋ねてくる。
「あー……これは」
ポケットから紙切れを取り出してジェノラフに見せる。そこには「バター」「卵」「砂糖」「クリームチーズ」などといった食材が必要な量だけ正確に書き記されていた。
「ふむ。これで出来るものと言えば……」
ジェノラフが理解したかのように頷いたので、正解を述べよう。
「そ。チーズケーキ」
◆◆◆
午後のひとときに茶菓子はつきものだ。ただ毎度と侍女のユーフォリアが作っては味に飽きてしまうので、時折他の誰かが作る日がある。
そして今回は料理のできるアランが一品作ることになった。
「ん……アルにぃのお菓子はやっぱり美味しい」
「アラン様がこんな事も得意だなんて……未来の妻として知っておくべきですね」
各々切り分けたチーズケーキを美味しそうに食べており、作った本人であるアランも大変ご満悦だ。
だがセレナはフォークに手を付けず、じっとケーキを眺めていた。
「…………」
「どうした、セレナ?   まさかチーズが苦手だったとか?」
「ううん、別にそういう訳じゃ無いの。ただアンタが、本当に何でも出来るんだなって思っただけ」
「別にこの程度の料理なら、一週間とあれば作れるようになるさ」
事実、アランは学院生時代に一週間かけてこのチーズケーキの作り方を会得した。
他の学院生とは違い、飛び級をしたアランは他の年上の生徒に見下されがちだったが、結果彼らよりもいち早く学習過程を済ませてしまったアランは、暇な時間が呆れるほど存在していたのだ。
その時間を有効活用しようと炊事洗濯その他諸々をリカルドの妻であるミリアに教え込まれ、今となっては主婦並みに家事のできる男となっていた。
「……そういうもの?」
「そんなもん」
別にそう難しいことではない。専門的なチーズケーキにはアランだって劣るが、本に記されていた通りに調理を進めれば失敗などする訳がない。
後はそこに自分なりのアレンジを加えて自分なりの料理にするだけ。こうして目の前のチーズケーキがあるのだ。
「何だったら今度、料理でもしてみるか?」
「言っておくけど、私かなりの料理下手よ?」
「んなもんユリアに比べれば普通の範疇だ」
ユリアの料理はとにかく不味い。肉や魚は丸焦げが当たり前だし、汁物は甘さに苦さが口の中で暴れ回るわ、時折現れる酸味が吐き気を促すわで幾度と三途の川を彷徨った覚えがある。
いつの頃か、サンドウィッチを作った時に「その辺で拾った」という謎のキノコを挟んで、試食したリカルドが白目をむいて意識不明の重体になった事件すらある始末だ。
「そう。じゃあ、お願いするわ」
そう言ってセレナもケーキを口に含む。ほんのりと甘いチーズの香りが鼻腔を通り抜け、パサついている訳でも無くましてやねっとりともしないチーズが舌の上でゆっくりと蕩けていく。
……美味しい。
敢えて口には出さず、セレナはとても満足そうな笑みを浮かべた。
「……ところでアラン様。先ほどまでどちらにいらしていたんですか?」
するとエルシェナが話題を持ち上げる。それを聞いたユリアも、気になってはいたようだ。
「第一の兵舎だ。ちょっと知り合いに呼ばれてな」
「知り合いっていうと、グウェンとか?」
二切れ目を口に頬張りながらユリアが言う。
「そ。まあ実際はジェノラフにも呼ばれてな、『今日の昼に殺戮番号は集合』という手紙が窓に挟まっていた」
それは秘密の集会などでよくやっていた日時報告の仕方だ。第二、第三騎士団と違い第一騎士団は団員の全員が集まって行う集会は滅多に無い。戦争前夜かその後くらいだ。
するとセレナが何か気になった単語があったようで、途端に眉間にしわを寄せる。
「ねえ、アラン。前から気になってはいたんだけど……その『殺戮番号』って一体何なの?」
「私も知りたいです、アラン様。どうかお聞かせ下さいませんか?」
知識欲旺盛な二人からのおねだりだ。これに応えない訳にはいかないと、アランは語り始めた。
「まあ、砕いて言えば、帝都の主戦力に皇帝自らが与える称号の代わりみたいな物だな。クソ親父のNo.1から始まって、今の所は俺のNo.9が全員だな」
「アルにぃは最年少で殺戮番号を貰った」
「よしよし、よく覚えてたなユリア。えらいぞー」
わしわしとユリアの頭を撫でる。
「……じゃあ第二・第三騎士団の団長も、その称号を持っているってこと?」
「いや、持っているのは第一だけだ。第二と第三は帝都と皇族の守護が最優先だから、戦場にはあまり行かないだろう?   殺戮ってあるように、この称号を持った魔術騎士が一人いるだけで戦局が大きく変わる存在にだけ、殺戮番号は与えられている」
「では、アラン様もその存在という訳ですか?」
「俺の場合はアステアルタ魔術大戦でアルダー帝国の三大英雄を倒した戦果がそのまま反映された感じだからなぁ……」
「いやいや、普通に凄いでしょ」
言伝とはいえ、アランが一瞬にして三大英雄を屠ったという伝説を聞く限りでは、アランもその存在に至るに十分な実力を有しているとセレナは思う。
「リカルドおじ様にジェノラフ様。それとこの間、訓練場にいらっしゃったグウェン様も殺戮番号をお持ちでしたよね」
「……ねぇ、アラン。その中に女性っていないの?」
「いるぞ。確か三人だったか、それくらい」
「私は何度か会ったことある」
「どういう人達だった?」
セレナの問いに対してユリアはしばし考え、思い当たる言葉を見つけたのかスラリと言った。
「変態」
「考えた挙句、それなの!?」
「まあ、本当に変態と変人の集まりだからなぁ……」
姿を消して好みの男性の後を追いかける変態だったり、時間に超が付くほどシビアな変人メガネだったり、殴られ責められが大好きなド変態だったり。
「でもジェノラフ様やアラン様はいたってご普通に見えますが……?」
「ジェノラフの爺さんもそこそこの変態だぞ?   なんせ若い頃は男性しか愛せないという特質な性癖を持っていたからな」
「え、じゃあもしかしてアンタも……」
突然セレナのアランを見る目が変わる。
「俺は平均的に普通じゃないか?   まあ、そこらへんはよく分からんからお前らで決めてくれ」
「アルにぃは、アルにぃ。それでグッジョブ」
「私もアラン様しか愛しておりませんので、アラン様がどのようなお方でも平気です」
ユリアとエルシェナは全く動じない。愛の力恐るべしである。
◆
その頃、帝都を離れているリカルド達は予測不能な事態に陥っていた。
「団長、奴ら『迷い殺しの森』に入って行きました!!」
「うへぇ……よりによってあそこに潜り込まれたか」
イフリア大陸のほぼ中央にあるオルゼア山脈をぐるりと囲む、暗い暗い魔境のような森林地帯。
幾千という旅人や魔術師、騎士を喰らってきたその森には、並みの魔術騎士では到底太刀打ち出来ない魔獣がそこかしこに彷徨き、そして同時に数十万エルドもするであろう高価な財宝がゴロゴロと落ちている。
ただし、その森は人を迷わせる謎の霧に包まれていた。毒性はなく濃霧という訳でもないのに、その霧は人の方向感覚を狂わせ道筋と出口を不明瞭にさせる。
その森に地図など存在せず、かつてこの先にある「フリーゲルの幻想城」を求めて、オルフェリアとフィニアで選抜された連合隊も、この森で約半数を亡くしてしまった。
そしてそんな森に大罪教の残党達は潜り込んだ。おそらく二度と出てくることは無いだろう。
そう、だれもがそれを当たり前だと思っている。なのに、
……なーんか、気掛かりなんだよなぁ。
確たる証拠もない。ただそれが余りにも不自然な行為なこともあって、リカルドの思考に疑問だけを残す。
「迷い殺しの森」はイフリア大陸に住む誰もが知るかの「名無き勇者の物語」にも、魔王の城がある手前、第一の迷宮と記されている。確かに宮殿では無いが、迷路のようなものではある。
奴らが凶悪な犯罪集団だったとしても、ここが他と比べ物にならないほど危険な場所だということも知っているはずだ。
なら何故ここを選んだ?
自分達の命すら危ぶまれる場所を隠れ場として利用するなど、常軌を逸しているとしか考えられない。
確かに彼らは狂人だ。偽りの伝承を破壊し、真実を打ち明けるという謎の行為をするが為に、何千何万という人を平然と殺している集団なのだから。
だがしかし、彼らも狂人であるものの人であることに変わりは無い。人であるということは、その場所がどれだけ危険だという事も重々承知なはずだ。ならばこの行いはいっそう怪しさを増す。
……奴らの狙いは何だ?
帝都であるリーバスまで一直線に向かってくると思いきや、まさかの国境沿いをゆっくりと歩いて「迷い殺しの森」に姿を隠した。
敵の真意が理解出来ない。その行動の次の手が全く予測出来ない。
……魔接機がここにあればなぁ。
あいにく魔接機を家に置いてきたリカルドには、推理上手なアランの知恵を借りる事が出来ない。
その代わりとして殺戮番号を多めに連れてきたのに、全員役に立たないでいる。ヴィルガもたまには失敗するんだよなぁと勝手に自己完結するも、事は一向に変わらない。
「しばらくは待機するか……」
くるりと振り返り、背後に並ぶ団員達に指示を送る。
「部隊を二つに編成。第一部隊は俺とこのまま異端者討伐に向かう。第二部隊は検問所へと向かって復旧作業にかかれ!」
『了解!!』
ここからが正念場だと、この場にいる誰もが予感していた。
「……で。帝都に残った殺戮番号は俺とグウェン、あとはジェノラフの爺さんか」
第一騎士団の兵舎に姿を現したアランは、自分以外の殺戮番号がどのくらい帝都に残っているのかを確認して、少し呆れていた。
「この面子で帝都を守れって言うのか、あのクソ親父は……」
他にも第二、第三騎士団といるものの戦力となる魔術騎士はごく限られた人物だけだ。しかもそのほとんどが殺戮番号持ちには及ばない。
「心配せずとも俺が北門、ジェノラフの爺さんが南門を守るように皇帝から命令が出ている。そしてアラン、お前はーー」
「エルシェナとセレナの護衛だろ?   それくらいは分かる。だが、たかが大罪教の残党討伐に殺戮番号を普通は六人も連れて行くか?」
ヴィルガからの情報を聞くに、大罪教の残党の数は百から三百程度とリカルド一人いれば十分な数だ。
なのにヴィルガは半数以上を討伐へと送り、帝都の警護をかなり薄めにしている。これにはなにかしらの理由があるとしか考えられない。
「ほっほっほ。ですが私達にはヴィルガ殿が考えている事は分からない。今のところはおとなしく待っている方が賢明だとは思いませんかね?」
「一理あるな。まあ、何か起こるとしたら北門だろう。ジェノラフの爺さんはゆっくり茶でも啜っているといい」
「そうさせて頂くとしましょう」
優しく微笑みながら言うジェノラフ。
北門にはアルダー帝国やフィニア帝国があり、南門はカルサ共和国がある。カルサ共和国と同盟を結んでいるオルフェリア帝国にとって脅威となるのは断然北門だ。
……まあ、グウェンがいれば余裕だろ。
昼ご飯のたまこサンドウィッチを口に咥えながらそう思う。
第一騎士団の殺戮番号の中でも随一の魔力操作センスと詠唱速度を誇るグウェンは、遠距離からの永続魔術攻撃が得意であり、基礎魔術とされる【五属の矢】は最大射出数が百万本と、極大魔術に匹敵する威力だ。
代わりに近接戦がすこぶる苦手なのが面倒な点だが、五分程度時間を稼いでくれれば、ジェノラフやアランも救援には余裕で辿り着ける。つまり帝都の警護はほぼ完璧というわけだ。
……だけどなぁ。
どうしてもこの不可解な、心のどこかに靄の張り付いた気持ちの悪い感覚が離れない。何かを見落としているのでは無いだろうかと、疑心暗鬼になってしまう。
フィニア帝国からの視察団として送られた、フィニア帝国の新米兵士達と皇帝の孫娘であるエルシェナ。彼らがオルフェリア帝国に到着して数日の内に検問所が強襲を受けた。
……あまりにも偶然って感じがしないんだよなぁ。
強襲の実行者は、かつてアラン達が掃討したはずの大罪教の残党。奴らの狙いがセレナかエルシェナか分からない現状ではアランも迂闊に外へは出られない。
だが本当にそれだけだろうか?
エルシェナの身柄を欲するならば、オルフェリア帝国に向かう途中に襲撃を行った方が可能性としては成功も有り得たはずだ。だがそれを易々と見逃した。それは一体なぜだ?
そしてエルシェナが目的で無いとするならば次の可能性はセレナ。だがセレナを誘拐するために、どうして検問所を強襲する必要があるのだろうか?
必要なパズルの破片は集まりつつある。だが、決め手となる必要不可欠な一片が足りない。
最悪なことに、遠方と会話が出来る魔道具「魔接機」をリカルドが兵舎に置き忘れたらしく、向こうの情報をいち早く手に入れる事は今の段階では困難だ。
……暫くは大人しくしておくか。
「ごちそうさん。それじゃあ俺はもう行くよ」
配膳板をカウンターキッチンの上へと置いて、アランは帝国騎士のコートに身を包み扉へと向かう。
「おや、アル坊ちゃん。何かご用事でも?」
「アル坊ちゃんは止めてくれって……ちょっとした野暮用がな」
「買い物、だろう?   その右ポケットに入っている紙切れは、差し詰め貴様が料理する食材が書いてあると俺は見込んだ」
「相変わらず面倒くさいところで聡い奴だな、お前は……正解なんだけどさ!?」
見事予想を的中させられたことが嬉しかったのか、ふんと軽快な鼻音がアランの耳には届いた。
「して、アル坊ちゃん。いったい何をお作りになるのかね?」
アランが料理するのがかなり気になるのか、ジェノラフは前のめりに尋ねてくる。
「あー……これは」
ポケットから紙切れを取り出してジェノラフに見せる。そこには「バター」「卵」「砂糖」「クリームチーズ」などといった食材が必要な量だけ正確に書き記されていた。
「ふむ。これで出来るものと言えば……」
ジェノラフが理解したかのように頷いたので、正解を述べよう。
「そ。チーズケーキ」
◆◆◆
午後のひとときに茶菓子はつきものだ。ただ毎度と侍女のユーフォリアが作っては味に飽きてしまうので、時折他の誰かが作る日がある。
そして今回は料理のできるアランが一品作ることになった。
「ん……アルにぃのお菓子はやっぱり美味しい」
「アラン様がこんな事も得意だなんて……未来の妻として知っておくべきですね」
各々切り分けたチーズケーキを美味しそうに食べており、作った本人であるアランも大変ご満悦だ。
だがセレナはフォークに手を付けず、じっとケーキを眺めていた。
「…………」
「どうした、セレナ?   まさかチーズが苦手だったとか?」
「ううん、別にそういう訳じゃ無いの。ただアンタが、本当に何でも出来るんだなって思っただけ」
「別にこの程度の料理なら、一週間とあれば作れるようになるさ」
事実、アランは学院生時代に一週間かけてこのチーズケーキの作り方を会得した。
他の学院生とは違い、飛び級をしたアランは他の年上の生徒に見下されがちだったが、結果彼らよりもいち早く学習過程を済ませてしまったアランは、暇な時間が呆れるほど存在していたのだ。
その時間を有効活用しようと炊事洗濯その他諸々をリカルドの妻であるミリアに教え込まれ、今となっては主婦並みに家事のできる男となっていた。
「……そういうもの?」
「そんなもん」
別にそう難しいことではない。専門的なチーズケーキにはアランだって劣るが、本に記されていた通りに調理を進めれば失敗などする訳がない。
後はそこに自分なりのアレンジを加えて自分なりの料理にするだけ。こうして目の前のチーズケーキがあるのだ。
「何だったら今度、料理でもしてみるか?」
「言っておくけど、私かなりの料理下手よ?」
「んなもんユリアに比べれば普通の範疇だ」
ユリアの料理はとにかく不味い。肉や魚は丸焦げが当たり前だし、汁物は甘さに苦さが口の中で暴れ回るわ、時折現れる酸味が吐き気を促すわで幾度と三途の川を彷徨った覚えがある。
いつの頃か、サンドウィッチを作った時に「その辺で拾った」という謎のキノコを挟んで、試食したリカルドが白目をむいて意識不明の重体になった事件すらある始末だ。
「そう。じゃあ、お願いするわ」
そう言ってセレナもケーキを口に含む。ほんのりと甘いチーズの香りが鼻腔を通り抜け、パサついている訳でも無くましてやねっとりともしないチーズが舌の上でゆっくりと蕩けていく。
……美味しい。
敢えて口には出さず、セレナはとても満足そうな笑みを浮かべた。
「……ところでアラン様。先ほどまでどちらにいらしていたんですか?」
するとエルシェナが話題を持ち上げる。それを聞いたユリアも、気になってはいたようだ。
「第一の兵舎だ。ちょっと知り合いに呼ばれてな」
「知り合いっていうと、グウェンとか?」
二切れ目を口に頬張りながらユリアが言う。
「そ。まあ実際はジェノラフにも呼ばれてな、『今日の昼に殺戮番号は集合』という手紙が窓に挟まっていた」
それは秘密の集会などでよくやっていた日時報告の仕方だ。第二、第三騎士団と違い第一騎士団は団員の全員が集まって行う集会は滅多に無い。戦争前夜かその後くらいだ。
するとセレナが何か気になった単語があったようで、途端に眉間にしわを寄せる。
「ねえ、アラン。前から気になってはいたんだけど……その『殺戮番号』って一体何なの?」
「私も知りたいです、アラン様。どうかお聞かせ下さいませんか?」
知識欲旺盛な二人からのおねだりだ。これに応えない訳にはいかないと、アランは語り始めた。
「まあ、砕いて言えば、帝都の主戦力に皇帝自らが与える称号の代わりみたいな物だな。クソ親父のNo.1から始まって、今の所は俺のNo.9が全員だな」
「アルにぃは最年少で殺戮番号を貰った」
「よしよし、よく覚えてたなユリア。えらいぞー」
わしわしとユリアの頭を撫でる。
「……じゃあ第二・第三騎士団の団長も、その称号を持っているってこと?」
「いや、持っているのは第一だけだ。第二と第三は帝都と皇族の守護が最優先だから、戦場にはあまり行かないだろう?   殺戮ってあるように、この称号を持った魔術騎士が一人いるだけで戦局が大きく変わる存在にだけ、殺戮番号は与えられている」
「では、アラン様もその存在という訳ですか?」
「俺の場合はアステアルタ魔術大戦でアルダー帝国の三大英雄を倒した戦果がそのまま反映された感じだからなぁ……」
「いやいや、普通に凄いでしょ」
言伝とはいえ、アランが一瞬にして三大英雄を屠ったという伝説を聞く限りでは、アランもその存在に至るに十分な実力を有しているとセレナは思う。
「リカルドおじ様にジェノラフ様。それとこの間、訓練場にいらっしゃったグウェン様も殺戮番号をお持ちでしたよね」
「……ねぇ、アラン。その中に女性っていないの?」
「いるぞ。確か三人だったか、それくらい」
「私は何度か会ったことある」
「どういう人達だった?」
セレナの問いに対してユリアはしばし考え、思い当たる言葉を見つけたのかスラリと言った。
「変態」
「考えた挙句、それなの!?」
「まあ、本当に変態と変人の集まりだからなぁ……」
姿を消して好みの男性の後を追いかける変態だったり、時間に超が付くほどシビアな変人メガネだったり、殴られ責められが大好きなド変態だったり。
「でもジェノラフ様やアラン様はいたってご普通に見えますが……?」
「ジェノラフの爺さんもそこそこの変態だぞ?   なんせ若い頃は男性しか愛せないという特質な性癖を持っていたからな」
「え、じゃあもしかしてアンタも……」
突然セレナのアランを見る目が変わる。
「俺は平均的に普通じゃないか?   まあ、そこらへんはよく分からんからお前らで決めてくれ」
「アルにぃは、アルにぃ。それでグッジョブ」
「私もアラン様しか愛しておりませんので、アラン様がどのようなお方でも平気です」
ユリアとエルシェナは全く動じない。愛の力恐るべしである。
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「団長、奴ら『迷い殺しの森』に入って行きました!!」
「うへぇ……よりによってあそこに潜り込まれたか」
イフリア大陸のほぼ中央にあるオルゼア山脈をぐるりと囲む、暗い暗い魔境のような森林地帯。
幾千という旅人や魔術師、騎士を喰らってきたその森には、並みの魔術騎士では到底太刀打ち出来ない魔獣がそこかしこに彷徨き、そして同時に数十万エルドもするであろう高価な財宝がゴロゴロと落ちている。
ただし、その森は人を迷わせる謎の霧に包まれていた。毒性はなく濃霧という訳でもないのに、その霧は人の方向感覚を狂わせ道筋と出口を不明瞭にさせる。
その森に地図など存在せず、かつてこの先にある「フリーゲルの幻想城」を求めて、オルフェリアとフィニアで選抜された連合隊も、この森で約半数を亡くしてしまった。
そしてそんな森に大罪教の残党達は潜り込んだ。おそらく二度と出てくることは無いだろう。
そう、だれもがそれを当たり前だと思っている。なのに、
……なーんか、気掛かりなんだよなぁ。
確たる証拠もない。ただそれが余りにも不自然な行為なこともあって、リカルドの思考に疑問だけを残す。
「迷い殺しの森」はイフリア大陸に住む誰もが知るかの「名無き勇者の物語」にも、魔王の城がある手前、第一の迷宮と記されている。確かに宮殿では無いが、迷路のようなものではある。
奴らが凶悪な犯罪集団だったとしても、ここが他と比べ物にならないほど危険な場所だということも知っているはずだ。
なら何故ここを選んだ?
自分達の命すら危ぶまれる場所を隠れ場として利用するなど、常軌を逸しているとしか考えられない。
確かに彼らは狂人だ。偽りの伝承を破壊し、真実を打ち明けるという謎の行為をするが為に、何千何万という人を平然と殺している集団なのだから。
だがしかし、彼らも狂人であるものの人であることに変わりは無い。人であるということは、その場所がどれだけ危険だという事も重々承知なはずだ。ならばこの行いはいっそう怪しさを増す。
……奴らの狙いは何だ?
帝都であるリーバスまで一直線に向かってくると思いきや、まさかの国境沿いをゆっくりと歩いて「迷い殺しの森」に姿を隠した。
敵の真意が理解出来ない。その行動の次の手が全く予測出来ない。
……魔接機がここにあればなぁ。
あいにく魔接機を家に置いてきたリカルドには、推理上手なアランの知恵を借りる事が出来ない。
その代わりとして殺戮番号を多めに連れてきたのに、全員役に立たないでいる。ヴィルガもたまには失敗するんだよなぁと勝手に自己完結するも、事は一向に変わらない。
「しばらくは待機するか……」
くるりと振り返り、背後に並ぶ団員達に指示を送る。
「部隊を二つに編成。第一部隊は俺とこのまま異端者討伐に向かう。第二部隊は検問所へと向かって復旧作業にかかれ!」
『了解!!』
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