英雄殺しの魔術騎士
第4話「情報収集」
それは放課後の話。
夕焼けを背にして学院を歩く、小さな二つの影があった。
「ねぇ、セレナ。確かエルシェナはセレナの家にしばらく泊まるんだよね?」
「ええ、そうよ。私もつい昨日聞いたばかりだけど、リアは客室の掃除までしてあるから心配いりません、だそうだし」
「ふーん……」
◆
「というわけで、しばらくここに住む」
「どういう訳で住むことになる」
それから一時間ほど時が過ぎ、大きな鞄を持ったユリアがセレナの屋敷に現れた。開口一番にここに住む宣言を受けて、アランは思わず突っ込む。
「エルシェナの魔の手からアルにぃを護るため」
「……それだけか?」
「うん、それだけ」
「ならば何故に目が泳いでいるのだろうか?」
「気のせい気のせい」
「誤魔化すの下手だなぁ……」
はぁ、とため息を漏らすアラン。実のところユリアがセレナに対して、エルシェナの処遇について尋ねてきたという過去話を聞いた時点で、こうなるんじゃないかと予想はしていた。
だが、だからといってユリアをセレナの屋敷に泊まるつもりはさらさらない。エルシェナというじゃじゃ馬に合わせて、じゃじゃ義妹まで同居する事になれば、アランには睡眠時間が消滅するという、震え慄く現実が誕生するのではないかと判断したからだ。
しかしさすがのユリア、一歩も退かない。ズンとした態度を依然としてとりながら、玄関に立ち尽くしている。
……仕方がない。ここは正攻法でいこう。
「ユリア、お前はエルシェナの魔の手から俺を護ると言ったが……その、魔の手とは一体何のことだ?」
「魔の手は、魔の手。夜這いとか既成事実とか学生妊娠とか他にもーー」
「うん、ごめん。分かったからもう止めてくださいこれ以上言われると俺の心が挫けそうです」
「……そう?   なら、いいや」
正攻法は易く失敗に終わった。どうやら義妹はアランと離れて暮らしていた間に精神的にも大きくなっていたようだ。
「お母さんからのお許しは貰ってるし、お父さんも何とか納得してくれた。だから家には心配はかけてないよ?」
「それは良いことなんだが……こっちの家にも都合ってもんがあると思うんだが……」
今さら義妹が泊まるので客室をもう一つ大至急で整えてください、なんてリアに言えるはずが…………
「ご安心ください、ユリア様。こんなことがあろうかと、常にユリア様のお部屋は準備していましたから」
「ユーフォリア、最高」
いえいえ、と唐突にどこからともなく気配なくして現れたユーフォリア。三つ編みにして整えられた黒い後ろ髪が揺れるたびに、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。
……つーか、この人なら余裕で俺とか暗殺出来そうだよなぁ。
常日頃から警戒心の強いアランだが、一度気を許した相手にはどうしたものか警戒心がすごく緩くなってしまう癖がある。
屋敷で暮らして早二週間。アランとユーフォリアの間には、既に目で見えない絆らしきもので繋がっている感じが取れる。ただ、これが決して恋愛感情ではないのも事実だが。
「ではユリア様。こちらにどうぞ、荷物はアランさんに持たせて下さいね」
「そうする。アルにぃ」
「そうですよね、最初から拒否権なんて俺には無いですよね。ええ知ってましたよ、こうなる事はどこかで思ってましたから。屋敷に居候させてもらっているだけでも十分ですから、こんな事にいちいち不平を言っていたら借金地獄に苛まれるだけですからね……(ブツブツ)」
荷物を受け取り、二人の後ろを小言を呟きながらついて行く。ユーフォリアはなかなかの地獄耳なのでとても最小限の声で呟き、とぼとぼと階段を上ってセレナの部屋から右に二つ目の扉で足を止めた。
「こちらへ。部屋の内装は昔ユリア様がお泊りに来ていた時と同じですので。あ、それとお夕飯は済んでいますか?   まだでしたら今すぐに準備をしますが……」
「晩ご飯は大丈夫。ありがとう、ユーフォリア」
ふっと微笑んでお辞儀をし、その場を後にするユーフォリア。ユリアの荷物を持ってアランとユリアは部屋の中に入った。
アランの屋根裏部屋の二倍はありそうな間取りだが、取り敢えず鞄を机の上に置いてユリアはベッドに、アランは椅子に腰をかける。
「……で。本当のところを聞かせてもらおうか?」
「だからアルにぃを魔の手から護るためにーー」
「はい、ダウト」
アランはきっぱりと言った。
「お前はよく分からんと思うが……ユリア、お前は嘘つくとき右手で左手を掴む癖があるんだよ。あと何かを隠しているときは手首を服の裾に擦り付ける癖もな。今回の場合は両方だったから、嘘もついてるし何かも隠している。さっさと吐きなさい、さもなくば明日からユリアとは口を利きません」
「あ、あああうあう……」
どうやら言いたいけど、言うと何やらまずい案件なようだ。責任とアランへの愛が天秤にかけられて、フラフラと揺らぎ続けているらしく葛藤している。
そして二分の葛藤の末に、義兄への愛に心折れたユリアはポツポツと話し始めた。
「昨日のお昼、お父さんから聞いた話。フィニア国境の河川にある検問所に襲撃があったみたい」
「よりによってあそこ……なるほどな。それでリカルドにエルシェナを監視しろ、と言われたのか」
ユリアはこくりと頷く。
「犯人の手掛かりは?」
「跡地に落ちていたローブに、七本の剣が描いてあったって」
「しかも大罪教かよ……」
かつて大陸全土に名を轟かせた宗教型犯罪組織、大罪教。世界に広がる偽りの真実を否定し、彼らが大司教と崇拝する人物が掲げる真実を正義としている狂人の集まりだ。
……確か、クソ親父が。
以前ヴィルガに渡された書類の中に、大罪教の司教らしき人物と遭遇したという報告があった。見た目は十歳ほどの少年でとても非力そうだったが、下卑たようなその笑みはまさしく異端者のようだったらしい。
だがしかし、アランが帝国騎士として勤めた三年の内で大罪教の司教は四人仕留めた。その他の三人は全員二十歳は超えているような面立ちだったはずだから、そう考えると新たに補充された実力者だろうか。
なんにせよ、この時期に検問所が襲撃を受けたという事は、間違いなく狙いはエルシェナだ。セレナという可能性も捨てきれないが、そこを考えるのは今のアランの仕事では無い。
「問題は、なぜ帝国騎士ではなく学院生のユリアが担当する事になったか、だ。第一は忙しいから放っておくとして、第二は皇族や御来客の身辺警護も任務だろう?   それを差し置いてどうしてユリアに……って、それはこの間自分で解決していたな」
一人で考えて一人で突っ込むアラン。
ヴィルガと話した際にはっきりしているではないか。エルシェナと他の帝国騎士が深い関わりを持つことを、ヴィルガは危惧しているのだ。
それに対してはユリアも知り得た顔で答える。
「まず、この話はお父さんにしか伝わってないらしい。そしたらお父さんがアルにぃにだけは一応伝えといてくれって」
「あんのクソ親父……いったい何考えてやがる?」
常識から抜きん出た、突発的な思考を持つリカルドは時に常人には到底理解できない言動を起こすことが多々存在する。
というわけでアランは即座にその考えを放棄。むしろ今の状況について簡単に整理を始めた。
敵は再び大罪教。フィニア帝国との自然国境である河川に設置された検問所を襲撃されて破壊、現在進行形でオルフェリア帝国の帝都リーバスに向けて今も進行していると推測される。
……襲撃を受けたのは昨日。あそこから帝都までを最短距離で結んだとしても二日、けど途中の魔獣生息区域の森を迂回しなければいけないだろうから、大きく見積もってあと四日は余裕があるな。
「けどまあ、第一騎士団勢揃いの現状で向こうに勝ち目はないだろうなあ……」
「ああ、うん。そこなんだって、アルにぃ」
「え、なにか他にも問題があったりすんの?」
疑問に対してユリアは首肯で返す。
 
「それで今日のお昼にね。アルダー帝国の国境で亜竜が見えたって」
「亜竜ねぇ……………………………………………………………………………………は?」
阿呆みたいな声が喉から漏れる。
亜竜とはすなわち竜であり竜でない、さらに正確に言えば竜種などの人間の言葉を理解できる種類とは異なり、欲の赴くままに自由に行動する怪物のことを指す。
ちなみに「名無き勇者の物語」にも亜竜は出てくる。作者曰く、竜と亜竜の違いは単純にその生物性だ。
亜竜には恐怖も快感も好奇心も憤怒もない。目に入った生物を殺して食う。その機械的な動きを条件が揃えば必ず行う。だから人はその怪物を「亜竜」と呼ぶのだ。
そして竜の国とまで呼ばれるジョルバ王国に隣接している事もあって、亜竜は何匹と存在する。だからこそ、オルフェリア帝国内には絶対に入らせたりはしたくない。だが竜の出来損ないとはいえ生半可な帝国騎士では勝てるはずもなく、実力者が討伐に向かうはずだろう。
「ま、まさかだとは思うが……クソ親父は?」
「第一騎士団の過半数を連れて行くって」
「マジかよ……てか過半数も連れて行くなんて、結構ガチなんだな」
背凭れに重心を傾けるアラン。今回も帝都で待機ということだ。どうやらヴィルガは抗った報いとして、高額な報奨金の入りそうな任務には就かせないつもりらしい。
「アルにぃは心配せずに、のーんびりしてれば良い。今回はきっと何も無いと思うから」
「んー……そうやって妙な伏線を張るの、ちょっと止めてもらえないでしょうか?」
「ん……努力する」
「よろしい」
こうして聞きたい事を聞いたアランはおやすみとだけ言い残して部屋から出る。これ以上部屋でユリアと二人きりだと、すぐ近くで待機しているユーフォリアの睨みが収まりそうに無いからだ。
……またしても面倒くさい問題が増えてしまった……。
ちょちょいとセレナに剣術教えて即刻家に帰るつもりが、多額の借金と数々の激務を与えられ続けるアラン。一体どこから道を踏み外したのだろうか?
もう無気力になるしかないな。虚しくもそう思ったアランであった。
◆◆◆
……夢を見た。
いや、実際にはこれは夢ではない。幻想であり、そして現実でもある。
ふと気づけば、眼前には冷たい石畳が延々と続き、それは一本の道を成していた。少しでも踏み外せば奈落の底まで真っ逆さまに落ちる事を知りながら、俺は躊躇うことなく足を進める。
ペタペタ、と足の裏が石を踏みしめる音だけが辺りに反響して、孤独感をひしひしと感じる中で俺はじっと前だけを見続けた。
その道はまるで自分の人生を示しているかのようで、諦めという言葉が幾度と脳裏をよぎる。だが俺は諦めることを諦めて、静かに前へと進み続ける。
すると唐突に、大きな石の扉が俺の前に姿を表す。この世界に来た時はいつもこんな感じだ。最近では、この程度だと驚かなくなったものだ。
扉に描かれた生者と死者の絵、そして数千もの第一神聖語の羅列。専門家並みの知識を有した俺ですら、全く解読が出来ない。
今回も読めなかったことに嘆息しながら、俺はそっとその扉を押し開ける。ゆっくりと開く扉の中に素早く身を入れると、そこにはーーーー
『よう、アラン』
中央に鎮座する一人の青年がいた。髪は紅く、瞳は鈍色。背丈は俺と大して変わらず、だがその威圧的な目は俺を向いている。
今日はそっちから呼んだのか?
『ああ。俺がお前に用があったから、意識だけを無理やり引っ張ってきたのさ』
相変わらず無茶をしてくれるなぁ。
『おいおい、そんな事を言える様かよお前が。毎度のこと力を貸してやってんのは、俺なんだぜ?』
そう、今目の前にいる彼こそが俺の「心の紙片」を形にしたものだ。どういう訳か彼は睡眠中の俺の意識を切り離してこちら側の世界に連れて来れる力を有しているらしい。
そんで、俺になんの用事なんだよ?
『おお、そうだったな。俺は今日、お前さんに警告をしておこうと思ってな』
警告?   いったい何に対してのだよ。
『【顕現武装】ーー俺がお前に与えた力のことだ。これ以上使えば、お前の身はいつあの時のようになるかは分からない。今は封印してるみたいだが、使えば使うだけ身体への影響は露わになる』
ニッと彼は笑う。その含みのある笑みに俺は苛立ちを覚えるが、すべて真実なのだから受け入れるしかない。
……ちなみに、あと何回使える?
『そうだな……二回、いや三回ってところかな。それ以上は封印があっても侵食は止められないし、止めたとしても元には戻れないだろうよ』
二、三回って……世知辛いなぁ。
『仕方ねぇよ。そんだけお前が短期間に使ったのが悪いんだから。体内に毒の抗体を作り出すのだって、ゆっくりと時間をかけて行うだろう?   お前はその毒を短期で多量に摂取してしまった。今はその毒がお前を蝕んでいるんだ』
そう、「呪い」という名の毒が。
『まあ、どうせお前のことだから誰かのピンチになった時には迷わず使っちまうんだろう?   だから警告はするが忠告はしねぇよ』
よく分かってるじゃないか。
彼の言葉に俺は笑みを浮かべる。
と、その時だった。俺の身体を光が包む。そろそろ起床の時間なのだろう。
『さぁてと……それじゃあ別れの前に、再度確認としておこうか』
確認、それは彼との契約だ。俺が【顕現武装】を得る代償として受けたのは彼の絶対遵守の契約。彼は唱え始める。
『俺とお前は一心同体。俺が堕ちればお前も堕ちて、俺が消えればお前も消える。たとえ想いに繋がりが無くとも、その魂に繋がりはある』
「もしも俺たちの大切な何かを壊そうとする者が現れたならば、俺は全てを賭してでも大切なものを護り抜くと誓おう」
『俺と』
「俺の」
「『魂に誓って』」
夕焼けを背にして学院を歩く、小さな二つの影があった。
「ねぇ、セレナ。確かエルシェナはセレナの家にしばらく泊まるんだよね?」
「ええ、そうよ。私もつい昨日聞いたばかりだけど、リアは客室の掃除までしてあるから心配いりません、だそうだし」
「ふーん……」
◆
「というわけで、しばらくここに住む」
「どういう訳で住むことになる」
それから一時間ほど時が過ぎ、大きな鞄を持ったユリアがセレナの屋敷に現れた。開口一番にここに住む宣言を受けて、アランは思わず突っ込む。
「エルシェナの魔の手からアルにぃを護るため」
「……それだけか?」
「うん、それだけ」
「ならば何故に目が泳いでいるのだろうか?」
「気のせい気のせい」
「誤魔化すの下手だなぁ……」
はぁ、とため息を漏らすアラン。実のところユリアがセレナに対して、エルシェナの処遇について尋ねてきたという過去話を聞いた時点で、こうなるんじゃないかと予想はしていた。
だが、だからといってユリアをセレナの屋敷に泊まるつもりはさらさらない。エルシェナというじゃじゃ馬に合わせて、じゃじゃ義妹まで同居する事になれば、アランには睡眠時間が消滅するという、震え慄く現実が誕生するのではないかと判断したからだ。
しかしさすがのユリア、一歩も退かない。ズンとした態度を依然としてとりながら、玄関に立ち尽くしている。
……仕方がない。ここは正攻法でいこう。
「ユリア、お前はエルシェナの魔の手から俺を護ると言ったが……その、魔の手とは一体何のことだ?」
「魔の手は、魔の手。夜這いとか既成事実とか学生妊娠とか他にもーー」
「うん、ごめん。分かったからもう止めてくださいこれ以上言われると俺の心が挫けそうです」
「……そう?   なら、いいや」
正攻法は易く失敗に終わった。どうやら義妹はアランと離れて暮らしていた間に精神的にも大きくなっていたようだ。
「お母さんからのお許しは貰ってるし、お父さんも何とか納得してくれた。だから家には心配はかけてないよ?」
「それは良いことなんだが……こっちの家にも都合ってもんがあると思うんだが……」
今さら義妹が泊まるので客室をもう一つ大至急で整えてください、なんてリアに言えるはずが…………
「ご安心ください、ユリア様。こんなことがあろうかと、常にユリア様のお部屋は準備していましたから」
「ユーフォリア、最高」
いえいえ、と唐突にどこからともなく気配なくして現れたユーフォリア。三つ編みにして整えられた黒い後ろ髪が揺れるたびに、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。
……つーか、この人なら余裕で俺とか暗殺出来そうだよなぁ。
常日頃から警戒心の強いアランだが、一度気を許した相手にはどうしたものか警戒心がすごく緩くなってしまう癖がある。
屋敷で暮らして早二週間。アランとユーフォリアの間には、既に目で見えない絆らしきもので繋がっている感じが取れる。ただ、これが決して恋愛感情ではないのも事実だが。
「ではユリア様。こちらにどうぞ、荷物はアランさんに持たせて下さいね」
「そうする。アルにぃ」
「そうですよね、最初から拒否権なんて俺には無いですよね。ええ知ってましたよ、こうなる事はどこかで思ってましたから。屋敷に居候させてもらっているだけでも十分ですから、こんな事にいちいち不平を言っていたら借金地獄に苛まれるだけですからね……(ブツブツ)」
荷物を受け取り、二人の後ろを小言を呟きながらついて行く。ユーフォリアはなかなかの地獄耳なのでとても最小限の声で呟き、とぼとぼと階段を上ってセレナの部屋から右に二つ目の扉で足を止めた。
「こちらへ。部屋の内装は昔ユリア様がお泊りに来ていた時と同じですので。あ、それとお夕飯は済んでいますか?   まだでしたら今すぐに準備をしますが……」
「晩ご飯は大丈夫。ありがとう、ユーフォリア」
ふっと微笑んでお辞儀をし、その場を後にするユーフォリア。ユリアの荷物を持ってアランとユリアは部屋の中に入った。
アランの屋根裏部屋の二倍はありそうな間取りだが、取り敢えず鞄を机の上に置いてユリアはベッドに、アランは椅子に腰をかける。
「……で。本当のところを聞かせてもらおうか?」
「だからアルにぃを魔の手から護るためにーー」
「はい、ダウト」
アランはきっぱりと言った。
「お前はよく分からんと思うが……ユリア、お前は嘘つくとき右手で左手を掴む癖があるんだよ。あと何かを隠しているときは手首を服の裾に擦り付ける癖もな。今回の場合は両方だったから、嘘もついてるし何かも隠している。さっさと吐きなさい、さもなくば明日からユリアとは口を利きません」
「あ、あああうあう……」
どうやら言いたいけど、言うと何やらまずい案件なようだ。責任とアランへの愛が天秤にかけられて、フラフラと揺らぎ続けているらしく葛藤している。
そして二分の葛藤の末に、義兄への愛に心折れたユリアはポツポツと話し始めた。
「昨日のお昼、お父さんから聞いた話。フィニア国境の河川にある検問所に襲撃があったみたい」
「よりによってあそこ……なるほどな。それでリカルドにエルシェナを監視しろ、と言われたのか」
ユリアはこくりと頷く。
「犯人の手掛かりは?」
「跡地に落ちていたローブに、七本の剣が描いてあったって」
「しかも大罪教かよ……」
かつて大陸全土に名を轟かせた宗教型犯罪組織、大罪教。世界に広がる偽りの真実を否定し、彼らが大司教と崇拝する人物が掲げる真実を正義としている狂人の集まりだ。
……確か、クソ親父が。
以前ヴィルガに渡された書類の中に、大罪教の司教らしき人物と遭遇したという報告があった。見た目は十歳ほどの少年でとても非力そうだったが、下卑たようなその笑みはまさしく異端者のようだったらしい。
だがしかし、アランが帝国騎士として勤めた三年の内で大罪教の司教は四人仕留めた。その他の三人は全員二十歳は超えているような面立ちだったはずだから、そう考えると新たに補充された実力者だろうか。
なんにせよ、この時期に検問所が襲撃を受けたという事は、間違いなく狙いはエルシェナだ。セレナという可能性も捨てきれないが、そこを考えるのは今のアランの仕事では無い。
「問題は、なぜ帝国騎士ではなく学院生のユリアが担当する事になったか、だ。第一は忙しいから放っておくとして、第二は皇族や御来客の身辺警護も任務だろう?   それを差し置いてどうしてユリアに……って、それはこの間自分で解決していたな」
一人で考えて一人で突っ込むアラン。
ヴィルガと話した際にはっきりしているではないか。エルシェナと他の帝国騎士が深い関わりを持つことを、ヴィルガは危惧しているのだ。
それに対してはユリアも知り得た顔で答える。
「まず、この話はお父さんにしか伝わってないらしい。そしたらお父さんがアルにぃにだけは一応伝えといてくれって」
「あんのクソ親父……いったい何考えてやがる?」
常識から抜きん出た、突発的な思考を持つリカルドは時に常人には到底理解できない言動を起こすことが多々存在する。
というわけでアランは即座にその考えを放棄。むしろ今の状況について簡単に整理を始めた。
敵は再び大罪教。フィニア帝国との自然国境である河川に設置された検問所を襲撃されて破壊、現在進行形でオルフェリア帝国の帝都リーバスに向けて今も進行していると推測される。
……襲撃を受けたのは昨日。あそこから帝都までを最短距離で結んだとしても二日、けど途中の魔獣生息区域の森を迂回しなければいけないだろうから、大きく見積もってあと四日は余裕があるな。
「けどまあ、第一騎士団勢揃いの現状で向こうに勝ち目はないだろうなあ……」
「ああ、うん。そこなんだって、アルにぃ」
「え、なにか他にも問題があったりすんの?」
疑問に対してユリアは首肯で返す。
 
「それで今日のお昼にね。アルダー帝国の国境で亜竜が見えたって」
「亜竜ねぇ……………………………………………………………………………………は?」
阿呆みたいな声が喉から漏れる。
亜竜とはすなわち竜であり竜でない、さらに正確に言えば竜種などの人間の言葉を理解できる種類とは異なり、欲の赴くままに自由に行動する怪物のことを指す。
ちなみに「名無き勇者の物語」にも亜竜は出てくる。作者曰く、竜と亜竜の違いは単純にその生物性だ。
亜竜には恐怖も快感も好奇心も憤怒もない。目に入った生物を殺して食う。その機械的な動きを条件が揃えば必ず行う。だから人はその怪物を「亜竜」と呼ぶのだ。
そして竜の国とまで呼ばれるジョルバ王国に隣接している事もあって、亜竜は何匹と存在する。だからこそ、オルフェリア帝国内には絶対に入らせたりはしたくない。だが竜の出来損ないとはいえ生半可な帝国騎士では勝てるはずもなく、実力者が討伐に向かうはずだろう。
「ま、まさかだとは思うが……クソ親父は?」
「第一騎士団の過半数を連れて行くって」
「マジかよ……てか過半数も連れて行くなんて、結構ガチなんだな」
背凭れに重心を傾けるアラン。今回も帝都で待機ということだ。どうやらヴィルガは抗った報いとして、高額な報奨金の入りそうな任務には就かせないつもりらしい。
「アルにぃは心配せずに、のーんびりしてれば良い。今回はきっと何も無いと思うから」
「んー……そうやって妙な伏線を張るの、ちょっと止めてもらえないでしょうか?」
「ん……努力する」
「よろしい」
こうして聞きたい事を聞いたアランはおやすみとだけ言い残して部屋から出る。これ以上部屋でユリアと二人きりだと、すぐ近くで待機しているユーフォリアの睨みが収まりそうに無いからだ。
……またしても面倒くさい問題が増えてしまった……。
ちょちょいとセレナに剣術教えて即刻家に帰るつもりが、多額の借金と数々の激務を与えられ続けるアラン。一体どこから道を踏み外したのだろうか?
もう無気力になるしかないな。虚しくもそう思ったアランであった。
◆◆◆
……夢を見た。
いや、実際にはこれは夢ではない。幻想であり、そして現実でもある。
ふと気づけば、眼前には冷たい石畳が延々と続き、それは一本の道を成していた。少しでも踏み外せば奈落の底まで真っ逆さまに落ちる事を知りながら、俺は躊躇うことなく足を進める。
ペタペタ、と足の裏が石を踏みしめる音だけが辺りに反響して、孤独感をひしひしと感じる中で俺はじっと前だけを見続けた。
その道はまるで自分の人生を示しているかのようで、諦めという言葉が幾度と脳裏をよぎる。だが俺は諦めることを諦めて、静かに前へと進み続ける。
すると唐突に、大きな石の扉が俺の前に姿を表す。この世界に来た時はいつもこんな感じだ。最近では、この程度だと驚かなくなったものだ。
扉に描かれた生者と死者の絵、そして数千もの第一神聖語の羅列。専門家並みの知識を有した俺ですら、全く解読が出来ない。
今回も読めなかったことに嘆息しながら、俺はそっとその扉を押し開ける。ゆっくりと開く扉の中に素早く身を入れると、そこにはーーーー
『よう、アラン』
中央に鎮座する一人の青年がいた。髪は紅く、瞳は鈍色。背丈は俺と大して変わらず、だがその威圧的な目は俺を向いている。
今日はそっちから呼んだのか?
『ああ。俺がお前に用があったから、意識だけを無理やり引っ張ってきたのさ』
相変わらず無茶をしてくれるなぁ。
『おいおい、そんな事を言える様かよお前が。毎度のこと力を貸してやってんのは、俺なんだぜ?』
そう、今目の前にいる彼こそが俺の「心の紙片」を形にしたものだ。どういう訳か彼は睡眠中の俺の意識を切り離してこちら側の世界に連れて来れる力を有しているらしい。
そんで、俺になんの用事なんだよ?
『おお、そうだったな。俺は今日、お前さんに警告をしておこうと思ってな』
警告?   いったい何に対してのだよ。
『【顕現武装】ーー俺がお前に与えた力のことだ。これ以上使えば、お前の身はいつあの時のようになるかは分からない。今は封印してるみたいだが、使えば使うだけ身体への影響は露わになる』
ニッと彼は笑う。その含みのある笑みに俺は苛立ちを覚えるが、すべて真実なのだから受け入れるしかない。
……ちなみに、あと何回使える?
『そうだな……二回、いや三回ってところかな。それ以上は封印があっても侵食は止められないし、止めたとしても元には戻れないだろうよ』
二、三回って……世知辛いなぁ。
『仕方ねぇよ。そんだけお前が短期間に使ったのが悪いんだから。体内に毒の抗体を作り出すのだって、ゆっくりと時間をかけて行うだろう?   お前はその毒を短期で多量に摂取してしまった。今はその毒がお前を蝕んでいるんだ』
そう、「呪い」という名の毒が。
『まあ、どうせお前のことだから誰かのピンチになった時には迷わず使っちまうんだろう?   だから警告はするが忠告はしねぇよ』
よく分かってるじゃないか。
彼の言葉に俺は笑みを浮かべる。
と、その時だった。俺の身体を光が包む。そろそろ起床の時間なのだろう。
『さぁてと……それじゃあ別れの前に、再度確認としておこうか』
確認、それは彼との契約だ。俺が【顕現武装】を得る代償として受けたのは彼の絶対遵守の契約。彼は唱え始める。
『俺とお前は一心同体。俺が堕ちればお前も堕ちて、俺が消えればお前も消える。たとえ想いに繋がりが無くとも、その魂に繋がりはある』
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