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英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第3話「信頼と難題」

「さて。剣術の授業に入る前に、まず貴様らへ確認をしておこう」


生徒を整列&正座させたその前方で、腕組みをしたグウェンが仁王立ちしながら尋ねる。端から眺めるアランの目には、教えを乞う新米帝国騎士とドS上官の絵が見えた気がした。


「魔術騎士同士の戦闘において最も必要不可欠なのはなんだと思う?」


それはとても安易な質問だとセレナには思えた。なんせそれは、以前アランに尋ねられた言葉と全くの同義だったからだ。


だがセレナが回答するより早く、一人の生徒が挙手して発言する。


「魔術でしょうか?」


「お前は馬鹿か?   魔術が無くとも剣術で敵は倒せるだろう」


「では剣術ですか?」


「そこのお前はさらに阿呆だ。今言ったことを逆転させて考えれば、剣術もそれほど重要では無いと理解できるだろう」


はぁとグウェンはため息を漏らす。


「正解は……ここだ」


トントンと頭を指差した。


「魔術も剣術も、戦闘を組み立てるシステムの一端でしかない。もっとも重要なのは考えること、すなわち戦闘に常に機転を利かせ臨機応変に動ける思考を持つこと。それを俺達帝国騎士は『戦術』と呼ぶ」


グウェンは語る。


「戦術の型は無限に存在する。持ち得る武器の種類、戦場の地形、残りの魔力や敵の数、戦闘系。その他諸々のパターンからできるだけ多くの情報を仕入れて、最適な戦術を組み立てる」


グウェンは語る。


「たとえ敵が不測の行動を取ったとしても、それすら予想して敵を討つ。これが出来ればそこら辺の新米帝国騎士には余裕で勝てる」


その言葉に生徒達は嬉々とした声を上げる。なにせその言葉は、遠回しに自分達に帝国騎士と同等の実力を身につけられると教えられたのだ。


しかし、とグウェンは言う。


「お前達の大半は、その戦術を学ぶための領域に足を踏み入れていない。今のまま俺から戦術を学んだとしても、それはただの経験になってしまう。下拵したごしらえが不十分なままの料理が不味いのと同じだな」


「おーいグウェン。例えが分かりづらーい」


「黙ってろアラン……つまりだ。今日はお前達の実力を知る反面、お前達に自分の現時点を知っておいてもらう」


するとグウェンはセレナとユリアを呼び出した。二人も首を傾げながらおずおずと側に近づく。






「というわけで。今日はこの二人と二対三十八をしてもらおう」






「「「「「…………………………」」」」」


沈黙。


「「「「「はぁああああッッ!?」」」」」


からの驚愕。


「ちょ、グウェンさん!?   いくら私達でも三十八人を同時に相手になんて出来ませんよッ!」


アランに簡素な戦術は学んだとはいえ、それを素早く構築するためには未だアランという媒体サポートが必要不可欠なのだ。


「心配するな、もしも危険な状況になる場合はそこにいるクソ野郎ばかがすぐに駆けつけてくれるだろう」


「二重の意味で罵倒された気がした!?」


「黙れそこのシスコン後輩が!!」


グウェンは聞く耳を持たない。


「それにユリアを見てみろ。そんな事はない、とでも言いたそうだろう?」


ふとセレナは振り返る。そこにはセレナの瞳をじっと見つめるユリアの姿があった。得物の代わりである木剣を持ったユリアが佇んでいた。


「……セレナ」


ゆっくりと、ユリアは言葉を口にする。


「セレナは私とじゃあ、無理だと思う?」


「……っ」


その問いに対する返答は断じて否だ。だがセレナの口はそうは動かない。その原因は傭兵団『骸の牙』ケドゥラと戦った時の記憶だ。


ユリアと協力してアランが来るまでの時間を稼ごうと努力をしたものの、結局セレナは何の役にも立てずユリアだけが頑張っていた。


……みんな、私を過大評価しすぎだよ。


夢はある、野望もある。だがそれに釣り合うだけの力を手に入れたとしても、それを成し遂げようという気迫が薄い。なにが何でもやってやろうという犠牲心が足りない。


そう、セレナの心は年相応にまだ幼いのだ。そしてそれを自覚しているからこそ、いっそう心は病んでしまう。


「……なーに暗い顔してんだよ」


するとアランがセレナの頭に手を置く。子供扱いされているようで少々腹立たしいが、ここはされるがままに任せてみた。


「ネガティヴに考えるな。むしろポジティブに考えてみろよ。お前はこの中で唯一、ユリアと互角に戦える奴なんだぜ?」


「で、でも……」


「それにな。お前はお前が思っている以上に頭の回転は早い。良いか?   常に視野を広く持ってみろ。それだけで十分だから」


「視野を……広く?」


何を言いたいのか分からない。だがアランはそこまで詳しく教えることなく観客席へと向かう。


……視野を広く、広く、広く……。


結局考えるのは自分なのだと理解して、セレナは思考を回す。


準備として十分が経過した後、試合はついに始まった。





「「「どぉりゃぁぁぁぁッッ!!」」」


三十八人の生徒達は各々が自由に攻めて来る。それに対してセレナとユリアは先日のケドゥラとの戦闘と同じく、前衛がユリアで後衛がセレナのパターンだ。


「せぇあッ!!」


矢のように一線に駆けたユリアは身近にいた生徒の懐に潜り込み、木剣の柄頭で脇腹を強めに突いた。苦悶の声を漏らしながら生徒は数歩退き、その隙間を狙って次の瞬間には別の生徒数人がやってくる。


……遅い!


ケドゥラの動きよりも遥かに遅く感じる所為か、ユリアの攻撃に躊躇いはない。力の限り木剣を叩いて弾き飛ばし、首や脇腹、太腿などを狙って木剣を振り下ろす。


百戦錬磨のようなその動きは、まさしく学院最強を名乗るにふさわしい。ユリアの肌には未だ誰も剣をあてるに敵わない。


一方セレナは。


「《火の精よ、汝の力を以て、邪なる敵を討つ、悪人たる其の数はテンス》ッ!」


ユリアの攻撃からこぼれた相手に向けて【五属の矢】を強めに放つ。火の矢は触れると同時に爆発するが、相手も魔力障壁を張っているのでそれほど大きなダメージにはならないかもしれない。


けれどもそれで構わないのだ。セレナの目的は撃退ではなく、行動の妨害。ユリアへ極力近づけないように、セレナは軌道を考えて矢を放つ。


「セレナ!」


「何!?」


「サポートお願い!」


「系統は?」


「壁!」


「分かった!」


ユリアの声に応じて次の詠唱を進める。


その間もユリアは絶えず攻防を続ける。後方から放たれる魔術を見切って回避をしつつ、身体強化に強弱をつけて動きを予測させない。相手が攻撃に迷ったその瞬間を狙って、強撃を鋭く打ち込みまたこれを繰り返す。


「《ーー生えよ林木の如く、大地を貫きその身を現せ》ッ!」


刹那、セレナの水属性氷晶生成魔術【アイスピラーズ】が発動した。ユリアの前方を塞ぐように氷塊が姿を現して、三十八人の生徒達からユリアの姿が見えなくなる。


「回れ回れ!   剣術に自信がある奴は右から、魔術に自信がある奴は左から行け!!」


だがユリアはそんな時間を与えない。


……これなら、いけるかも。


可能性を大いに信じて、片手で握っていた柄を両手でしっかりと掴み、剣身に鉄塊でも切るのかというくらいに魔力を宿す。そして。


「ぶっ飛ばすッ!!」


気合の言葉とともに剣を氷塊に叩きつけて、氷の礫が生徒達に飛来した。


「「「がはぁッ!?」」」


大小様々な氷の粒が容赦なく生徒達の身体を殴り、苦悶に満ちた声を辺りに響かせる。これで五名ほどは戦闘不能だろう。


「せぇあッ!」


しかしユリアは笑みを浮かべることなく追撃を仕掛ける。数名仕留めたとしても、未だ戦闘可能な生徒は三十人以上いる。一瞬たりとも気は抜けない。


……後ろで魔術詠唱八人。全員火属性の矢。


ユリアの機動性を殺すには爆発による行動の停滞が有効だと判断しての結果だろう。しかしユリアは首を動かすことなく、


「セレナ!」


と叫んだ。


「分かってる、水でしょう?」


視野を広く。その言葉を信じてセレナは遠くを見続けた結果、ユリアの要望に素早く対応できるようになり始めた。


「《荒ぶる冷風よ、其は人を阻む悪意なる暴風なりて、汝の牙を以て立ち向かう愚者を払いたまえ》ッ!!」


元から魔術の操作技能は他を追随させないほどに得意なセレナは、これまた見事にユリアの四方八方を【五属の風】で覆って、次の瞬間に放たれた【五属の矢】を次々と弾き返す。


そしてその隙間を利用して、


「《遥か空に漂う万象の天秤よ、其は我が命の儘に、重圧を得たる左手を傾けよ》」


「「「ぐ……っ!?」」」


ユリアが重力魔術【グラビトン】を発動。唐突に現れた全身の重さに、後方で魔術を唱えていた生徒達は膝を地につけて詠唱を途切れさせてしまった。


「せぃやぁッ!!」


そこに剣身で身体ごとぶっ飛ばす一撃を与えて、さらに八人を戦闘不能に至らせる。これで先の戦闘不能者を含めて十四名、残りの生徒数は二十四名と現実味のある数になり始めてきた。


「ユリア、カバーお願い!!」


「……っ。ごめん、直ぐに行く!!」


だがしかし、ユリアが前に出過ぎたこともあってセレナは生徒数名から対象として狙われることになった。すぐさまに地を蹴ってセレナの元に向かうユリアだが、それを十を超える生徒達が阻む。


……やっぱり多人数はしつこい……っ。


心中で毒づきながらもユリアは怯むことなく柄を強く握って戦闘に入る。


ーーこうして試合開始から約十分が経過した。セレナとユリアのコンビネーションに対して、十人以上の犠牲を経てようやく摑みどころを得てきた生徒達であった。





「……さすが帝国騎士の卵と言うべきか。個々の対応力は早いな……」


観客席から腕組みをして生徒達の動きを逐一観察するグウェン。その後ろ姿からは、生徒を指導しようと奮闘する講師の意気込みが感じられる。


ということで、邪魔に入るアラン。


「つっても、所詮は個々の対応力だろ?   全然役に立たないじゃないか」


「まあ、それは百も承知だが……」


的を射たアランの発言にグウェンは口を紡ぐ。すると代わりに、アランの腕にしがみつくエルシェナが問うてきた。


「アラン様、どうして個人的な対応力では駄目なのですか?」


アランは返す。


「魔術騎士っていう概念の出来方はエルシェナも知っているよな?」


「はい、近接戦に有利な剣術の騎士と遠距離戦に有利な魔術の魔術師。この両方を併せ持った者こそが魔術騎士ですね」


「ああ。つまり一人で二役をしなくちゃいけないわけだが……普通に考えてそりゃあ無理があるだろう?   なんせ遠距離戦で剣術は使えないし、近接戦で魔術は使えない。いかに両方が得意だとしても、どちらかは使えないってことだ」


近接戦で詠唱などしている者は相手にとって格好の的でしかない。剣術で拮抗する相手と戦う際には、結局のところあと一押し出来る「何か」が必要なのだ。


「そこで最も有効的なのが、俺達のいう『戦術』だ。千差万別な戦術は熟達度によって強さが顕著になるから、魔術だ剣術だと阿呆な奴らには鋭利な武器となるんだ」


ちなみにその阿呆な奴らの多くは新米帝国騎士であり、毎年義務のように戦術の優位性をその身体に教え込ませている。


「ええ。確かに理は通っていますけど……それが個人的な対応力では駄目な事と、どう繋がるのでしょうか?」


「そこなんだよ。個人的には強くなったとしても、所詮は俺らは人間。一人で数千を相手には普通出来ないだろう?」


第一騎士団団長のリカルドは出来るのだが、今回は無視しておこう。


「そこで必要なのが、二人以上の団体となって戦うことなんだ。いかに戦術がほぼ万能だからといって、結局は魔術と剣術のどちらしか使えない事には変わりなく、魔術騎士としての意味を失う。それゆえにーー」


「ーー二人一組。もしくは八人一組となって戦闘を行う方が戦場を操作しやすく、そして前方は剣術だけに後方は魔術だけに集中して行えるようになる」


アランの言葉を奪ったグウェンは、止まることなく話し続ける。


「フィニア帝国の戦法を古めかしいと鼻で笑う者も近年では多くなっているが、むしろ俺はあれこそが正しい布陣だと思っている。かつてフィニア帝国の軍師ゲルターナ=マックレースが編み出した単純かつ繊細なこの戦法の数々は、魔術師を後方での固定砲台としての役割を明確に示したこともあって、魔術騎士という概念が生まれるまでの八十年の間で最も有効的と判断された。そう、今になって考えてみれば戦術という概念を築き上げた人物こそマックレースに違いないのだと俺は確信している。彼は昔から魔術理論よりもいかに戦闘をスムーズに行えるかという理論を考えていたという伝記もあることからーーーー」


長いわこの変態野郎が。


「えっとな。グウェンの話が長いから要約すると……フィニアが今でも使っている戦術は、俺達の起源になっているってことだな」


「へー、そうなんですね」


「あ、ああ。だから安心して皇帝に言ってやれ、自分達の国は他の国にも誇れる騎士や魔術師を育成してるとな」


「はい、分かりましたー」


その時アランは悟ってしまった。返事の乾き具合で、エルシェナがそんなことにあまり興味を抱いていなかったという事実を。


「ーーーーそして何よりも極めつけなのが、マックレースの学生時代の伝説だ!   彼はありとあらゆる女生徒に『俺、天才なんだぜ?』と格好をつけた余りに学生時代を全て棒に振ったこともあって、彼は血眼になって研究を続けたのだという!   この教訓から研究とは感情的な何かを糧として没頭した方が研究としての質が上がるのだと理論付けられる。そう、かの心理学者プィクターも鼻高々とこんな事を言っていた。『人は感情の起伏で強くなったり、弱くなったりするのデース』とな。ここから考えられる全ての考えをまとめるとーー(以下略)」


たがグウェンの饒舌は止まる気配を見せない。このままだと日が落ちても喋り続けていそうだ。


……どうにかして止めないとなあ。


と、そこに。


「ーー近くを歩いて何やら激しい戦闘の音が聞こえると思い来てみれば、アル坊ちゃんとグウェン殿ではありませんか」


落ち着いた服装を身にした老人が現れた。


「ん……誰かと思えばジェノラフの爺さんじゃないか。つーか俺を坊ちゃん呼ばわりは止めろって言ったろうが!!」


「ほっほっほ」


「また知らん振りかよ。ったく……で、今日は帝国騎士のコートも着ずにどういった用事なんだ?」


そう、今のジェノラフはオルフェリア帝国騎士を示す騎士団紋章のついた藍色のコートを着ていない。黄土色のスラックスに白のシャツ、その上に黒のノースリーブブレザーを羽織って腰に二振りの剣を携えている。


その剣によって奇妙な存在感を醸し出してはいるものの、どこからどう見てもお洒落好きな還暦の老人にしか思えない。


だがジェノラフは眉一つ動かすことなく微笑みを浮かべながら返した。


「実は私、学院長と旧知でしてね。つい先ほどまでお茶をしていたのですが、彼が急用ができたとかでおいとましてきた所なのですよ」


その声質に嘘偽りは感じられない。ふーんと軽く返事をするアランは、ジェノラフの方を向きながらも視界の端で常にセレナを捉えていた。


「……所でアル坊ちゃん。セレナお嬢様は貴方が練習に付き合っていると小耳に挟んだのですが……いったいどうして?」


「まあ、成り行きでな。クソ親父の面子を立てながら、アイツの切なる願いを叶えてやりたくなった、ただそれだけだよ」


「ふぅむ……実にアル坊ちゃんらしい」


それ以上は聞かない。アランの過去を知るジェノラフはとても納得したかのように強く頷くと、アランの近くに腰を下ろす。


「そして時にアル坊ちゃん。彼女に【顕現武装フェルサ・アルマ】を伝授したとも耳にしましたが……正直に言って、あの術は危険の度を超越しているのでは?」


「問題ねぇよ。アイツは俺と違って、魔術に関する才能だけは未知数だ」


それに、とアランは続ける。


「俺みたいに戦場で【顕現武装】をバンバン使うこともない。せいぜい学院生時代に十回あれば良いもんだ。じっくりと馴染むはずだ」


「そういうものですか……」


「そういうもんなんです」


この話はおしまいとでも言うようにアランが腰を上げて、訓練場の中央へと足を向ける。


刹那、落雷のような音と共に莫大な砂塵が巻き上がった。十数秒後、その場に立っていたのは。


「や、やった……わよ」


「……ぶい」


魔力を多量に使用して疲労を見せるセレナと、アランに向けて勝利を表明するユリア。


試合時間、約三十一分。


十九倍という数の差に対して、セレナとユリアは見事に勝利を獲得したのであった。

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