英雄殺しの魔術騎士
序話「努力家と恋するお姫様」
フィニア帝国。
イフリア大陸で三番目に広大な土地を有する国であり、同時に『騎士』という概念を生み出した由緒ある国でもある。
北を断崖絶壁にてなす五千メートル級の山々、南を豊かな森林と草原が国の中枢である首都を包み込み、かなりの土地勘を有さなければ首都攻略にまで至る事など不可能な、知略と戦略の凝らされた首都配置がされていた。
かつて前皇帝ゲーティオ=オルフェリウス・バルダガッハがオルフェリア帝国を統治していた時代は、度々に血みどろな戦争を繰り返していたものの、現皇帝の懸命な謝罪(土下座)により、今ではすっかり友好関係(?)を築いていた。
「……で、毎月の事ながら明日フィニアからの視察兵団がやって来るんだが……その、ちょっと困った事になってだな……」
書斎の椅子に背を預けて寛ぐ四十路の男ーーというか皇帝のヴィルガが、苦虫を噛み潰したかのような顔でチッと舌打ちをする。これほどに苦難な表情を浮かべるヴィルガはとても珍しいと、ヴィルガの前に座る青黒い髪をした青年ーーアランは思った。
「それほど困った内容なんですか、昨日届いたっていう手紙は」
フィニア帝国は現皇帝がすでに六十代。皇帝という席に座って数十年にもなる彼ならば、それほど無理難題を押し付ければオルフェリアがどう動くかなんてよく知っているはすだ。
ヴィルガもどちらかと言えば寛大な性格だが、その決断に国民の命が関わるとなると容赦をしない。
「百聞はなんとやらだ。これを見てみろ」
「えと……」
さっそく手紙に目を通す。そこには達筆な第二神聖語が書かれていた。
『拝啓、炎の金獅子殿。
もう面倒くさいから挨拶は放っておくとして、今月も恒例通りに視察兵団をそっちに送る。数は十二で実力もそこそこだから、機会があれば第一騎士団の彼らや雷親父にでも手合わせをさせてやってくれ』
「炎の金獅子」とはヴィルガの異名であり、「雷親父」とは生きる伝説リカルド=グローバルトの異名である。雷属性の魔術を使う者として彼より右に出る者はいないとまで言われるリカルドは、それを中軸とした戦闘で無類の強さを誇る。
だがこれがヴィルガにとって困った事だとは思えない。再びアランは目を通す。
『さて、ここからが本題みたいな物なのだが、私の孫娘がそっちに行きたいと駄々を捏ねている。行かせなければ私の過去の失敗談を公表すると脅されたもんだから、仕方無しに視察兵団と共にそっちに行かせることにした。というわけで、後はよろしく頼む』
以上。
「……」
「ああ、うん。お前の言いたい事はよーく分かるぞ。分かるからその『え、なに言ってんだ、この老いぼれは』みたいな目をこっちに向けるな、マジで怖いから」
だがアランは目の色を変えない。
……なに考えてんだ、あのジジイは。
今回の帝都襲撃事件に関しては、多少なれど情報が向こうにも渡っているはずだ。首謀者である人物は捕縛したものの、その残党は帝都の外に逃げた事も知れているだろう。
つまり今の時期で帝都に向かうことが、いかにも高級そうな馬車など、奴らが見つければ襲うこと間違い無いだろう。それなのに視察兵団の中に自分の孫娘を同行させるなど、普通では考えられない愚行だ。それではわざわざ孫娘を殺してくださいと言わんばかりの行為ではないか。
だが、ヴィルガに手渡された手紙を見たアランは、どうして自分が呼ばれたのかを考える。今の状況でそれ以外の質問は無意味だ。
「えと……つまり俺が呼ばれたのは、この馬車を今から迎えに行けって事で合ってます?」
フィニア帝国の首都リドニカから帝都リーバスまで馬車で向かうとなると、最低三日は必要だ。国境線として横幅五十メートルにも及ぶ大きな河川を利用している事もあって、そこより手前は安全だとしても、それ以降が危険のオンパレードどしか考えられない。
ならば安全確保のために最小で最高の戦力が必要となる。そこでアランが最適だ、と白羽の矢が立ったのだろう。アランはそう考えたわけだ。
だがヴィルガは言う。
「ああ、違う違う。俺が頼みたいのは道中の事じゃなくて、帝都内での事なんだよ。お前の家、というかセレナの屋敷にその子を泊めてやってくれ」
「いやでも、視察兵団は皇帝城の来賓室で寝泊まりするんじゃ……」
「誰がアイツらと一緒に寝かせられるか。フィニアは女性騎士がそこそこ多いとはいえ、視察兵団に送られるのは大抵が男だ。もし間違いがあったら、それこそ俺が怒られるどころの話じゃ済まなくなる」
「向こうの騎士達、信用されてねー……」
もはや苦笑いしか出来ない。だがヴィルガがそう判断するのも頷ける話だ。
確か四年ほど前、アランが帝国騎士だった頃にフィニア帝国へ訪問した時に会った十三歳の彼女は、当時からセレナに引けを取らないほどの絶世の美女だった。
色素の少し抜けた金色の髪に、アランと同じ鉛色の双眸。彼女が微笑むだけで臣下達は頬を緩ませ、彼女と目が合うだけで男共は理性を忘れる。
妖艶とか淫靡とかそういう話ではなく、淫魔すら指を咥えてしまうほどの魔性の気配を、幼い頃から常に漂わせているのが彼女だ。
「最初はリカルドに頼もうかと考えたんだが……ほら、アイツは性欲の権化だろう?   そんな奴の目の前にあの子を置いたら、肉食猛獣の前に高級肉を置くような行為じゃないか」
「まあ、クソ親父が獣だという事には否定しませんが……」
アランは言葉を詰まらせる。
確かに三日前、アランは帝国騎士に戻った。条件付きとはいえ帝国騎士になったからには、皇帝からの命令には可能な限り従わなければならない。
……けどなあ。
一応アランも男だ。リカルドの妻のミリアや義姉妹のユリアとシルフィア、今住んでいる屋敷の主人であるセレナや侍女のユーフォリアとも平然と話せるアランだが、彼女と接する事は別次元の問題だと思えてしまう。
初対面の四年前ですら、一瞬アランは理性を失いかけた事がある。彼女は今年で確か十七歳になり、女性としての色香はいっそう強みを増しているであろう。
「……他の六貴会に頼むっていう手段はやっぱりダメなんですよね?」
「そうだな。それだけは絶対に出来ない」
権力を望まないリカルドや、元より権利になんぞこれっぽちの興味も無いアランとは対象に、グローバルト家以外の六貴会や帝国騎士達は皇帝の権力を剥ぎ取れる以上の力を常に欲している。
特に今回は危険だ。なにせフィニアの現皇帝も既に高齢ゆえに、いつ彼の息子に冠位を譲るとも分からない。
そう、問題はその息子にあるのだ。フィニア現皇帝の息子は一人っ子な所為か、とても独占欲の強い性格の持ち主で、友好関係を結ぶ以前にも数度の侵略を試みている(その全てを第一騎士団が難無く阻止しているが)。
これを討ち取れば大陸統一も間違いなし、とまで謳われるようになったオルフェリア帝国を手に入れるためならば、喜んで六貴会の面々とも手を結ぶに違いない。
ゆえにアランも、そこまでのリスクを背負ってこの依頼を受ける意味があるのだろうかと一歩踏み止まっていた。
ーーという訳で、尋ねてみよう。
「あの、不躾な話をするんですけど……その、報酬はいかほど……」
「そうだな……この際だから出血大サービスで五百万エルドやろう」
「ご、五百万ッ!?   やります、全力でやらせてもらいます!!」
アランの目の色が瞬時に変わった。現在器物損害とその他諸々の罰金として、一億二千万エルドという莫大にも程があるほどの借金をセレナにしているアランは、月に百万エルド支払わないと家を追い出すという手堅い規定を取り決められている。
……これで五ヶ月の間は平和に過ごせるぞ、コンチクショウが!!
胸中で握り拳をつくって大いに喜ぶアラン。
ーーしかし、この時アランは気付かなかった。
ヴィルガが手渡した手紙には二枚目があった事に。
◆◆◆
「…………〜♫」
「おや、とてもご機嫌なご様子で。何か良い事でもありましたかな?」
「ええ、それはとっても」
「それは良うこざいますな」
リドニカとリーバスを繋ぐ道中にて。左右を深い森に囲まれた土道を走る三台の馬車があった。
二台の馬車は、荷台にて六人の騎士が交代で周辺を警戒しており、その二台の間には見るからに品の高い資材で作られた小屋が設えてある馬車が、とても優雅に走っていた。
そしてその馬車の中、そこには二人の人物がいた。
一人は老人。歳ゆえに白に染まった短髪に、細く閉じられた消炭色の双眸。その身を藍色のコートに纏い、腰には四振りの剣を携えて両手に黄色の魔術方陣が描かれた手袋を嵌めている。
そしてもう一人は少女。色の抜けた金髪に物事を冷静に見つめられるような、鈍色の穏やかな双眸。薄緑色を基調とした学生服に身を包み、とても楽しそうな表情で腰の横に置いてある本の中の一冊を手に取って読んでいる。
「オルフェリア帝国に行くのは、昔からの夢でしたの」
「ははは、それならば私も護衛をする事に意義があるというものですな」
「あら、意味もなく仕事をするのが嫌いなのかしら?」
「そうですな。仕事というものは意味を成してこそ快く続けられるものですから、老いぼれの私にはそういう気持ちの一つでもなければ」
「貴方は毎日の些細な事ですら楽しんでいたい、そういう事ですか」
老人は微笑みを返して肯定を示す。それを見た少女も微笑みを返した。
すでに馬車に揺られて二日が過ぎている。明日の朝方には帝都リーバスには着くと騎士達も言っていたが、少女の想いは収まり所を現さない。
四年ほど前、少女は一人の騎士に会った。彼は少女と三歳ほどしか歳が離れていないのに、すでに彼の数倍も歳をとっている騎士達に認められていた。
鋭い観察眼と冴えた頭脳を持ち、たとえ皇帝であろうと言いたい事は容赦無く話せる強い度胸を抱いていた。
そして少女が最も驚愕したのは、彼が有する異常なまでの魔術に関する知識だった。
いままでの常識を否定し、法則や定義を混ぜ合わせて真実を導き出す。学者達が鼻で笑って嘲りを受けても、彼は眉一つ動かさずに結果だけを相手に突きつける。
とても強い、いや強いなどという言葉を霞ませるほどに素晴らしい人物なのだ。故人が築いた安全で安定した道をただ平然と歩むのではなく、荒くれた草むらの中を危険承知で歩み続ける現代の偉人なのだ。
……そんな彼にもうすぐ会える。
長旅が嫌いな少女がここまで堪えてやって来ているのも、この瞬間のためだ。彼と一秒でも長く話をしていたい、一緒に帝都を歩いてみたい、学んでみたい、遊んでみたい。
「はあ……待ち遠しいですね……」
小屋の窓から見える空に向かって吐息する。この場合は待ち侘びしくて漏れ出たものだろう。
絶えず湧き出る焦燥感と高揚感。背中に羽でも生えていたら良いのにとひたすらに考えてしまう。
そう、この想いには理由がある。彼の事を考えるたびに、胸がキュッと苦しくも優しく感じるこの気持ち。
きっとこの想いはーー恋だ。
イフリア大陸で三番目に広大な土地を有する国であり、同時に『騎士』という概念を生み出した由緒ある国でもある。
北を断崖絶壁にてなす五千メートル級の山々、南を豊かな森林と草原が国の中枢である首都を包み込み、かなりの土地勘を有さなければ首都攻略にまで至る事など不可能な、知略と戦略の凝らされた首都配置がされていた。
かつて前皇帝ゲーティオ=オルフェリウス・バルダガッハがオルフェリア帝国を統治していた時代は、度々に血みどろな戦争を繰り返していたものの、現皇帝の懸命な謝罪(土下座)により、今ではすっかり友好関係(?)を築いていた。
「……で、毎月の事ながら明日フィニアからの視察兵団がやって来るんだが……その、ちょっと困った事になってだな……」
書斎の椅子に背を預けて寛ぐ四十路の男ーーというか皇帝のヴィルガが、苦虫を噛み潰したかのような顔でチッと舌打ちをする。これほどに苦難な表情を浮かべるヴィルガはとても珍しいと、ヴィルガの前に座る青黒い髪をした青年ーーアランは思った。
「それほど困った内容なんですか、昨日届いたっていう手紙は」
フィニア帝国は現皇帝がすでに六十代。皇帝という席に座って数十年にもなる彼ならば、それほど無理難題を押し付ければオルフェリアがどう動くかなんてよく知っているはすだ。
ヴィルガもどちらかと言えば寛大な性格だが、その決断に国民の命が関わるとなると容赦をしない。
「百聞はなんとやらだ。これを見てみろ」
「えと……」
さっそく手紙に目を通す。そこには達筆な第二神聖語が書かれていた。
『拝啓、炎の金獅子殿。
もう面倒くさいから挨拶は放っておくとして、今月も恒例通りに視察兵団をそっちに送る。数は十二で実力もそこそこだから、機会があれば第一騎士団の彼らや雷親父にでも手合わせをさせてやってくれ』
「炎の金獅子」とはヴィルガの異名であり、「雷親父」とは生きる伝説リカルド=グローバルトの異名である。雷属性の魔術を使う者として彼より右に出る者はいないとまで言われるリカルドは、それを中軸とした戦闘で無類の強さを誇る。
だがこれがヴィルガにとって困った事だとは思えない。再びアランは目を通す。
『さて、ここからが本題みたいな物なのだが、私の孫娘がそっちに行きたいと駄々を捏ねている。行かせなければ私の過去の失敗談を公表すると脅されたもんだから、仕方無しに視察兵団と共にそっちに行かせることにした。というわけで、後はよろしく頼む』
以上。
「……」
「ああ、うん。お前の言いたい事はよーく分かるぞ。分かるからその『え、なに言ってんだ、この老いぼれは』みたいな目をこっちに向けるな、マジで怖いから」
だがアランは目の色を変えない。
……なに考えてんだ、あのジジイは。
今回の帝都襲撃事件に関しては、多少なれど情報が向こうにも渡っているはずだ。首謀者である人物は捕縛したものの、その残党は帝都の外に逃げた事も知れているだろう。
つまり今の時期で帝都に向かうことが、いかにも高級そうな馬車など、奴らが見つければ襲うこと間違い無いだろう。それなのに視察兵団の中に自分の孫娘を同行させるなど、普通では考えられない愚行だ。それではわざわざ孫娘を殺してくださいと言わんばかりの行為ではないか。
だが、ヴィルガに手渡された手紙を見たアランは、どうして自分が呼ばれたのかを考える。今の状況でそれ以外の質問は無意味だ。
「えと……つまり俺が呼ばれたのは、この馬車を今から迎えに行けって事で合ってます?」
フィニア帝国の首都リドニカから帝都リーバスまで馬車で向かうとなると、最低三日は必要だ。国境線として横幅五十メートルにも及ぶ大きな河川を利用している事もあって、そこより手前は安全だとしても、それ以降が危険のオンパレードどしか考えられない。
ならば安全確保のために最小で最高の戦力が必要となる。そこでアランが最適だ、と白羽の矢が立ったのだろう。アランはそう考えたわけだ。
だがヴィルガは言う。
「ああ、違う違う。俺が頼みたいのは道中の事じゃなくて、帝都内での事なんだよ。お前の家、というかセレナの屋敷にその子を泊めてやってくれ」
「いやでも、視察兵団は皇帝城の来賓室で寝泊まりするんじゃ……」
「誰がアイツらと一緒に寝かせられるか。フィニアは女性騎士がそこそこ多いとはいえ、視察兵団に送られるのは大抵が男だ。もし間違いがあったら、それこそ俺が怒られるどころの話じゃ済まなくなる」
「向こうの騎士達、信用されてねー……」
もはや苦笑いしか出来ない。だがヴィルガがそう判断するのも頷ける話だ。
確か四年ほど前、アランが帝国騎士だった頃にフィニア帝国へ訪問した時に会った十三歳の彼女は、当時からセレナに引けを取らないほどの絶世の美女だった。
色素の少し抜けた金色の髪に、アランと同じ鉛色の双眸。彼女が微笑むだけで臣下達は頬を緩ませ、彼女と目が合うだけで男共は理性を忘れる。
妖艶とか淫靡とかそういう話ではなく、淫魔すら指を咥えてしまうほどの魔性の気配を、幼い頃から常に漂わせているのが彼女だ。
「最初はリカルドに頼もうかと考えたんだが……ほら、アイツは性欲の権化だろう?   そんな奴の目の前にあの子を置いたら、肉食猛獣の前に高級肉を置くような行為じゃないか」
「まあ、クソ親父が獣だという事には否定しませんが……」
アランは言葉を詰まらせる。
確かに三日前、アランは帝国騎士に戻った。条件付きとはいえ帝国騎士になったからには、皇帝からの命令には可能な限り従わなければならない。
……けどなあ。
一応アランも男だ。リカルドの妻のミリアや義姉妹のユリアとシルフィア、今住んでいる屋敷の主人であるセレナや侍女のユーフォリアとも平然と話せるアランだが、彼女と接する事は別次元の問題だと思えてしまう。
初対面の四年前ですら、一瞬アランは理性を失いかけた事がある。彼女は今年で確か十七歳になり、女性としての色香はいっそう強みを増しているであろう。
「……他の六貴会に頼むっていう手段はやっぱりダメなんですよね?」
「そうだな。それだけは絶対に出来ない」
権力を望まないリカルドや、元より権利になんぞこれっぽちの興味も無いアランとは対象に、グローバルト家以外の六貴会や帝国騎士達は皇帝の権力を剥ぎ取れる以上の力を常に欲している。
特に今回は危険だ。なにせフィニアの現皇帝も既に高齢ゆえに、いつ彼の息子に冠位を譲るとも分からない。
そう、問題はその息子にあるのだ。フィニア現皇帝の息子は一人っ子な所為か、とても独占欲の強い性格の持ち主で、友好関係を結ぶ以前にも数度の侵略を試みている(その全てを第一騎士団が難無く阻止しているが)。
これを討ち取れば大陸統一も間違いなし、とまで謳われるようになったオルフェリア帝国を手に入れるためならば、喜んで六貴会の面々とも手を結ぶに違いない。
ゆえにアランも、そこまでのリスクを背負ってこの依頼を受ける意味があるのだろうかと一歩踏み止まっていた。
ーーという訳で、尋ねてみよう。
「あの、不躾な話をするんですけど……その、報酬はいかほど……」
「そうだな……この際だから出血大サービスで五百万エルドやろう」
「ご、五百万ッ!?   やります、全力でやらせてもらいます!!」
アランの目の色が瞬時に変わった。現在器物損害とその他諸々の罰金として、一億二千万エルドという莫大にも程があるほどの借金をセレナにしているアランは、月に百万エルド支払わないと家を追い出すという手堅い規定を取り決められている。
……これで五ヶ月の間は平和に過ごせるぞ、コンチクショウが!!
胸中で握り拳をつくって大いに喜ぶアラン。
ーーしかし、この時アランは気付かなかった。
ヴィルガが手渡した手紙には二枚目があった事に。
◆◆◆
「…………〜♫」
「おや、とてもご機嫌なご様子で。何か良い事でもありましたかな?」
「ええ、それはとっても」
「それは良うこざいますな」
リドニカとリーバスを繋ぐ道中にて。左右を深い森に囲まれた土道を走る三台の馬車があった。
二台の馬車は、荷台にて六人の騎士が交代で周辺を警戒しており、その二台の間には見るからに品の高い資材で作られた小屋が設えてある馬車が、とても優雅に走っていた。
そしてその馬車の中、そこには二人の人物がいた。
一人は老人。歳ゆえに白に染まった短髪に、細く閉じられた消炭色の双眸。その身を藍色のコートに纏い、腰には四振りの剣を携えて両手に黄色の魔術方陣が描かれた手袋を嵌めている。
そしてもう一人は少女。色の抜けた金髪に物事を冷静に見つめられるような、鈍色の穏やかな双眸。薄緑色を基調とした学生服に身を包み、とても楽しそうな表情で腰の横に置いてある本の中の一冊を手に取って読んでいる。
「オルフェリア帝国に行くのは、昔からの夢でしたの」
「ははは、それならば私も護衛をする事に意義があるというものですな」
「あら、意味もなく仕事をするのが嫌いなのかしら?」
「そうですな。仕事というものは意味を成してこそ快く続けられるものですから、老いぼれの私にはそういう気持ちの一つでもなければ」
「貴方は毎日の些細な事ですら楽しんでいたい、そういう事ですか」
老人は微笑みを返して肯定を示す。それを見た少女も微笑みを返した。
すでに馬車に揺られて二日が過ぎている。明日の朝方には帝都リーバスには着くと騎士達も言っていたが、少女の想いは収まり所を現さない。
四年ほど前、少女は一人の騎士に会った。彼は少女と三歳ほどしか歳が離れていないのに、すでに彼の数倍も歳をとっている騎士達に認められていた。
鋭い観察眼と冴えた頭脳を持ち、たとえ皇帝であろうと言いたい事は容赦無く話せる強い度胸を抱いていた。
そして少女が最も驚愕したのは、彼が有する異常なまでの魔術に関する知識だった。
いままでの常識を否定し、法則や定義を混ぜ合わせて真実を導き出す。学者達が鼻で笑って嘲りを受けても、彼は眉一つ動かさずに結果だけを相手に突きつける。
とても強い、いや強いなどという言葉を霞ませるほどに素晴らしい人物なのだ。故人が築いた安全で安定した道をただ平然と歩むのではなく、荒くれた草むらの中を危険承知で歩み続ける現代の偉人なのだ。
……そんな彼にもうすぐ会える。
長旅が嫌いな少女がここまで堪えてやって来ているのも、この瞬間のためだ。彼と一秒でも長く話をしていたい、一緒に帝都を歩いてみたい、学んでみたい、遊んでみたい。
「はあ……待ち遠しいですね……」
小屋の窓から見える空に向かって吐息する。この場合は待ち侘びしくて漏れ出たものだろう。
絶えず湧き出る焦燥感と高揚感。背中に羽でも生えていたら良いのにとひたすらに考えてしまう。
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