英雄殺しの魔術騎士
第26話「戦火の終幕」
暗い長い道が延々と延々と、それはもう億劫になるほど続いている。そこは皇帝城の真下、つまりは地下だ。
前皇帝は生前この地下迷宮を血眼になるくらいに気にかけており、六貴会へ報告せず秘密裏に、幾度と調査隊を派遣していたらしい。
だが結果はすべて失敗。現代に存在する魔術よりも、高性能かつ複雑な古代魔術の施されたこの地下迷宮は、現在の魔術師や騎士、果ては魔術騎士ですら到底目的地にまで辿り着くことが出来ないのだ。
しかし、そんな危険極まりない地下に一人の男がいた。いや、男と言うよりは少年だろうか。
「〜♫」
その体躯は十歳弱ほどで、地下迷宮に好奇心溢れるその顔は、まるでプレゼントを目の前にした子供のそれだ。何百人もの調査隊人員が帰らぬ者となった場所であるのに、少年はとても楽しそうに鼻歌を歌いながらスキップで奥へと進む。
しかし。
「おっと、そこまでだ坊主」
狭い進行路の先に一人の男が現れた。白髪混じりの白銀の短髪に、乱雑に剃られた顎髭。頬から首筋にかけて伸びる古傷は、彼が歴戦の猛者であると断定させた。
「えと、貴方は……?」
少年は首を傾げながら尋ねた。年相応の仕草に普通の人ならば、警戒を緩ませるだろう。だがリカルドは言った。
「リカルド、リカルド=グローバルトだ。そういうお前は……大罪教の幹部だな?」
「あれれ?   僕の見た目から、大抵の大人は『大罪教に連れ去られた子供』だと勘違いするのに。どうして分かったんです?」
開き直るかのように少年は顔色を変えず全く否定をしない。むしろ正体を見破ったリカルドの慧眼に、興味を抱いているようだ。
だがリカルドは淡々と答える。
「目だよ。お前の目は殺人をまるで飯事のようにでも考えている、いわゆる狂人の目ってヤツだ。それに、ここに着ている時点でお前は間違いなく俺達、オルフェリアの敵だ」
そう言うとリカルドはシャンと剣を鞘から抜く。壁に取り付けられたカンテラの光が、剣身を鈍く照らした。
そして殺気と殺気がぶつかり合う。少年の粘りつくような殺気に対して、リカルドの殺気はさっぱりとした単なる殺意。睨み合いだけの静かな時間が、数秒ほど続いた。
「……貴方はーー」
今度は少年が口を開く。
「貴方はまるで、この地下迷宮の奥底に何が在るのかを知っているかのようだ」
「……二十年くらい昔の話だ」
少年の問いに対して、リカルドは抜いた剣を鞘に戻し、徐ろに少年の方へと歩み寄る。
「前皇帝ーーゲーティオ=オルフェリウス・バルダガッハに言われてな、この地下迷宮について色々と調べていたんだよ」
それはとても最近のようで遥か昔にも感じてしまう、そんな昔の話。当時リカルドは二十歳前半で、ヴィルガと知り合いになったばかりの頃だった。
少し変わった帝国騎士として知られていたリカルドは、ゲーティオにその腕を見込まれて、しばしば雑用を任されていた。
「あれこれ調べているとな、一つの面白い日記に出会ったんだ。それはゲーティオの曽祖父、つまりは十二代目オルフェリア皇帝の日記だった」
その当時はまだ戦争が少なく、オルフェリア帝国が国力安定のために試行錯誤をしていた時代だった。それゆえに、日記に書かれていた内容も大したことが無い内容が多かった。
だがその中でも、とある数ページだけ。そのページだけはリカルドも目を離せなかった。
「今から百五十年ほど前。彼自身が死ぬ事を覚悟して地下迷宮を探索したらしい。そして探索すること一ヶ月。百何十人もの調査隊は数人にまで激減したものの、遂に奥底に辿り着いたようだ。そしてそこにあったのはーーーー」
重要なのはここからだ。とでも言うようにリカルドは一呼吸置いて、言った。
「とある生物の死体だ」
◆
「……ふーん。そこまで答えは出ているのか」
少年は途端につまらなさそうに頬を膨らませ、腕を頭の後ろで組む。少年の言った「答え」について問いかけたくなる。
だがリカルドは語り続けた。
「そして俺はゲーティオに、その日記の内容について明細に伝えた。そしてその時にゲーティオはこう言った。『やはりか』とな」
リカルドは語る。
「やはり?   つまり、ゲーティオはその生物について何か知っているのか?   だがゲーティオは何も答えなかった」
リカルドは語る。
「俺はできるだけ多くの人物に尋ねた。無論、ほとんどの人物が『分からない』と返してきた。だが一人だけ面白いことを言った奴がいた」
そう、それこそがーーーー
「アラン=フロラスト。俺のバカ息子だよ」
当時アランは十七歳だった。同年代の子達は未だアルカドラ魔術学院で学ぶなか、アランはすでに卒業過程を済ませて第一騎士団に所属していた。
戦線部隊で「英雄殺し」という異名を得たアランは、恥ずかしいのか駐屯所に姿をあまり現さず、その話は夜遅くの家で聞いた。
「あいつはその死体に対して三つの可能性を示した。
一つ『その死体が皇帝一族の何かと関連している』、
二つ『一族で関連はしていないが、ゲーティオ自身の何かに関連している』、
三つ『どちらでもなく、歴史の不具合から何かしらの答えを得た』
そしてこの三つの可能性を導くのに使用したのがーー」
リカルドは腰回りに挿し込んでいた一冊の本を出した。
「『名無き勇者の物語』。これがヒントになったようだ」
それは帝国どころかイフリア大陸の老い若いを合わせての誰もが知る、有名なお伽話だ。
アランは言った。
「オルフェリア帝国だけでなく、フィニア帝国、そしてカルサ共和国にも同じような地下迷宮が存在している。これは何故だ?   それはつまり、ほかの地下迷宮にも同じような死体が保管されているからなのか?」
アランは言った。
「イフリア大陸に存在する国はなぜ七つなんだ?   この『名無き勇者の物語』に出てくる魔王の眷属の数と同じなのは、何か意味があるのか?   そして地下に保管されているというその死体。もしや……」
その時だった。少年が面白い事を聞いたように、唐突に腹を抱えて笑い出した。
「はははははは!!   そのアランっていう青年は、もうそこまで答えを得てしまっているのか!!」
とても面白いことを聞けたのか、少年はリカルドの前だというのに笑い転げ回る。
「お前、いったい何を……」
少年のその狂った行動については理解出来ない。だが、一つだけ確実なことが分かった。この少年が全ての謎について知っているということだ。
……これは簡単には帰せないな。
捕縛して情報を聞き出す。それが無理だとしても後をつけて大罪教の潜伏先でも知りたい。
だがリカルドが行動するよりも先に少年が動いた。
ーーがりっ。
「しま……っ!?」
何かを噛み砕くような音がした瞬間、すでに遅かった。少年は奥歯に仕込ませていた毒を摂取して、自ら命を絶ったのだ。
毒は即効性のあるものらしく、リカルドが少年に触れた時には脈は無く、既に息を引き取っていた。
「……クソが」
薄暗い地下の中でリカルドは重々しく呟く。敵に語りかけずに一瞬で捕縛すれば良かったのだと、心の底から思う。
だが、決してその全てが無駄になった訳ではない。確たる証拠は幾つか得られた。
一つ、アルダー帝国は大罪教と結託していること。
二つ、大罪教の目的は地下に在る謎の生物の死体だということ。
三つ、その生物が少なからず『名無き勇者の物語』に関連した何かだということ。
そう、情報は得られた。それで良い、それで十分なのだとリカルドは自分に言い聞かせる。
自分に語りかけること約三分。気分を取り直したリカルドは、静かにもと来た道を帰る。
「……あれ?   ここってどこだっけ……」
……帰ろうと、していた。
◆◆◆
魔剣祭学院生徒枠出場選手大会の幕落ちから明けた翌日。
「ふぅ……」
昨日の今日だというのに帝都は大いに賑わっていた。楽団が色鮮やかな音楽を奏で、市場では人々が活気に溢れ、ヴィルガを讃える声が辺りから響いてくる。
だがセレナはその全てに関与せず、静かに朝から湯浴みをしていた。
昨日は魔力限界を引き起こした所為で、夜を過ぎても目を覚ますことなく、ようやく目を覚ましたのが二時間ほど前となる。
「あー……きもち……」
ユーフォリア曰く疲労回復や関節痛、筋肉痛などに効果を発揮する特別な薬湯なのだという。
無論、セレナの疲れの原因は【顕現武装】を少ない魔力で無理やり使用した事による魔力限界なのだが、酷使した身体が癒される事には変わりない。
あと十分くらい入っていようかな、などと考えていた、その時だった。
『……さん!   ………ですから、………ださい!』
「……リア?」
風呂場の入り口の方で、侍女であるユーフォリアの声が聞こえた。どうやら何かを叫んでいるようだ。
『……えと、そんな事を言われましても……っ』
どうやら他に誰かいるようだ。あの面影は、執事長のヴィダンだろうか。もしかしたら自分に対して急ぎの用事なのかもしれない、とセレナは浴槽から身を乗り上げる。
「リア、何を話しているの?   私に関することならちゃんとーーーー」
次の瞬間。
ーーガラガラガラガラ。
風呂場の入り口が開いた。そこにいたのは、
「……あー、なるほどねぇ……」
腰に布を巻いた、ほぼ全裸のアランだった。
「……………」
セレナは言葉を失った。
自分の裸を見られた事に羞恥しているのも確かだが(というかそっちの方が死に悶えるほど恥ずかしいのだが)、それと同時に吸い寄せられるように見たのはアランの左腕だった。
……治ってる。
昨日の傭兵団『骸の牙』のケドゥラとの一戦によって左腕を無惨なまでにされていたはずなのに、何事も無かったかのように完治していた。
あれは魔術医療技術でも最低で二日は要すると見積もっていたのに、わずか半日程度で治っている。
どうしてとは思わない。それがむしろ当然だろうと思っていた。
【顕現武装】の効果として「超速再生」が存在する。たとえ片腕が折れようとも、腕が吹っ飛ぼうとも、下半身が消えて無くなっても【顕現武装】が維持出来ていれば肉体は完全に元に戻るのだ。
だがそれはあくまでもアランに聞いただけで、実際にそんな簡単な事が起こるとは思っていなかった。セレナの【顕現武装】は未だ不完全で、そこまでの力を発揮できないからだ。
「あ、ああああのですね、セレナさん。アラン=フロラストこと自分は、ついさっきまで破壊された町の修繕作業を他の帝国騎士達と手伝っておりまして、日夜関係なく帝国の犬として働かされていたのです。ですがつい先ほどヴィルガさんに名指しで『お前、もう帰れ』と言われたので土下座で感謝を述べた後、全力疾走でここまで帰って来たわけですよ。今すぐにも寝たいところですがよく見れば全身は土と砂に塗れておりまして、このままベッドに飛び込んで寝れば、汚れた布団片手でリアに『何してくれたんです、アランさん?』とまたしても的当ての障害物役を命じられそうだったので、今度は風呂に入ろうと寝ぼけ眼ながら決意したんです。ですが風呂場の前にいたリアが『今はダメ』だとか『後にしてください』だとか、よく分からないことを淡々と言ってくるのでそれを振り切って来たんですが、自分的にもよくよく考えてみたらああそういう事なのかと、今更ながらに思ってしまいーーーー」
顔を真っ青にしたアランが、天井を向きながら弁明を始める。
「……ねぇ、アラン」
「何でしょうか、セレナお嬢様!!」
冷や汗をだらだらと流すアランを一瞥して、その向こうにいるユーフォリアにタオルを持ってくるように目で促すと、セレナははぁとため息を漏らした。
数秒としてユーフォリアからタオルを受け取り身を包むと、にっこりとした笑顔で尋ねた。
「もう身体の方は大丈夫なの?」
「はいっ、おかげさまで元気でございます!!」
「そう。なら良かった」
どうしてだろう。セレナの笑顔が妙に物々しく感じる。アランは頬をひくつかせながら、必死に微笑み続ける。
かつてリカルドの妻であるミリアに反抗しようと試みた時もこんな感じだった。重圧的な眼力と笑顔に隠された突き刺さるような威圧感に、呼吸活動が鈍くなる感覚。
女性から醸し出される恐怖というものは、戦争などとは別次元でありながら、それと同等の何かを感じさせる。
「アンタが怪我をしている状態で暴力を振るうのは気が引けたのよ。けど……」
アランの胸元に手を添えて、言った。
「安心したわ。これで躊躇いなく、思いっきりーーーー吹っ飛ばせるから」
「え、なーーーー」
◆
その時、帝都で賑わう民間人達は爆音と共に人民区の方角から蒼穹に舞い上がる、一つの黒焦げた物体を見たという。
◆
ーーそれからしばらくして。
「うぅ……もうお婿にいけない……」
腕を顔に押し当てて、泣いているかのようにフリをするアラン。だが演技力の無さゆえか、あまりにも分かり易い。
「自業自得よ。もしそうでもなったら、ユリアにでも頼みなさい」
「…………」
「えっ、ちょっと待て。アンタ『あ、それも良いかもな』みたいな顔してるんじゃないわよ!?」
「ははは、そんな事思っているはずがないだろう?」
なら何で棒読みなのよと胸中で思いながら、呆れながらに大きくため息を漏らした。
「……そういえば、唐突について来るように言われたから聞いてなかったけど、今からどこに行くのよ?」
「ん……ヴィルガさんに頼まれたんだよ。昼前になったらお前を連れて皇帝城に来てくれってな」
「ふーん……」
何なのだろうか。昨日の件について取り調べでも受けるのだろうか、それとも謝罪、はたまた魔剣祭本戦への出場を祝ってでもくれるのだろうか。
だが残念な事にヴィルガは皇帝という立場上、色々と忙しいはずだ。ましてやこの敵強襲という事件の後だから益々忙しくなっているだろう。
今もなお、セレナ達が進む道の端で民間人の手伝いを行っている帝国騎士達がいるのだから、皇帝がその後処理に追われていないはずがない。
……帝国騎士といえば。
ふとセレナは横を歩くアランに視線を向ける。帝国騎士を示す騎士服はケドゥラとの一戦でボロボロになった事もあって、今は騎士服専門の被服屋に預けている。
その所為あって、今のアランはとても在り来たりな民間人に見えた。薄緑の麻服に上半身を包み、下は相変わらず黒のスラックス。見た目は美青年だが、死んだような鈍色の双眸が全てを台無しにしていた。
そう、彼は帝国騎士だ。だがそう簡単に言い現わせるほど、並み大抵のそこら辺で働いているような帝国騎士ではない。
オルフェリア帝国騎士の主戦力となる第一騎士団の、その中でもさらに主戦力となる戦線部隊に所属していた超人的な騎士なのだ。
そして学者並みの魔術的知識を有し、その多彩な知識を混ぜ合わせて新たな理論を生み出す事を得意とする、努力の塊で出来た魔術騎士なのだ。
ほんの一ヶ月ほど前まで、ユリアと互角にすら渡り合えなかった自分を鍛えてくれた。その多彩な知識を子供ですら理解出来るように、分かり易く教えてくれた。魔術の最高峰であろう【顕現武装】を無理を通して与えてくれた。そして何より、二度も命を救ってくれた。
常識を考えず、我が道を行く癖が玉に瑕だが、それでも彼はセレナが今まで見てきた数多くの帝国騎士とは大きく異なる、本物の帝国騎士だ。
「ねぇ、アラン」
「何だよ」
「……ありがと」
「……はあ?」
だからこそ、アランに向かってセレナは感謝を述べる。自分を強くしてくれたこと、自分を救ってくれたことに心から感謝をした。
「お前、なにをいきなり……」
「別に。大した意味は無いわよ」
 だがその言葉とは裏腹に、セレナの足取りは軽やかになり、言いたい事を言えたという満足感が心を潤す。
先に行くわよと言って駆けるように前へと進むセレナ。今なら空ですら飛べそうな気分だ。
この時、セレナ自身はまだ気付いていなかった。自分の胸中で満たされるその想いの中に、アラン=フロラストという人物への好意を抱き始めていたことを。
前皇帝は生前この地下迷宮を血眼になるくらいに気にかけており、六貴会へ報告せず秘密裏に、幾度と調査隊を派遣していたらしい。
だが結果はすべて失敗。現代に存在する魔術よりも、高性能かつ複雑な古代魔術の施されたこの地下迷宮は、現在の魔術師や騎士、果ては魔術騎士ですら到底目的地にまで辿り着くことが出来ないのだ。
しかし、そんな危険極まりない地下に一人の男がいた。いや、男と言うよりは少年だろうか。
「〜♫」
その体躯は十歳弱ほどで、地下迷宮に好奇心溢れるその顔は、まるでプレゼントを目の前にした子供のそれだ。何百人もの調査隊人員が帰らぬ者となった場所であるのに、少年はとても楽しそうに鼻歌を歌いながらスキップで奥へと進む。
しかし。
「おっと、そこまでだ坊主」
狭い進行路の先に一人の男が現れた。白髪混じりの白銀の短髪に、乱雑に剃られた顎髭。頬から首筋にかけて伸びる古傷は、彼が歴戦の猛者であると断定させた。
「えと、貴方は……?」
少年は首を傾げながら尋ねた。年相応の仕草に普通の人ならば、警戒を緩ませるだろう。だがリカルドは言った。
「リカルド、リカルド=グローバルトだ。そういうお前は……大罪教の幹部だな?」
「あれれ?   僕の見た目から、大抵の大人は『大罪教に連れ去られた子供』だと勘違いするのに。どうして分かったんです?」
開き直るかのように少年は顔色を変えず全く否定をしない。むしろ正体を見破ったリカルドの慧眼に、興味を抱いているようだ。
だがリカルドは淡々と答える。
「目だよ。お前の目は殺人をまるで飯事のようにでも考えている、いわゆる狂人の目ってヤツだ。それに、ここに着ている時点でお前は間違いなく俺達、オルフェリアの敵だ」
そう言うとリカルドはシャンと剣を鞘から抜く。壁に取り付けられたカンテラの光が、剣身を鈍く照らした。
そして殺気と殺気がぶつかり合う。少年の粘りつくような殺気に対して、リカルドの殺気はさっぱりとした単なる殺意。睨み合いだけの静かな時間が、数秒ほど続いた。
「……貴方はーー」
今度は少年が口を開く。
「貴方はまるで、この地下迷宮の奥底に何が在るのかを知っているかのようだ」
「……二十年くらい昔の話だ」
少年の問いに対して、リカルドは抜いた剣を鞘に戻し、徐ろに少年の方へと歩み寄る。
「前皇帝ーーゲーティオ=オルフェリウス・バルダガッハに言われてな、この地下迷宮について色々と調べていたんだよ」
それはとても最近のようで遥か昔にも感じてしまう、そんな昔の話。当時リカルドは二十歳前半で、ヴィルガと知り合いになったばかりの頃だった。
少し変わった帝国騎士として知られていたリカルドは、ゲーティオにその腕を見込まれて、しばしば雑用を任されていた。
「あれこれ調べているとな、一つの面白い日記に出会ったんだ。それはゲーティオの曽祖父、つまりは十二代目オルフェリア皇帝の日記だった」
その当時はまだ戦争が少なく、オルフェリア帝国が国力安定のために試行錯誤をしていた時代だった。それゆえに、日記に書かれていた内容も大したことが無い内容が多かった。
だがその中でも、とある数ページだけ。そのページだけはリカルドも目を離せなかった。
「今から百五十年ほど前。彼自身が死ぬ事を覚悟して地下迷宮を探索したらしい。そして探索すること一ヶ月。百何十人もの調査隊は数人にまで激減したものの、遂に奥底に辿り着いたようだ。そしてそこにあったのはーーーー」
重要なのはここからだ。とでも言うようにリカルドは一呼吸置いて、言った。
「とある生物の死体だ」
◆
「……ふーん。そこまで答えは出ているのか」
少年は途端につまらなさそうに頬を膨らませ、腕を頭の後ろで組む。少年の言った「答え」について問いかけたくなる。
だがリカルドは語り続けた。
「そして俺はゲーティオに、その日記の内容について明細に伝えた。そしてその時にゲーティオはこう言った。『やはりか』とな」
リカルドは語る。
「やはり?   つまり、ゲーティオはその生物について何か知っているのか?   だがゲーティオは何も答えなかった」
リカルドは語る。
「俺はできるだけ多くの人物に尋ねた。無論、ほとんどの人物が『分からない』と返してきた。だが一人だけ面白いことを言った奴がいた」
そう、それこそがーーーー
「アラン=フロラスト。俺のバカ息子だよ」
当時アランは十七歳だった。同年代の子達は未だアルカドラ魔術学院で学ぶなか、アランはすでに卒業過程を済ませて第一騎士団に所属していた。
戦線部隊で「英雄殺し」という異名を得たアランは、恥ずかしいのか駐屯所に姿をあまり現さず、その話は夜遅くの家で聞いた。
「あいつはその死体に対して三つの可能性を示した。
一つ『その死体が皇帝一族の何かと関連している』、
二つ『一族で関連はしていないが、ゲーティオ自身の何かに関連している』、
三つ『どちらでもなく、歴史の不具合から何かしらの答えを得た』
そしてこの三つの可能性を導くのに使用したのがーー」
リカルドは腰回りに挿し込んでいた一冊の本を出した。
「『名無き勇者の物語』。これがヒントになったようだ」
それは帝国どころかイフリア大陸の老い若いを合わせての誰もが知る、有名なお伽話だ。
アランは言った。
「オルフェリア帝国だけでなく、フィニア帝国、そしてカルサ共和国にも同じような地下迷宮が存在している。これは何故だ?   それはつまり、ほかの地下迷宮にも同じような死体が保管されているからなのか?」
アランは言った。
「イフリア大陸に存在する国はなぜ七つなんだ?   この『名無き勇者の物語』に出てくる魔王の眷属の数と同じなのは、何か意味があるのか?   そして地下に保管されているというその死体。もしや……」
その時だった。少年が面白い事を聞いたように、唐突に腹を抱えて笑い出した。
「はははははは!!   そのアランっていう青年は、もうそこまで答えを得てしまっているのか!!」
とても面白いことを聞けたのか、少年はリカルドの前だというのに笑い転げ回る。
「お前、いったい何を……」
少年のその狂った行動については理解出来ない。だが、一つだけ確実なことが分かった。この少年が全ての謎について知っているということだ。
……これは簡単には帰せないな。
捕縛して情報を聞き出す。それが無理だとしても後をつけて大罪教の潜伏先でも知りたい。
だがリカルドが行動するよりも先に少年が動いた。
ーーがりっ。
「しま……っ!?」
何かを噛み砕くような音がした瞬間、すでに遅かった。少年は奥歯に仕込ませていた毒を摂取して、自ら命を絶ったのだ。
毒は即効性のあるものらしく、リカルドが少年に触れた時には脈は無く、既に息を引き取っていた。
「……クソが」
薄暗い地下の中でリカルドは重々しく呟く。敵に語りかけずに一瞬で捕縛すれば良かったのだと、心の底から思う。
だが、決してその全てが無駄になった訳ではない。確たる証拠は幾つか得られた。
一つ、アルダー帝国は大罪教と結託していること。
二つ、大罪教の目的は地下に在る謎の生物の死体だということ。
三つ、その生物が少なからず『名無き勇者の物語』に関連した何かだということ。
そう、情報は得られた。それで良い、それで十分なのだとリカルドは自分に言い聞かせる。
自分に語りかけること約三分。気分を取り直したリカルドは、静かにもと来た道を帰る。
「……あれ?   ここってどこだっけ……」
……帰ろうと、していた。
◆◆◆
魔剣祭学院生徒枠出場選手大会の幕落ちから明けた翌日。
「ふぅ……」
昨日の今日だというのに帝都は大いに賑わっていた。楽団が色鮮やかな音楽を奏で、市場では人々が活気に溢れ、ヴィルガを讃える声が辺りから響いてくる。
だがセレナはその全てに関与せず、静かに朝から湯浴みをしていた。
昨日は魔力限界を引き起こした所為で、夜を過ぎても目を覚ますことなく、ようやく目を覚ましたのが二時間ほど前となる。
「あー……きもち……」
ユーフォリア曰く疲労回復や関節痛、筋肉痛などに効果を発揮する特別な薬湯なのだという。
無論、セレナの疲れの原因は【顕現武装】を少ない魔力で無理やり使用した事による魔力限界なのだが、酷使した身体が癒される事には変わりない。
あと十分くらい入っていようかな、などと考えていた、その時だった。
『……さん!   ………ですから、………ださい!』
「……リア?」
風呂場の入り口の方で、侍女であるユーフォリアの声が聞こえた。どうやら何かを叫んでいるようだ。
『……えと、そんな事を言われましても……っ』
どうやら他に誰かいるようだ。あの面影は、執事長のヴィダンだろうか。もしかしたら自分に対して急ぎの用事なのかもしれない、とセレナは浴槽から身を乗り上げる。
「リア、何を話しているの?   私に関することならちゃんとーーーー」
次の瞬間。
ーーガラガラガラガラ。
風呂場の入り口が開いた。そこにいたのは、
「……あー、なるほどねぇ……」
腰に布を巻いた、ほぼ全裸のアランだった。
「……………」
セレナは言葉を失った。
自分の裸を見られた事に羞恥しているのも確かだが(というかそっちの方が死に悶えるほど恥ずかしいのだが)、それと同時に吸い寄せられるように見たのはアランの左腕だった。
……治ってる。
昨日の傭兵団『骸の牙』のケドゥラとの一戦によって左腕を無惨なまでにされていたはずなのに、何事も無かったかのように完治していた。
あれは魔術医療技術でも最低で二日は要すると見積もっていたのに、わずか半日程度で治っている。
どうしてとは思わない。それがむしろ当然だろうと思っていた。
【顕現武装】の効果として「超速再生」が存在する。たとえ片腕が折れようとも、腕が吹っ飛ぼうとも、下半身が消えて無くなっても【顕現武装】が維持出来ていれば肉体は完全に元に戻るのだ。
だがそれはあくまでもアランに聞いただけで、実際にそんな簡単な事が起こるとは思っていなかった。セレナの【顕現武装】は未だ不完全で、そこまでの力を発揮できないからだ。
「あ、ああああのですね、セレナさん。アラン=フロラストこと自分は、ついさっきまで破壊された町の修繕作業を他の帝国騎士達と手伝っておりまして、日夜関係なく帝国の犬として働かされていたのです。ですがつい先ほどヴィルガさんに名指しで『お前、もう帰れ』と言われたので土下座で感謝を述べた後、全力疾走でここまで帰って来たわけですよ。今すぐにも寝たいところですがよく見れば全身は土と砂に塗れておりまして、このままベッドに飛び込んで寝れば、汚れた布団片手でリアに『何してくれたんです、アランさん?』とまたしても的当ての障害物役を命じられそうだったので、今度は風呂に入ろうと寝ぼけ眼ながら決意したんです。ですが風呂場の前にいたリアが『今はダメ』だとか『後にしてください』だとか、よく分からないことを淡々と言ってくるのでそれを振り切って来たんですが、自分的にもよくよく考えてみたらああそういう事なのかと、今更ながらに思ってしまいーーーー」
顔を真っ青にしたアランが、天井を向きながら弁明を始める。
「……ねぇ、アラン」
「何でしょうか、セレナお嬢様!!」
冷や汗をだらだらと流すアランを一瞥して、その向こうにいるユーフォリアにタオルを持ってくるように目で促すと、セレナははぁとため息を漏らした。
数秒としてユーフォリアからタオルを受け取り身を包むと、にっこりとした笑顔で尋ねた。
「もう身体の方は大丈夫なの?」
「はいっ、おかげさまで元気でございます!!」
「そう。なら良かった」
どうしてだろう。セレナの笑顔が妙に物々しく感じる。アランは頬をひくつかせながら、必死に微笑み続ける。
かつてリカルドの妻であるミリアに反抗しようと試みた時もこんな感じだった。重圧的な眼力と笑顔に隠された突き刺さるような威圧感に、呼吸活動が鈍くなる感覚。
女性から醸し出される恐怖というものは、戦争などとは別次元でありながら、それと同等の何かを感じさせる。
「アンタが怪我をしている状態で暴力を振るうのは気が引けたのよ。けど……」
アランの胸元に手を添えて、言った。
「安心したわ。これで躊躇いなく、思いっきりーーーー吹っ飛ばせるから」
「え、なーーーー」
◆
その時、帝都で賑わう民間人達は爆音と共に人民区の方角から蒼穹に舞い上がる、一つの黒焦げた物体を見たという。
◆
ーーそれからしばらくして。
「うぅ……もうお婿にいけない……」
腕を顔に押し当てて、泣いているかのようにフリをするアラン。だが演技力の無さゆえか、あまりにも分かり易い。
「自業自得よ。もしそうでもなったら、ユリアにでも頼みなさい」
「…………」
「えっ、ちょっと待て。アンタ『あ、それも良いかもな』みたいな顔してるんじゃないわよ!?」
「ははは、そんな事思っているはずがないだろう?」
なら何で棒読みなのよと胸中で思いながら、呆れながらに大きくため息を漏らした。
「……そういえば、唐突について来るように言われたから聞いてなかったけど、今からどこに行くのよ?」
「ん……ヴィルガさんに頼まれたんだよ。昼前になったらお前を連れて皇帝城に来てくれってな」
「ふーん……」
何なのだろうか。昨日の件について取り調べでも受けるのだろうか、それとも謝罪、はたまた魔剣祭本戦への出場を祝ってでもくれるのだろうか。
だが残念な事にヴィルガは皇帝という立場上、色々と忙しいはずだ。ましてやこの敵強襲という事件の後だから益々忙しくなっているだろう。
今もなお、セレナ達が進む道の端で民間人の手伝いを行っている帝国騎士達がいるのだから、皇帝がその後処理に追われていないはずがない。
……帝国騎士といえば。
ふとセレナは横を歩くアランに視線を向ける。帝国騎士を示す騎士服はケドゥラとの一戦でボロボロになった事もあって、今は騎士服専門の被服屋に預けている。
その所為あって、今のアランはとても在り来たりな民間人に見えた。薄緑の麻服に上半身を包み、下は相変わらず黒のスラックス。見た目は美青年だが、死んだような鈍色の双眸が全てを台無しにしていた。
そう、彼は帝国騎士だ。だがそう簡単に言い現わせるほど、並み大抵のそこら辺で働いているような帝国騎士ではない。
オルフェリア帝国騎士の主戦力となる第一騎士団の、その中でもさらに主戦力となる戦線部隊に所属していた超人的な騎士なのだ。
そして学者並みの魔術的知識を有し、その多彩な知識を混ぜ合わせて新たな理論を生み出す事を得意とする、努力の塊で出来た魔術騎士なのだ。
ほんの一ヶ月ほど前まで、ユリアと互角にすら渡り合えなかった自分を鍛えてくれた。その多彩な知識を子供ですら理解出来るように、分かり易く教えてくれた。魔術の最高峰であろう【顕現武装】を無理を通して与えてくれた。そして何より、二度も命を救ってくれた。
常識を考えず、我が道を行く癖が玉に瑕だが、それでも彼はセレナが今まで見てきた数多くの帝国騎士とは大きく異なる、本物の帝国騎士だ。
「ねぇ、アラン」
「何だよ」
「……ありがと」
「……はあ?」
だからこそ、アランに向かってセレナは感謝を述べる。自分を強くしてくれたこと、自分を救ってくれたことに心から感謝をした。
「お前、なにをいきなり……」
「別に。大した意味は無いわよ」
 だがその言葉とは裏腹に、セレナの足取りは軽やかになり、言いたい事を言えたという満足感が心を潤す。
先に行くわよと言って駆けるように前へと進むセレナ。今なら空ですら飛べそうな気分だ。
この時、セレナ自身はまだ気付いていなかった。自分の胸中で満たされるその想いの中に、アラン=フロラストという人物への好意を抱き始めていたことを。
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