英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第25話「殺戮番号」

以前よりも少し伸びた白髪を後頭部で纏めている所為か少し印象が変わってはいるものの、その琥珀色の双眸と苛立っているかのような眉の形をアランは忘れるはずがない。


グウェン=アスティノス。かつて第一騎士団に所属していたアランの相棒であり、現第一騎士団の次期団長候補者である。


「グウェン……お前、何で……」


「団長からの命令だ」


はぁ、とため息を漏らしたグウェンはアランに向き直ることなく、話を続ける。


「現在、第一騎士団は帝都正門にて待ち伏せていた敵と対峙中。その中を掻い潜って俺は先に駆けつけたって事だ」


「正門で対峙中……てことは!」


「ああ。あと五分もすれば、第一騎士団がやって来る。それまで耐えるだけの話なのだが……どうやらそうにもいかんらしいな」


「……任せても良い?」


「ふざけるな」


「ですよねー」


よっこいせとアランは起き上がるも、身体に残った【毒蜘蛛の顎タランティメント】の所為で、まだ足元が覚束ない。


するとそれに気が付いたグウェンが、訝しげな視線を向けながら言った。


「どうした?   そんなに足元をふらつかせて……もしや酔っているのか?」


「テメェ……俺が酒類が苦手な事、すっかり忘れたのか?」


「お前の事など、団長の口から聞くまですっかり忘れていたが、それがどうかしたのか?」


「ブッ殺す!」


「やってみろ、クソ野郎が」


途端に二人の間に火花が散り始め、殺意のこもった視線が充満する。


「……なにやってんだか、あの二人」


「うん、まったく」


そんな二人を遠くから見るセレナとユリアは大きくため息を漏らすしかない。


それからしばらくの間、そんな小気味の良い言い合いが続き、言いたいだけ言い合った二人は、互いの顔を見てニヤリと笑った。


「……で、作戦はどうする?」


「今の俺の状態から考えて……『無駄な魔術も数撃ちゃ当たる』じゃね?」


「そうするか。では、前衛まえは頼んだ」


「ほいほい、りょーかいっと」


二人は納得したように頷き、アランは前に、グウェンはその後ろへと身を動かす。それを見たケドゥラが眉間にしわを寄せながら、鋭い眼光で睨んでくる。


だが刹那、アランは身体を前方へと傾けて地を蹴った。残像すら残すその速さは、先程までとは格段に速度が落ちているとはいえ、それでもなお速い。


「くっ……野郎ども、ブッ殺せ!!」


『Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』


ケドゥラの命を受けた合成獣キメラ達はけたたましく吼えると、一斉に行動を始めた。


動物である彼らは人間以上に生物的直感という第六感に敏感だ。アランが動く事で発生する微量の電気をその肌で感じて、今アランがどこにいるのかを大方予想している。


だが、それはあくまでも予想だ。


雷とほぼ同速度のアランを肉眼で捉えるのは九分九厘不可能。ましてや捕まえる事など出来るはずもない。


「Gaaaaaaaaaaaaaa……!!」


足元をウロチョロするアランに腹が立つ合成獣達は、みるみるその殺意を膨らませてゆく。コイツを殺す、という思いに心が囚われてゆく。


それがアラン達の思惑だとも知らずに。


「《火の精よ、汝の力を以て、邪なる敵を討つ、悪人たる其の数はーー」


観客席の片隅にまで移動したグウェンは、必要最低限の魔力を抽出して詠唱を始める。無論それに気付いたケドゥラや、アランの代わりにグウェンを仕留めようと狙いを定めるが、


「ぐぶぁッ!?」
「Grooooo!?」


唐突に姿を見せたアランの攻撃に、その身を吹っ飛ばされる。他の合成獣も同様に壁際まで吹っ飛ばされたり、電撃を喰らったりとなかなかに近寄ることが出来ない。


しかしその間にグウェンの詠唱は完成に至った。用いる魔術は【五属の矢】、発射本数はーー


「ーー百万ミリオス》」


次の瞬間、会場上の宙空に巨大な赤い魔術方陣が浮かんだ。それは合成獣達がたむろする所、すなわち試合会場をすっぽりと覆い尽くしていた。


敵に逃げ場はない。だがそれと同時に、ふとアランは思う。


ーーあれ、アイツまさか俺ごと撃ち殺すつもりじゃないかな、と。


グウェンとアランはとても仲が悪い。気が合わないとかそう言うのではなく、こいつの存在を認めたくないという子供じみた程度の話だ。


すなわちこういう時も、グウェンは容赦を見せない。そこでグウェンの方へ顔を向ける。それはほんの一瞬の出来事だったが、グウェンは確かに口をこう動かした。


ーーざ、ま、あ、み、ろ。


「クソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?」


アランが使える【五属の矢】の千本シーゼストのさらに千倍。もはや軍隊殲滅用魔術にも匹敵する火の矢の大群が、合成獣達とケドゥラと、そしてアラン目掛けて天から降り注いだ。


ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!   と誰にも命中せずに地面に突き刺さった矢は音を放ち、


『Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?』


と何百本もの矢が身体中に突き立った合成獣達は、喉の奥底から苦悶の声を上げながら絶命する。


その威力の凄まじさに、セレナとユリアは額から冷や汗を垂らして息を飲んだ。これが帝国騎士の頂点トップ、戦線部隊の戦い方なのかと。


一方でアランはというと、


「おま……っ、マジで殺す気だったろうが!!」


一秒あれば射程外に出られたので、全力を駆使して射程外まで逃げた。


それをみたグウェンが、心底悔しそうに睨みつけながら舌打ちをする。どうやらこの二人は正真正銘、最悪の仲のようだ。


「アラン!」「アルにぃ!」


すると、アランとグウェンの元にセレナとユリアが駆けつけた。二人とも無事のようだ。


「ん……どうかしたのか?   何も無いんなら、早いとこヴィルガさんの所に戻ってろ。ここはマジで危ないから」


「勝手に何も無いって決めつけないで。……それがお義父様と第二、第三騎士団長の座っていた椅子に、大規模な爆裂魔術の魔術方陣が刻印されているらしいのよ!!」


「へー」


「なにが『へー』よ!   そんなアホみたいなリアクションを求めてたんじゃない!   アンタならそれくらいの魔術方陣、どうにか出来るでしょう?」


「まあ、出来るっちゃ出来るけど……」


ぐるりとアランは顔を動かす。動かした先にいたのはグウェンだ。


「お前、一人でアイツらの相手をできるか?」


素直に率直に問うた。そしてグウェンも、迷う事なく瞬時に答えを返す。


「無理だな。俺は魔術戦には強いが、近距離戦は得意ではない。身体強化をして逃げ続けるのがオチだろう」


その顔は真剣そのものだった。嘘や冗談を吐いている顔では無いと、セレナも瞬時に理解出来る。


「ーーなら、私が戦う」


しかしそこで前に出たのはユリアだった。血の色に似た双眸には、静かな闘志が満ち溢れていた。


「私が前で戦って、グウェンさんが魔術を使う。これならーー」


だがアランは、ユリアを止める。


「やめとけ、ユリア。お前のレベルじゃあ、保ってもせいぜい一分が限界ってところだ。無駄死にはさせたくない」


アランにしては珍しく、ユリアに現実を押し付ける。それほどに強さの違いがある事を、セレナとユリアは瞬時に理解した。


「でも私が戦わないとアルにぃが……っ」


「俺の事は気にすんな。それよりも大事な義妹いもうとが、獣達に襲われると考えただけで兄ちゃん、ちょっとイライラしちゃうのです」


「ムラムラの間違いだろう?」


「テメェ……後で殺す」


ふん、とグウェンは言うと、先に会場の方へと戻る。まだ倒しきれていない合成獣達を始末しに行くのだろう。


「アルにぃ……」


「まあ、心配するな。それに少し考えてみろよ。どうしてまだ爆発していないのかを、さ」


「どうしてって……あの魔術方陣が条件を満たせば起動するからじゃないの?」


「んー……それもそうなんだが、それは可笑しくないか?   だってそもそも魔術っていうのは、魔術師ーー術者があって使われる物なんだぜ?」


魔術は存在したとしても使えるものがいなければ、それはただのガラクタと成り果ててしまう。魔術は魔術を使える者がいてこそ、その真価を発揮する。


少し考えろと言われた通り思考を巡らせたセレナが、自身の仮定を繋ぎ合わせた答えを返してくる。


「魔術を仕掛けた本人が、現段階ではあの椅子に仕掛けられた魔術を起動させる事は出来ない、または出来るけどしたくない……てこと?」


「そういう事だろうな。じゃあ、ここにいる俺とセレナとユリアの三人がいた時からそうだったって事は、もう狙いは決まったも同然だろう?」


「……なるほど、また私って事ね」


そうである可能性が高いというだけの話だが、ここは敢えて言葉を差さないでおこう。


「それだけ判明すれば十分だろ。セレナ、お前はヴィルガさんの近くで待機してろ。ユリアは二人を守ってくれ」


「うん……分かった」


少し暗い顔をしていたので、いい事を言ってやろうと、アランは微笑みながら言った。


「これが終わったら膝枕でも腕枕でも、添い寝でもしてやるから。がんばーー」


「頑張る!!」


「お……おっす」


ふんす!   という擬音でも出そうなまでにやる気いっぱいの義妹ユリアちゃん。


立ち直りが早くて助かるアランであった。





「……さて。普通の合成獣達やつらはあらかた死んだようだが」


「どうせ最悪なやつだけは、まだピンピンしているんだろう?」


「ふっ、その通りだ」


「ドヤ顔で言える事じゃねぇ……」


日常のように会話をする二人は、会話そのものは穏やかだが、その目から発する敵意だけは砂煙の向こうにいる相手に向けられていた。


「ったく……【五属の矢】百万本て、どんなバケモンだよ。あーあ、アルダーから貰った合成獣達がこのザマ。上に怒られるなぁ……」


ケドゥラだ。そしてその背後には、


「Gruaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


ケドゥラの怒りを代弁するかのようにけたたましく吼える地竜がいた。やはり【五属の矢】程度ではその硬い鱗の鎧を壊す事は適わないらしい。


「おい、作戦考案係。お前の作戦通りに動いても敵は全滅出来ていないじゃないか。これは第一騎士団罰ゲーム『全裸で帝都を十周』の決定だな」


「テメェのミスを他人に委ねるな!!」


「おいおい、俺がいつ、どこで、どのようにミスをしたって言うのだ。今すぐ正確に答えてみろ」


「ガキかテメェは……はいはい、俺が悪うございました。だから次は確実に仕留めにいくぞ」


「ふっ、それでいい」


「そうだな……作戦は『土竜もぐら叩き』な」


「…………本気か?」


アランの唱えた作戦名に、グウェンは冷や汗を垂らした。だがアランは受け答える代わりにその唇を吊り上げる。


……クソ野郎が。腹いせか!?


「ちぃッ!!」


アランとグウェンのペアで持つ作戦名は、大抵が使用する魔術の特徴によって決定されている。今回の『土竜叩き』にしてもそうだ。


この作戦に使用する時間は僅か三分ととても短い。だが代償として魔術を使用する瞬間まで、アランは完全な無防備状態になるのだ。


残存合成獣六体、合成型地竜一体、敵魔術兵一体。中隊規模ならものの半時間で壊滅可能な戦力を相手に、グウェンは舌打ちしか出てこなかった。


「やるならさっさとやれ!!」


「ほーい」


グウェンに促されるがまま、アランは【顕現武装フェルサ・アルマ】を武装状態ニュートラルにまで移行。その代わりに使用しなくなった魔力を右手の平に集約し始める。


「《壁を築け、此処に在るは鉄壁、何物も返す無垢なる壁なり》ッ!!」


グウェンはアランを囲むように前後左右、そして蓋をするように上に【プロテクションシール】を発動した。


【プロテクションシール】は本来一面に張れて当然、二面に張れて熟練者、三面に張れて卓越者となる。だがグウェンはその更に上をゆく。


五面張りをさも当然のように行いながら、更に魔術を唱え始めた。


「《荒ぶる冷風よ、其は人を阻む悪意なる暴風なりて、汝の牙を以て立ち向かう愚者を払いたまえ》ッ!!」


【五属の風】を発動。冷風が合成獣達の足元を冷やして、行動力を減衰させる。


そう、あくまでもグウェンはアランの魔術が完成するまでのお守役だ。それにグウェンの最大火力の魔術を使っても、地竜を完全には屠れない。


ーーいや、もし屠ったとしてもその場にはまだケドゥラという脅威が残っている。


ゆえに、アランの最大最強とも言えるこの魔術に頼るしかない。


「アラン、首尾はどうだ?」


バックステップでアランを取り囲む壁付近まで来たグウェンは、中にいるアランに事を尋ねた。


「ん……あと二分ちょっとってところだな……っ!!」


バチバチッと中で放電が始まる。アランの魔力に体表の【顕現武装】が反応しているのだ。


……創りだせ。


アランの最大最強ともいえる魔術は、本来ならば莫大な魔術師と時間、そして魔力が必要になる。


だがアランの【顕現武装】は魔術師と時間を全く必要としない。魔力も自然に存在する静電気を多少利用するので、魔力限界を超えて使用する事はないだろう。


……編み出せ。


放電する電気を糸のような形状に作り変え、手のひらで型を作り出す。作る物は槌。大きさはさほどなく、柄が短いのが特徴だ。


「おい、アラン!!」


本来ならばこの魔術を使う時は、グウェン以外にも他数名に守護されていないと時間を稼げない。これほどの膨大な魔力を使用して魔術師達が気にしないはずがないからだ。


「待て、あと一分ちょい……!!」


高濃度の魔力によって発生した電気を、絶えず糸状に形を変えて武器を編む。今から放つその一撃のために、最大限の魔力を駆使して武器を創り上げる。


だが、その圧倒的魔力に地竜やケドゥラが気付かないはずがなかった。


「ぶ、吐息ブレスだ!!   早くしろ!?」


「Gruaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


地竜が息を吸い込む。吐息が早いか、アランの魔術完成が早いか。だがアランにはもはや結末は見えていた。


……ギリギリで間に合わねぇ……っ。


あと二十秒。それに対して地竜の吐息の準備が整って、吐き出されて、ここまでに到達するのに約十九秒。瞬きをするかのような時間のだが、武装状態ニュートラルのアランは物理限界を超えるような動きが出来ない。


グウェンも魔術を使って時間稼ぎをしようと試みているが、戦線からここまで休み無しで駆けつけて、魔力も体力もかなり消費しているはずだ。


今の彼の全力を以てしても、対抗する事は適わないだろう。


「ばん、さく、尽きたか……!?」


武器を編みながらもアランが消極的な発言をした、その時だった。






「ーーまだ、終わってないでしょ!!」






アランの前に、一人の少女が現れた。


「なっ、セレナ!?」


それはヴィルガの元にいろと命じたはずの教え子、セレナだった。


地竜の吐息が吐き出されるまであと十五秒。今の魔力量からしておそらく維持・・出来るのは僅か十数秒といった所だろう。


……でも、それで十分!!


手のひらに現れた燃える蝶の文様に向かって、セレナは強く詠唱した。


「《炎獅子よ、我は永久より在らしめる聖火の霊王なり。この身この腕は万象一切を灰塵に変え、人類の暦に終止符を唄う。我は終末より生まれし赤き聖女なり》ッ!!」


刹那、セレナの身を豪炎が包む。魔力の炎がその柔肌に触れると細胞が反応を起こし、奥の奥にある人間としての格をその炎が包んだその時、セレナの【顕現武装】ーー血華の炎巫女フレイ・ティターニアが完成した。


それと同時に。


「Gruaaa!!」


地竜の口内から、超圧縮された空気の弾丸が放たれる。少しでも触れれば木っ端微塵になるが、【顕現武装】のセレナには通用しない。ゆえに、全くの恐怖心を抱かなかった。


狙うのはほんの一瞬。自分の届く範囲に空気の弾がやって来た時。自分の持っている全魔力を手のひらに集約させてーー


「はぁッ!!」


莫大な熱を生み出した。風属性に火属性の相性はとても良いと言っていたが、それはあくまでも魔術としての威力が同等、またはそれ以上の時の話。


今のセレナの魔力では若干の不安があったゆえに、少し工夫を凝らしてみた。


空気の弾が通過する道にある空気を、熱して気流を発生させる。発生した気流はそのまま風へと生まれ変わり、膨大な風量を持った弾を阻む壁となるのだ。


風の妨害を受けて軌道を上へとズラされる空気の弾。更にそこにグウェンが最大出力の【五属の風】を発生させて、跳ね上がるように空気の弾は虚空へと消えていった。


「「今よ(だ)、アラン!!」」


セレナとグウェンの二人から合図を貰ったアランは、右手に持った槌をしっかりと握りしめて地面を蹴った。


顕現状態でないとはいえ、その速さは人間を超えている。ケドゥラの妨害を潜り抜けながら、アランは地竜のいる付近で槌を振り上げる。


雷で編み上げられたそれは強い魔力を放ち、見るからに禍々しい存在感を放つ。それを一点に凝縮し、地面に叩きつけてアランは言った。


「【大地を穿つ神の雷槌ミョルニル】」


次の瞬間、帝都中を白い光と爆音が包み込んだ。

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