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英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第21話「面影」

『して、貴様がアラン=フロラストか?』


「違う、と言ってもどうせ俺を通す気は無いんだろう?」


『無論だ』


影に足を着くその黒尽くめの男は、アランの目から見ても間違いなく異質な存在だった。


まず男が立つその場所・・。そこが何よりも異様な現象に包まれていた。


……影がある。


時間的に太陽はほぼ真上。だからその男の足元に影がある事は至って普通だ。だがその男の周囲・・に影がある事は可笑しい。


遮蔽物など存在しない男の周囲に影が生まれる事は不自然であり、どういう理屈や魔術を使ってもそのような現象は起こせない。


……古代魔術か?   いや、そんな魔術は今まで聞いた事がない。


ならばその現象が男自身の体質、または特性にあるのではとアランは考えた。影の上に立つ、もしくは上にしか立つ事が出来ない特性を持つ種族は幾つか思い当たる。


そして。


「……あー、なるほどね。お前はそういう訳か」


『如何にも。我は悪鬼羅刹の一族。影に住まい、影に生きる怪異の類である』


「つまりは鬼の仲間って事だろう?」


『左様だ』


オルフェリアの南にあるカルサ共和国には何十という様々な種族が生息している。その中でも一際有名なのが長寿族と鬼族。共に人間を超越する力を有しながら、一方は共和を求め、もう一方は支配を求めている。


鬼族は無論後者で、彼らは魔術戦よりも肉弾戦を好んで行う。武器は鋼のように硬いその肉体と、鉄板すら容易に貫く鋭利な拳。近接戦闘で勝負を持ちかけても、勝機は全く無いだろう。


奴の正体をものの十秒ほどで見抜いたとはいえ、アランの顔は険しさを増す一方だ。


……不味いな。


魔術騎士であったアランにとって、鬼との戦闘は二度や三度どころか何十回とある。決して楽ではないが、油断さえしなければ負ける事など滅多にない。


だが状況が最悪だ。アランは急いで学院の方へと向かわなければならないのに対して、この鬼は最悪邪魔をし続ければ問題がない。つまり持久戦に持って行かれると面倒臭いというわけだ。


戦いに割ける時間は約十分。それまでに倒さなければない。


だが、アランも一つ、尋ねておきたい事があった。


「おい、お前。大罪教について何か知っているか?」


こいつが敵ならば、おそらく大罪教と繋がっている可能性もあり得る。しかし男は眉を吊り上げて、何か面白いことを聞いたかのように言い返す。


『ふうむ……確かに我は大罪教とやらを知ってはいるが、それを知った所で貴様はどうするつもりだ?』


「もちろん、捕縛しつかまえて、尋問ししらべて、必要な情報を引き出す」


魔力を脚部に収束させ、いつでも動けるように状態を整える。それを見た男は、ニィと口角を上げて嬉しそうに笑う。


『ほう、戦う前から余裕だな』


アランはその言葉の挑発に眉ひとつ動かさず、言った。


「時間が無い。手早く済ませるぞ」


鞘から完全に剣を抜き、腰をかがめて低く構える。それと同時に全身から殺気を放出した。


その切っ先突きつけられるような感覚に男は身を震わせ、そして再び、今度は高らかに笑った。


『ふふふ……ふははははは!   良いぞ、良いぞ貴様!   その目はまさしく鬼神の如き、殺戮と絶望を知り得る強者たる目だ!   我は貴様のような者に会えて心から感謝をする!』


鬼族らしい、好戦的な発言だ。


「黙れよ、化け物ッ!」


アランのその言葉を皮切りに、二人は大地を砕かんばかりに地面を蹴る。


争いを告げる、鐘が鳴った。


◆◆◆


会場爆発よりも時間は少し戻る。


「おかえり、ユリア」


「……ただいま」


優勝を獲得して戻ってきたユリアを激励するかのように集まるクラスメイトの中で、セレナは真っ先にユリアの元へと駆け寄った。


クラスメイトとしてではなく、一人の友達としてユリアに言葉を伝えたかったのだ。


だがそのユリアは、いつもよりも顔をしかめている。親友であるセレナですら、アランに言われていなければ気がつかないほどに若干だが。


するとユリアは、


「ねぇセレナ。アルにぃは?」


疲れを見せる事もなく、あたりをキョロキョロと見渡して義兄であるアランを探し出した。


だがあいにくアランはここにいない。そうユリアに伝えると、少しションボリした顔で「そう」とだけ言った。


「まあ、もうすぐお昼だし。そろそろ来るんじゃない?」


「アルにぃに最近会ってなかったから、早く会いたい……」


どうやらユリアには昼ご飯よりもアランのようだ。


……本気でブラコンしてるわね、この子。


今更この程度で引くような事でもないが。呆れるような目でユリアを見ていると、


「ーーそ、そういえばレミラ先輩はどうだった?」


すると唐突に、クラスメイトの一人が会話に入ってきた。セレナもそれほど親しみの無い人物だったが、その質問に対して、ユリアはあまり深く考えずに返す。


「普通だったよ?」


さも当然かのように言うユリアに対して、そのクラスメイトは頬を引き攣りながらも、何とか笑みを浮かべていた。


しかしユリアは追い打ちをかける。


「確かに剣の構え方は良かったと思うよ。けどあの人、気が抜け過ぎだった。あれじゃあ『切ってください』って言ってるようなものだよ?」


そうやって淡々と言い切るが、それが出来るのはこの中で唯一ユリアだけだろう。


予選とはいえ決勝戦。この試合を観るためだけにやって来た観客達の視線が自分に集まっている。そう考えるだけでかなり心苦しいものだ。


だがユリアには関係無い。試合中に倒す相手は敵であり、その他は単なる物とでしか見ていない。機械的だとすら思えてしまう無機質な目。その目はまさしく獲物を捕らえるために研ぎ澄ました狼の瞳のようで、あの試合のほんの隙間の油断ですら、彼女にはとても十分すぎる。


あとは簡単、ほんの一瞬でも揺れた相手の集中力の隙を突いて高速で移動し、相手が有利に戦えると気を抜くであろう近距離に詰め寄って、意識を刈り取る一撃を与える。これで完全な詰めチェックメイトだ。


「へ、へえー、そうなんだー」


もはや素人と玄人の会話のように、会話の内容を理解していないクラスメイトは、じゃあまたねとだけ言い残して、静かにユリアの前から姿を消した。


……心折れるわよねぇ。


セレナも初めてユリアと会った時はそうだった。何を言ってもさも当然のように言い返して、しかもそれが正しいのだからどういう反応をすれば良いのか分からない。


そして段々と自分自身が惨めで哀れに思えてきて、近寄る事すら辛くなって、いつしかユリアの前から消えてしまう。


ユリアの側に十年間もいたセレナはそういう子達を何度も見てきた。泣きじゃくって離れて行く子もいれば、逆に憤ってユリアに突っかかる子もいた。


だがユリアにはそんな子達は眼中に無く、興味の削げた子達に次に出会った時は、まるで赤の他人を見つめるような目で見ている。ユリア=グローバルトとはそういう子なのだ。


「ユリア。もうちょっと柔らかく話してあげても良いんじゃない?」


だがセレナはユリアに突っかかる。ユリアの友人としてユリアに非を打つ。


「でもアルにぃが『自分に素直でいろ』っていつも言ってたから……」


「またアイツか……良い、ユリア?   確かに自分に素直なのは良いことよ。けど相手の気持ちを汲んであげることも大切な事なのよ。アランだってユリアの気持ちを理解してくれているでしょう?」


セレナもユリアの扱いには慣れてきたものだ。ユリアは母親の言うことと、義兄であるアランの言うことには絶対を置いているので、逆にそれを利用して優しく諭すのだ。


「う……分かった、頑張ってみる」


ユリアもそう言われたら従わざるを得ない、みたいな顔をする。


「うん、よろしい」


そう言ってユリアの頭を優しく撫でるセレナ。そんなユリアとの時間を何だか幸せに感じるセレナであった。





午後二時。皇帝城が時刻を告げる鐘を鳴らすと同時に、ついにこの時がやってきた。


『ではただいまより、授与式に入ります』


その宣言を皮切りに、観客席の一端に配置された楽団が音楽を奏で始める。この瞬間を他の観客達も静かに音楽を聴きながら見守った。


授与されるのは四名。


三年女子レミラ=アスティ。
二年男子ヘンディ=ジルゼット。
一年女子セレナ=フローラ・オーディオルム。
一年女子ユリア=グローバルト。


学院生徒枠出場予選大会が始まって以来の一年生二名出場決定に、誰もが興奮している。


だがそんな中でも、会場のど真ん中に立つ二人・・が、他とは比べものにならないぐらいに緊張をしていた。


……うわ、こっち見てる。


朝時には姿を見せなかった帝国騎士達が貴賓席に腰をかけ、粘りつくような視線を四人に向ける。将来卒業した際に勧誘するか否かを定めているのだろう。


その中にはもちろん第二、第三騎士団の団長もいるわけで、隣のレミラとヘンディはごくりと生唾を飲み込んだ。


だがユリアは、


「アルにぃ……」


どこか上の空だった。


……まあ、仕方ないか。


結局、昼食の時間になってもアランが学院に姿を現わすことはなかった。まだ寝ているか、学院に向かうのが面倒なので屋敷でくつろいでいるのかもしれない。


魔剣祭の期間中は学院の警備も厳重化しており、いかなる犯罪も見逃される恐れもなく、少しでも可笑しな真似をすればほんの数秒で騎士達が駆けつけへ来るだろう。そんなこんなでアランは警護の心配をしていないのかもしれない。


……まあ実際、会場内はすごい厳重だし。


観客席と貴賓席、そして試合会場を仕切るように張られた多重結界に、不審者束縛用の罠もそこら辺に設置されている。


そして何よりここには帝国騎士達が何十人もいるのだから、さすがに誰も犯罪などしようとも思わないだろう。


『ではまず、セレナ=フローラ・オーディオルム、ヘンディ=ジルゼット。前へ』


「「はい」」


表彰状を持った学院長に名前を呼ばれると、セレナとヘンディは静かに返事をして、学院長の前へと立つ。


ヴィルガと出会う時よりも緊迫感が薄い所為か、セレナはとても穏やかに直立していた。


『セレナ=フローラ・オーディオルム。貴女は第六十四回魔剣祭の学院生徒枠出場予選大会において頭書の成績を修めましたのでこれを評し、今後の活躍を講師一同の代表として期待しております。おめでとう』


「ありがとうございます」


お辞儀をして表彰状を受け取る。


表彰状はそこそこ値の張る羊皮紙で作られており、初めてこのような物を受け取ったセレナは、両手に妙な重みを感じていた。


そしてセレナが退がると次はヘンディ。同じ台詞を述べた学院長が表彰状を渡し、二人は再びお辞儀をすると元いた所へと戻った。


そして次に準優勝者のレミラ、優勝者のユリアと続き、表彰式は順当に事が進んだ。


そして。


『では最後に、学院長から代表選手に向けてのお言葉をいただきます』


実況席からのアナウンスが流れ、学院長が壇上へと足を向けた、その時だった。


ーーギィイイイイ。


軋み音が辺りに反響する。錆びた蝶番に、使い古された木製の大きな扉。それは試合会場へと正面から入るための大きな扉が開く音だった。


表彰式を始める際に、正面からの出入りは帝国騎士であろうと禁じられている。それゆえに、観衆の視線は容易に扉へと向けられた。






「よっと。それじゃあ、お邪魔しまーす」






そこから現れたのは一人の青年だった。歳はアランと同じ二十弱くらいで、髪の色はユリアと同じ銀で短髪。猛禽類のような鋭い双眸は辺りをキョロキョロと見渡したかと思えば、セレナの方を見て化け猫のようにニッと大きく笑った。


そんな彼が唐突に現れたことによって観衆はざわめき、帝国騎士達は敵意の混ざった視線を彼にぶつける。


何かの催しかしら、とセレナは考えたが、一瞬でその考えは撤廃された。


それは単純な生物的直感。つい最近で二度も味わった感覚。彼から溢れる違和感と嫌悪から感じる気配から、刹那に読み取った。


……こいつ、まさか!


まるで溶けたチーズのように粘りつくような濃密な魔力と、ようやく殺せるとでも考えているような狂気に満ちた笑み。笑みの奥に隠れた鋭い敵意は、もはやアランの域を超えている。


この青年は、この男は間違いなく帝国の敵だ。


「皆んな、逃げて!」


セレナは叫ぶと同時に鞘から剣を抜く。全身から魔力をみなぎらせていざ魔術をーー






「はい、遅い」






刹那、試合会場全体を覆うように、妙な膜が張られた。


等間隔に張り巡らされた糸状の魔力の塊は、その膜に貼り付きまるで葉脈のような形を成してゆく。


レミラやヘンディ達が騒いで状況を確かめる最中、男はとても爽やかな笑みを浮かべながら、


「ちなみにこれ、固有魔術【蜘蛛の巣】ね」


と言った。


男が述べたその魔術を、セレナは知らない。第一神聖語を解読出来ないセレナは、その魔術の効果を知ることが出来ない。


だが分かるのは二つ。


一つはこの魔術が詠唱型ではなく刻印型だということ。男は魔術が発動した際に詠唱をしていなかった。つまりこの魔術はどこかに魔術の起源となる魔術方陣がどこかにあるはずだ。


そして二つ、これほどの大規模な結界を仕掛ける事が出来るということは、あらかじめこの会場内に侵入していた事を意味する。学院側に共謀者がいる、またこの件が計画的な犯行だという事も分かる。


……何にせよ、動けないのは確かね。


男の言った固有魔術【蜘蛛の巣】とやらはどうやら結界魔術のようで、学院長が内から、帝国騎士達が外から壊そうと試みるもどうにも壊れないようだ。かなり硬度の高い結界らしい。


セレナの【顕現武装フェルサ・アルマ】なら壊せるかもせれないが、詠唱をしている暇はなさそうだ。


と、その時。


「--ッ!?」


会場の外で耳を劈くほどの大きな爆音が轟いた。その爆発によって生まれた爆炎と灰色の濃煙は、飛翔する龍のように勢い良く舞い上がり、空の一部を闇に染め上げる。


「おーやおや。どうやら思った以上に早くに増援が来ちゃったなー……でも俺は、まだまだ遊び足りないんですけどー?」


狂気に満ちた笑みを浮かべながら、ゆったりとした足取りでセレナの元へと男は足を動かす。


「セレナッ!」


すると、男の狙いがセレナだとわかったユリアはすぐさまに駆け寄り、セレナの横で剣を構える。そう、「前」ではなく「横」で。それはユリアにとって同等だという証。セレナの実力を認めている証だ。


「ユリア……」


そんなユリアの行動に心が震えながらも、セレナは男を見据えた。


「へぇ~。二人で僕の相手をしてくれるのかい? いいねぇ、俺を求めて三角関係って感じぃ?」


「お生憎様。この子も私も、アンタみたいなチャラチャラした男は嫌いよ」


「うっはぁ、出会って三秒でフラれちゃった!   ……ま、どうでも良いんだけど」


刹那、男の全身から滝水のように魔力が溢れ出す。ようやく相手も本気のようだ。


ニヘラニヘラとしていた顔の面を剥ぎ取り、殺戮を求める怪獣の目が露わになる。


……このままじゃあ、不味いわね。


以前アランが言っていた事を思い出す。


『良いか、セレナ。もしも自分よりも戦うことや、人殺しに慣れていそうな奴に出会ったなら、まずは落ち着け。それから穏やかに考えろ。今の自分の状況や、敵の数や味方の数。自分の持っている武器や足場の情報も必要不可欠だし、そしてなによりその時点の魔力量で最低何分・・・・耐えられるか・・・・・・を定めておけ』


今この場にいるのは、セレナとユリア。レミラにヘンディと学院長の五名だけ。その他の審判や講師達は、タイミングが良いのか悪いのか敵の結界の外側にいた。武器は学院生が各自一振りずつ剣を持ち、敵は目の前の男一人だけだ。


だがその男の魔力を肌で感じて、只者ではないことを直感で感じ取った。おそらくここにいる全員で仕掛けても負けるくらいの実力差がある。


そしてセレナが【顕現武装】を使おうとすれば、詠唱をする暇すら与えずに倒しに、または殺しに向かってくるだろう。


「……ユリア。前衛、任せても良い?」


だからセレナは勝つことを放棄した。


わずかコンマ数パーセント以下の勝率を手繰たぐり寄せるよりも、持久戦に持ち込んで外からの救援を待つ。そう判断したセレナは近接戦をユリアに任せる。


……そう、今の私達じゃ勝ち目は万に一つもない。だからアイツ・・・が来るまでの辛抱よ。


「……分かった。背中は任せる」


ユリアも尋ねる事なく承諾した。魔術の詠唱速度や技術だけで考えれば、ユリアよりもセレナの方が上だと理解しているからだ。


セレナはすぅと呼吸を整えて、男の武器を観察する。


男は武器を持っていない。代わりにベルトポーチやレッグポーチなどを装備している事から考えて、相手は生粋の魔術師なのだろう。


ならば勝機はユリアがいかに接近出来るか、つまりセレナの魔術による支援が鍵を握るという事だ。


……一撃も無駄に出来ないわね。


意を決したセレナは右手を男に向けて魔力を迸らせる。


争いを告げる、鐘が鳴った。


◆◆◆


「……ヴィルガ皇帝陛下!   ご無事で御座いますか!?」


「俺の事は気にするな。それよりもまず、学院生と講師職員、それに一般市民の安否を伝えろ!」


「はっ、爆発で壊れた外壁の落下によって騎士が一名殉職しましたが……学院生と講師職員、一般市民に死者はおりません」


そうか、とヴィルガは吐き捨てるように言った。


正直な話、ヴィルガはこの襲撃をあらかじめ予測していた。敵は必ず魔剣祭予選のいつかを狙って、再びセレナを襲うと確信すら持っていた。


そのために本来よりも厳重な結界を会場との隔たりに設け、倍以上の罠を仕掛け、さらにその倍以上もの帝国騎士を派遣した。


なのに防げなかった。どういう手段を使ったのか、試合会場内にいる男はその厳重な結界を容易く潜り抜けて、セレナ達の前に悠然と立っているではないか。


……俺の考えが甘かったという訳か。


かつては第一騎士団で、リカルドと共に肩を並べて戦っていた時期もあった。しかしあれから五年の年月が過ぎ、ヴィルガの脳裏からは戦いの概念が薄れつつあるのかもしれない。


平和を求め続ける代償がこういう事に繋がるのか、と常々思ってしまうヴィルガであった。


「さあ、皇帝陛下もどうか外へ!   表は敵の後援と戦闘をしておりますので、隠し通路からお逃げください!」


「俺もそうしたい所なんだが……済まない、どうにも出来そうに無いんだ」


「ど、どうしてですか!?」


「ほら、ここをよく見てみろ」


ヴィルガの指さす場所を見て、帝国騎士の顔は青ざめた。


「こ、これは……っ」


「ああ、おそらく広範囲爆裂系の魔術方陣だろう。しかも解除は不可能かつ設定がかなり旧式なだけあって、破壊も不可能だ」


しかもそれが三つ。ヴィルガが座っている椅子から腰をあげると同時に、魔術が発動する仕組みとなっていた。


「これら三つが同時に発動すれば、おそらく会場全体が焦土に化すくらいの火力は……あるな。それに多分、この罠は俺だけじゃ無いと思うぞ?」


「……と、言いますと?」


「分からないか?   この罠を仕掛けた本人は俺が動くと困るから先に仕掛けておいたんだ。とすると、俺と同等の実力を持つ帝国騎士がこの場にいるとなれば、そいつの動きも封じるに決まっているだろう?」


おそらくヴィルガの側にいた第二、第三騎士団長達の椅子にも、同じ仕掛けが組まれているに違いない。


そしてそれが作動していないことを考えると、彼らもこの魔術方陣には気が付いているのだろう。


「確かに……さすが皇帝陛下、見事なご慧眼です」


「世辞はいい。それよりもまずは敵の後援を断つ事が最優先だ。隠れ通路を使って第二、第三騎士団の駐屯所に滞在する全帝国騎士に通達し、挟み討ちにしろ」


「は!   了解しました!」


敬礼をした帝国騎士は颯爽と去って行く。


その後ろ姿を一瞥しながらヴィルガは試合会場内にいるセレナ達を見つめる。


……敵は相当な手練れだな。セレナ達だけでは到底太刀打ち出来まい。


だがセレナはヴィルガの予想だにしなかった動きを取る。


「ーーっ、二人一組ツーマンセルだと!?」


馬鹿な、あれでは更に勝ち目が無くなる。そう考えたヴィルガだが、セレナの瞳を見てその考えを打ち切った。


あの目は思考を巡らせている目だ。敵を倒すためではなく、敵の攻撃をいかに切り抜けるかを考えている目だ。


「……そっくりだ」


あの目はかつてのアランに似ている。落ち着いて戦場を見渡す冴えたその瞳は、五年前の戦場を駆けるアランの瞳に酷似していると、ヴィルガは思った。


アランが【顕現武装フェルサ・アルマ】をセレナに教えた時は、心底怒りに震えた。だが今はそうでもない。


アランほど戦場に、殺し合いが合法化される世界に慣れた人物を、ヴィルガは知らない。


アランほど戦場で危機に陥ったり、その危機を突破してきた人物を、ヴィルガは知らない。


そんなアランに剣術や魔術、そして戦術を学んだセレナだからこそ、無謀な真似は決してするはずがない。


リカルドの娘であるユリアが剣を持って前衛に。後衛でセレナが魔術を使って支援と妨害を担当する。魔術兵団での最も基本的な戦陣だが、戦い方に応じてその機能もまた変化する。


だとすれば、今のセレナが考えていることは。


「持久戦か……」


悪くない考えだ。おそらくあと数分で敵が張ったであろう固有魔術の結界も解除され、百を超える帝国騎士達が男を捕らえに向かうだろう。


もうそろそろ隠し通路で駐屯所に向かった帝国騎士が報告を終えたくらいだ。駐屯所に滞在する帝国騎士はこの場にいた者のおよそ三倍はいる。


だがここが戦場となっている事を知れば、そのうちの大半が足を竦ませて行動を起こそうとは思わないだろう。


帝国騎士になったとしても、彼らには戦闘ころしあいを経験したことがないのだから。


……こんな時に限って。くそがっ。


帝国の主戦力である第一騎士団はいま、アルダー帝国国境付近の魔術兵団と合成獣キメラで編成された大規模部隊の対処に全て向かっている。


彼らもそろそろ任務を終えて帰路に着いているくらいだろう。帝都に戻って来るとしたら明日、はやくても半日はかかる。第一騎士団の中でも精鋭だけならばもっと早いだろう。


せめて二時間。それまでは第二、第三騎士団だけで戦線を維持しなければならない。


「……せめて、リカルドの奴がいてくれれば……」


はぁ、とため息を漏らして空を見上げる。背後からは絶えず魔術の衝突する爆音が耳に届き、奇声と悲鳴が渦を巻く。


聞き慣れた戦場の有り様だ。瞼を閉じて浮かび上がってくるのは革命以前に何度も味わった、剣と魔術が生み出す戦場という名の芸術空間。


降り注ぐ黒雷が大地を穿ち、荒ぶる豪炎が兵士の身を焼き付け、凍てつく吹雪が辺りをツンドラ地帯に変える。


その中をリカルドと共に駆け巡り、時に競い、時に協力して強大な軍隊とも何度も戦った。


だがいまは違う。リカルドは昔と変わらず戦場に立ち続けるが、ヴィルガは帝都に留まって国を遣り繰りするべき立場となった。


これで帝国は変わる。そう信じて『六貴会ヘキサゴン』からの提案も受け入れた。多くの貴族を蹴落とした。他国とも友好を結んだ。自分が出来ることはこの五年で全てやったつもりだった。


だが戦争は終わらない、略奪は終わらない。


栄えれば栄えるほど、アルダー帝国のような敵対国はよりいっそう侵略を企てる。


「……これが終わったら、いっそう本腰を入れてアルダー帝国との事について考えるべきか」


戦争から逃げる事は出来ない。それを知っているヴィルガだからこそ、戦火を起こすのは慎重だ。しかも相手は大陸屈指の戦争国家であるアルダー帝国だ。戦力の質ではアルダー帝国にも匹敵するオルフェリア帝国だが、物量で押されれば間違いなく敗北は必至。


脳内で戦力図を展開しながらヴィルガは今後についてなんとなくで考えてみる。


と、その時だった。


「これは……」


一人の魔術師がこちらに向かって来ている。魔力はいたって平凡で、とりわけ強いとも弱いとも言えない。


だがヴィルガは知っている。この魔力の感覚を。鋭くありながらも全てを包むような、心の底から存在感を知らしめる、英雄を想起させるこの魔力。


なんだ、いるじゃないか。こんなにも近くに。フッとヴィルガは笑い、セレナ達を見つめる。二人とも既に心身共に疲弊しきっていた。だがもう心配は要らない。


さあ、時は来た。






「思う存分、 やって来いーーアラン」







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