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英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第20話「始まりの鐘が鳴る」

「ん……ここ、は……」


ゆっくりと瞼を開いて目を覚ますと、そこは見慣れた天蓋付きのベッドの上だった。


肌に感じる上質なシルクのシーツに、そこから上品さを薄く醸し出す香水が香る。毎日侍女であるユーフォリアが洗ってくれる事もあって、シーツにシミは一つもなく綺麗その物だ。


だがいつもなら、そんな事に何も感じることなく起き上がってカーテンを開けるセレナも、今日に限ってはそうはいかなかった。


そして呆然と天蓋を見つめながら言った。


「そうか……私、負けたんだ……」


先日の魔剣祭レーヴァティン準決勝戦。優勝候補筆頭と謳われた少女、ユリア=グローバルトとの激しい戦いの末に、セレナは負けたのだ。


何が誤算だったのかは、今でもはっきりと分かる。自分だ、自分が手に入れた力の大きさ故に調子に乗ってしまったのだ。


アランが伝授してくれた【顕現武装フェルサ・アルマ】という魔術は、疑う余地もなくユリアの実力に追いつくどころか上回る結果を見せた。


だが、そこからが問題だった。


これなら勝てる、そう自信を得たセレナは戦闘中でありながら【顕現武装】について軽々と説明をしたり、ユリアの体勢が整うまで待つなどと強者の態度を取ってしまった。


……あのとき、ちゃんと私がしていたら。


ユリアに足並みを合わせずに、本気で戦っていたらどうだっただろうか。


……あのとき、私が奢らなかったら。


ユリアを傷つける事を躊躇っていなかったらどうだっただろうか。


……あのとき、アランの言葉を覚えていたらっ。


確実とまでは言えないが、勝つ確率は格段に上がっていただろう。


「〜ッ!」


悔しさの余りにセレナは仰向けになったままベッドに拳を振り下ろした。ボスンと大きく跳ねた右腕は、そっとお腹の上に帰ってくる。


負けた、大いに負けた。


魔剣祭本戦に出場する事は叶った。だが違う、この思いは何か違う。


アランだ。寝る間も惜しんで勝率を限界まで上げてもらい、知るべき知識を与えてもらい、魔術についてもっと詳しく教えてくれたアランに、申し訳が立たないのだ。


ふいに涙が目尻からシーツへとつたう。何年も流した覚えのない涙が、こんな事で久々に流れる。


今度アランと会う時にどういう顔をして会えばいいだろう。手のひらで顔を覆いながらそんな事を考えていると、ドアをノックする音が耳に届いた。


『お嬢様、起きていらっしゃいますか?』


「……リア?」


声の主に尋ねるとはい、という声が返ってきた。


『そろそろお目覚めの時間かと思いまして、声をかけに来たのですが……身体の御加減はいかがですか?』


「身体?   そうね……」


そういえば魔力限界リミットアウトを引き起こした翌日だというのに、身体に一切の倦怠感を感じない。むしろ通常そのものだ。


「特に異変は無いけど、身体がどうかしたの?」


『はい。アランさんが昨夜、お嬢様の回復を少しでも早めようと試行錯誤していましたので、目覚めたら体調を聞いておいてくれと言伝をいただきました』


「……試行錯誤って何をしたのかしら?」


『それは勿論、お嬢様のお召し物を全て剥いで、欲情した眼差しをその産まれたままの姿にぶつけながら色々と、ええ、はい』


「そんな中年変態親父みたいな台詞を淡々と言うのは止めなさいよ、まったく……」


どうしてユーフォリアはこうも澄ました声で下品な話が出来るのだろう、とセレナは思う。


とにかく体調は異常なく、全身の筋肉痛も全く感じない。これら全てアランのおかげなのだろう。


「……ねえ、リア。今アイツ、どうしてる?」


ここまで徹底して気にかけてくれると、むしろ自分が気にかけないのがなんだか不自然に感じたセレナは、ドアの向こうにいるユーフォリアに尋ねる。


ユーフォリアは一呼吸置いてから言った。その一呼吸に何かしらの意味があるのか分からないが、ユーフォリアは穏やかに言った。


『アランさんなら寝ていますよ』


「……寝てるの?」


『ええ。昨夜も私が私室に戻るまで、ずっと何かをしておりました』


侍女であるユーフォリアが床に就くのは早くても午前一時ほどであり、昨夜は色々とあってそれよりも遅かったと推測出来る。


……そんなに遅くまで。


セレナは魔剣祭の本戦に出場する事は決まっている。なのにアランはまだ何かをして、自分の睡眠時間を削り続けているのだ。


アランには自分とは違う何かが見えている。そう思ってしまう。


アランには自分とは違う何かを持っている。そう感じてしまう。


アランに感謝する反面、彼が努力している事を知ってしまうと、途端に自分の悔やんでいる事があまりにもちっぽけなものなのだと感じてしまう。


アラン=フロラストは決して天才では無い。他者よりも平凡な箇所を徹底的に鍛えた、どこからどう見ても普通の人間だ。


だからこそ、自分にも可能性があるのではないかと、その未熟で未完成な心をいとも容易く溶かして、意志を形無きものにしてしまう。アランの積んできた努力の量を軽んじてしまう。


「……アイツ、私に何か言っていなかった?」


『ええ。昨日さくじつの試合について少々』


少々な気はしないが、セレナは聴いてみることにした。


『まず昨日の戦い方についてですが及第点だそうです。戦術に関しては問題ないが、やっぱり奢ったな馬鹿野郎が。だそうです』


「まあ、そうでしょうね……」


そこは自分でも分かっている。今さら悔いても仕方の無いことだが、今後からは気をつけるべきだろう。


『それと今日のユリア様の試合についてですが、体調が大丈夫そうなら観てこい。きっとユリアの不満そうな顔が見れるから。だそうです』


「ユリアが不満顔、ねぇ……」


表情が固定されているかのように変わりを見せないユリアがそんな顔をしていたとなると、それはセレナでも珍しく感じる。


……でも、なんでユリアが?


理由もなくユリアが顔をしかめるとは考えられない。特に表情の固いユリアの事だから、心の底から不満なことがあったのだろう。


セレナは身を起こす。身体から魔力を微弱にしか感じないが、それでも至って平常だ。


「分かったわ。確か試合開始時刻は午前十時からだったかしら……九時半には家を出るから、それまでに準備をしておいて」


分かりました、とユーフォリアは言い残して通路を歩いて行く。


さて、とセレナもベッドから立ち上がって、カーテンを開ける。今日も変わらず快晴だ。


いちいち悔やんでいる暇は無い。この魔剣祭予選が終われば二週間後には本戦が始まる。本戦にはユリア並みの手練れが他にも何人といるだろう。


アランとの努力を無駄にしないためにも、一日だって迷っている時間に費やしたくない。そのためにもまずは、ユリアに言っておかなければならない事がある。


よし、と意を決するとセレナは踵を返して一歩を踏み出す。


これが、ここから再スタートの一歩目だ。


◆◆◆


会場には多くの一般市民と学院生が、立ってでも決勝戦を観ようと試みていた。


だがそれとは裏腹に貴賓席は閑散としていた。授与式は午後からということもあって忙しい身の皇帝はおらず、第二、第三騎士団長も姿を見せない。


そんな三人に釣られてか、他の帝国騎士達も大半が姿を現さないでいる。まるで何かがあったかのように。


だが試合開始十分前。会場は実況者で大いに賑わっていた。


『さあさあ、今日が魔剣祭学院生徒枠出場予選大会の最終日となりました!   いやぁ〜こうやって実況してみると、思ったよりも時間というものは流れるのが早いですねぇ〜。もう決勝戦ですよ、決勝戦!   今大会も数多くの戦いをご覧になりましたが、今回は何と言ってもやはり、昨日のセレナ選手とユリア選手の戦いが素晴らしかった!』


『ええ、私もその考えには同意します。ユリア選手の超高速戦闘もさながら、やはりセレナ選手が使用したあの謎の魔術が今でも印象に残っていますね』


『そういえば昨日、気になって帝国騎士の方々や魔術学者の方々にあの魔術について尋ねてみたのですが、どうにも皆さん口を揃えて知らない、としか言わないのですよ』


『あの魔術もアラン=フロラストの作成した魔術、という事でしょうか?   いやはや、彼の才覚には恐れ入りますね』


『そう!   あのユリア選手の超高速戦闘に対応する速さと接触した物を全て朽ち果てさせる特殊な力、そして何より無詠唱で発動する魔術!   これら全てがあの謎の魔術に関連していると広報部では推測しております』


『そういえば、直接彼に質問はしなかったのですか?   それが無理でも今日なら……』


『いや、何故か試合が終わるたびに入り口で待ち伏せしているんですが、どうにも私達の知らない裏の道があるようで……』


『監視網がザルなんですよ。いやぁ、広報部も名折れですね〜』


『……ちょっとクロッター帝国騎士。少しの間、表に出てくれませんか?』






一呼吸。






『はい、という訳でクロッター帝国騎士は急用が入ってしまいましたので、実況は広報部部長ことシルエットがお送りいたします!   クロッター帝国騎士について誰も詮索しないで下さいねー、彼にとってもその方が幸せだと思いますので、ええ、はい』


このとき観衆達の胸中は、クロッターを同情する哀れみ心しか存在しなかった。


『さてさて、今回の決勝戦はやはりと言うべきでしょうか。前予選大会で二年生ながら優勝を獲得した異端女子、レミラ=アスティ選手は第一、第二回戦と相手を手玉に取るような勝利を会得して、第三回戦以降も余裕の勝利を続けてきました』


この中にはレミラの試合を観た者もいるだろう。カルサ共和国で名の通った狩猟武器のククリを用い、【プロテクションシール】を使って近接戦に持ち込み一気に攻め倒すのが、彼女の作戦だ。


刃の形状が独特な所為か、対戦相手は慣れることなく気絶させられるのがオチで、正直強いというよりも強みを活かして戦っている、と言った方が正しいだろう。


だからと言って、彼女が決して弱いわけでもない。【プロテクションシール】を使うタイミングがほんのコンマ数秒遅いか早いかで彼女の勝敗は簡単に左右される。そんな緻密な計算を彼女は戦闘中で幾度と繰り返しているのだ。


『だがしかし!   そんな彼女を倒すべく現れた期待の超新星!   第一騎士団団長の息女でありながら、そんなレッテルすら意味を成さないほどの圧倒的存在感。そのしなやかな動き、美しい容姿に男性達は目と心を奪われ、女性達は嫉妬する。今や巷では『銀姫』とまで呼ばれる今大会優勝候補筆頭!』


ぜぇはぁ、と荒い呼吸を整えるために一息置いて、それからシルエットは言った。


『では選手入場と参りましょう!!   東の方三年女子、レミラ=アスティ選手。西の方一年女子、ユリア=グローバルト選手です!』


けたたましい歓声とともに現れた二人。緊迫した空気を感じるかと思いきや、彼女達からは静かな敵意しか感じない。


ユリアに関しては静か過ぎて敵意があるのかすら分からない状態だった。やはり昨日の試合の影響が身体にきているのだろうか。


そんな心配事をする帝国騎士達を傍目に、ユリアとレミラは中央で恒例の握手をして互いに距離を取る。二十メートルほどの距離を取ったところでレミラはククリを、ユリアは六回戦以前に使っていた普通の剣を握る。


そこで刹那、二人の身体から魔力の奔流が会場の壁を激しく叩く。その光景に審判も固唾を飲んだ。


準決勝戦よりも白熱するであろう戦いを目前にして観衆達の心は躍り、学院生は二人の剣術と魔術、帝国騎士達は戦術に関して強い興味を抱く。


そしてついに、幕は開く。


「試合、開始ッ!」


開始宣言に歓声はさらに盛り上がりを増し、その熱波は会場の外、いや帝都内に余すところなく響き渡った。


だがそれ・・は、開始宣言とほぼ同時だった。


「ッ!?」


レミラの視界から、唐突にユリアが消える。


だがレミラには、その事実を最後まで理解する時間すら与えられなかった。理解出来たのは脳が激しく揺れて平衡感覚を失い、吐き気と頭痛が神経を蝕む事だけ。


試合開始からわずかコンマ五秒。


虚をつくような速さで背後に回り込んだユリアは、レミラの三半規管を手刀で揺らして攻撃。






その数秒後に足から崩れ落ちたレミラによって、魔剣祭学院生徒枠出場予選大会の決勝戦は容易く幕を閉じた。






◆◆◆


一瞬で終わってしまった決勝戦に、セレナはただ呆然と眺めている事しか出来なかった。


……ユリアはまだ、あれ程の力を。


セレナとの超高速戦闘はアランの武器があってこそ成り立つものだと思っていた。


だが違った。ユリアはあの経験を吸収してさらに強くなった。さらに高みへと登った。


「私、いつかあの子に勝てるのかしら……」


底が見えてこないユリアの実力に恐怖を覚える。


はぁ、と大きなため息を吐きながら、ただ何となく会場に倒れるレミラを見ていると、


「ーーそれは、貴女次第ではないでしょうか?」


ふと気付けば、背後から声がした。


「……ベルダー講師。私に何かご用ですか?」


そう、その声はベルダーの物だった。セレナは振り返ることなくそう尋ねる。そしてベルダーもその問いに対してええ、と答えた。


「貴女は今、こう思っているはずだ。『ユリアにはまだあんな力が隠されていて、あの試合もきっと本気じゃなかったんだ』と」


「まあ、そうですけど……」


「それは貴女の勘違いだ。彼女は決して何も変わっていない、それどころか昨日よりも格段に速度が落ちている。その証拠にほら、ユリアさんを見てみなさい。とても物足りなさそうな顔をしているでしょう?」


「た、確かに……」


「あれはそういう事です。今の彼女は昨日よりも弱い。それなのにレミラさんは、あの程度の速度に反応出来ていない」


ベルダーの言う通りだ。彼女の手の中にはアランが愛用していた剣はない。そしてユリアに天性の才覚があったとしても、一朝一夕で超高速戦闘に慣れるほどの身体を作ることは絶対と言っていいほど不可能だ。


ならばユリアの動きは確かに早いが、それは決して昨日の比ではないはずだ。セレナがただ【顕現武装】を纏った状態で見慣れた所為で、動きが見えるのが当たり前だと頭が思っているだけだ。


少し考えればどうという事のない、ただの結論だ。


「今の彼女は言うなれば不完全燃焼だ。昨日の試合はセレナさんが魔力限界リミットアウトに至りかけた事もあって、審判とアランさんが止めに入った。彼女の心には昨日からずっと荒ぶった火が燃え続けているのです」


「アランが、止めに入った……?」


「ええ。気絶しかけた貴女とユリアさんとの間に真っ先に割入ったのは彼です」


信じられないと思った。それと同時に信じるしかないと思った。あの時のユリアを止められる審判はこの場にはいない。おそらく五人がかりで止めに入っても、返り討ちに遭うのがオチだ。


ならばアランが止めに入るしかない。そうアランも考えての行動だろう。その程度のことで動くとは思えないが、それが結論なのだから仕方がない。


「ともかく貴女は確かにユリアさんに負けた。この事実は変わらない……ですが、貴女は決して劣っていた訳ではない。貴女は決して弱いわけではない。これは僕個人の見解ですが、アランさんもきっと、そう言いたかったのではないでしょうか?」


「……」


言葉を失う。


アランが伝えたかった言葉に驚愕する。そして何より、そんなアランの言葉を容易く見抜いたベルダーに驚愕する。


しかしベルダーは口を止める事なく話し続ける。


「貴女はまだ未熟だ。なにせ産まれてから十六年も生きていないのだから。貴女は今の実力を卑下してはいけない。それをすることは、貴女が勝ち倒してきた全ての学院生に対する冒涜だ」


そうだ。セレナは今、アルカドラ魔術学院の全生徒を代表する四人の本選出場者に選ばれているのだ。そんな自分を陥れる言動は、つまりはセレナに負けた生徒達の努力を全否定する事に繋がる。


それはいけない。決して許されない。


たとえ彼らが弱者だとしても、その汗血を注いだ努力だけは否定してはならない。なら行う事はただ一つ。


「つまり、私は胸を張っていなさい、という事ですね?」


「ええ。その通りです」


自分達を倒した相手はこれほどに強いのだと、素晴らしいのだと思って貰えるようにせめて人の目がある場では強気でいる。それが勝者の義務なのだ。


「ベルダー講師、ありがとうございます」


「いえいえ、大した事はしていませんよ。……さて、僕もそろそろ準備に取り掛からないと。ではセレナさん、またあとで」


「はい、ごきげんよう」


そしてベルダーは去って行く。何の準備かはセレナも知り得ないが、講師として何かしらの催しがあるのかもしれない。そう思ってセレナは振り返る。


そこにはベルダーの姿はない。あるのは出入り口へと繋がる一本道だけ。


……そういえば。


今日のベルダーは何か可笑しく感じた。声も魔力も聞いて触れた感じ何も変わりはない。


だがどうしてか、その気持ち悪い何かが拭えない。そんな疑問を心に孕みながら、セレナはユリアが戻って来るのをじっと待っていた。


◆◆◆


「やっべぇ、もう昼過ぎてんじゃねぇか!」


跳ね上がるようにしてベッドから身を起こしたアランは、替えの白シャツと黒のスラックスに帝国騎士のコートを羽織って身だしなみを整える。セレナの指南役をうけたまわって以来、格好が悪いと評判に響くという事から身だしなみはちゃんとするように心がけていた。


よし、と見かけだけでも良くなったと思ったアランは、魔道具を持っていざ二階へと下りようとしたその時だった。


「ん?   『魔接機リンカー』が……」


机に置いてある精神干渉系魔術を利用した遠距離連絡用魔道具の魔術方陣が赤白く光っているのをアランは見た。


……ちょっと待て、そっちは緊急連絡用の方じゃねぇか!


急いで駆け寄ったアランは、すぐさま『魔接機』に触れて、連絡相手と交信する。


『アランか!?』


「なんだ、クソ親父か……」


相手はどうやらリカルドのようだ。交信する傍らリカルドの胸中は「急げ」という言葉で埋め尽くされていた。


『いいかアラン、一度しか言わねぇから耳の穴かっぽじって聴けよ』


「は、はあ?   どうしたんだよリカルド。そんなに焦ってお前らしくなーー」






『大罪教が、復活した』






「なッ!?」


たった一言。それだけだったのに、アランの心はいとも容易く凍てついた。


『お前が言いたい事はおおよそ理解出来る。だがそれは後回しだ。いいか、今の俺達第一騎士団の現状を教えてやる』


リカルドの話によると、とうやらオルフェリアとの国境付近にアルダー帝国が集結させたという合成獣キメラや魔術兵団はほとんどが偽物フェイク。一般兵に魔術師としての武装を施しただけの、ただの民兵だったようだ。


そして合成獣もほとんどが偽物。第一騎士団はまんまとアルダー帝国に誘い込まれたのだ。


では彼らは何の為に危険を冒し、人材を無駄にしてまで、彼らを国境付近にまで引っ張り出したのか。結論はすでに出ている。


「帝都への強襲か!」


『そうだ』


これでリカルドが急いでいる理由が分かった。今は帰路なのだろうが、まだ距離があるのだ。


「帝都に戻るまで、あとどれくらい掛かる?」


『一時間……いや四十分あれば絶対に間に合わせる。それまで耐えられるか?』


「ばーか。そんな事、訊くまでも無いだろうが」


『たがアラン。お前の身体は……』


「んなこと、分かってるよ」


自分のことは自分が一番知っている。四十分もリカルド達が戻って来るまで耐えるのは、今のアランには絶対に不可能だ。


「けど帝都には戦える帝国騎士はほんの一握りしかいない。そんな時に、ただ待っているってのも退屈だろう?」


第二、第三騎士団のほとんどは「守るため」に武器を握っている。第一騎士団のように「殺すため」に武器を使うことに慣れていない。


だが敵は容赦なく殺しに来る。殺すために武器を握っている。


悩んでいる時間は無い。そのことはリカルドも知っていた。


『そうか……。でも気をつけろよ、今のお前は余りも不安定だ。魔術を使い続ければいづれはーー』


リカルドの心配する言葉が全身に直接響く最中、


「ーーッ、爆発だ!」


学院の方角で大きな爆音が轟き、大きな爆炎と煙が空に舞い上がった。


『ちぃ、遅かったか……っ!』


リカルドから苛立ちに満ちた感情が流れてくる。


「俺は今すぐ魔剣祭の会場に向かう!   三十分だ。三十分で帰って来い!」


『無茶を言うねぇ、お前は。良いだろう、お前一人に背負えるような事でもないし……って、アラン。どうかしたのか?』


どうやらリカルドもアランの心を読み取ったらしい。若干の敵意を感じたアランが見せる、心の底から溢れる殺気を。


「……いる。屋敷のすぐ前に誰かがいる。この感覚は間違いない、敵だ」


味方ならばアランを呼びに来るはずもなく、たとえ見知った者だとしても屋敷の前で待つ必要は無い。


「おそらく奴は俺の足止め、ついでに殺すためにいるんだろう。……てことは、もう分かるな?」


『今回もセレナ嬢ちゃんの誘拐が目的って事か』


「そうなるな」


アランは腰の鞘から剣を半身抜き取り、臨戦態勢を取る。屋敷内に入って来る事はまず無いだろうが、それでもいつでも相手を切れるように準備だけはしておく。


「じゃあ、行ってくる」


『おう。気をつけてな』


まるで家を出るかのように最後に会話をした二人は『魔接機』を解除して、目的のために駆け出した。


階段を下って廊下を走り、突き破るようにして屋敷を出る。そんなアランに待っていたのは、


『よく来たな。哀れなる帝国の傀儡よ』






なんかよく分からない、真っ黒な人物だった。







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