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英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第15話「最新の魔道具」

第二回戦、第三回戦と勝利を得たセレナはもはや、学院生からの注目の的となっていた。


なにせ第一回戦は一分足らず、第二回戦は数分、第三回戦に至っては秒殺と言っても良い。これほどの偉業を成した人物は過去の魔剣祭で片手の指ほどしかいない。


生徒達の目の色が変わるのも可笑しい話ではなかった。


そしてそれは、アランにも影響する。


「フロラスト帝国騎士!   セレナさんと同様の訓練を、私にもしていただけないでしょうか?」
「わ、私もよろしくお願いしますっ。今すぐという訳ではなく、大会終了後、つまりは魔剣祭の本戦が終わった後で構いませんので!」
「あー、ずるい!   それなら私も!   教えて欲しいです!   もちろんタダじゃ無いですから!」
「私なら夜の相手もーー」
「「「色仕掛けすんな、この色魔!!」」」




ぎゃいぎゃいと言い合いながら詰め寄って来る、魔剣祭に参加しなかった生徒達。きっと初戦の際にクロッター帝国騎士が呟いた言葉に、全員が見事に脳天を撃ち抜かれたのだろう。


……現金な奴らだなあ。


目の色が変わるのが余りにも、極端に早過ぎる。無論そんな事に時間を費やしている暇などこれっぽちも無い。第四回戦は間違いなく苦戦を強いられる。


その相手はクォント=ミスラスタ。前回の魔剣祭本戦に一年生で唯一出場した、他とは抜きん出た実力を持つ選手である。


得意なのは近接戦。剣を失ったとしても即座に格闘戦に切り替える事が出来る柔軟な思考を持ち、動体視力と空間把握能力が高く、【五属の矢】などは通用しないと考えた方が妥当だろう。


恐らくユリアの次に強いとされる相手だ。だがこれを越えなければユリアにすら届かない。


……なんとしても勝たせなければ。


使命感に似た何かが煮え滾り、アランをやる気に満ちさせる。


「すまないが、それについては祭典が終わった後に再度考えさせてくれ。俺にも都合があるんだ」


「そうですか……分かりました」


少ししょんぼりとしながら帰って行く生徒達を傍目に見ながら、アランは懐から取り出したクォントに関する資料をテーブルに広げ、手当たり次第に眺める。


さすがに知性が優れたアランでも、これに関しては他者の記した物が役に立つ事を理解している。


そしてその資料の大方は学院での態度や成績についてだ。学院生である限り、公に名を知られているのはごく少数であり、クォントに関しては去年まで無名の一年生だったのだ。探っても出てくる情報はほんの限られている。


……とは言ったものの、これは凄いな。


『クォント=ミスラスタ。オルフェリア帝国の辺境フェブリア村の村長の息子であり、アルカドラ魔術学院在学二年生。前年度進学試験において剣術「評価A」、魔術「評価B」、その他においても平均して(五段階評価で)「評価B」とそれなりに優秀な成績を収めている。だが他の同学年生と比べて戦う事に慣れ、また習慣のような物を感じられる所から、彼は幼少期に戦場を幾度か経験した事があると推測される。性格に欠点は無く、品行方正で誰にでも優しく振る舞うその姿は正しく騎士そのもの。講師達からの支持も厚く、おそらく来年の帝国騎士候補として既に名を連ねていると思われる者である(広報部資料より抜粋)』


「ま、眩しい奴だぜ……」


これほど真面目な奴に欠点などあるのだろうか、いやまずそれ以上に勝てるのだろうか。途端に可能性が失せた気がしてきた。


「魔術による遠距離戦は……無理だな。多分すぐに詰められて負ける。じゃあ近接戦といってもクォントはそっちの方が実力ありなんだろう……?   ああ、どうすれば良いか分かんねぇ……」


学院生だから欠点だらけだと、高をくくっていた。技術的にまだ未熟だと確信していた。強敵はユリアくらいしかいないと思っていた。


だが現実はそれほど甘くない。クォントの様な若い手練れが、他にもまだ何人といるに決まっている。


……これは自分の落ち度だな。


気が弛んでいる。そう判断せざるを得ない。


「さて、そんなら本気で考えるしか他ないな!」


自身の頬を赤くなるほど強く叩き、喝を入れる。ここからは先入観は使えないシビアで繊細な思考を紡ぐ時間だ。それはまさに戦場の真っ只中と変わりの無い。


勝率に皆無は決してない。ならばその可能性をほんの少しでも増やす。そのためにアランは再び資料に目を通し始めた。


……とは言えど、そんな簡単に攻略の手立てが見つかるとは……って。


「これは……」


可能性の一つを見つけたかもしれない、その瞬間だった。


◆◆◆


「ーーーーという訳で、クォントに勝てる確率は三割ってところだ」


「結構……ううん。超シビアな結論ね」


大会四日目。今行われている試合が終われば、次はセレナとクォントの試合が始まる。


魔力は問題なし。考えられる全ての可能性を持たせた。能力的なものに問題は無い。つまりはベストコンディションという事だ。


「ほんのコンマ数秒ずれるだけで、敗北が決定するような作戦だ。……だがまあ、負けるつもりは俺はない」


「それは私も当然よ。これとあと一戦、それさえ勝てばユリアまで届くんだから」


そしてそこまで行けば、本線への出場も決定する。だがアランは敢えて言わないでおく。気が緩み兼ねないからだ。


「戦法についてだが、俺が昨日言った通りに行こう。だが向こうが何かしらの対策を練っているかもしれんから、その場合はプランBに即変更だ」


「了解よ。死ぬ気で頑張るわ」


冗談だと分かってはいるものの、おいおいとツッコミを入れてしまうアラン。


そして。


『試合終了ぉ!   勝者三年男子ビルス選手です!』


勝者を告げるアナウンスが流れると同時についにその時が来たんだと強く実感する。


……やっぱ緊張はするよな。


いかに自信を得たとして、他者から見られる目が変わったとしても、強者と戦う時に起きる緊張は変わる事は無い。そこでアランは背後からそっと手を肩に置いて言った。


「自分よりも格上の相手に勝負を挑むのは怖いだろう。哀れに思えて仕方が無いだろう?」


「ええ、そうね……」


静かに応じるセレナ。


「けど心配すんな。これはあくまで試合だ。殺伐とした殺し合いじゃあ無い。きっとこれから何度も味わう感覚だから、今の内に十分堪能しておけ」


「……それが緊張する教え子に言うセリフなの?」


少し軽口を返せるようになってきたセレナ。少しはほぐれたのだろうかと思案するアランは、ポンと手を頭に置く。その金糸のような鮮やかな髪を優しく撫でながらアランは言う。


「そして何よりその恐怖は、相手の力量をしっかりと把握している証だ。戦場に何度も立ったヤツに限って、それはいつの日か武者震いに変わって恐怖を感じなくなったと錯覚する。そして実力を弁えずに殺されるのが戦場ってもんだ」


だからな、とアランは続ける。


「その恐怖は決して弱者の証なんかじゃ無い。実力を十分に理解している強者の証だ。その心を決して忘れるな、捨てるな。しぶとく戦い続けろ、策を何重にも講じろ。それが勝利への確実な一歩だ」


「……ほんっと。アンタの言ってる事はまるで詩人よ」


けどまあ、とセレナは天井を見上げて言う。


「怖がるのは決して弱者という訳では無い。アンタはそう言いたいんでしょう?」


「なんだ。よく分かってるじゃないか」


「そりゃあ、ここ一週間はウザくなるほどアンタを見ていたからね。知ってた?   アンタが長々と話す時は大抵誰かを落ち着かせたい、誰かを安心させたい時に限るのよ」


その言葉にアランは絶句する。そしてその事に今まで気が付かなかった自分に対して羞恥を感じた。


……自分と事ほど知らないものは無いとは、よく言ったものだ。


昔から山の様な本を読んできたゆえに、得ていない知識はほとんど無い。そう自負しているアランだからこそ、こういう急所を突かれるのは精神的に弱いのだ。


「ははは……初めてお前に一発食らわされた気がするぞ……」


「そりゃどーも」


まるで立場が逆転したようにセレナが前を向き、アランが恥ずかしい余りに俯く。だがセレナの頭の乗ったアランの手は優しく髪を撫でたままだった。


「まあ、何だ。ここがお前にとっての最初の壁だ。越えなければ一生とまではいかないが、願いが何年も先に延びてしまう、そういう障害を持った壁だ」


「うん、分かってる」


「じゃあ行ってこい。勝って帰ってくるのを俺は待ってるから」


「言われるまでもなく」


手のひらを頭から離すとセレナは振り返ることなく会場へと歩む。その後ろ姿を眩しく感じながら、アランもまた静かに見送った。





クォントは耳の辺りまで伸びた山吹色の髪に、エメラルドの様な双眸の少年だった。背丈はアランと大して変わらず、その肉付きはベルダーと同じ近接戦を好む事を暗に伝えている。


……正直、苦手ね。


元からベルダーが苦手だったセレナは、会場中央でクォントと握手を交わすとすぐに踵を返して臨戦態勢をとった。


彼はあまり気にはしていない様だが、観客からの視線が刺さる。それもカウントダウンが進む緊張で、次第に感じなくなったが。


そして、始まる。


『ーー試合開始です!』


「《最果てより生まれし水の果て、其は美しき芸術なり。生えよ林木の如く、大地を貫きその身を現せ》ッ!」


開始宣言直後、セレナは氷晶生成魔術【アイスピラーズ】を発動。大地が揺れると同時に高さ二メートルほどの氷塊が会場に姿を現す。これでクォントの前方以外の退路を塞いだ。


……更に!


「《火の精よ、汝の力を以て、邪なる敵を討つ、悪人たる其の数はハンドレータ》ッ!」


生み出された百本もの火の矢がクォントを目指して飛来する。だがクォントはそれを鋭く見つめて、


「ふうッ!」


空気を叩くような強い素振りが風を生み、矢の軌道を強制的に逸らした。しかも何度も繰り返し、確実に命中する矢だけを斬って逸らしてその場から一歩も動かずに全てを防いでいる。


……お前の攻撃まじゅつは通用しないぞっていうアピールかしら。


だが詰め寄れば、間違いなく剣術で圧倒されてしまう。アランはそれを望んではいなかった。


今はただ魔術戦を続けるしかない。そう判断してセレナは再び【五属の矢】の詠唱を始める。


『ほう。さすがクォント選手というべきでしょうか、あれほどの矢を全て剣術だけで防いでしまうとは、大変見事なものです』


『じ、実況の私は剣が速過ぎて、目で追えないんですけどぉお!!』


『それも素晴らしいですが、やはり僕はセレナ選手が気になります。今日はどんな策を見せてくれるのでしょうか……』


『あっ、そういえば広報部の情報収集によって、セレナ選手の剣術指南、というか戦術指南をしている方の名前が判明いたしました!』


『ほう。それで、名前は?』


『アラン=フロラスト帝国騎士、だそうです』


『なっ、彼が指南役を務めているのですか!?』


『おや、クロッター帝国騎士。その人物の事を知っているような顔をしていますが?』


『え、ええ。なにせ彼は私の知る中で戦闘において最も強く、そして如何なる学者よりも頭脳明晰な人物なのですから』


『へえ!   クロッター帝国騎士が絶賛という事は、大変素晴らしい人物なのでしょう!』


『ええ、顔もかなりの美形ですしね……ですが、それを台無しにしてしまうほど、目が死んだ魚のようになってまして……』


『なるほど。つまりは究極の残念なイケメン、という事ですね!』


『ええ。要約するとその通りです』


『『あっはっは』』


その時会場の選手控え室で、アランがクロッターに殺意を抱いていた事を、後にセレナだけが知る事となった。





ーー試合開始から五分が経過した。


「く……《火の精よ、汝の力を以て、邪なる敵を討つ、悪人たる其の数はハンドレータ》ッ!」


普通の学院生よりも数倍は大きい魔力容量を持つセレナでも、魔術を使い続ければいつかは限界がやって来る。


すでに【五属の矢】を六百本、【五属の風】を四回、【アイスピラーズ】と【エレメントスフィア】を三回使用した。


そして。


……ダメ、意識が……っ。


魔術の使い過ぎによる強制睡眠現象、魔力限界リミットアウトが発動しかける。足元が覚束なくなり、平衡感覚を失っていくのを感じる。


まるで脳幹を揺さぶられたかのような症状に、セレナは思わず膝をついた。そしてその瞬間をクォントは見逃すはずがなかった。


「せぇぁッ!」


バネのような跳躍と共にセレナの元へと駆けて来るクォント。時間にしてわずか二秒弱。


距離から考えれば、本来なら一秒足らずで懐までやって来れただろう。その倍以上遅い原因はたった一つ、魔力による身体強化をしていないからだ。


相手はすでに魔力限界。つまりこれ以上魔力を使う事は儘ならない状況だ。次の試合に向けて少しでも温存しておきたいというクォントの考えは決して悪くはない。


それでも確実に仕留められると、彼の経験から培った柔軟な思考もそう判断したのだろう。






だから、そこを突いてみた。






「なッ!?」


刹那、セレナの姿がクォントの視界から消えて無くなった。幻術かと考えるが、そうではないと瞬時に判断する。あれ以上魔力を使えば魔力限界になるはずのセレナが魔術を使えるはずがない。


……一体どこにッ!?


セレナが魔術を使わない、いや使えない。あの現状を見て誰もが思うその大前提こそが、今回の大きな誤算となった。


だがもし魔術を使えたとして詠唱はしたか?   いや、耳には届かなかったし、口が動いてすらいなかった。では無詠唱?   そんな魔術があるとは聞いた事が無い。クォントの戦闘経験と固定概念が絡み合い、何が起きているのか判断する力が鈍る。


その瞬間、奇襲をかける。


「《荒ぶる熱風よ、其は人を阻む悪意なる暴風なりて、汝の牙を以て立ち向かう愚者を払いたまえ》」


「背後ッ!?」


魔力の波動と敵意。だが気づいた時には遅かった。膨大な質量を得た熱風が、クォントの背中を叩くようにして壁際まで吹っ飛ばす。


「ぐがはぁッ!?」


魔術自体は魔力を体に纏って何とか防ぐも、叩きつけられた衝撃で肺の底から溢れ出た空気が喉奥から漏れ出、激痛が身を蝕む。背骨と足の骨が軋みを上げ、立つ事すら儘ならない。


「な、ぜ……?」


歩み寄ってくるセレナに対して「なぜ魔力限界を引き起こしていたのに魔術が使えたのか」と投げかける。すると悟ったセレナは、スカートのポケットから一つの赤い宝石を取り出した。


「そ、れは……?」


見た目はルビーの宝石。ただしよく見ると何か刻まれた跡がある。それは魔術師なら誰もが知るもの、第一神聖語による魔術方陣だった。


「これは残念イケメンのアランが作った最新の魔道具。通称『魔石』だそうです」





「これが次の対戦でのキーアイテムだ」


「……ルビーの宝石?」


「そうだ」


セレナの疑問にアランは微笑で首肯する。


「セレナ、魔術を使う際に魔術方陣が必要な理由は分かるか?」


「えと……魔術方陣には魔術を使う際の事象改変に必要な範囲を八次元方程式で表して、第一神聖語でその範囲で起こる事象を描いているから云々って、確か本に書いてあったけど……」


「そう、つまりは魔術をそこに固定するために必要な第一神聖語が、魔術方陣には組み込まれているんだ」


アランは手のひらを庭の一点へと向ける。


「《最果てより生まれし水の果て、其は美しき芸術なり。生えよ林木の如く、大地を貫きその身を現せ》」


すると幾何学的な魔術方陣がアランの手のひらの前に浮かび上がり、その方向に大きな氷塊が生まれた。


「実際は俺達が無意識に見ている立体空間座標を魔術方陣として描き表している訳なんだが……まあ、今回それは無視するとして。ご覧の通り、魔術ってのは示した方向にしか魔術は発動しない。広範囲魔術とか領域魔術に関してもそうだ。必ず限界が存在する」


「え。じゃあ【五属の矢】は?」


「あれは特殊な例だ。砲身を座標で固定するんじゃなく、対象の存在する座標軸に固定してあるから、多数本の場合は結構辛いだろう?   それはそういう事だ」


「へー……」


「まあつまり。魔術方陣には魔術だけじゃなくて座標も記さないといけないんだ。それがかなり重要でな……だから第一神聖語に詳しくないと魔術方陣は書けないんだ」


そしてここからが重要だ。アランは続ける。


「なら魔術発動に必要な魔力が、その魔術方陣内を循環するような第一神聖語を、この宝石に刻印してみたらどうなると思う?」


「え、それは……魔力が宝石内に留まるんじゃあ……」


「その通りだ。実際には宝石でなくても良いんだが、最も魔力装填率が高いのが宝石だったっていう事で今はこれを使ってる。んで、この宝石に魔力を込めると……」


アランは手のひら同士でルビーを挟み、手に魔力を集中させる。肉眼で見えるほどの魔力が集まったと思った刹那、ルビーが魔力を吸い込むように魔力が吸収されていった。


「これは……」


セレナが不思議そうに宝石を眺める。


「俺の今持ってる魔力の半分を、この中に閉じ込めた。ほれ、試しに持ってみろ」


ポイと投げられたルビーを慌てて両手で掴むと、途端にルビーの中から何かが溢れ出てくるような錯覚を覚えた。


間違いない、これはアランの魔力だ。


「本当なら他人の魔力同士は性質的に合わないんだが、そこらへんの調節も魔術方陣に組み込んであるから心配はいらん。それを明日の試合の際に使えば、それなりに勝機はあるだろう。まあ、作戦自体は俺が考えるとして……って、セレナさん聴いてます?」


「あっ、ごめん。ちょっと驚きすぎて、我を忘れていたわ。……それで、この宝石に刻印された魔術方陣はやっぱりアンタの原作オリジナルなの?」


「そうだな。理論を考えたのは別の人物だが、その理論をいち早く形にしたとなれば、まあ俺の魔術って事になるな」


「アンタって、何でもやってのけるのね……」


まあもう驚かないけど、とセレナは呆れた目をアランに向けながら言う。


「で?   この宝石は魔道具扱いなの?」


「ああ。その学者が提唱した理論通りの魔道具だとすれば、その宝石の名前はーー」





「……なる、ほど。つまりその宝石には、他者の魔力を吸収し天然の魔力に変換して、更に他者の魔力として譲渡できると言うわけですか……」


「ええ。ちなみにこの魔石はあと二個ありますから、まだ私は魔術を使うことが出来ます」


「心配要りませんよ。呼吸は整えられましたが、どうにも背骨への衝撃が強かった所為か、足腰に力が入らないようです……」


ははは、とクォントは力無くも紳士の笑みを絶やさない。


そして審判に向かって手を振ると、


「すいません。私の負けです」


審判にはっきりと聞こえるように敗北宣言を述べた。審判達もその発言に聞き違いを感じる事はなかった。


「勝者、セレナ=フローラ・オーディオルム!」


発狂したかのような歓声が、四方八方から轟いた瞬間だった。





「……やっぱ、治ってなかったのか」


クォントに勝利する最もな可能性、それは彼自身の体にあった。


アランが集めた資料にあった情報の中で、最も目を寄せる事となったのは彼の身体的障害だった。


「まさか本当に聴覚障害があったなんてな……」


彼が初等部にいたある日のこと、魔道具工作の授業の際に横にいたクラスメイトが調合の分量を間違え、誤って爆破させてしまった。それを直に受けて音を聞く器官のほとんどを壊してしまった彼は、持てる限りの医療術を用いて処置をしたものの、聴覚に若干の障害が残ってしまった。


以来、彼は口の動きや話の前後から言葉を導いて話す事が偶にあり、そのアドバンテージを知られない様に、上手く隠して生活をしているらしい。


「耳が聞こえないから目を頼り、聴覚よりも視覚を重視してしまう。そこを利用した戦法……中々ゲスい手を考えたもんだよなぁ……」


鞘に剣を収めて帰ってくるセレナを見ながら、呆れるように呟くアラン。


まあ何はともあれセレナは勝利を得た。


魔石の存在についてもまだ知られてはいない。まだまだ戦法の手段として使う価値がある。


「おつかれさん」


「勝ったわよ……けどまあ、疲れたかしら……」


電源が落ちるように身を倒して、ポスッと身体をアランに預けるセレナ。魔石の魔力で回復しているとはいえ、さすがに精神的には疲れたのだろう。


「そこまでさせるような作戦を考えた奴が言うセリフでも無いか……」


眠ったセレナを背に回し、背負って選手控え室を後にする。今正門から出れば広報部が待ち構えているだろうから、警備の知り合いに頼んで裏道から出してもらおう。


そんな事を考えながら、アランは欠伸を噛み殺しながら静かに帰路につくのであった。

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