英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第14話「初戦」

一日とんで魔剣祭初日。


「さて、一回戦は二年生のシュミットとかいう奴だが……どうやら遠距離からの魔術戦が得意なようだ。セレナ、対策は出来ているか?」


開会式前のティータイム。心を落ち着かせるためにハーブティーを飲むセレナは、ふふふと笑って言う。


「敵が離れるなら私は距離を詰める。そのための装備も準備万端よ。あとは不測の事態でも起きない限り、勝率は高いわね」


「そっか」


そこで「絶対」とか「百パーセント」とか言わないのはさすがだな、とアランは心中で褒めながらカツサンドを頬張る。


「まあ、お前のために色々と情報収集はしたんだが……その感じだと、必要なさそうだな」


「ああ、だから昨日の夜から姿が無かったのね」


よく見るとアランの死んだ魚のような目の下にはくっきりと隈が見える。徹夜をしたのだろう。


……ここまで本気でいてくれるのね。


無論自分だって生半可な気持ちで今日を迎えているわけではない。だがセレナはそれ以上にアランに支えられている事を実感している。


信じてくれているアランがいる。期待されている自分がいる。それだけで気持ちは十分だった。


「まあ、なによ。アンタのその頑張りを無駄にしないためにも、頑張って勝つわよ」


少し頬を赤らめながら言ったセレナは、なに言ってるんだろうとすぐさま考え直して、ティーカップを手に取る。


「……お前さ」


するとアランがカツサンドを食べる手を止め、眠たそうな顔をしながら言った。


「もしかして、俺に気でもあるのか?」





そのとき俺は、魔剣祭の周辺警戒を担っていたんだが、晴々とした蒼穹に舞い上がる黒い人型のような物体を目撃したんだ。


間違いない。あれは人型じゃなくて人だったね。いやあ、朝っぱらから夫婦漫才でもしていたんだろうか。あっはっは。


(第三騎士団第二部、部長報告書より抜粋)





時は流れるように進んで時刻は九時。


開会式を終えた訓練場もとい会場には、出場しない生徒と出場生徒の親族、興味を持った暇な帝国騎士達でごった返しだった。


歓声は爆発音、だがその歓声を生み出す出場生徒の彼らには、周囲に張った特殊な結界のおかげで歓声はほとんど聞こえないような仕組みになっている。


そして。


『さあさあ、やって参りました。魔剣祭学院生徒枠出場予選大会!   実況はアルカドラ魔術学院、広報部部長のシルエットことシルエット=レスターと昨年の魔剣祭準優勝者、現在は第二騎士団に所属しておられますクロッター=マスガレッジさんです!』


『宜しくお願いします、皆さん』


『さてさて、今回の予選大会への出場選手はなんと二百五十八人!   前回と比べて二十人以上もの増加となりました!   やはり去年の決勝戦が彼らを刺激したのでしょうか!?』


『いやあ、そう言っていただけると嬉しいですね。私も出来る限りの力を尽くしましたが、いやはや彼女はその上を行く。彼女の実力は想像の上の上を超えていましたね』


『確かにあの白熱した魔術戦!   今でも鮮明に覚えている剣と剣のぶつかり合い!   一瞬あれが本当に戦争なんじゃないかと思ってしまいましたよ!』


『いえ、実はあの時、彼女を本気で殺すつもりで戦っていたんですけどね。あはは』


『……嘘ですよね?』






一呼吸。






『ゴホン。さて話は戻りますが、今年の出場者は二十人以上もの増加!   いやあ、これで白熱した試合がさらに観れますよ。良かったですね、観衆の皆さん!』


『近年では、兄弟子のベルダーさんが剣術を教えている生徒が多いと聞きました。やはり僕的には彼らの応援をしたいところですね』


『ほほう、あのベルダー講師が兄弟子ですか。確かに、雰囲気がどことなく似ていますね〜。だがしかぁし!   この実況の場に立った時点で、依怙贔屓えこひいきは私が許しませんよ!   あくまで公平な解説を!』


『ええ、分かっています。決して「あの子の胸、デカいな。揺れてエロいな」とか「スカートの中見えそうだ。これはチャーンス!」のような事は無いので安心を』


『アンタ本当は、エロい目で生徒達を見る事目的で来たんじゃないでしょうね……?』






更に一呼吸。






『ゴォッホン!   さて、現在中央では三年男子ジェット選手と今年初参加一年男子クリア選手が魔術戦を繰り広げております!』


『ですがやはり、実力差が明確ですね。クリア選手は回避が圧倒的に多いのに対して、ジェット選手は勢いを緩める事なく攻撃を続けている。経験の差を知らされるようですね』


『【五属の矢】が飛ぶ飛ぶ、どんどん出てくる!   それに対してクリア選手は【プロテクションシール】を連続使用!   防戦一方のクリア選手、大丈夫かぁ!?』


『いえ、よく見てあげてください。彼は見た目とは裏腹に計算高い少年のようだ。僕の見解ではそうですね……あと三分足らずで勝敗が決しますよ』


『そうなんですか?   ではそう期待して観戦を続けましょう!   ……おおっと、今度はジェット選手【五属の風】を発動!   炎風えんぷうが空気を焦がすッ!』


『ですがクリア選手は、落ち着いて水属性の【五属の風】で反撃です。術に対抗するのではなく、上手に軌道を逸らしている。誰かの入れ知恵でしょうか?』


『入れ知恵だろうが猿知恵だろうが関係ありません!   これで観客が盛り上がる!   そこに広報部の歩き売りがやって来て、ドリンクサービスで儲かる!   この金で新しい魔道具を買って……グヘ、グヘヘへへへへ……』
 

『おやおや、貴女もかなりゲスい心をしているようだ』


『グヘ、それは貴方もでしょう?』


『『あっはっはっは』』


この時観客達は、この実況は聞いてもいいのだろうかと、疑問に覚えて仕方が無かった。





「お〜。あのジェットとか言う奴、初戦から魔力使いすぎだろ。これじゃあこの試合に勝っても次の試合で全力を出せないな」


それならそれで良いんだがとアランは付け足す。


現在アランとセレナがいるのは戦場ステージへと通じる選手控えの一室だった。


「さすがに三年生となれば【五属の矢】の複数版は知っているようだな。まあだからと言って、アイツは魔力限界を知らんのか?   ただの馬鹿にしか見えん……」


「そりゃそうよ」


アランの微かな疑問に応じたのは、次戦に向けて身体を解すセレナだ。


「彼、確か前回の予選では剣術で攻め続けたものの、最後に【ミストアイ】からの不意打ちを喰らって初戦敗退。その時の対応策として魔術戦に切り替えたんでしょう?   まあ、根っからの脳筋みたいだから、魔力限界についてなんかこれっぽちも考えて無いんでしょうけどーー」


刹那、上の観客席からどよめきと驚きの声が耳に届く。


「どうしたのかしら?」


「……おっ、やっぱり魔力の使い過ぎで魔力限界を引き起こしてやがる。今にも倒れそうだ」


息を荒げ、肩を上下し、目線は覚束無いジェット。もはや勝負は決している。だが、


「おいおい、まだ続ける気か?   あのまま魔術を使えばもうアイツは……」


魔力限界を引き起こす。そう判断したアラン同様にクリアは前に駆け出した。地面を蹴るようにして十メートルを駆けたクリアは、その速度を生かしてジェットの懐に蹴りを入れた。


受け身を取る事なく吹っ飛ぶジェット。そして、


『ジェット選手、戦意喪失……勝負あったー!!   第一回戦、一年生と三年生の戦い。誰もが想像しなかった下剋上が、今ここに起きたぞぉ!!』


哭くような歓声が腹の底まで響き渡る。


「どうやら終わったようね」


「……だな」


次が自分の番だというのに、セレナはとても落ち着いた口調で言った。


『では後片付けも済んだようですので次の試合にいってみましょー!』


わぁ、と歓声が上がる。それと同時にアランはセレナの眼前に立って、目を見据える。


「さて、もう一度確認するが、これがお前の初戦だ。過去にあった何もかもが無駄じゃなかったと知るための戦いだ。ここにいる、お前に落胆していた野郎共に、驚愕の一発を決めてやるための戦いだ」


「詩人っぽいわよ、そのセリフ」


ふふふ、と笑うセレナに、アランも思わず頬が綻ぶ。


「じゃあ最終確認といこう。お前の目的は?   戦う理由は?   そして何より、お前の望みは何だ?」






「もちろん、本戦に参加して優勝よ!」






「そうか。よし、行ってこい!」


「ええ!」


立ち止まる事なく、セレナは真っ直ぐにステージを目指す。手足の震えは無い。緊張なんてもう感じない。これは誰かに期待されるための戦いではなく、ただ自分の今を知るための戦いだ。ならば深く考える必要は無い。


……全身全霊を以て、私は私に勝つ!


いざ、初戦だ。





『では紹介から参りましょう!   西の方、二年女子、シュミット=フェルチア!』


セレナと向かいの通路から現れたのは、長い茶髪が魅力的で特徴的な少女だった。さすが今回で出場二度目だけあって、観客の中には知っている者達もいるようだ。


そして。


『そして東の方、一年女子、セレナ=フローラ・オーディオルム!』


会場がざわめきに包まれる。それもそうだ。この帝国にオーディオルムの姓を知らない人物は誰一人としていない。


かつて第一騎士団でリカルドと共に猛威を奮い、「金の炎獅子」という二つ名まで持っていたヴィルガ=ヘクトヴェルム・オーディオルムは、リカルドと並ぶ生きた英雄の一人でもある。


そんな彼の姓を持つという事は、嫌でも彼の一族だと意識されてしまうのだ。


……けどまあ、心配はいらないな。


このどよめきは、決して悪意あるものではない。自分達の知るセレナが大会に出ている、それに単に驚いているだけなのだ。まあもちろん、かつてのセレナの実力を知っていて嘲笑う者もいるが、それはそれで好都合だ。


「よろしくね、セレナちゃん」


「ええ、よろしくお願いします」


二人は中央で握手を交わすと、踵を返して距離を取る。


『さてさて。会場に集まる皆さんは当然ご存知だとはお思いですが、ここでもう一度だけ今祭典のルールについて説明いたします。ではクロッター帝国騎士、よろしくです!』


『ええ。
第一に今試合に使用可能な武器は剣だけとし、使用本数は一本とします。殺傷性のない武器でなければ、使用は許可します。
第二に使用する魔術は魔術研究者協会にて定められた魔術の中で、殺傷性の低い魔術のみ使用可能とします。
第三に試合制限時間は存在せず、勝敗条件はどちらかの戦意喪失、または敗北宣言とします。
第四に両者ともに戦意を喪失した場合は、審判五名による指名制とします。
以上をもって両者正々堂々戦う事を誓いましょう』


『はい、ありがとうございました!   そして二人共、準備はよろしいでしょうか?!』


シルエットの合図に二人は頷く。


『では張り切って参りましょう!   三……二……一……』


セレナは剣を鞘から抜き放ち、シュミットは手のひらをセレナに向ける。やはり根っからの魔術師タイプだ。


そして。






『試合、開始です!』






高まる歓声の中、試合は幕を開けた。





「《出でよ這い寄る黄金の蛇、其は汝を縛る悪魔の化身なり、蛇は蛇を呼び、毒は速やかに身を蝕む》ッ!」


シュミットの展開した魔術方陣から、黄金色の蛇が現れる。蛇は地面を這い、着実にセレナに向かう。だが、


……遅いのよ!


セレナとシュミットの距離は約二十メートル。身体強化の状態でならば一秒弱で詰められる距離だ。


だから駆ける。蛇を迂回しながらセレナは魔術を警戒しつつ、シュミットの懐を目指して駆ける。


「くッ!?   《地の精よ、汝の力を以て、邪なる敵を討つ、悪人たる其の数はテンス》ッ!」


十本の石の矢がセレナを目掛けて飛来する。距離は約五メートル、回避は不可。魔術による防御も間に合わない。


……だったら!


あの日ベルダーとの模倣戦でやっていたアランのあの動き、あれを真似する。その手しかない。


……よく見ろ、私!


ギュッと地面を踏みしめて飛来する矢に意識を傾ける。飛来した矢はその後の軌道変更は不可能。


「《地の精よ、汝の力を以て、邪なる敵をーー》」


シュミットは次の【五属の矢】のために詠唱を始めている。全てに対処してから再び駆けていては詠唱終了までに間に合わない。


飛来する石の矢十本のうち、このまま進んで確実に命中するのは四本。その他は回避の際に命中する。確実に命中する事を前提として射出方法だ。


……さすが上級生ね……けど。


ならば回避した際に最も命中する本数が少ない位置、そこを目指せば良いだけだ。そこはーー


「しったぁぁぁッ!」


スライディングで無理やり回避を行う。舞い上がる砂煙と頭上を飛び越える石の矢。命中するはずの二本は剣の腹で難なく防ぐ。


「《ーー討つ》って嘘ッ!?   あっ!」


驚愕を覚えながらも、シュミットは今になって抜剣する。詠唱は失敗したゆえに魔術は発動しない。再び詠唱をしようか迷う、その行動はセレナに時間を与えすぎた。


「《炎の精集いて、安らぎの光よ、灯れ》ッ!」


「くッ!?」


魔術【エレメントスフィア】。凝縮した火の玉が、太陽のようなその球体から発せられる光量がシュミットの視界を黒く染めた。


そしてそれをセレナは逃さない。予め閉じておいた片目を見開き、狙いを定める。


狙うのはシュミットの持つ剣。振り上げるようにグリップを叩き上げ、武器を喪失させる。そのイメージを脳裏で反芻して、そして。


「そこッ!」


「ッ!?」


ガキャァン!   という音と共に剣は空に舞い上がり、そして十メートルほど離れた地面に盛大な音を立てて落ちた。


これで彼女は得物を失った。それはつまり、近接戦闘におけるリーチを無くしたという事だ。剣術戦闘において、不利な状況に陥ったという事だ。


通常の帝国騎士なら、この程度の行為では負けを認めない。何らかの術を用いて後退し、剣を再び取って仕切り直すだろう。


だがあいにく彼女は学院生だ。そこまでに至る術を持ち合わせていない。持ち合わせていたとしても、セレナにはまだ余力が溢れるほどある。


セレナが使った魔術は【エレメントスフィア】だけ。それは初等部で誰もが最初に覚える、低級で誰もが使う事のないと考える魔術だ。


だが、消費魔力は恐ろしいほど少ない。【五属の矢】の一割にも満たない程度だ。


対してシュミットはどうだろう。【バインドスネーク】に【五属の矢】を十本も使って、今がこのザマだ。どう考えても、どうやっても勝機が見えてこない。


ゆえに。


「……参ったわ。私の負けね」


未だ暗い視界の中、シュミットは両手を高々と挙げて降参の意を示した。


「「「「「…………」」」」」


その行為に審判達は絶句する。状況が読み込めない、まるでそんな顔をしながら。それから十秒ほどして。


「しょ、勝者。セレナ=フローラ・オーディオルム!」


勝者を告げる審判の声が会場中に響き渡った。


『い、意外も意外。誰もが展開していなかった状況に陥ってしまいました……まさかのセレナ選手、二年生のシュミット選手を一分足らずで戦意喪失に……さすがの私も実況の余地がありませんでした……』


どうやら実況のシルエットも驚愕のあまり、目を疑っているようだ。


『しかし彼女動き……あれは紛れもなく帝国騎士の動き方でした。騎士の誰かに教わった……いえ、それもオーディオルム家の者ならば可能な話なのでしょうか……?   いやしかし、一週間ほどで彼女をここまでに育て上げる人物など今の帝国には……』


クロッターも考え込んでいるようだった。


そして何より、観客達が静まり返っていた。民衆もそうだが、なにより彼女の腕前を知っている学院生や帝国騎士達が、驚愕の余り言葉を失っているようだ。


そんな中、アランとセレナは目を交わして、


……こんなもんでどうよ。


……ああ、良いんじゃないか?


と言葉なく意思を交わす。






こうして魔剣祭学院生徒枠出場予選大会の初戦は、波乱に幕を閉じたのであった。

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