英雄殺しの魔術騎士
第12話「過去話という名の無駄話」
今から話すのはアランの過去話。
決して消えない傷跡を残して生き続ける、アランの過去話。
かつてユリアが言っていた「戦災孤児」までに至る、決して同情や哀れみが許されない過去話。
かつての勇者や英雄が生きてきた花道とは決して異なる、血と屍だけで築き上げた道を登る前の物語。
これは拾い親のリカルドすら知らない、アランだけの物語。
◆◆◆
アラン=フロラスト。
本人はそう名乗るが、実際のところ本名なのかは定かではない。
今から十九年前。両親と呼ばれる父親と母親曰く、アランは森の離れ、具体的に言うならば大陸一の高さを誇るオルゼア山脈の近辺を囲う、暗い暗い物騒という言葉すら超越した森の近辺に、気付いても近づかなければ把握出来ないほどに忽然と置かれていた。
置かれていたというのは言葉のままで、まるで物を置くかのような感じで、赤子の身を包む物も何一つ無く、寒空の下に今にも息絶えそうな状態で虚しく置かれていたのだという。
義理の両親と言える彼らはオルフェリア帝国をぐるりと回って特産品を買っては売り、また買っては売りを繰り返して旅をする、いわゆる旅商人だった。名前はジュドーとフィセル。
彼らは結婚をしてからも子宝に恵まれず、いよいよ離婚を決断していた時に見つけた子供だ。神が与えてくれた奇跡だと、当時は言っていたらしい。
そんなこんなで二人の子供となったアランは最初、「デュオ」と名付けられた。彼らが信仰していた神話の豊穣の神から抜粋したらしい。
こうしてデュオと名付けられた子供は、二人を本当の両親だと思いながら四年の月日を過ごした。
朝におはようと言って二人に太陽のような笑顔を見せて、昼には二人と他愛のない話をして過ごし、そして夜におやすみと言って二人の間で安らかに眠る。そんな四年を過ごしていた。
この世に善悪があろうとも、この三人が暮らした四年間には間違いなく善が圧倒していた。神がこんな三人に罰を下すとは、誰であろうと到底思えなかった。
なのに戦争というものは、デュオから二人を易々と奪った。
惨殺だ。近くを馬車で移動していた一行を偵察で近くの茂みに隠れていたアルダー帝国兵が見つけ、彼らに武器を向けて脅し、近くの村まで案内させた。
無論抵抗はした。だがデュオが人質に取られて、二人は抗うことが許されなかった。他の馬車にいた人達は全員殺された。
数時間かけて村に着いた敵兵達は、まず家にいた男共を斬り殺した。悲嘆の声鳴が上がる。苦悶の声が上がる。絶望の声が上がる。
だが兵士達は止まらないし、躊躇わない。覚悟なんてしていないし、自分達が殺されるだなんてこれっぽっちも考えていない。
ほんの十分足らずで村の男共は全員殺された。老い若い関係なく全員が斬殺だ。
では次は女共だ。兵士達は舐め回すような下卑た目で彼女達の肢体を服の上から観察する。無論老婆と赤子はいない。男共とまとめて殺してある。
脱げ、と誰か命じた。おそらくこの兵士達の中で一番偉い人物なのだろう。その一言に兵士達は声を高らかに上げた。
最初は拒む女もいた。だがすぐにいなくなった。拒んだ者からすぐに殺されたから。
次第に兵士達の声が盛大になってきた。村には若い女が多くいた所為だろう。長い兵役の所為で情欲を持て余した彼らは、艶やかな胸部を、恥部を、肢体を衆目に晒して顔を赤らめる彼女達を見て、心底喜んでいるのだ。
その時ジュドーが下衆な輩だ、と反吐を漏らしていたのを覚えている。
彼女達は涙を流す。踵を返して逃げ出したくても逃げ出せない。背を向ければ待っているのは死だから。
その後彼らは獣のように楽しんだ。襲って、犯して、快楽を貪る。昼夜関係無く何度も何度も繰り返した。彼女達の悲鳴はいつしか途絶え、涙を流し過ぎた目は血走り、病んだ心はすでに砕けていた。
五歳であるがゆえに物心を得ていた自分でも理解出来た。ああ、こいつらは間違う事なき悪なんだと。
彼女達を犯す兵士達の目は飢えていた。さながら血肉を求める野獣のように飢えていた。まだ足りない。こいつらでは自分達を満足させられない。もっとだ。もっともっともっと自分達を悦ばせろ。夜に煌めくその視線には悪意しか無かった。
そしてその視線は馬車の側でへこたれているフィセルへと向いた。その側にいたデュオは怯えるように竦み上がる。
しかしその前に立ち塞がったのはジュドーだった。
心底怯えながら、足と顎を震わせながらそれでも強く拒否を言い放った。
この場で身を挺して守ろうとしたジュドーは、デュオの目には英雄のように映った。さながら幼い頃から何度も聞かされた物語、「名無き勇者の物語」の勇者のように。
だが次の瞬間ジュドーは死んだ。首を切り落とされて一瞬で絶命した。フィセルは彼の身元に駆けて泣いて哭いた。
それを不愉快に思った兵士の一人がフィセルも後ろから斬り殺した。躊躇う事無く、まるで麦を刈り取るように命を刈り取った。
血飛沫が飛んで顔にかかる。これが血だ。これが死だ。脳が狂わしいほどに訴える。初めて嗅いだ血の匂いは、脳を蕩かせて人格を狂わせるかのようだった。
兵士が一人寄ってくる。ジュドーとフィセルの二人を殺した、その血濡れた剣を片手に寄ってくる。ゴミを見つめるかのような目で、もういらないから捨てようなどと思案するその目で、憐れむ事もなく冷めた目付きで見つめてくる。
だがそれ以上に、脳裏から血の匂いが離れない。生臭い生命の香りが途絶えない。
恐怖と快楽。二つがぐるぐると渦巻き何もかもを壊していく。楽しい記憶も、悲しい記憶も。この四年間であった色々を崩していく。
壊れて崩れて、デュオの中で何かが弾ける。泡が弾けるように大切な何かがパチン、パチンと破れてゆく。
「……ぁ」
来るな。
「あぁ……っ」
来るな。来るな。
「あぁあ…………っ」
来るな。来るな来るな。
「あああぁあああああああぁあああぁあああああああああああああああああああぁあああああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああぁあああああぁあああああああああああああああああああああぁあああぁあああぁああああああああああああああああああぁあああああああぁあああああああああああああああああぁあああああぁ………………………っ!!!!!」
来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来る来るな………っ!!!!!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
次の瞬間、デュオの視界は暗転した。
◆
「……………ぁ」
気が付けば、そこはさっきまでいた村だ。
いや、この場合「だった」と言うべきか。
ご察しの通り、見開いた限りの場所一体に家屋は一つもなかった。
あったのは死。鋼の鎧をまとった肉塊と屍、そしてその屍のそばで心を壊した女達。深く考えるまでもない。
この場でこんな事を出来るのは、兵士達の仲間でなく、そしてこの屍の山の下で心を病んだ彼女達でもないとしたら残るは僕しかいない。この手に残る臓器の塊と、爪の間まで染まった真っ赤な手が何よりの証拠だ。
人を殺した。なのに何の罪悪感も感じなかった。彼らが自分より残忍で残酷な事をいっぱいしたから?   いや、そういう理屈めいた話ではない。
人が歩く際に蟻や野草を踏んだとき、何か思うだろうか?   いや、踏んだとしても何も思わない、何も感じない。例えるならこんな感じだろう。
冷静とか冷酷とか、そういう言葉で表すようなものではない。無関心、それが最適解だ。
こうして僕は初めて人を殺した。異常なまでに異様な方法で殺した。
なにせ彼らは鋼の鎧を着ていた。ではどうして手に臓器の破片が残る?   答えは簡単。腕が鎧ごと体を貫通させていたのだ。
だが水に手を突っ込むのとは訳が違う。鋼の鎧、すなわち金属の板を貫通するまでの威力が五歳児の腕力のどこにある。何を使ったとしても不可能だ。
謎だ。何もかもが謎だ。
今が夜明けだから、ほんの数時間。その間に何が起きたのかがさっぱりと理解出来ない。
だがその思考もほんの数十分で止むこととなる。
地面を叩く馬蹄の音。身に纏う鎧は足元の屍達とは違う、つまりは味方だ。両親の言っていた騎士が、帝都から駆けつけたのだろう。
どうしてもっと早くに駆けつけなかったんだろうと、僕は不思議でならない。だが騎士達が僕を見ると驚いた顔を見せる。
そしてその騎士の誰もが屍の山にも驚愕した。騒ぐような何かを言い合っているようだが、疲れが溜まりすぎて僕の耳には届かなかった。
一人の騎士がやってくる。
「よぉ、坊主。これはオメェがやったのか?」
その騎士は、騎士というには余りにもだらしない口調で、髭も髪も整えず、口臭からはお酒の臭いがした。
だが僕は静かに頷く。そうか、とその騎士も言う。
「坊主。名前は?」
「僕の、名前は……」
そこで僕の言葉が止まった。忘れもしない名前。そう僕の名前はデュオ。大好きだった両親から付けられた名前だ。
そう、覚えているはずなのに。何かが違う。本当の名前じゃない、と誰かが耳元で囁く。
分からない。何が起きているのか分からない。けれども僕はその声に導かれるように言った。
「アラン……。アラン、フロラスト……」
そこでようやく僕は眠りについた。恐怖で支配されていた身体がようやく縛りから解けたらしい。落ちるように眠った。
その後僕はその騎士、リカルド=グローバルトの養子として帝都で暮らすことになった。二人の姉妹と一緒に暮らすことになった。
こうして僕は、かつての戦争で両親を亡くした戦災孤児という設定書きで生きてきた。この身の謎には一切触れず、過去を背負って生きてきた。
そして十五年の月日が過ぎ、俺は更に多くの過去という名の罪を背負いながら、再び騎士服に腕を通すのだ。
今でも思い出すジュドーとフィセルと暮らした日々。だが記憶は欠けている。医者が言うには、精神不安定に陥った際に脳が強制的に記憶を削除。その時に誤って消してしまったのではないか、と言われている。
だが別に構わない。重要なのは思い出じゃなくて、ジュドーとフィセルという両親がいたという事実だけだ。毎晩昔話を聞かせてくれた優しくて綺麗なフィセルと、料理が得意で誰よりも話すのが得意なジュドー。それで良いじゃないか。
「アランさーん。朝食の時間ですよー!」
「ほーい」
こうして俺は自分の名前を再確認する。
自分はアラン=フロラスト。かつてのデュオという名の子供は五年前に死んでいる。十五年前ではなく、五年前だ。
あの日をきっかけにデュオは俺ではなくなった。
こんな事を聞いたら、二人は間違いなく寂しがるだろう。泣いてしまうだろう。あれだけ愛したのにと嘆くだろう。
だが許して欲しいとは思わない。
俺はすでに他者からの愛を求めるような資格は、既に無いのだから。
決して消えない傷跡を残して生き続ける、アランの過去話。
かつてユリアが言っていた「戦災孤児」までに至る、決して同情や哀れみが許されない過去話。
かつての勇者や英雄が生きてきた花道とは決して異なる、血と屍だけで築き上げた道を登る前の物語。
これは拾い親のリカルドすら知らない、アランだけの物語。
◆◆◆
アラン=フロラスト。
本人はそう名乗るが、実際のところ本名なのかは定かではない。
今から十九年前。両親と呼ばれる父親と母親曰く、アランは森の離れ、具体的に言うならば大陸一の高さを誇るオルゼア山脈の近辺を囲う、暗い暗い物騒という言葉すら超越した森の近辺に、気付いても近づかなければ把握出来ないほどに忽然と置かれていた。
置かれていたというのは言葉のままで、まるで物を置くかのような感じで、赤子の身を包む物も何一つ無く、寒空の下に今にも息絶えそうな状態で虚しく置かれていたのだという。
義理の両親と言える彼らはオルフェリア帝国をぐるりと回って特産品を買っては売り、また買っては売りを繰り返して旅をする、いわゆる旅商人だった。名前はジュドーとフィセル。
彼らは結婚をしてからも子宝に恵まれず、いよいよ離婚を決断していた時に見つけた子供だ。神が与えてくれた奇跡だと、当時は言っていたらしい。
そんなこんなで二人の子供となったアランは最初、「デュオ」と名付けられた。彼らが信仰していた神話の豊穣の神から抜粋したらしい。
こうしてデュオと名付けられた子供は、二人を本当の両親だと思いながら四年の月日を過ごした。
朝におはようと言って二人に太陽のような笑顔を見せて、昼には二人と他愛のない話をして過ごし、そして夜におやすみと言って二人の間で安らかに眠る。そんな四年を過ごしていた。
この世に善悪があろうとも、この三人が暮らした四年間には間違いなく善が圧倒していた。神がこんな三人に罰を下すとは、誰であろうと到底思えなかった。
なのに戦争というものは、デュオから二人を易々と奪った。
惨殺だ。近くを馬車で移動していた一行を偵察で近くの茂みに隠れていたアルダー帝国兵が見つけ、彼らに武器を向けて脅し、近くの村まで案内させた。
無論抵抗はした。だがデュオが人質に取られて、二人は抗うことが許されなかった。他の馬車にいた人達は全員殺された。
数時間かけて村に着いた敵兵達は、まず家にいた男共を斬り殺した。悲嘆の声鳴が上がる。苦悶の声が上がる。絶望の声が上がる。
だが兵士達は止まらないし、躊躇わない。覚悟なんてしていないし、自分達が殺されるだなんてこれっぽっちも考えていない。
ほんの十分足らずで村の男共は全員殺された。老い若い関係なく全員が斬殺だ。
では次は女共だ。兵士達は舐め回すような下卑た目で彼女達の肢体を服の上から観察する。無論老婆と赤子はいない。男共とまとめて殺してある。
脱げ、と誰か命じた。おそらくこの兵士達の中で一番偉い人物なのだろう。その一言に兵士達は声を高らかに上げた。
最初は拒む女もいた。だがすぐにいなくなった。拒んだ者からすぐに殺されたから。
次第に兵士達の声が盛大になってきた。村には若い女が多くいた所為だろう。長い兵役の所為で情欲を持て余した彼らは、艶やかな胸部を、恥部を、肢体を衆目に晒して顔を赤らめる彼女達を見て、心底喜んでいるのだ。
その時ジュドーが下衆な輩だ、と反吐を漏らしていたのを覚えている。
彼女達は涙を流す。踵を返して逃げ出したくても逃げ出せない。背を向ければ待っているのは死だから。
その後彼らは獣のように楽しんだ。襲って、犯して、快楽を貪る。昼夜関係無く何度も何度も繰り返した。彼女達の悲鳴はいつしか途絶え、涙を流し過ぎた目は血走り、病んだ心はすでに砕けていた。
五歳であるがゆえに物心を得ていた自分でも理解出来た。ああ、こいつらは間違う事なき悪なんだと。
彼女達を犯す兵士達の目は飢えていた。さながら血肉を求める野獣のように飢えていた。まだ足りない。こいつらでは自分達を満足させられない。もっとだ。もっともっともっと自分達を悦ばせろ。夜に煌めくその視線には悪意しか無かった。
そしてその視線は馬車の側でへこたれているフィセルへと向いた。その側にいたデュオは怯えるように竦み上がる。
しかしその前に立ち塞がったのはジュドーだった。
心底怯えながら、足と顎を震わせながらそれでも強く拒否を言い放った。
この場で身を挺して守ろうとしたジュドーは、デュオの目には英雄のように映った。さながら幼い頃から何度も聞かされた物語、「名無き勇者の物語」の勇者のように。
だが次の瞬間ジュドーは死んだ。首を切り落とされて一瞬で絶命した。フィセルは彼の身元に駆けて泣いて哭いた。
それを不愉快に思った兵士の一人がフィセルも後ろから斬り殺した。躊躇う事無く、まるで麦を刈り取るように命を刈り取った。
血飛沫が飛んで顔にかかる。これが血だ。これが死だ。脳が狂わしいほどに訴える。初めて嗅いだ血の匂いは、脳を蕩かせて人格を狂わせるかのようだった。
兵士が一人寄ってくる。ジュドーとフィセルの二人を殺した、その血濡れた剣を片手に寄ってくる。ゴミを見つめるかのような目で、もういらないから捨てようなどと思案するその目で、憐れむ事もなく冷めた目付きで見つめてくる。
だがそれ以上に、脳裏から血の匂いが離れない。生臭い生命の香りが途絶えない。
恐怖と快楽。二つがぐるぐると渦巻き何もかもを壊していく。楽しい記憶も、悲しい記憶も。この四年間であった色々を崩していく。
壊れて崩れて、デュオの中で何かが弾ける。泡が弾けるように大切な何かがパチン、パチンと破れてゆく。
「……ぁ」
来るな。
「あぁ……っ」
来るな。来るな。
「あぁあ…………っ」
来るな。来るな来るな。
「あああぁあああああああぁあああぁあああああああああああああああああああぁあああああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああぁあああああぁあああああああああああああああああああああぁあああぁあああぁああああああああああああああああああぁあああああああぁあああああああああああああああああぁあああああぁ………………………っ!!!!!」
来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来る来るな………っ!!!!!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
次の瞬間、デュオの視界は暗転した。
◆
「……………ぁ」
気が付けば、そこはさっきまでいた村だ。
いや、この場合「だった」と言うべきか。
ご察しの通り、見開いた限りの場所一体に家屋は一つもなかった。
あったのは死。鋼の鎧をまとった肉塊と屍、そしてその屍のそばで心を壊した女達。深く考えるまでもない。
この場でこんな事を出来るのは、兵士達の仲間でなく、そしてこの屍の山の下で心を病んだ彼女達でもないとしたら残るは僕しかいない。この手に残る臓器の塊と、爪の間まで染まった真っ赤な手が何よりの証拠だ。
人を殺した。なのに何の罪悪感も感じなかった。彼らが自分より残忍で残酷な事をいっぱいしたから?   いや、そういう理屈めいた話ではない。
人が歩く際に蟻や野草を踏んだとき、何か思うだろうか?   いや、踏んだとしても何も思わない、何も感じない。例えるならこんな感じだろう。
冷静とか冷酷とか、そういう言葉で表すようなものではない。無関心、それが最適解だ。
こうして僕は初めて人を殺した。異常なまでに異様な方法で殺した。
なにせ彼らは鋼の鎧を着ていた。ではどうして手に臓器の破片が残る?   答えは簡単。腕が鎧ごと体を貫通させていたのだ。
だが水に手を突っ込むのとは訳が違う。鋼の鎧、すなわち金属の板を貫通するまでの威力が五歳児の腕力のどこにある。何を使ったとしても不可能だ。
謎だ。何もかもが謎だ。
今が夜明けだから、ほんの数時間。その間に何が起きたのかがさっぱりと理解出来ない。
だがその思考もほんの数十分で止むこととなる。
地面を叩く馬蹄の音。身に纏う鎧は足元の屍達とは違う、つまりは味方だ。両親の言っていた騎士が、帝都から駆けつけたのだろう。
どうしてもっと早くに駆けつけなかったんだろうと、僕は不思議でならない。だが騎士達が僕を見ると驚いた顔を見せる。
そしてその騎士の誰もが屍の山にも驚愕した。騒ぐような何かを言い合っているようだが、疲れが溜まりすぎて僕の耳には届かなかった。
一人の騎士がやってくる。
「よぉ、坊主。これはオメェがやったのか?」
その騎士は、騎士というには余りにもだらしない口調で、髭も髪も整えず、口臭からはお酒の臭いがした。
だが僕は静かに頷く。そうか、とその騎士も言う。
「坊主。名前は?」
「僕の、名前は……」
そこで僕の言葉が止まった。忘れもしない名前。そう僕の名前はデュオ。大好きだった両親から付けられた名前だ。
そう、覚えているはずなのに。何かが違う。本当の名前じゃない、と誰かが耳元で囁く。
分からない。何が起きているのか分からない。けれども僕はその声に導かれるように言った。
「アラン……。アラン、フロラスト……」
そこでようやく僕は眠りについた。恐怖で支配されていた身体がようやく縛りから解けたらしい。落ちるように眠った。
その後僕はその騎士、リカルド=グローバルトの養子として帝都で暮らすことになった。二人の姉妹と一緒に暮らすことになった。
こうして僕は、かつての戦争で両親を亡くした戦災孤児という設定書きで生きてきた。この身の謎には一切触れず、過去を背負って生きてきた。
そして十五年の月日が過ぎ、俺は更に多くの過去という名の罪を背負いながら、再び騎士服に腕を通すのだ。
今でも思い出すジュドーとフィセルと暮らした日々。だが記憶は欠けている。医者が言うには、精神不安定に陥った際に脳が強制的に記憶を削除。その時に誤って消してしまったのではないか、と言われている。
だが別に構わない。重要なのは思い出じゃなくて、ジュドーとフィセルという両親がいたという事実だけだ。毎晩昔話を聞かせてくれた優しくて綺麗なフィセルと、料理が得意で誰よりも話すのが得意なジュドー。それで良いじゃないか。
「アランさーん。朝食の時間ですよー!」
「ほーい」
こうして俺は自分の名前を再確認する。
自分はアラン=フロラスト。かつてのデュオという名の子供は五年前に死んでいる。十五年前ではなく、五年前だ。
あの日をきっかけにデュオは俺ではなくなった。
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