英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第10話「アラン=フロラスト」

少年はいつしか青年に成長した。心身共に成長した。


しかしその間も、青年は幾度となく戦場に赴いた。殺し殺されの舞台へと身を登らせた。


何百と。何千と。命の価値を忘れるまで。


天変地異の魔術を敵に放ち、山をも砕く一撃を軍隊に振り下ろす。その後ろ姿はまさしく悪鬼羅刹そのもので、敵味方を関係なく恐怖に染め上げた。


だが青年は背後を気にしなかった。畏怖の目で見られようとも、青年には何の関係も無いと判断して無視を続けた。


それから数年の時が過ぎ、そんなある日、青年は気がついた。


護るべき民は、味方と称すべき者達は、すでに後ろにいない事を。


◆◆◆


リカルドの話を聞いてから翌日。セレナが皇族の直系では無い事は驚いたものの、アランはいつも通りにセレナと接していた。


「そういえば、今日が発表開始ね」


「発表?   何の?」


食後の紅茶を優雅に飲むセレナの口からポツリと出たのは、アランに聞き覚えの無い言葉だった。


「『魔剣祭レーヴァティン』の本選出場枠者を決める予選の組み合わせよ。たぶん去年と同じで、学院校舎前の掲示板にどでかく貼られるだろうから、かなり目立つわよ」


「へー、予選ね」


アランの知る魔剣祭には予選など無く、毎年木の根のような対戦表が大きな木綿用紙五枚にわたって、びっしりと書かれていたのを覚えている。


最初のうちは名の通った帝国騎士の試合にしか客は足を向けず、自身の無名さをより現実的に知らされる。余りの虚しさに途中棄権する者も後を絶たなかった。


……多分、それへの対処策だろうなぁ。


祭典の期間が短くなるのは市民としても心苦しいが、派手な闘いを大歓声を上げて観戦するのがこの魔剣祭の醍醐味と言える。ちまちまとした長期戦など見ていても飽きてしまうのだ。


「ちなみにその予選ってのは、何日間やるんだ?」


「一週間よ。今年の出場者は確か二百五十人くらいだから試合は……七、八回ね。日に一回ってところかしら。初戦から無闇に魔術を使い過ぎると、翌日の試合に影響するから配分も考えないとね」


「そう言われると、マジ戦争みたいに聞こえるのな……」


「冗談。戦争は本気の殺し合いでしょう?   これはただの試合。殺す気で剣を振ったり、魔術を使ったりはしていないもの。戦争よりは穏やかなはずよ」


「そ、それもそうか……」


冗談めかしでアランは言ったつもりが、セレナは真剣にそう返してきた。やはり対戦相手が分かるとなって、少しピリピリしているのだろうか。


「そういや昨日の授業はどうだった?   確か昨日の午後は剣術訓練だっただろう?」


「そうよ、私もその事を聞きたかったのよ!」


唐突に思い出したかのように言うセレナは、バン、と机を叩きながら腰を浮かせ、身をテーブルに乗り出した。


「昨日の剣術訓練、予想以上に剣を上手く扱えた気がしたのよ。貴方との訓練って、気持ち悪いほどに成果が出るのね……」


「気持ち悪いって、ひでぇな……まあ、元からお前は魔力容量が大きい分、魔力の放出量が半端なかったからな。それを無意識でも抑えられるようにやっただけだ。今なら身体強化した状態での試合なら四時間くらいはいけるんじゃないか?」


そう、セレナは皇族直系で無いのに魔力容量が常識の数倍を超えている。天性なのかもしれないが、それにしたって格が違う。


「今なら多分、初戦は勝てそうね……」


「おいおい、お前の目的は本選に出て優勝する事だろう?   この程度で安心してたら、本当に初戦しか勝てないぞ」


「わ、分かってるわよっ。この程度じゃユリアには勝てない……せめて若手の帝国騎士には勝てるくらいの実力が無いと……」


「その程度で勝てるんだったら良いんだけどなあ……」


「その程度って、ユリアの実力はそれ以上ってこと?」


「ああ。あいつは五歳の頃から、俺とクソ親父でみっちり鍛えられてるからな。あの雰囲気とは裏腹に、たぶん学院で一二を争うくらい強いぞ?」


「う、うっそぉ……」


無論セレナは信じたくは無いだろう。だが事実なのだから仕方がない。


ユリアは生まれながらにして、リカルドに似て戦闘に関する天性の才能があった。それに加えて生粋の帝国騎士一家で育ったのだから、実力はもはや中堅帝国騎士レベル。魔術の制限ありで闘えば、今の・・アランにも勝ち目があるかは分からない。


だが、逆の発想で言えば、


「今の俺と同じくらいになれば、まあ五分五分で戦えるかもな」


使用する魔術に制限のない魔剣祭ならば、勝つ事は難しくとも、負ける事は決してないだろう。


「ならいっそうの事、貴方を雇って正解だわ」


フッとセレナは安心をしたように微笑むが、アランの表情はどこか暗い。


……俺と同じ、か……。


それはつまり、自分と同等の力を手にする事か。それとも自分と同じ力を手にする事か。似ているようで全く違う二つ。出来ればセレナには前者であって欲しい。


自分と同じ地獄みちだけは歩んで欲しくない。その先に待つのは、確実な絶望だけだから。


「……ま、そうならない事を祈るか」


向かい側で首をかしげるセレナにそう呟きながら、アランは静かに紅茶を飲むのであった。





「おはよ、アルにぃ」


学院の入り口でユリアと合流したアランとセレナは、波のような生徒達の中に溶け込んで、校舎へと向かった。


騎士服もだんだんと見慣れたのか、生徒達からアランへの視線は薄い。近寄って来る者も少なくなっている。


「そういやユリアは魔剣祭に向けての準備は出来てるのか?」


「うん。剣はお父さんの知り合いの研磨師に渡したし、使える魔術も増えたから、たぶん大丈夫」


「お前が大丈夫って言えるなら平気か。あとはクソ親父がなんとかする……って、そうか。アイツ今は帝都外にいるんだったな」


リカルドは前日からアルダー帝国の国境にて、魔術兵団と睨み合いをしている。開戦すれば四、五日で終結するだろうが、その開戦に時間がかかる。おそらく二週間は要するだろう。


ならばユリアは一人で何もかも調整をしているのだろうか。などとアランが考えると、


「シルねぇも手伝ってくれてるから」


と、ユリアがアランの心中を見越したように言った。


「シルねぇ、ってまさかシルフィアさんのこと?   あの第二騎士団の時期団長候補の」


シルフィア=グローバルト。誰もが知る有名人で、特に学院生の中では知らない者はいないくらいだ。


母親であるミリアの美貌とリカルドの戦闘センス。さらに貴族からは到底考えられない努力の末に身に付けた学力によって、今や女性帝国騎士で一二を争うくらいの実力を有している。


そんな事を耳にしたセレナは、嬉しそうにユリアの話を聞くが、


「あのシルフィアが、ねぇ……」


なんか今にも死にそうな青ざめた顔で、アランが俯きながら呟いた。


「やっぱりアルにぃも気になる?」


「『も』って事はお前もか……ああ、超気になるな……」


二人揃って大きくため息を漏らした。


「え、え?   どうして?   シルフィアさんが妹の祭典出場を手伝う事に何か意味があるっていうの?」


どうやらセレナは理解をしていないようだ。


「シルフィアって歳がいくつか知ってるか?」


「えっと……確か、今年で二十一だった気が……あっ」


そこでようやくセレナは気がついたように、声を上げる。


「そう。魔剣祭の出場規定年齢は二十歳まで・・なんだろう?   だったら現年齢二十歳のシルフィアは出場可能なはずだ。わざわざ強敵ライバルを作る意味がアイツには無いはずだ。そんなミス、アイツがするとは思えんが……」


ぶつぶつと考えること十秒。


「ま、なんとかなるだろ」


「アルにぃ、やっぱり楽天家」


冷めた目でユリアはアランを見つめる。


「そうだろそうだろ!   もっと褒めて良いんだぞ、ユリアよ!」


「アルにぃのばーか」


「褒められてる気はしないが、なんかもう可愛いから許す!」






「「「「究極のシスコン……!!」」」」






「あぁ!?   シスコンの何が悪いんだよ、魔術ぶっ放すぞゴルラァ!!」


ゴゴゴと魔力を震わせながら、周りでアラン達を見つめる生徒達に足を向ける。しかし、瞬時にその肩をセレナは掴んだ。


「駄目!   それ団規に違反するでしょうが!」


「うるせぇ!   俺はアイツらに一発ぶちかまさないと気が済まないって、ユリアさん。俺に向けているそのピースサインはなにを「ていっ(ドスッ)」目っ!?」


ユリアの会心の一撃がアランに大ダメージを与えた。余りの痛みに舗装道路で悶えるアラン。周囲の見る目がさらに哀れさを増している気がした。


「セレナ。今のうちに行こ」


「そうね。このシスコン馬鹿は放置しても多分死なないでしょうし」


こうして二人はなんの伝言も無しに、アランの側から離れて行った。





それから三分ほどして。


「いっつぅ〜……いきなり目潰しとか、俺以外の人にやったら間違いなく失明レベルだぞ!   いや、俺も失明しそうになったけどね!   良いか、他人にはこんな事はするなよユリアって……あれ?」


誰もいなかった。





「あれ、アランさんじゃないですか。来ていたんですか」


午後。今日も剣術訓練だという事で、アランは訓練場に姿を現していた。相変わらず肉厚な大剣を持った隆々とした筋肉の持ち主である、剣術講師のベルダーが声をかける。


「ああ。セレナの訓練の成果を直に見ようと思ってな」


「あっ、やはりセレナさんに教えたのはアランさんですか。流石ですね。たった数日で、強化状態なら皆さんと互角以上に剣を振るえるようになるとは、正直驚きですよ」


「へー、アンタがそう言ってるなら教えた甲斐はあったな」


そう返事をしながらも、アランは視線を訓練場の中央へとやる。そこにはセレナとクラスメイトであろう少女が、互いに剣を構えて睨み合っていた。二人ともまだまだ未熟とはいえ、ピリピリとした緊迫感を辺りに放っている。


「せぁッ!」


そんな空間を一喝で砕くように、少女が猛る声を上げてセレナ目掛けて駆ける。魔力による身体強化で二十メートルをほんの一秒で駆け抜けると、天高く振り上げた剣を腕力と重力に任せて振り下ろした。


「ふッ!」


だがそれを、絶妙な魔力を込めて身体強化をしたセレナが、正面から防ぐのではなく斜め右下へと剣筋をずらした。少女はあわてて重心がずれる。


そして追い込みをかけるように前へと身体ごと踏み込み、柄頭で少女の鳩尾を叩いた。


呻き声を上げながら背後へとよろめき退く少女。だがまだ戦意は消えていない。


「いぁッ!」


ならば今度はこっちの番、とでも言いたそうな気迫の声を上げながら、セレナは少女目掛けて駆けた。


接近の際は身体強化が主流だ。ほんの数メートルといえど、剣術による戦闘で要となるのは膂力。それを至近距離まで詰め寄ってから強化しようとしても、敵がそう簡単にさせてくれるはずもない。


そしてセレナは強化の基盤となる身体能力がとても低い。強化が無ければ、剣を持ち上げることすら困難だ。だから彼女は常に魔力を放出しなければならない。だが彼女は大きな欠点を持っていた。


魔力容量が大きいあまりに、放出される魔力の調整が余りにも下手だったのだ。


例えるなら巨大な風船の中にある空気を少し出そうとしたら、予想以上に出てしまったみたいなもの。


だからアランはそこを強化した。調整が下手なら微調整に少しでも慣れさせてしまえば良い。そうする事で微細な調整のコツが掴めて、その結果大まかな調整には慣れてしまうという考えだ。


アランの予想通り、その結果は良好だ。剣同士で接触する際に、セレナは魔力の放出を大雑把にとはいえ操作している。魔力のこもった重い一撃は柔らかくいなし、軽い一撃は弾くと同時に反撃を仕掛ける。


ギャギャギャッ、と鋼同士が擦れ合う音がアランの耳まで届く。そしてついに。


「らぁッ!」


ギャリィン!   と甲高い金属音を立てながら少女の剣が地に落ちる。疑うことなくセレナの勝利だ。


これでセレナが身体強化をしているとはいえ、剣術で相手を圧倒したのは二度目。さすがの彼女達も偶然ではないと理解したようだ。細々とした拍手が訓練場に響いた。


「やはり驚きですね。いちおう相手の彼女、クラスの中では五番目くらいには強いんですけどね……」


「何だったら今度、全員の腕前でも見てやろうか?」


「ほ、本当ですか!?   是非よろしくお願いします!   あの子達も喜ぶと思いますよ!」


まあ気が向いたらな、とアランは付け足しながらも、思わず自分の発言に対して首をひねる。


……俺が自分からこんな事を言うなんてなぁ……。


これではまるで、自分から率先して帝国騎士として学院に関わろうとしているようではないか。二度と剣を持たないと決断した二年前は嘘だったのか。そんな苦悩が自分を苛む。


そっと腰に提げた剣の柄に触れる。刹那、剣を二度と握らないと誓ったあの日のイメージが、吐き気を促すほどに鮮明に浮かび上がった。


……もっと早くに見ていれば良かったものを……。


いまさら引き返す事は出来ない。今ここで踵を返し、逃げるようにあの丘の上の家に帰ることは、すなわちセレナの命を捨てるということだ。


これ以上命を粗末にしないために剣を握らないと誓ったのに、今度は握らなかったから命を粗末にしてしまう。


矛盾だ。自分の行いは全て矛盾している。そんな事はアランが一番理解していた。


この罪は決して薄まる事はない。何百何千、いやこの世界にある全ての命を救ったとしても、この罪が色を変える事は決してあり得ない。


なぜならこの罪は、色で例えることすら不可能なほどに闇で染まっているのだから。





「どう、私の模擬試合は見ててくれた?   私的にはあの子がバックステップで逃げた時に魔術を使いたかったんだけど、あそこで使うならやっぱり【五属の矢】かしら?   それとも【五属の風】?   詠唱の速さ的にはやっぱり【五属の矢】でしょうけど、【五属の風】なら回避不可能でしょうし……ねえ、アンタならどっちが良いと思う?」


「どっちでも良くね?」


「良くない!   どっちかはっきりしないと私、今日は寝付けないと思うから!」


「じゃあ……【五属の風】かなぁ……」


「根拠は?」


「一撃で勝てるから」


「アンタって、案外めんどくさがりなのね……」


放課後。ユリアは研磨師に渡しておいた剣の調整が終わったということなので先に帰って、二人となったセレナとアランは、今日の剣術訓練について話し合って(?)いた。


やはり今まで勝つことの無かった相手に勝てたという事が嬉しいのか、今日のセレナはとても饒舌だ。頬も心なしか緩んでいる様に見える。


「まあでも、良かったんじゃないか?   剣のいなし方は中々出来ていたと思うぞ」


「でしょでしょ!   昨日の時はヤケクソだったけど、アンタとの訓練に比べれば剣も軽いし、遅いから慣れてしまえばあとは簡単よ。向こうの驚き顔を見るのも面白いしね!」


「うっわ、サディスティックかよお前」


「どちらかと言われれば、そうかもね」


ふふふ、とセレナは笑う。今まで落ち込んだり、黙りこくった顔を見る機会の方が多かった所為か、その笑顔を直に見ると妙に心拍数が速まる。その感覚がアランは不思議でならなかった。


そんな感じで二人は談笑をしながら学院の出入り口までやって来た、その時。


「……ようやく来ましたか」


門の影から姿を現わすように出てきたのは、薄緑の短髪の少女、『六貴族ヘキサゴン』の一角であるジャニール家の息女、エリーカの傍付き侍女を勤めているというエフィナだった。


そんなエフィナを、エリーカの傍から離れている事が珍しいそうに見つめるセレナと、敵意剥き出しで険悪な顔を見せつけるアラン。なんにせよ、彼女が現れることは予想外だった。


「……で、今度は俺達に何の用なわけ?」


憤りのこもった口調でアランは問う。どうにもこの少女とは馬が合わない、それだけの理由で若干の嫌悪を感じているからだ。


「いえ。今日は貴方の勧誘ではなく、貴方に少し確認して頂きたい事がありまして……」


ふふふ、とセレナとは違い、多くの感情が渦巻いた小悪党の雰囲気を感じさせる笑みをエフィナは浮かべる。


確認?   とアランが尋ねると、エフィナは静かに首肯した。


「ええ。貴方にお尋ねしたい事があるんですよ。アラン帝国騎士殿。ああいえ、こう言うべきでしょうか……」


彼女は一呼吸置くと、






帝国騎士、アラン=フロラストと」











「……元、帝国騎士……?」


ゆっくりとエフィナの言葉を反芻するセレナに対して、ええ、とエフィナは首肯した。


「元帝国騎士アラン=フロラスト。わずか十二歳でアルカドラ魔術学院中等部を飛び越して高等部に入学。その後数多くの異例を残して十五歳で特例として帝国騎士になり、第一騎士団に入団。しかし有力候補として期待されるも、目立つような成果は出せず、わずか三年で騎士団を退団。フィニア帝国との国境付近にある小さな丘に家を建てて先週までの二年間を静かに暮らしていた……。どうです?   ここまでで何か間違いはありませんか?」


エフィナの長い説明に対して、アランは口を真一文字に結んでいた。だがその顔には焦りや驚愕は見えない。


……まあ、いつかはバレる事だったしな。


藍色の騎士服は、帝国騎士になった者の全員に配布される。だがアランの胸の辺りに付いている金の王冠とそれを菱形に囲む純白の天使の羽の描かれた国章は、前皇帝が認めた者しか持っていない。持っている者といえば騎士団の団長と、皇帝側近の騎士数名、かつての戦争で武勲を挙げた者だけだ。そんな高名な人物達を、帝国騎士を目指す少年少女が忘れるはずがない。


だとすれば、アラン=フロラストという名の騎士は存在しない、と。


……というか、クソ親父が自分のお古を渡すからこうなる。


こういう所で詰めが甘いのは相変わらずだ。心中でため息を漏らしてしまう。


「貴方、この話って本当なの……?」


疑いたくはない。だがそう判断出来る要素がある所為で、セレナの瞳からは疑惑が孕んでいた。


「ああ、本当だ。俺は元帝国騎士、第一騎士団所属アラン=フロラストだ。すまんな、今まで隠してて」


「でもリカルド騎士団長は、確かに帝国騎士を剣術指南役として配属させるって……」


「それも本当だ。俺は元帝国騎士であって現帝国騎士でもあるんだよ」


アランがそう言うと刹那、エフィナが噴き出すようにして笑い始めた。


「何を仰っているんですか?   そんなふざけた言い訳が通ると思っているんですか?   とにかく、この事を公に晒したくなければ、おとなしく私の言う事にーー」


「断る」


エフィナの言葉を途中で切る。ここで切らなければ今後の会話の主導権は彼女に渡ってしまう。論弁に関してはそれなりに知識のあるアランは強硬手段をとった。


「では良いのですか?   貴方が帝国騎士だと偽っている事を『六貴会ヘキサゴン』に上告すれば、間違いなく貴方は死刑。死ぬくらいなら大人しく従った方が良いのでは?」


その通りだ。帝国法に帝国騎士への侮辱には罰を処すと婉曲的に綴った文脈がある。しかも国章付きとなれば、国家反逆罪にも等しく、死刑判決を受けてもおかしくない。


そして何よりエフィナは『六貴会ヘキサゴン』が一角、ジャニール家の侍女だ。エリーカに口伝てすれば、すぐに判決は定まるだろう。


だがそれでも、アランの表情は崩れる事なくいたって平穏だった。眉一つ動かさないその顔に、むしろエフィナの方が悔しがるように歯を食いしばる。


「俺に脅しは通じないぞ。それにその程度の事を対処してないと思っているのか?」


「そ、その程度の事って……っ!」


「ああ、その程度だ。俺を誰だと思ってる?   あのアラン=フロラストだぞ?」


「そんなの理由になって無いでしょッ!?」


エフィナの突っ込みに対して、アランは素っ気なく笑って返す。もはや会話の場はアランが支配したも同然だった。


「ねえ、アラン。貴方が言う対処って一体……?」


「団規だよ」


「団規?   ああ、そういう事……」


団規。帝国法とは異なり、帝国騎士だけが縛られる法律よりも優先される法規。その中に一つ、こんな規律があった。


「『特例において、騎士団長及び皇帝からの承諾印二つ以上を得る事で、その者を帝国騎士として扱う』だな。つーわけで、俺は元帝国騎士でありながら、帝国騎士として復帰している訳でもあるんだよ」


「そ、そんな法規、私知らない……」


エフィナが後ずさる。負けを自覚した彼女は、もはや戦意を喪失していた。


「まあ、そうだろうなあ……騎士団の規律なんて大小細かすぎて、俺でも全部は知らんからな」


さて、とアランは続ける。


「これでも俺は罪人か?   ジャニール家が裁判官に圧力をかければ、天秤がどう傾くか定かじゃ無いが……あいにくこっちにはこれがいる」


そう言ってアランはセレナの肩を優しく叩いた。


「だから『これ』扱いは止めてくれる?」


「だったら金髪ワガママお嬢様」


「だからワガママって部分は余計なの!   前にも言ったよね!?」


「知りませーん。貴女が何を言っているのか俺はわっかりっませーん」


「このクソ男は……っ!」


「え、ちょ、なにその魔力。あ、だめ、こっちに向けんな!   使うなよ?   絶対に魔術は使うなよ!   いやフリとかじゃないからね!?   だから魔力を込めるなって。分かった謝る、謝るからぁああああああああああッ!?」


セレナの手のひらから放たれた魔術、【五属の風】よって大空へと飛ばされたアランは重力に従って下へと降りてきて、舗装道路へと顔面を打ちつけた。釣り上げられた魚のようにビクンビクンと身悶える。


ーー数分後。


「さ、さて、エフィナよ。俺はその団規に基づいて、騎士団長三名と皇帝の全員からの承諾印を俺は頂戴してここにいる。ここでお前が無理やりにでも俺を罪人にしようものなら、それはつまり騎士団長と皇帝の見る目がないと言っているようなものだ。たかが侍女の行いの所為で、ジャニール家が他貴族から偏見の眼差しで見られるようなるが……構わないか?」


「ぐっ……それは……っ」


「今は黙って引き返せ。今なら誰も咎めんし、今の行為を言いふらす気は俺にはない。いいか?   これは善意じゃなくて交渉だ。お前もお嬢様の顔に泥なんて塗りたくないだろう?」


「それは勿論……」


「だったら早く屋敷に帰れ。エリーカに会っても『何も無かった』とだけ伝えて、しばらくはやり過ごせ。どうせ魔剣祭になったら指南役の勧誘なんてしなくなる。あと一週間、それだけの辛抱だ」


アランの甘い、とても甘い言葉にエフィナは見事に捕まってしまう。ズブズブと深みにはまって、気づけば既に逃げ場はない。


もしアランの言った団規がもしあったとして、騎士団長と皇帝の全員に印を貰っているというのはハッタリかもしれない。だったらなぜアランの視線はこれほどに真っ直ぐなのだろうか。エフィナには到底理解出来なかった。


そして。


「わ、分かりました。貴女の話に便乗して、私は去るとしましょう。一週間後の魔剣祭、楽しみにしていますね」


返事も聞かずにエフィナは踵を返して颯爽と去る。誰にも気づかれずに目尻に涙を浮かべながら。


「さて、俺らも帰りますか」






こうして魔剣祭予選の対戦表が発表された当日。ついにアランの正体がセレナに知られる事となった。

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