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英雄殺しの魔術騎士

七崎和夜

第7話「決断の一手」

学院で行ったベルダー講師との模倣戦から、早くも三日が過ぎた。もはやアラン=フロラストという名は学院中に響き渡り、有る事無い事を有耶無耶に混ぜ合わせた噂が、今や独り歩きしている現状だ。


「アルにぃ、人気者?」


「違うぞー、ユリア。アイツらは変な噂を聞きつけた輩で、ただの興味本位でしかない」


その証拠に耳を澄ますと、


『ほらあの人がユリアさんの夫なんですって。しかもユリアさんのお腹の中には子供もいるとか』
『え、私は彼が取っ替え引っ替えして、老若を問わずに色んな女性を妊娠させた、って聞いたんだけど……?』
『嘘よ!   彼は女性になんか興味は無いはずよ!   その証拠に私、彼が剣術訓練のベルダー教師に背負われて、医務室に連れて行かれるところを見たんだから……っ!』
『じゃあもしかして、あっちの趣味が……っ。予想外だわ……』
『私はどっちも、って聞いたけど……』
『数多くの女性を妊娠させたた上に、ベルダー教師が本命だなんて……、どれだけ腐った人格をしているのかしら……っ!!』


この通り、どういう捻じれ方をしたらこうなるのか、と聞きたいくらいの変な噂が広まっていた。


その所為あって、今や自分達から寄って話を聞こうなどという生徒は数少なく、幸か不幸かそのおかげでアランは学院内を動き易くなったのだが。


「ま、人の噂もなんとやらって言うし、そのうちになんとかなるだろ」


「アルにぃ、楽天家」


「はっはっは、俺の数少ない長所だからな!   もっと褒めるがいい!」


「それ、褒めてないと思うけど……?」


高笑いをするアランを見て、呆れるようにセレナがため息を漏らした。


時刻は昼。アランとセレナ、ユリアの三人は、学院に隣接する食堂の二階テラスで、昼食を楽しんでいる。屋敷の朝食並みとは流石に言えないが、やはり帝国唯一の魔術を学ぶ学院である所為か、栄養バランスや彩り、味にこだわった食事が配膳される。


その中の一つ、ローストポークを丁寧に切りながらセレナは言った。


「それにしても、凄い人気ね。たかが帝国騎士の一人とか思ってたけど、予想以上だわ……」


「大方、お前のクラスメイトの誰かが、あの日の始終を喋っちまったんだろう。ついさっき散歩がてらベルダーにも会ってきたが、向こうも手一杯って感じだったな」


向こうはむしろ、ベルダーへ女性の愛し方を論ずる会が開かれていたという事は、敢えて言わない。


「ほんっと、この学院は噂ごとが好きなんだから……」


ここアルカドラ学院生の大半は、学院内にある寮住まいがほとんどだ。ゆえに学院外に出るのは年に五回程度しかあらず、外から来る情報には、時に金貨一枚ーー千エルド以上の価値すらあるのという(ユリア曰く)。


溢れたため息を飲み干すように、セレナは紅茶を飲む。昇った陽光が黄金色の髪を煌めかせ、その動作一つからとっても艶美さを感じるが、ユリアにやんわりと睨まれて慌てて目を逸らした。


そんな他愛も緊迫感もない時間が、なだらかに流れる。


すると。


「ここにいらしたんですか、アラン帝国騎士様」


アランから距離を取る生徒達の中から、鮮やかなとき色の長い髪をした少女がアランの元へと歩んで来た。その後ろには、見るからに彼女を慕っている少女が二人。


顔には見覚えがあった。この間の模倣戦の時もいたという事は、おそらくセレナと同じ学年のクラスメイトだろう。


「……えと、お前達は……」


「エリーカ=クーフェシア・ジャニールと申します。以後、お見知り置きを」


優雅にスカートの裾を上げると、見るからに作法を叩き込まれたようなお辞儀をする。


……ジャニール……あのジャニール家か。


ミドルネームは皇族であるオーディオルム家と、『六貴会ヘキサゴン』だけが所有する事を帝国の法律ーー帝国法で許可されている。リカルドの様に毛嫌いをして名乗らない者もいるが、彼女ーーエリーカの様に装飾品気分で名乗る者もいるのだ。


「……で、ジャニール家のご令嬢が、俺に何の用なわけ?」


だが、現在進行形で皇族セレナにさえ軽々しくタメ口で喋るアランが、いまさら貴族ごときで物怖じする事など当たり前のように無く、友人に話しかけるようなとても軽い口調でそう尋ねた。


「貴様、エリーカ様に何とご無礼な……っ」


それを気に召さなかったのか、薄緑色の短髪の少女が憤りを顔に表しながら前へと足を踏み出す。


「良いのよ、エフィナ」


「……っ、しかしーー」


「私は構いません。だから落ち着きなさい」


「……はい」


エリーカにさとされて、前のめっていた身を大人しく後ろに下げる。だがその眼光は不敬なアランを強く威圧していた。


「座っても宜しいですか?」


「お好きに」


では、と薄緑色の短髪の少女ーーエフィナに引いて貰った椅子に腰をかけ、アランに優しく微笑んだ。


「さて。私がアラン様にーー」


「『様』付けは嫌いなんだ。『さん』付けで我慢するからそれで頼む」


「分かりました……私がアランさんにお願いしたい事は一つ……」


一呼吸置いて、彼女は鮮明に言う。






「私の剣術指南をして頂きたいのです」






その声明を聞いた途端、テラスにいた生徒達からどよめきが起こる。それにはアランもセレナも眉をひそめた。


「……理由を、聞かせてもらえるか?」


アランは静かに問う。それにエリーカは首肯して言った。


「アランさんもご存知だとは思いますが、来月には学院式典の一つ、『魔剣祭レーヴァティン』が行われます。そのきたる式典の優勝のために、私はできる限りの事をしたいのです」


若い帝国騎士と学院生徒の魔術を含めた実力差は、安く見積もってもおよそ五倍の差がある。そんな彼らも出場するような式典で、生徒達が勝つ見込みはほんの僅かでしかない。


だからと言って、簡単に諦められるわけがない。そんな時、彼女エリーカの前に現れたのが、帝国騎士のみが着用を許された騎士服を纏ったアランだ。


「ベルダー教師にお聞きしました。貴方の戦い方はまるで『戦場に慣れた戦士の戦い方だ』と」


とても嬉しそうに話すエリーカに対して、その見解は見事に的を射ている、と言うべきだろうか。アランの背中から冷や汗が垂れる。横目でユリアを見ると、


ーー大丈夫?


やはりユリアは理解している。アランが隠している「事実」を。あえて同調して口をつぐんでいるようだ。


「……それにしても、なぜ俺なんだ?   ジャニール家の頼みとなれば、名乗りを挙げる騎士なんてごまんといるだろうに……」


アランもそんな事では動揺をせず、冷めた顔で話をあさっての方向に変えた。次はこっちの番だとでも言いたい風に。


「私の家も貴族とはいえ、オーディオルム家の後見人として選ばれた理由は、帝都外との繋がりが多かったゆえ。『六貴会』の中でもまだまだ若輩者で、帝国騎士様方との繋がりもあまり無いのですよ」


確かに、ジャニール家が表立って有名になったのは五年前の革命以後となる。それまでは帝都外周辺の村々を転々として財務を担ったり、備蓄の整理をしたりとやっている事はそこら辺の村長と何ら変わりの無いことだ。


だが、そうだからこそオーディオルムと五つの貴族は『六貴会』への参加に同意したのだろう。他貴族とオーディオルム家は帝都内に本拠を置くがゆえに、どうしても帝都外には疎く、その分よくない噂も数多く流れている。民の不満を受け止める、そのための旗となる人材を欲していたのだろう。


「……なら他の五貴族に申し頼めばいい。俺よりも腕の立つ騎士が、すっ飛んで来るだろうさ」


「私もそう父に頼みました。ですが駄目だと言われました。『他の貴族に頼むだなんて恥知らずな』と」


この場合の「恥知らず」は、「貴族に残してもらっただけでもありがたいのに、そんな手間を取らせるなんて恥知らず」の意味だろう。仕方がありませんね、とエリーカは苦い微笑み顔をアランに向ける。


「報酬なら幾らでも払います。この事については、父からも許可を頂いているので、額に限度はありません。……どうか、お願いできないでしょうか……?」


そのお願いに、再びテラスにいた生徒達からどよめきが起きる。それもそうだ。なにせエリーカは「額に限度はない」と言った。それはつまり、自身の貴族としての立場すら危うくなる事を覚悟していると、暗に言っているのと同価値なのだ。


……この子の父親はただの馬鹿か?


当然アランもその事には気が付いている。そして応答も既に決まっていた。


「無理だな。それは帝国法に違反する」


「……と、仰いますと?」


「帝国法第三条。『貴族は臣民の象徴として存在し、その存在を揺るがす人為的な行いは、役職に問わず万死に値する』だ。お前の発言に乗っかった時点で、俺とお前は死刑決定。ここには証人が大勢いるから、誤魔化しも効かない。そういう事はもっと考えてから言え」


高等部に入ったばかりの少女に言うような台詞ではないが、ここははっきりと言っておくべきだろうと、アランは真剣な眼差しでそう言った。


「……それに俺は、そこの人に既に雇われてるんでね。重複は無理な話だ」


「そこの人って、ちゃんと言いなさいよ……」


「はいはい、そこの金髪お嬢様ですよっと」


「だからちゃんと名前でーー」


「アルにぃとセレナは仲良し?」


「「断じて違う(わ)!!」」


「ハモらせてんじゃねえよ、この金髪我が儘女!」


「誰が我が儘女ですって!?」


ぎゃいぎゃいと口喧嘩をするセレナとアランを見て、ふふふ、とエリーカは口元を綻ばせた。あまりの自然な笑みに、二人の言い合いも止まる。


「どうも先を越されていたようですね。仕方がありません。悔しいですが、私はこれでーー」


交渉に負けてもなお、落ち着いた物腰で喋るエリーカに感嘆するアラン。静かに腰を上げ、椅子から立ち上がろうとするエリーカを見て、


……こういうヤツが、将来の帝国の柱になるんだろうなぁ。


ふけっていた。


だがそこに横槍が入る。


「ならいっその事、エリーカ様に鞍替えすれば良いではないですか」


さもそれが一番だとでも言いたそうに、エフィナが淡々と述べる。彼女はエリーカの椅子を強く掴み、無理やりにでもアランをエリーカのものにしようとしている風に見えた。


「報酬はそちらと同じで構いません。なんならそれよりも良い条件をお付けしてもいい。……どうです?   それならすんなりと変われるでしょう?」


「お前は交渉の場に着いていない。それにお前が出した要求を、エリーカがいつ飲むと言った?   エリーカも困惑している。つまりお前が勝手に決めた事だ。それじゃあ話にならん。帰れ」


「ならこういう条件ならいかがです?   貴方の傍付きとして、侍女を複数人ーー」


「困ったら色仕掛けか?   はっ、清々しいほどゲスい手段だな。そんなもんで俺が易々と釣れると思うな」


エフィナの提案を悉く切り捨てるアラン。だんだんと二人の顔が険悪になっていく。二人の微弱な魔力が衝突し合い、テーブルや椅子が微かに軋み始めた。


しかしそこで。


「止めなさい、エフィナ。これ以上は貴女でも許しませんよ?」


アランよりも強い怒気を孕んだ視線を、エリーカはエフィナにぶつける。


「し、しかし私はエリーカ様が認めた御仁が、無駄な人間の所為で易々と無駄な時間を浪費しているのが許せないのです!」


自分は悪くないと、婉曲的に子供のように訴えるエフィナ。だがエリーカの視線は鋭い。


「それを決めるのは貴女ではないでしょう?   私は交渉に負けた。それだけの事です」


「ぅぐ……っ」


反論したい。だが殺伐としたエリーカの視線が、エフィナの唇を縫い付けて開かせない。背中越しでも感じる、貴族だからこその威厳が、滲み出ているようだ。


「……ん?   そういや待てよ……」


だがそんな空気を断ち切ったのは、アランの一言だった。テーブルを囲う生徒達の目が一気にアランへと寄る。


「なあ、フィエナ。さっき『無駄な人間の所為で』云々と言ったが、その無駄な人間って……セレナのことか?」


「ええ、そうですけど……なにか?」


さも当たり前のように言うフィエナ。その目はあまりにも自信に溢れている。


……そういえば、フィエナが喋ってからセレナのやつ、なんにも喋ってないが……。


横目にセレナを見ると、どうも俯いて黙り込んでいる。どう見ても何かがおかしい。


……ここは状況でも整理するか。


「……出会ってから一週間も過ぎてない俺が言うのもなんだが、セレナがそこまで言われる事は無いと思うんだが?」


セレナは思っている事を余り表に出さず、自分で出来る事は内密にして、素直じゃなくて、呆れるくらいお人好しだが、フィエナの言うような「無駄な人間」の部類には入らないと自分の考えをぶつけるように、アランは遠回しに言う。


それを聞いて、「ほう?」とでも言いたそうにフィエナが眉を上げた。


「では貴方は、彼女がどれほど無能かをご存知なのですか?」


「……なに?」


「彼女は魔術理論に対する知識は豊富ですが、剣術と魔術はからきし下手。もしかすると中等部の子にも敵わないほどです。そんな彼女に『魔剣祭レーヴァティン』優勝候補の一人であるエリーカ様の可能性を、黙って摘まれるのは腹立たしいのですよ」


フィエナはセレナを侮蔑するような視線で睨みつけた。視線を感知したのか、セレナはビクッと体を震わせる。


だがアランやエリーカが動くよりも早く、その人物は異様な殺気を滲み出した。


「ねえ、アルにぃ……なんだかイライラする。殺っても良いかな……?」


顔はいつものように平静だが、今にも剣を抜きそうな気迫を辺りに漂わせている。親友としてやはりセレナの侮蔑は気に入らないのだろう。こういうユリアを見るのは珍しい事だ。


「こらこらユリア、買い物気分で簡単に『殺る』なんて言うんじゃありません。ほら、頭撫でてやるから大人しくしておけ」


「……うん、わかった」


そう言ってユリアはアランの膝の上に座り、アランも胸に頭を預けるユリアの頭を、動物を愛でるように優しく撫でる。昔は感情を表に出しにくかったユリアが、こうも友人のために憤るのを見て、少し安心した。


……なるほどねぇ。


そこでようやく、アランは全てを察する。


セレナの虚弱さは既に周知されており、それゆえ今さら剣術や魔術を磨いたところで来月の学院式典には間に合わないから、セレナではなくエリーカの剣術指南をした方が後にメリットがある、という事だ。


確かに「帝国騎士」としてはその方が良いだろう。自分の教え子が大規模な式典で名を馳せたという事が知れ渡れば、ゆくゆくは自分の名声も上がるというもの。


だがそれは「帝国騎士」であるという事が大前提。残念ながら、アランは「一般市民」だ。そんな物には目は眩まない。


「それにしても優勝候補か。てことはユリアのライバルって事になるのか」


「ええ。おそらく今式典で最も障害となるのがユリアさんでしょう。そのためにもエリーカ様はより腕を磨かなければならないのです」


「……よし、じゃあ良い機会だしな」


「ご決断頂きましたか?」


「いーや。そんなめんどい事は後に考えるとして……セレナ」


「……なによ?」


俯いていたセレナを呼ぶと、どういう訳か膨れっ面をこちらに向けてきた。


「何が不満なのかは後に聞くとして。この際良い機会だから、エリーカと模倣戦しろ」


「……………はぁッ!?」


予想通りの反応がやって来た。


「この際思い切って剣術のみにしよう。魔力による身体強化も無しだ」


「ちょっ、そんなの無理に決まってるじゃない!!」


唐突に進められる話に驚愕するセレナ。するとセレナの代わりにユリアがアランの袖を引っ張りながら言った。


「アルにぃ、それはちょっと無理がある」


「そんな事は百も承知だ。俺は単純に二人の現段階の実力を見ておきたいだけだからな」


「……こんな事言うのは、友達としてちょっと嫌だけど……それだと最初から話にならない」


「だからそれは百も承知だってーー」


「そういう事じゃなくて」


首を横に振って否定するユリア。ふんわりと漂うオーデコロンの香りがアランの鼻腔をくすぐった。危うく義妹に欲情してしまうところだ。


一息置いて。


「じゃあ、どういう事なんだよ……?」


アランがそう尋ねると、ユリアはそっとアランの耳元に口を近づけて、






「セレナ、身体強化が無いと、剣も持てない」






一時、思考が停止した。十秒ほどして帰ってきたそれをゆっくりと受け止め、一旦落ち着くために深呼吸をする。


……なるほどね。


ユリアが心配する意味が分かった。「話にならない」というのはそういう意味か。


ふぅと息を吐いて、アランは空を見上げる。今日も昨日と変わらず快晴だ。しばらくは雨には見舞われないだろう。


……さて、どうしたものか。


一方は今式典の優勝候補の一人。片やこちらは身体強化が無ければ剣すら持ち上げられないひ弱な少女。どう考えても負ける未来しか考えられない。では身体強化を含めて模倣戦をさせるか?   いや、それでは単純な剣の腕を知る事が出来ない。


「……詰んでるなぁ……」


笑うことすらできない自分の顔を天へと向けながら、アランは今まで神妙に考えていた自分が馬鹿馬鹿しく感じて、空へと大きくため息を漏らすのであった。





結局、模倣戦はした。結果は考える事もなく惨敗だ。


「しっかし、あれは無いわー」


「し、仕方がないじゃない……力仕事なんてした事ないんだもの」


「セレナ、剣持った時足がプルプルしてた。なんか小鹿みたいだった」


「ユリアまで……」


学院を出て帰宅する三人。しかし夕日を浴びて伸びる影は二つ。


理由は簡単、アランがセレナをおぶっているからだ。


模倣戦とはいえ体を酷使させたのは事実。筋力がないセレナは比較にならないほど疲弊しており、今では立つ事すら儘ならない。


「でも、アルにぃ。本当にあれで良かったの?」


「そうよ。貴方なら別に向こうで働いても良かったんじゃないの?   こっちよりも好条件で迎えてくれるって言っていたし……」


そう、アランは結局セレナを選んだ。理由は以外と単純で。


「だから俺は、あのフィエナとかいう女が嫌いなんだよ。犬猿の仲みたいな?   あいつと近くにいるとイライラして堪らん」


フィエナは模倣戦中、口を開くと「エリーカ様は……」「エリーカ様は……」「エリーカ様は……」ばかり。五分にも満たなかった模倣戦中に、彼女はおそらく二十はエリーカの武勇伝を語っただろう。


その実力を知るために模倣戦を行っているというのに彼女はアランの視界を邪魔し、大声で叫び、魔術で阻害すらしてくる様だ。あの場にあれ以上いたら自我の崩壊でも起こして、辺り一面を破壊していたかもしれない。


「まあ、なんにせよ。これでお前の剣術指南役は俺に決まったわけだが……セレナ、むしろ聞くがお前はそれで良いのか?   今からでもリカルドに頼んでもっと腕の立つヤツに替えてもらうって手段もーー」


「良いのよ貴方で」


アランの言葉を遮るようにしてセレナは言った。


「あの伝説の騎士、リカルド=グローバルトが紹介してくれた騎士よ?   それが雑魚なはずがないもの。ま、期待しているから」


下ろして良いわよ、とセレナに言われてアランはゆっくりと腰を下ろしてセレナを離した。少しぐらつくも、セレナはしっかりと立つ。その顔はやる気と信頼に満ち溢れていた。


……やる気だねぇ。


対してアランはとても冷めていた。なにせ、基礎の基礎から鍛え直さなければならないレベルだとは、思ってもいなかったからだ。剣を持てるくらいの筋力など、初等部の高学年ですら普通にある。それなのに今でも筋力が足りないとなるとかなりの箱入り娘か、それともただの魔術馬鹿か。


「ま、そこんとこは屋敷に帰ってから考えるとしますか」


「そうね。ん〜……っ、私も今日はヘトヘトだから課題は明日にでもまとめてしようかしら……」


そういえば明日からは休みだ。となると、やる事も少し増えるわけで。ユリアにもしばらく会えそうにーー


「……ねぇ、セレナ。今度遊びに行ってもいい?」


ーーと、そんなユリアが唐突に言った。セレナの制服の袖を掴んで、秘術『愛くるしいおねだり』である。魔力なんて使っていないのに、その術には誰も逆らえない。


というわけで。


「ま、まあ良いんじゃないの?   でも来るときはちゃんと連絡くらい頂戴ね。歓迎はきちんとしたいし」


「ん。分かった」


「おい待て。なんでユリアは歓迎するのに俺には何にも無いんだよ。イジメか、これは皇族のイジメなのか!?」


「うるさいわね……。だったらユリアが来たその日についでに歓迎してあげるわよ」


「うわー、すっげぇ雑いなあ、おい!」


「大丈夫だよ、アルにぃ。セレナ、こう見えて実はツンデレだから」


「ちょっ、ユリア!?」


唐突の親友の裏事情カミングアウトに、セレナは顔を赤くして肩を掴む。


「へー、ツンデレねー」


「あと実は、ちょっとエッチだったりする」


「ユリアさん!?   なに勝手な事いってーー」


「あ、そういえば初めて会った時も確かネグリジェーーーーー」





その日の夕方、街を巡回していた帝国騎士複数名は、茜色の空に舞い上がる焦げた物体を、ただ呆然と眺めていた。

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