香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 156

 オレなんて、そりゃあ井藤の盛大にやらかした事件当日は物凄く驚いたし、香川教授の手が震えている状態が止まらない――外科医としては致命的だけれど、教授だって外科医である前に一人の人間には違いないので、そういう反応も尤もだと思った――という田中先生の連絡には絶望的な思いがしたのも確かだった。
 黒木准教授が普段とは全く違う鬼のような形相で医局に来ては善後策を伝えたり、三分おきに掛けてきているんじゃないか?の斉藤病院長の電話を――しかも用件は壊れたCDみたいに同じことの繰り返しというのが人間的に痛いなとは内心思った――イライラを隠さない表情で受けているのとかをただハラハラと見ているだけだったんだけど。
 普段は黒木准教授よりも穏やかで温和な遠藤先生がキレて「脳外科に討ち入りだ!」とか言っていた時には気を失うかと思うくらいに驚いた。
 現在の人間は頭部に損傷が加わった時とか、身体のどっかが痛くて神経が耐えられないと判断した時くらいしか気絶はしない。ちなみに、女性が出産の時に感じる痛みのレベルは男性ならとっくに気を失っているらしい。それを思うと、女性って凄いんだなって思ってしまう。
 目の前でアクアマリンの清浄な光のような笑みを浮かべている岡田看護師も、「オレの!赤ちゃん!」を産んでくれるかもしれないんだな、と早すぎる想像というか妄想に近い連想まで浮かべてしまった。
 いけないいけない!話を遮らずに聞いて、そしてちゃんとした会話を成立させるのが鉄則とか田中先生も言っていた。
 その田中先生はずっと教授に付きっきりだったし、事件の三日後の月曜日に香川教授の指が震えることはなくて普段通りに動いた時には躍り上がるほど嬉しかった。
 結果が良かったら全てラッキー!とか思ってしまっていたオレだったが、田中先生は大雑把そうに見えて実は完璧主義者だ。
 まあ、外科医なんだから完璧主義でなければ務まらないのも確かなんだけど、救急救命室では患者さんが搬送されて来た時には目の覚めるほど素晴らしい仕事振りではある。だけれど、凪の時間とかにはさっさとどっかに消えてしまって、次のサイレンの音で戻ってくるとかいう要領の良さも持っている。そして救急救命室直属の先生達が誰も逆らえない杉田師長にも割と言い返したりしているし。
 そんな田中先生を見ていると「夏の事件」の後遺症なんて思ってもいなかったので本当に吃驚びっくりした。
 そして。

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