香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 150

「何だか、香川教授の執務室なら、違った意味で怖いと思います。
 けれど……」
 アクアマリン姫は適切な言葉を探すようにピンク色の綺麗な唇をいったん閉じている。
 唇の端に少しだけ付いている生クリームが逆に可愛くて、ドキドキしてしまった。
 このまま――田中先生特製のデートマニュアルが絶対に効くと思うので、その点は滅茶苦茶心強い――付き合うことにでもなれば、「初めてのチュウ♡」も出来るハズで、この綺麗な唇にオレの唇が重なったらと妄想するだけで、心臓が破裂しそうだった。
 「初めてのキスはレモンの味」とかって何かで読んだ気もするけど、岡田看護師の場合は淡いイチゴの味のような気もする。、
 いやいやいや!!そんな未来のことを考えると心臓が保たないような気がしたので、違うことを考えよう!!香川教授の執務室には入局の挨拶の時に呼ばれたことがあったけど、それ以降は行っていない。
 でも、呼ばれるのは物凄く怖いのも確かだった。
 雲の上に呼び出されると思っただけで、岡田看護師のことを考えている時とは違った意味で心臓が破裂しそうになる。
 そんな冷たい手で心臓を鷲掴わしづかみにされるようなおっかないコトは絶対に嫌だった。
「香川教授の執務室は、きっと想像通りだと思いますよ。アカデミックな静謐さが漂う、本当にキチンと整頓されていました。それに家具も適度に古びて――というか、由緒のある神社とかお寺の佇まいみたいな感じでしたし。
 まあ、一度しか行ったことはないですし、次回呼び出される時は叱責だと思うので行きたいとも思いませんが、でも神社仏閣を観光しに行くようなフラットな気分で行くのなら、また行きたいかもです……」
 嫌なのは、あの重厚感漂う室内で「叱責」されることダケだったのも事実だ。
 同級生とかには「外科医は荒っぽいので苦手」とか言う人もいたけれど、香川教授は全くそんなことはないし、むしろ怒ったトコとかは想像出来ない。
 普段から静謐な表情を端整な顔に――天は二物を与えたってカンジだ――浮かべているだけのような気がする。まあ、教授だって人間だから、時には怒る時もあるのだろうけど、全く想像出来ないというか。
「戸田教授の部屋は、もうぐちゃぐちゃで、どうやったらあんなに乱雑になるんだろう?って白河教授が呆れていました。
 ただ、めったやたらに積んである書類とか本とかも、戸田前教授『だけ』にはキチンと分かるらしくって……」
 え?と思った。

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