香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 91

「教授が学生時代にボランティアとして救急救命室に加わっていたことはご存じですか?」
 初耳だった。そりゃあ、教授の性格からして優れた医師になるための勉強として救急救命室に行ったというのは納得だったが。オレは香川教授の手技を見るために時間を惜しんで手術室が見下ろせるモニタールームに入り浸っていたのと同じ心理だろう、大雑把な括りだったけど。
 そしてその時にモニタールームを野球かサッカーの観戦でもしているように傍若無人の大騒ぎをしている「手術室の悪魔」こと桜木先生の存在を知った。名前とあだ名は後になってから知ったのだけれど。
 医療人としてあってはならない「道具出しのタイミングがおかしい!」と盛んにブーイングを飛ばしていて、あんな秒単位のことまで分かるんだ……と感心しながら聞いていた。そして桜木先生がヤジを飛ばす度に注意して見るようになった。そうしたら確かに一拍だけタイミングをワザとずらしているのではないかとオレも思えてきた。その後、田中先生がオレにまで証言を求めて来たのでありのままを答えた。
 まあ、それが医局に入局出来た遠因かもしれないが……。でもそうは思いたくない。なんだかコネ入局みたいなので。
 ただ、香川教授は穏やかで温和そうな端正な雰囲気をまとっている人だけれど、手技に関しては徹底した合理主義者だ。だから、手術スタッフに向いていないと判断されると容赦なく外されてしまう。
 そのリストにほぼ常連のように載っているオレなので、シンプルに実力だけを見て貰えたんだなと思っている。それに、あんなに医師として完璧に見える香川教授もコミュニケーションに自信がないらしい。だからそういう意味でも医局の役に立っていると思いたい。研修医なので指導医の先生と病室を回ることの方が多いけれど、それ以外にも気になる患者さんのところに顔を出すようにしている。そしたら、患者さんが大福もちとかお団子などを呉れることもしょっちゅうだ。「孫を見ているみたいだ」とか言って下さっているのも誉め言葉の積りだろう。だからオレなりに医局に貢献していると信じたい。
「え?そうなのですか……。何やらそんなウワサをちらっと耳に挟んだことはありますが」
 田中先生は唇には笑みを、そして眉間には負けん気の強さをみなぎらせている感じだったのも印象的だった。
「あの人は医療行為こそ出来ないものの、杉田師長もーー当時は苗字が違いましたがーー目を見張るくらいのベッドコントロールとか、空いた空間にも患者さんを入れて治療を行うというリーダーシップまで培っていたそうです。もちろん、ご自分では医療行為は出来ないので、現役の医師に対しても口だけで的確な指示を与えていたそうです」
 なるほど。

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