香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 75

 畏れ多くもかしこくも香川教授まで巻き込んでしまうということなんだろうな。
 田中先生はこの医局では一介の医局員だけれども「影の医局の長」だとか「香川教授の懐刀ふところがたな」として密かに恐れられているし、その上オレも目撃者と証言した教授が凱旋帰国した直後の医局騒動の速やかな収束の最大の協力者だったことも有ってか、香川教授と親しく話せる人でもあるけれど、香川教授がウチの拙宅にご降臨とかは両親はどうして良いか分からずに右往左往しかしないような気がする。
 お父さんなんて「香川教授がウチにいらして下さるんだって、さ」とか言ったら、禁煙パイポに火を点けて燃やしてしまうとか、椅子から落っこちるほどの驚愕振りを見せるだろうし。
 ああ、そういえば想定外の出来事に物凄く弱いオレだったけれど、もしかしなくてもお父さんの遺伝のような気がしてきた。
「香川に――いや、香川教授に何を頼むんだ?そりゃあ、久米先生のお父さんに会って説得するとかするなら効果的だろうが……。
 教授は医学用語とか手術の説明こそ得意だし、患者さんやご家族の信頼を――前評判がなくても――5分程度で勝ち取ってしまうのは事実だが、その他の説得とかは苦手だろ?しかも香川……教授は独身だ。
 これが既婚者だったら『御嬢さんを私に下さい。必ず幸せにしますから』的なテンプレだけじゃなくって、ある程度の会話も経験済みだから良いだろうが。
 久米先生の入局が決まったのも――大学の成績が良かったことと、黒木准教授の推薦が有ったことも確かだが――決め手になったのは『本日の日経平均株価』を聞かれて、知らないと正直に言った後に、野球の話しで会話を続けられた点だ。
 それもこれも香川教授が最も苦手にしているコミュニュケーション能力の高さを久米先生が持っていたからだが、逆を言えば『お付き合いを許して貰えますか』的な話しが出来るとは思えないな……」
 柏木先生の口調は決して馬鹿にしているとか見下しているとかいう感じではなくて、元同級生の短所を案じているような雰囲気だった。
「それは分かっています。教授にそんなご足労もかけられないので、柏木先生の奥さんに直接言って貰おうかなと。
 香川教授から『看護師の地位向上のためにも、そしてさらにうら若き看護師が愛人候補ではなくて、れっきとした恋人とか婚約者として扱われるような風潮を病院内に作り出したいのです。そのためにお力をお貸し願えませんか』みたいなことを、手術控室で――ああ、柏木先生も同席して下さいね。二人きりだとあらぬウワサを立てられるのは困りますので――言って貰うだけなのですが」
 それって。

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