香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 72

「病院一の激務の医師」とウワサに高い田中先生ーーウワサではなく本当だということは身近に居るオレには良く分かる。主治医として患者さんと話していたかと思うと医局で電子カルテを作成して、その後姿が見えないな!と思っているとーー何しろ背が高いのでよく目立つし、快活そうな声も医局に響いているんだからーー「Aiセンターから戻りました!」と報告が有った後に患者さんのムンテラに入るとか本当に目まぐるしく働いている。そして夜は救急救命室で「あの」杉田師長も感心させるほどの腕前を見せるのだから。
 疲労度もハンパないと思うのだけれど、目の下にクマなんか作った姿を見たことがないし、お肌もツヤツヤだ。
 もともとが元気な人なのだろうけど、私生活で綺麗で才女の彼女さんと過ごす時間が良い刺激と癒しになっているのかも知れないなと思う。もともと商社レディはーーこのご時世にそんな情報は表ざたになっていないんだけどーー将来海外勤務が当たり前の男性社員の良き配偶者になって夫への内助の功を立派に果たせる女性が優先して採用されるというウワサを聞いたことがある。
 だから、田中先生の彼女さんも仕事も出来る上に、そういう男性を奮起させる能力も持ち合わせているに違いない。
「アクアマリン姫の件でご両親の反対があるそうです。
 お父様は医局内での出世をお望みでして。何でも実家を継ぐという理由で退職する時には医局である程度出世していないと教授の名前入り時計が貰えないとか」
 田中先生の彼女さんのことをぶんやりと考えていたら柏木先生にテキパキと説明している。
「ああ、それは有るな。香川……教授になってから一人もそういう退職者が出ていないので田中先生は知らないのも無理はないが。ただの転職の場合は時計すら贈られないので」
 柏木先生の歯切れの悪さは一個には香川教授と同級生だった時に呼びなれていた名前に「教授」をつけるのをついつい忘れてしまうからだっただろうし、最後の方のは医局内騒動のーーオレも手術妨害を証言したヤツだーー首謀者が医局から辞めざるを得なくなって転院したという話は聞いていた。
 どこの病院に行ったかまでは知らないけれど、出身大学の時計を飾るのは開業医だけで、公立・私立を問わず総合病院の診察室に時計を飾るようなことはないらしい。
「一介の医局員が辞める場合は『心臓外科有志一同』とか『同窓生一同』と彫るのが一般的だと聞いている」
 お父さんの言った通りだった。
「久米先生の場合はほぼ間違いなく出世しそうですので……。教授の覚えもめでたいですし。だから『香川教授』の名前入りの時計になると思われます」
 柏木先生も同感だという感じに頷いてくれた。
 すると。

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