香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 67

「え?それは初耳ですが……。久米先生、病院内で出世するまでもなく最も簡単な方法が有りますよ。
 それは、出世する、しないに関わらずお父様のクリニックを継ぐために退職する時に教授に切実かつ誠実にお願いして、名前入りの時計を作って貰えれば良いのではないかと。
 多分ですが、教授もそういう医局の慣習めいたモノに対して私以上にご存知ないと思われます」
 ああ!その手が有ったか!!と目からウロコだった。生粋の病院育ちだったら准教授から教授に上がるのが普通なので、当然辞める医局員も見送っているだろう。しかし、香川教授は星雲の志を抱いてアメリカに単身渡って――何だか外科医らしくない穏やかな普段の雰囲気とそぐわないような気もしたけれども――成功を手中にしたという輝かしい過去を持っている。
 ただ、逆に言えば病院内の古びた伝統を知らないのも充分頷ける話だった。まあ、その時が来れば多分黒木准教授辺りに聞くだろうけれど。
「いやぁ……確かに患者さんとか同業者、製薬会社の営業さんとかには田中先生の秀逸なアイデアは効果的だと思いますが、父は納得しないでしょうね。あ、言い忘れていましたが、ウチの父も母校はココです。内科でしたが。だから医局制度にも明るいのです。
 ズルをして貰った時計だということが直ぐにバレてしまいます……」
 田中先生は珍しく、少しだけ逡巡した感じの曖昧な表情を浮かべている。
「……ここだけの話、久米先生は出世すると睨んでいます。教授のお年がお年なので、次の教授選は何十年後の話しにはなると思いますが……」
 香川教授が国公立大学医学部の教授としては最年少だということも知っている。だから、年功序列的に上がっていく――とんでもないことをやらかさない限りは――大学病院の中で「次の心臓外科教授」はまだ小学生になっているかいないかという感じはする。
 ただ、香川教授の場合は病院内政治ではなくて――そういうのは絶対に田中先生の方が向いている――実力で口うるさいとウワサの教授達も黙らせてきた。
 ただ、オレのことを田中先生が買ってくれているのは正直びっくりしたけれど。
「え?本当ですか……。それはとても嬉しいです!!」
 病院内の通路だったけれども、思わずスキップしたくなった。ただ、そんなことを仕出かさないだけの思慮分別は持ち合わせている、一応。
「それはともかく、医局内の下馬評では久米先生が将来の有力株であることと、アクアマリン姫を配偶者にしてもそれが何のデメリットももたらさないという点をご両親に伝えれば大丈夫だと思います」 
 そして。

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