香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 54

 スリッパの音がバタバタと聞こえてきた。普段のお母さんは決してこんな足音は立てないのだけれど、かなり逆上しているのがアリアリと分かってしまう。
「一方的に電話番号を書いた紙切れを車の中に置かれただけで……。誓ってやましいことはしていない。
 それなのにあれだけ怒るのだから……」
 お父さんはがっくりといった感じで肩を落としている。
 病院内では「頼りない」とか「もっと堂々とした方が良いですよ。年齢・職階はともかくとして腕は確かです。それは私が保障します」とか柏木先生と田中先生に言われているオレだったが、一応は社会人だし男同士なのだから、お父さんも「過去に浮気をした」程度は打ち明けてくれるような気がした。もともとそんなに隠し事をする人でもなかったので。
 それが一切ないということは本当にナースに「悩み事」のアドバイスをしただけで、その後「善意」で車に乗せたのだろう。
 オレに相談事を持ちかけてくるナースは居ないので――そういう悩みがある人は多分田中先生に相談した方が的確なアドバイスが貰えるとか思っていそうだ、しかも正解だ――想像するしかないけれど、もし車を持っていて通勤に使っているのであれば家まで送ると言うのが一般的なような気がする。
 だからお父さんのしたことがそんなに悪いコトとも思えない。
 バーン!という物凄い音を立ててドアが開かれた。
 ネイルサロンで綺麗かつ上品な色と模様に塗ってもらった爪が印象的なお母さんの手には数通の白くて高そうな封筒が4通ほど有った。
「これだけ良いお話を頂いているのよ!!
 大学病院に就職も決まって、前途洋洋なご子息様にって。中を見て頂戴!!」
 ロー・テーブルの上に四通の封筒が並んだ。ただ、お母さんの手つきだと何だか時代劇の「果たし状」みたいな感じだったけれど。
 その勢いと鬼のような形相にビビって一通の封筒を取って中を見た。
 女子アナっぽい感じの美人さんのスナップ写真がまず目に入った。いや、女子アナというよりもポーズを取った女優さんといった雰囲気だった。
「お綺麗なお嬢さんでしょう?『釣り書き』もちゃんと見て貰って良いかしら」
 まあ、綺麗なのは間違いがない。けれども何だか皇室の女性のような感じの近寄りがたさとか、女優さんのように気取ったポーズで写真に収まっている点がもやっとした気持ちになってしまう。
 便箋を見ると、関西では有名なお嬢様学校に小学校から大学まで通っていたこととかお父様が開業医でお母様が専業主婦――こっちはウチと同じだ。
「趣味はハープ演奏……」
 確かこういう楽器は皇室のどなただか忘れたけれど趣味になさっていたような気がする。
「ピアノやバイオリンならともかくハープなんて、オレには高尚過ぎるんじゃ……」
 すると。

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