香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 35

 普段は(本当に人間かよ?)と思ってしまうほど、夜勤が続いても肌がつやつやスベスベで血色も物凄く良い人なのに、目の下に微かなクマを見つけてしまった。
 淡々とした感じで指を素早く動かしている田中先生は本当に課せられたノルマを果たそうとしている残業中の企業戦士みたいだった。もともとナースとかが騒ぐのも納得の整った顔だけに、目の下のかげりも含めて魅力的だったけれども。
「田中先生、お疲れ様です」
 快活さを装って声を掛けた。だって、オレのUSBメモリが刺さっているということはデートの台本作成中なわけで、つまりは背負い込まなくても良いノルマをこなしているのだから。
「ああ、驚きました。久米先生に見つけられるとは……」
 缶コーヒーを差し出すと、間近に見る田中先生の顔にはやはり隠しきれない翳りがくっきりと刻まれていた。
 ただ、オレに気付いた田中先生は表情が快活さを増した感じで、よくよく見ないと分からないが。
「杉田師長に伺ったらここかもと言われまして……。お邪魔でしたか?」
 冷たい印象を与えるキッパリとした唇が苦笑の形に上がった。
「いえ、ここは公共の場所なので――いや、ドリンクとかタバコを買うという不文律は有りますが――大丈夫ですよ。
 ああ、ちょうどコーヒーを買いに立とうと思った時だったので助かります。久米先生はお使いの途中ですか?上がっても良い時間なのに、杉田師長は容赦ないですからね。
 この台本なのですが、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
 PCの画面をこちらの方へと向けてくれた。びっしりと文字が入力されていて驚いてしまった。
 しかもごくごく自然な言葉ながらも女性の喜びそうな――と言ってもオレが比較対象出来るのは恋愛シュミレーションゲームの登場人物を攻略する時のセリフ選び画面しかないけれど――心遣いに満ちた言葉の羅列だった。
「わぁ!有り難うございます!」
 スクロールしても画面がどんどん下に行くという「大作」に心の底からお礼を言った。
「いえいえ、アクアマリン姫を紹介したのは私ですし、久米先生がコケたら私にも類が及びますから、ね」
 田中先生は何でもなさそうに言ってくれたけど、そしてあんなに綺麗な人とデート出来るのは本当に光栄だったけれどもそれはオレだけの問題で、田中先生には一ナースに過ぎないし、あんなにもモテる人だから岡田さんの気持ちなんて田中先生にはどうでも良い問題だろう。
 それなのに。

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