香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 11

「田中先生の彼女さんを、師長はご覧になったことが有るのですか?」
 普段なら、畏れ多いこともあって――雲の上の人という意味では香川教授の方が遥かに上だが、体育会系気質の人間が多い外科なのに、教授は温和で冷静なので声を荒げたこととはなかったし、それどころか怒った表情すら見たことがないのでその意味では怖くない。
ただ、手術スタッフに向いていないと判断されると、名簿に載らなくなるのでそっちの恐怖は有るが――杉田師長とこんな会話を交わすことはなかったが、こんな細いヒールを履くという恐怖の体験を少しでも先に引き伸ばすためと、謎のベールで包まれた田中先生の彼女のことが知りたいという好奇心が抑えきれずに聞いてしまった。
「ええ、それはあるわね……」
 田中先生は珍しく――オレの見間違いでなければ――何となく怯えた感じというか息を殺したような眼差しで杉田師長を見ていた。
「どんな女性ですか?滅茶苦茶目の肥えた田中先生が大好きになるほど綺麗な人なのですよね?」
 杉田師長はどことなく可笑しそうな感じに頬を緩めている。
「そうねぇ。綺麗で上品でスタイルも良い上に博識で……そして感情の起伏が殆んどない――ああ、この辺りは私とはゼンゼン違うわね――ウチの主人も絶賛するような素敵な人だわね」
 容赦ない突っ込みを入れることでも有名な杉田師長すらもそんな風に感じる女性というのはさぞかし素晴らしいのだろう。
 何でも、男性と女性では見る目が異なるというか、男性に好かれている女性が、同性に嫌われている場合も割と有るらしいのは知っていた。
 それなのに田中先生の彼女さんは、同性の杉田師長にも、そして病院長御用達の弁護士さんでもあるご主人にも絶賛されているらしい。
 柏木先生も田中先生の彼女についてはオレと同じ程度しか知っていないので、杉田師長の言葉を興味深そうに黙って聞いていた。
「いや、人の恋人を褒めても……何も出ませんよ。
 それに、久米先生は話しを逸らして姑息な時間稼ぎを企んであわよくば救急搬送にぶつかって欲しいとか思ってそうですよね」
 どこか安堵した感じの田中先生は容赦なく話を元に戻してきた。
「ほら、片方ずつ履いて下さい。万が一に――いや、久米先生の場合、確率はケタが異なるほど高いような気もしますが――備えて肩は貸しますので、掴まって履いて下さい。
 そうそう、良い感じですね」
 恐る恐るハイヒールだかピンヒールだかのサンダルに足を入れてみた。両手は田中先生の肩にしっかりと掴まったまま。
 すると。

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