香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 「夏事件」の後 7

「あのう、これを履いてこけたら……。女装趣味まで疑われますよね。オタク趣味は自覚していますが、それに女装趣味の濡れ衣まで着せられるのは嫌ですっ!!」
 必死に言い募って何とか逃れようとした。
「久米先生、唐揚げを口から飛ばさないでくれないか?汚いし、こちらの食欲まで減退する……。せっかくの休憩時間が台無しだ」
 柏木先生がワザとらしい感じで眉を顰めているが、頬が嬉しそうに動いているのを見逃すオレではない。
「大丈夫ですよ。転倒しかけたらきちんと受け止めます。私の反射神経の良さはご存知でしょう。
 それに、柏木先生だって、私ほどではありませんが見事な反射神経の持ち主です。二人が満を持して控えていますので、絶対に大丈夫です」
 田中先生の反射神経の良さは、確かに素晴らしい。台の上に置いてあったタブレットが、杉田師長が思いっきりぶつかった振動で落ちたかと思うと空中で受け止めたという武勇伝の持ち主だ。
「いや、お二人の反射神経の良さは素晴らしいと知っています……。
 あ、オレの体重をこのシンデレラもびっくりの華奢な靴が支えきれずに壊してしまったらどうするんですか?研修医の薄給では絶対に弁償出来ませんよっ!!」
 田中先生が口角をキュッと上げて皮肉な笑みを浮かべている。
「長岡先生の金銭に関しての鷹揚さをご存知ないのですか?
 専門書を部屋の中から探すのが面倒だからという理由だけで、数冊買ってしまうほどです。そして『要らないから』と私に下さいましたよ。ざっと20冊くらい……。
 この靴が幾らするかは存じませんが、書店で5万円以上する内科の専門書を20冊もポンとくれる女性なので、微々たる金額でしょう、きっと。だから壊してしまっても笑って許してくれるでしょう。本当に大切にしているならば病院の個室に置きっぱなしにしないでしょうし」
 口の達者さも田中先生には敵わない。ただ、長岡先生がお金持ちかつそれほど物に執着がないのはオレも知っている。
 一度、内科医の見解を聞きたくて相談に伺った時に要点を書いた付箋紙を、その一枚だけではなくて一塊貰った。そしてそこにはお母さんも愛して止まないフランスの老舗かつ高級ブランドのロゴが――何をトチ狂ってこんなものを商品化したのかはナゾだ――。
 残りをお母さんに上げたら「これ、一セット5千円よ!」と物凄く喜んでくれた。
 いや、その件はもうどうでも良い。
「えと、これ素足で履くんですよね。オレは水虫持ちですし、伝染りますよ?」
 水虫持ちなのは――内緒にしていたが――本当だ。田中先生は更に可笑しそうな感じで片頬を上げている。
「爪ですよね?患部は。その他にそのような症状は見当たりませんでした。久米先生が仮眠中に確かめたので確かです。そのサンダルのような靴を共有したって大丈夫です」
 げっ!いつ確かめられたのだろう。全く記憶にない。というか、いくらプライバシーの概念の無い救急救命室の控室で爆睡していたオレの身体検査までされていたとは。
 まあ、暇を持て余した田中先生は色々なイタズラを仕掛けてくるのは知っていたけれど。
 うう!!万事窮す!!だ。

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