香川外科の愉快な仲間たち
久米先生編 28
「研修医、しかも入局一日目から教授に直々に声を掛けられての昼食という物凄く緊張している点を差し引いて考えて貰えればと思います。
ウチはまだまだ権威主義なところが残っていますよね。ドラマ『白い巨塔』ほどではないにしろ、教授職というのは雲の上の存在で……。
久米先生も今、まさに雲の上に居るような気持ちなのだと察しますが如何ですか?」
田中先生が取り成すように言ってくださった。やっぱりこの先生はとても頼りになるのだなあと心の底から思ってしまう。
「その通りです。この『瓢亭 本店』の豪華なお弁当も、全く味が分からないほど緊張しています。本当はこのお店の味が大好きなのですが……」
大好きというか父母に時々連れて行って貰っていたので自然と馴染んだだけで、実際はミスタードーナッツとかマクドの――関西人はマックとは言わない――方が好きなことは内緒にしておこう。
「ここはひとつ大目に見た方が良いと思いますよ。
救急救命室では、医師などものともしない名物師長が怒鳴り散らして采配を揮っていますが、ナースに指図されるのは大丈夫ですか?」
田中先生が広い肩を竦めてそう言ってくれた。
「それは平気だと思います。何しろナースのお仕事も道を極められた方は凄いと単純に思いますし……。学歴とか医師免許とかは関係ないと考えます。今は経験を積んで、突発時にどれだけの動きが出来るかを訓練したいと思っていますので、看護師ではなくて付き添い婦さんでも――この病院では居ないようですが――学べる人からは学びたいですし。田中先生のように、臨機応変さというかその場その場で状況を見て最善の道を探し出す能力に欠けていることは承知していますので」
香川教授の手術中に患者さんが亡くなったというケースが一件だけ有って、その死因が術死ではなかったことを突き止めたのは田中先生だということは周知の事実だった。
それも病理解剖に回すことなしにというある意味画期的な方法で、だった。
オレはそういう乱世に強いタイプではないことも分かっていたので、コツコツ経験を積んで自分を高めるしかない。
二人とも「ほほう」といった感じでオレを見ているのが何だかこそばゆい感じだった。
「分かりました。では、救急救命室への派遣も承知して下さるのですね。
派遣とはいえ、二局を兼務するというのは体力的にきついモノがありますが、どうか宜しくお願いします」
実家暮らし――つまり家賃とか衣食住は全て両親が負担してくれるということだ――のオレは恵まれている方だと思う。家が裕福でないとか兄弟が多いとか実家が遠いとかの理由で仕送りがないとか少なすぎる人も存在する。そういう人は大学病院の休みの日にアルバイトとしてどこかのクリニックに勤務するという過酷さも聞いている。
それに比べるとオレなんかは恵まれている方だろう。
「はい。未だ右も左も……そして上下すらも分からないオ……私ですが、なるべく早く田中先生のような医師になりますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」
黒木准教授に気に入られているという感触は確かに持ってはいた。ただ、それはあくまでも「学生として」のオレなのでこれからは医師としてのオレになりたいと、早く一人前の業務をこなせるようにならないとな!と自然と背筋が伸びた。
「田中先生、久米先生のフォローの件、宜しくお願いします」
教授らしくない腰の低さと、そして外科医らしくない温和かつ怜悧な感じの笑みを浮かべた香川教授が田中先生に会釈をしていた。
「承りました。厳しいとは思いますが、それは全て久米先生を早く一人前の医師として、どこに出しても恥ずかしくないように育てるためと思って頂ければ幸いです。
宜しくお願いします」
そう言ってから腕の時計を見た田中先生は最後のお茶を飲み干して席を立った。
そしてオレの方へと長い腕を握手の形へと伸ばしてきた。
すると。
ウチはまだまだ権威主義なところが残っていますよね。ドラマ『白い巨塔』ほどではないにしろ、教授職というのは雲の上の存在で……。
久米先生も今、まさに雲の上に居るような気持ちなのだと察しますが如何ですか?」
田中先生が取り成すように言ってくださった。やっぱりこの先生はとても頼りになるのだなあと心の底から思ってしまう。
「その通りです。この『瓢亭 本店』の豪華なお弁当も、全く味が分からないほど緊張しています。本当はこのお店の味が大好きなのですが……」
大好きというか父母に時々連れて行って貰っていたので自然と馴染んだだけで、実際はミスタードーナッツとかマクドの――関西人はマックとは言わない――方が好きなことは内緒にしておこう。
「ここはひとつ大目に見た方が良いと思いますよ。
救急救命室では、医師などものともしない名物師長が怒鳴り散らして采配を揮っていますが、ナースに指図されるのは大丈夫ですか?」
田中先生が広い肩を竦めてそう言ってくれた。
「それは平気だと思います。何しろナースのお仕事も道を極められた方は凄いと単純に思いますし……。学歴とか医師免許とかは関係ないと考えます。今は経験を積んで、突発時にどれだけの動きが出来るかを訓練したいと思っていますので、看護師ではなくて付き添い婦さんでも――この病院では居ないようですが――学べる人からは学びたいですし。田中先生のように、臨機応変さというかその場その場で状況を見て最善の道を探し出す能力に欠けていることは承知していますので」
香川教授の手術中に患者さんが亡くなったというケースが一件だけ有って、その死因が術死ではなかったことを突き止めたのは田中先生だということは周知の事実だった。
それも病理解剖に回すことなしにというある意味画期的な方法で、だった。
オレはそういう乱世に強いタイプではないことも分かっていたので、コツコツ経験を積んで自分を高めるしかない。
二人とも「ほほう」といった感じでオレを見ているのが何だかこそばゆい感じだった。
「分かりました。では、救急救命室への派遣も承知して下さるのですね。
派遣とはいえ、二局を兼務するというのは体力的にきついモノがありますが、どうか宜しくお願いします」
実家暮らし――つまり家賃とか衣食住は全て両親が負担してくれるということだ――のオレは恵まれている方だと思う。家が裕福でないとか兄弟が多いとか実家が遠いとかの理由で仕送りがないとか少なすぎる人も存在する。そういう人は大学病院の休みの日にアルバイトとしてどこかのクリニックに勤務するという過酷さも聞いている。
それに比べるとオレなんかは恵まれている方だろう。
「はい。未だ右も左も……そして上下すらも分からないオ……私ですが、なるべく早く田中先生のような医師になりますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」
黒木准教授に気に入られているという感触は確かに持ってはいた。ただ、それはあくまでも「学生として」のオレなのでこれからは医師としてのオレになりたいと、早く一人前の業務をこなせるようにならないとな!と自然と背筋が伸びた。
「田中先生、久米先生のフォローの件、宜しくお願いします」
教授らしくない腰の低さと、そして外科医らしくない温和かつ怜悧な感じの笑みを浮かべた香川教授が田中先生に会釈をしていた。
「承りました。厳しいとは思いますが、それは全て久米先生を早く一人前の医師として、どこに出しても恥ずかしくないように育てるためと思って頂ければ幸いです。
宜しくお願いします」
そう言ってから腕の時計を見た田中先生は最後のお茶を飲み干して席を立った。
そしてオレの方へと長い腕を握手の形へと伸ばしてきた。
すると。
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