香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 7

 激戦になることは予想していた。定員は毎年一名限りなのは医局制度がそうだから仕方ないだろう。
 しかし、「あの」香川教授の元で修業したいと熱望する人が多いのも充分に理解していた、頭では。
 しかし、T大医学部からとか、果ては海外の大学からまで志願者が来るという事態は想定をはるかに超えていた。
 控室用に用意された大きな部屋の中で、コーラを飲みながら落ち着こうと思って背中を思いっきり叩かれてペットボトルを落として床に炭酸入りの黒い液体を撒き散らかしてしまった。
 誰だと思って振り向くと、井藤が強気な、そして得体の知れない笑みを浮かべていた。
 ただ、コイツにだけは関わるなと俺の――良く外れる――直感が告げていたので、曖昧な笑みを返しただけで、瞑想にふけるフリをした。
 コーラの液体が無くなればいいのにと都合の良いことを考えていたが。
 というのは、面接は別の部屋で行われることにはなっているが、真偽不明のウワサでは控室にもチェックの目が入っているとのことだったので。
 俺の強み……。俺の強み……。と念仏のように自問自答する。
 一番は、田中研修医の頼みで香川教授の手術の妨害を証言したという点だ。
 後は、本来ならば教授が担当するハズの講義を――何しろ手技の実績を買われて華々しく、そして本人の意向を大学病院が汲むという異例中の異例なので――黒木准教授が代わりに行ってくれていて、その覚えがめでたいという二点かも知れない。学業成績が良いのはこの会場に居る殆んどなハズだ。井藤というヘンな奴は例外だったが。
 どんどん人が減っていく中で、さり気なくテッシュペーパーを母親が用意してくれた鞄の中から出して、コーラの上にかぶせていく。ただ、そんなことは単なる気休めにしかならないことは分かってはいたが。
 番号を呼ばれて、椅子から立ち上がった。颯爽と足は動いているハズなのに何故か前進の速度が遅いことに気が付いた。
 焦っているのに全然進まない。
 何故だ。

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