香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 6

 どうやら、長岡先生という女性には諸事情があって――具体的な事情までは盗み聞けなかった――公に出来ない婚約者は東京に居るということだった。
 斉藤病院長もご令嬢をすげなく振られたものの――ホンネは異なるのかもしれないが――「あわよくば」といった程度だったらしいし、そんなに気にしていない感じだった。
 あくまでも手術室のモニターの最上席から降って来る言葉だけを拾っていくとそんな感じだった。
 外科では良く「集中力を分割しろ!それが良い外科医になるためのコツだ」と聞いているし、香川教授の目が覚めるほど素晴らしい手技を見ていると、手技だけでなくモニターや麻酔医の先生や各種機械を担当する技師までも目が行き届いているのが分かった。
 そして、もう一人俺の目を惹いたのは、研修医の田中先生だった。
 何だか、俺が――といっても未だ医師免許を取得していない上に難関中の難関の医局に入れるかどうかも分からないが――香川教授を目指すというのはおこがましい気もしたが、あの先生をまずは目指してみようと思える動きをしている。
 教授へのアシスト振りも見事の一言だったし。
 それに、俺自身が医師の卵で――しかも孵るかどうかも分からない状態だ――頭でっかちな生意気な判断かもしれないが、目指すべき真の目標は香川教授ではなくて田中先生のような気もした。
 それに手術室ナースの明らかなタイミングをずらすという妨害工作を、田中先生は外科医にとっては何よりも大切にしなければならない手で受け止めていた。(危ない!)と思って固まってしまった俺なんかと異なって。
 キャリアの長い外科医ならそういう事態も遭遇しているかも知れないが、田中先生はまだ研修医だ。それなのに咄嗟に庇えるという判断力と的確な行動力も凄いと思った。
 それにサッカーの試合のように一人で盛り上がっていた桜木先生も前からブーイングを飛ばしていたので――ただ、全体を俯瞰出来るモニタールームとは異なって手術室では分かり辛かったのかもしれない――手術室ナースの件を証言してくれと頼まれた時も、自分の義務だと思って出来るだけ簡潔かつ客観的に伝えた。
 そして、医局に入れるかどうかの面接試験の時に俺はやらかしてしまった。
 それは。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品