香川外科の愉快な仲間たち

こうやまみか

久米先生編 3

「久米も外科専攻だろう。合コン全滅という、ある意味物凄い数字を記録したんだからさ、世界的なレベルを誇る香川教授の手技でも見学すれば良いと思うんだが。
 あれほどの腕前の人がウチの病院に来てくれただけで物凄くラッキーだから、医師になる前にじっくりと見ておく方が良いんじゃないか?
 そりゃさ、心臓外科を専攻しているとはいえさ、久米は実家の外科クリニックを継ぐのは確定事項なんだろう……。だったら、心臓に拘らずに骨折とか10針以下の縫合とかそういう患者さんがメインになるとは思う。けどさ、やっぱり世界レベルの手技が折角公開されているなんて恵まれた場所に所属しているのだから、見ていた方が良いんじゃね?」
 合コンに殆んど出席していた同級生に「どうすればモテるか?」という俺のとっては物凄く深刻な話題を振ったにも関わらず、なんかうやむやにされた気はしたものの、それも一理あるな……と思ってしまった。
 実家は一応外科がメインの診断科目だが、内科も診るという典型的な「街のお医者さん」だ。
 だから、専攻は外科でも内科でも構わないと父親に言われて――患者さんは出身大学しかチェックしないらしかった――カッコ良さそうな外科を選んだというある意味不純な動機だった。
 ドラマでも内科医よりも外科医の方が良く取り上げられているし。
 医学部のカリキュラムは当時、死ぬかと思っていた高校の時よりもハードだったし、それ以外にもレポートとか小テストまで有って合コンの時間を捻出するのも大変だったが、全敗という結果を踏まえると、その時間を世界レベルの手術の見学に当てた方が良いのではないかと思った。
 それに、手術をモニター越しで見学させてくれる教授というのは今のところ香川教授だけだった。――ウワサによれば全部の手技を画像で残しているらしい――。真偽のほどは定かではないものの、いわゆるガンの悪性新生物科では執刀医が「表向き」は教授で実際は教授も尻尾を丸めるほどの実力のある「手術室の悪魔」とか呼ばれている先生が執刀していると聞いている。
 世界最先端の手技を覗いてみようという軽い気持ちでモニタールームに入った瞬間雷にでも打たれたような気になった。
 その手技の繊細さと大胆さが小川のように、そして滝のような流麗さで流れている場面を見てしまって。
「どうしてああいうふうに華麗で精緻な手技を披露出来るのか」
 そう思うと、講義室で見せられた歴代教授の――しかも厳選された――手技など子供の遊びと等しいような気がする。
 これは合コンなんて積極的に出ている場合ではない。
 香川教授の手技の方がよほど魅惑的だった。どんな女子大生よりも見る価値がある上に、世界レベルの心臓外科医の手技に魅入られたようになって外科医にしては細い指が――良く誤解されるが、外科医の指は細い人の方が珍しい。力を要求されるので俺が見た外科医の先生はどちらかと言えば指は太い感じだった――淀みなく、しかも力強く動いている。
 香川教授はきっと指の力が強いのだろう。細い指というある意味ハンディキャップをものともせずに手技に没頭している感じだった。
 気が付くと、モニターではなくて、ガラスの仕切りに――といっても一階分の高さが有るが――顔を引っ付ける感じで見てしまっていた。

 あの神々しい空間の中に俺も入りたい。
 合コンなんてどうでも良い。
 
 その二つが頭の中をぐるぐると回っていた。

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