リスタート!!〜人生やり直し計画〜

水山 祐輔

どうにもならない現実

2004/9/26
「先生!」


開会式も終わりそれぞれの競技の準備に移る中、拓哉は相沢先生の元へと駆けていった。
というのも先生大好き子という訳ではなく、開会式の最中、先生が拓哉の母親たちと話していたのが何か不気味で嫌なものを感じたからだ。


「何話してたんですか?」


「ん〜…誰と?」


先生もにこにこととぼけてみせた。
拓哉はこの先生にはその意味くらいわかるだろうと思って話しかけた、いや、わかっているはずなのに余計に腹が立った。
が、もちろんそこで怒鳴りちらして怒りをぶつけてもどうにもならないことくらい拓哉にはわかっていた。
かれこれ50年近くの経験値がある拓哉には、その判断をすることは容易だった。


「転校の話とかしてないですよね?」


「してないわよ。ただの世間話をしてただけよ」


先生のこの状態では表情が読みにくい。
拓哉は慎重に先生への眼を強める。
と、フッと先生の顔から薄暗い面が消えた。
何だろう?とその視線の先を見ると次のプログラム『50メートル走』に並ぶ1年生たちの姿があった。


「次の競技、始まるわよ〜
ほら、みんなのところへいった方がいいんじゃない?」


先生はぼーっとそちらの方を見ていた拓哉の背中をグイグイと押し始めた。


「ち…ちょっと…」


そんな強引な対応に拓哉は反抗してみるが、小1の身体で大人に勝てるはずもなく、グイグイ押されていく。
またはぐらかされたか…と諦めかけたその時、不意に先生の口が拓哉の耳元で動いた。


「本当にあなたのお母様とは、何も話してないわよ」


「え?」


慌てて振り返るが、そこにはいつも通りの笑顔で手を振る先生が立っているだけだった。


(今のって…どういう…)


「いた!たくやもうはじまるぞ!」


「ああ、うん…今いくよ…」


再び先生に聞く前に見当たらない拓哉を探しにきた啓太に見つかり、拓哉は1年生たちの集まる入場門の方へと向かっていった。
















「よーい…」


その合図に合わせて、グッと足に力をこめる。


     パァァン!!!!


そして、ピストルの音とともに全速力で走り出す。
小学校の校庭とはいえ、これは50メートル走。
まっすぐ目の前にはゴールテープが見える。
半分を過ぎてもスピードを緩めず、足を回す。
そして…


「ゴール!!!1位は赤組、内田 拓哉くんです!」


それを聞いて、ゼェゼェと肩で息をし、手を膝について息を整えていた拓哉はホッとしたようにひとつ息を吐いた。


「ハァ…やっぱり、はやいな…たくやは」


こちらもまだ息整わぬ啓太が拓哉に話しかけてきた。
同じレースを走った戦友に目を向け、拓哉も照れ臭そうに返事をする。


「そ…そうでもないよ…」


客席には嬉しそうに手を叩く母の姿が見えた。


(先生の話だと何も言ってないっていうけど…)


そんなことを考えながら運営の上級生に連れられ、1位の列に並ぶ。
すると、今度は有沙のレースが始まった。
スタート直後の健闘も虚しく、終わってみれば最下位だった。
下を向いて、しょんぼりビリの列に座り込む有沙を見て、拓哉はとても不安になった。
50メートル走は個人戦ではあるが、クラスの得点にも関わる。
1位は5P、2位は3P…といったように加算されていくのだ。
彼女のことだ。最下位は1Pももらえないので、それに責任を感じてるのかもしれない。
それを考えると今にでも励ましに行きたい拓哉だったが、今この時はこの位置から動くことはできない。
そんなどうにもできない状況を拓哉は歯痒い思いで、眺めているしかできなかった。

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