リスタート!!〜人生やり直し計画〜

水山 祐輔

『ヒーロー』

『ヒーロー』とは何をもってヒーローとなるのだろうか?


悪を殲滅し、可哀想な人を助ける人であろうか?
では、殲滅した悪は絶対的な悪であることを決めたのは一体誰であるのか。


弱くても、諦めずに立ち向かっていく人のことだろうか?
しかし、その人の行いはいつも正しい行いであると言い切れるものがいるのだろうか。


そもそも、人はなぜ『ヒーロー』を欲するのだろうか?
心の拠り所にして、すがるのだろうか?
それは、辛いことに直面した時、嫌なことがあった時、自分のピンチに陥った時、
頼れる人、助けてくれる人が欲しくなるのだろうか?






複雑に入り組む現代社会において、誰でも味方が欲しいのだ。
しかし、「味方」であるシルシは誰にも見えない。
どこで何をしていても常に自分を理解してくれる人なんていうのは理想であって、現実では確たる証拠などない。
当たり前のことだが、他人の心の中は見えない。
だからこそ、その他人の中で自分の居場所を作ろうとする。


それでもそこにある自分は偽物で…


だからこそ、本当の自分を出せるものを人は大切にする。
例えば、家族。
例えば、親友。
例えば……恋人。


『ヒーロー』とは、自分にとって都合のいい人、それも思ったことをなんでも叶えてくれる。
そんな存在に人々は憧れるが、それは決して届くことのない、寂しい視線である。
『ヒーロー』と一般人は決して並び立つことのない遠い、遠いものなのである。
















2004/5/27
「ありさならさっきわすれものしたって、さっきもどっていったけど…」


その言葉を聞いた先生たちにより、一団を一旦ストップして、捜索が開始されるも、その辺りには有沙の姿はなかった。
拓哉の顔には焦りが浮かぶ。
特別、大したことではないかもしれない。
1人の女の子が忘れ物を取りに帰っただけだ。
それでも、強くなり続ける雨に拓哉の不安は止まらない。
まるでこの雨が拓哉から冷静さを落としていくようだった。


「相沢先生!」


「わかってるわ」


今の陣形は2列で並んだ学生70人あまりの先頭に先生が前に2人いるだけ。
先頭にいた2人の先生は後ろまで、有沙がいないことを確認すると、緊急会議を開き、考えをまとめらしい。


「先生が探しに行ってくるから、あなた達は先に下山していてください」


「これでいいかな?拓哉くん?」


先生達は不安そうな顔をする拓哉を安心させるために確認をとった。が…


「ーーーいい訳ないよ…」


「え?」


その声は低く、深く、先生達を突き刺す。
下を向いているため、彼女たちには彼の表情は見えなかったが、声からは確かな激情が聞き取れた。


「…なんで1人後ろにいなかったんですか? そうすればこんな事態には……」


しかし、拓哉はここで話を切った。脳裏に有沙の顔が浮かんだからだ。
今の小学生の顔、大人になってからも変わらない優しい笑顔。ここで、声を荒げて先生たちに食ってかかっても、その笑顔が遠ざかるだけだということに気づき、感情を押し殺す。
またあの喪失感を失うのではないかと思うと不安で不安で仕方なかった。それでも、今の自分には何もできないことがわかっていたから、ことは起こさず、先生に託す。そんなことしかできない自分への怒りで歯が割れそうなほど、口を強く結ぶ。
それ以降は先生の言う通りに下山に向かうことにした。
相沢先生はその態度に、少し不安を残した顔をしたものの、事態が事態のため、あまりゆっくりしている時間がないと判断し、行動を優先する。


「それでは、子供達を頼みますね。私はあの子を連れて、後から合流します!」


「それでは…また後で」
















探しに戻った相沢先生と別れ、拓哉たちは山への道の入り口近くにあった建物で、雨風を凌ぎ、探しに行った先生と有沙の合流を待っていた。


(ここで僕が飛び出して行っても、きっと探さなきゃいけない人が増えるだけ…落ち着け…落ち着け…)


拓哉はその間、自分の心を落ち着かせていた。
先ほど、先生たちに問われた時、本当は拓哉は飛び出したかった。
列から飛び出して、有沙を探しにいきたかった。
道に迷っているかもしれない、強くなってきた雨に不安になっているかもしれない、もしかしたら怪我をしているかもしれない。
心配で、心配で仕方なかった。それでも、自分が行っても荷物になるだけ。
この身体では、有沙のためにはならない。
先生の不注意への怒りも、有沙の行方を見失った自分への怒りも、必死にこらえて自分を抑えた。
すべては彼女のために。
彼女の無事こそが拓哉の1番の望みだから、カッコよく助けに…とかは二の次でいい。
拓哉の必死な祈りを捧げているしかなかった。














数十分後、辺りはザワザワと色々なところで話始めた。
外の雨は酷く、風も吹き、ゴロゴロとなる雲からは雷が今にも落ちそうなほど、天気は悪化の一途を辿った。
そんな中、その建物のドアが開き、有沙を探しにいっていた相沢先生が入ってきた。
その顔に余裕はなく、建物の中で待機していた先生と再び話し合う。


「まだ見つからなくて…今救助隊を要請したから、あと1時間もしないうちに来てくれるそうです。
とりあえず、生徒は今いる生徒を先に帰しましょう。親御さんたちも心配します」


「そうですね」


今まで待っていた先生もうなづくと、声を張り上げた。


「それじゃあ、みんなは先におうちに帰ります。班で数数えて、全員いたら報告してね」


「せんせー!」


先生が言い終える前に啓太が口を挟んだ。


「ーーーーーーたくやもいないんですけど…」
























数時間前、有沙は1人集団から抜け出して、忘れ物を取りに戻っていた。
行き先は先ほど弁当を食べた場所。
せっせと1人で走って戻ると何とかその場所にたどり着くことができた。


「あった!」


そこで忘れ物、昼の時に拓哉に貰ったヘアゴムを見つけて、嬉しそうに拾った。
今度は落とさないように、しっかりとリュックの中にしまう。
そのまま、戻って合流しようと顔を上げるとその鼻先に雨の雫が落ちてきた。


(あめ? けいたくんが『やまのてんきはかわりやすい』っていってたから、はやくみんなのところもどろう)


黒々と広がる雲に圧迫されたように走ってその広場を離れる有沙。
しかし、行く先は先ほど来た道とは別の道だった。












走っても、走っても、走っても。
朝来た道も、前を歩いていたはずのみんなも、一向に見えて来ない。
そんな恐怖から逃げるように走り続ける有沙の足がついにもつれてその場で派手に転んでしまう。


「うぅ…いたいよぉ…」


転んだ時に膝を擦りむき、膝からは少量ながら血も出ていた。
そして、この不安極まりない状況に拍車をかけるように雨は激しさを増す。
その言い知れぬ恐怖に有沙の目からは大量の涙が溢れ出す。
降り続く雨、有沙はカッパも着ておらず、その体温をどんどん奪っていった。
ついには雷も落ちる。
それでも、有沙にはどうしようもない。
恐怖に怯えて、痛みに耐えられず、泣き続けるしかなかった。


「うわーーーーん!!!!いたいよぉ!!さむいよぉ!!!たすけてよぉ!!!!」


決壊が崩れたようにボロボロと大粒の涙がその頬をつたう。
ただただ泣き続ける。
助けを、救いを、『ヒーロー』を求めて。


「お母さん!先生!!…たくやくん!!!」


「有沙ちゃん!!!!!!」


その言葉の聞こえた方へと視線を向ける。
その先には、拓哉が、助けが、有沙の『ヒーロー』がそこいた。
さっきまでとは打って変わって安心に支配された有沙は立ち上がると拓哉の元へ走っていき、飛びついた。


「たくやくん!…たぐやくん!!…だぐやぐん!!!」


その声は喉が潰れるほど力強く、思いっきり拓哉に抱きついた。


「よかった…よかった……」


有沙を探して走り回っている最中、何度も不安になった。
何度も彼女を失った未来が頭をよぎった。
不安なのは有沙だけじゃなかった。
いや、最悪の展開を知っている拓哉の方が不安だったかもしれない。
2人はしばらくお互いの不安を打ち消すように抱き合っていた。














しばらくすると、安心しきった有沙は、力尽きて眠ってしまった。
しかしその寝顔は静かで、穏やかで、信用しきってる顔だった。


「無邪気な顔…さっきまであんなに泣いてたのに…」


そんな顔に拓哉は内心少しホッとしつつも、未だ解決はしていない今の状況に目を向けた。
有沙は寝てしまい、動けない。
雨は未だに止まない。それどころかいつ雷が落ちてもおかしくないような雲行きだ。
とりあえず、着てきたカッパを有沙に着せて、背中におぶる。


拓哉は本当は先生に任せるつもりだった。
自分が行ったところで状況は悪化するだけだとわかっていた。
現に今、状況は良くなった訳ではない。
それでも、相沢先生の不安そうな顔を見た時、彼女を失った時の地獄のような苦しみが拓哉に考える暇もなく走り出させた。
今までで一番、どんな時よりも速く。
何よりも、彼女が大切だから。




気を失って全体重を拓哉に預けている有沙の身体は重かった。
でも、その重みが彼を前に進めた。
雨に打たれ続けて、それでも走り続けた有沙の身体はカッパ越しでも熱かった。
でも、その熱が彼を後ろから押し続けた。
足はとっくのとうに限界だった。
小1の身体では人1人担いで、山を下ることなんて、最初から叶うはずなかった。
それでも、


進む。


進む。


一歩ずつ、確実に。


前へ、前へと。


もう一体何分歩き続けたのかもわからない。
いや、前に進んでいるのかもわからなかった。
ただ確かに感じていたのは、背中に感じる彼女の熱だけだった。








その数十分後、登山道の真ん中で倒れていた小1児童2人は駆けつけた救助隊によって保護され、病院へ緊急搬送された。

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