リスタート!!〜人生やり直し計画〜

水山 祐輔

過去へ

「はぁ〜今日も疲れたな〜」


「いつも疲れてるじゃないか…」


「まあでも、今日は珍しく授業が多い日だったし、しょうがないんじゃない?」


 こんな会話に意義を求めなくなったのはいつからだろう?


「でも、これで明日から休みだぜ?」


「うん。そうだね」


「ねぇ。そういえばさ、あのうわさ知ってる?なんか長年の願いが叶ったとか」


 いつから、夢を見なくなった?


「ウソくさいだろ〜」


「あはは、そうだね…」


「なんだよ。夢がねぇな〜」


 夢…そんなものはない。それを探しに行きたいが願いだろうか?


「夢ね〜そうだな…まあ大企業で出世して、大金持ちにとかかな?」


「それだったら、宝くじで5億当たりますように〜とかの方が早くない?」


「それもそうか!じゃあ可愛い人と結婚できますようにとかかな?」


「そっちの方が願いっぽいね」


 いつの間に結婚の話なんてする歳になったのだろう?


「ねぇ」


 ⁉︎


「拓哉はどう思う?」


「やりたい事とか、将来の事とか」


「そうだな〜将来よりも過去に戻りたいかな?」


「ああ〜確かにな〜」


「俺の黒歴史を抹消する旅に出るのもいいかもな〜」
「まあどれもこれも夢物語だけどね〜」


「いやいや、俺がどこかの美女と結婚するかもしれないし、大金持ちになるかもしれないだろ?」


「いや、それはない」


「なんでだよ⁉︎」


 当たり前の日常、パッとしないし、疲れることばかりだけど、平和で、幸せな時間。




















2016/4/18
 友人たちと別れた青年、内田 拓哉。
彼は、一人っ子のためか小さい頃から可愛がられ、何不自由なく暮らしてきた。
運動も苦手ではなかったが、何より彼は賢かった。
その頭脳で、高校、大学とそこそこ有名校に入学するものの、その賢さ故か段々と物事への執着心や熱意を失い、将来何がしたいかと問われても、特に何もと答えるのみとなってしまった。
 拓哉は友達と別れて電車に乗る。


(明日は休日…とはいえ、やることないな…)


 大学はそれほど自宅から遠くないところを選んだため割とすぐに家に着く。
 周りからはまだ上の大学いけるよと言われたけれど、あんまり興味はなかったのではなから考えていた大学に進学した次第である。


「ただいま〜」


 玄関を開けてなかに挨拶をする。


「あ。おかえり〜今日はどうだった?」


「うん。ちょっと疲れたけど楽しかったよ。じゃあ、夕飯できたら声かけてね母さん」


「はいはい。わかったよ」


 母親は専業主婦で、父親はサラリーマンなのだが忙しく、ただいま絶賛単身赴任中であった。両親にはまったく不満はなかった。
それどころか、友人関係や自分の大学にもまったくといって不満などなかった。
 それでもなんとなく拓哉は今の状況に満足できていないところがあった。
 言葉の通り少し疲れていたため、夕飯までの間、休むことにした。
ベットの上で横になると不思議なほど深く眠りこんでしまった。










 次の日の朝、拓哉は母親に起こされた。


「…母さん夕飯できたら声かけてって言ったのに…」


「?、何か言った?」


 目の前に見えた母親を見て、少なからず驚いて言葉を発するのを躊躇った。
どう見ても数歳、いや10数歳若いように見える。
直後、どうしたって不自然な点に気づく。


「ち、小さい…?」


 どう見たって小さかった。手も、足も、身体そのものが。
大慌てで洗面所の鏡の前に行くが鏡を見ずとも気づく。鏡が見えないのだ。洗面台が自分より高い位置にあり、鏡まで顔が届かない。


「あれ?まだ着替えてなかったの?そろそろ着替えないと遅刻するわよ」


とそこに既に行く準備を整えた母親が現れる。
 拓哉は恐る恐る聞いてみる。


「母さん、僕って今、何歳だっけ?」


「ん?私のこと母さんって呼んでたっけ?」


「いいから!」


 今のでほとんど答えは出ていたが、母親は拓哉に今この瞬間の拓哉の年齢を告げた。


「5つでしょ?それがどうかしたの?」


 どうしようもない現実を突きつけられて、始めて夢の可能性を思いつく。
焦って頬をつねったり、顔を洗ったりしてみるものの目は覚めない。


(やっぱり、これは現実…なのかな?)


「…本当にどうゆうこと?」


「ちょっと!急がないと遅刻しちゃうわよ?早く着替えなさい」


「あ、はい。えと…何に着替えれば?」


「着替えならあなたの部屋にちゃんと出してあるわよ。それに着替えて保育園行くわよ」


(そうか。今が本当に5歳なら、保育園に通っているはずだ)


 言われるままに部屋へと戻り、用意してあった服に着替える。
 着替えながらも、今現在自分の身にふりかかる原因不明の出来事について考える。


(なんで⁉︎どうして、こうなった?まず夢の可能性はさっき消えた。いや、そもそも本当の夢ってつねっても覚めないんじゃないか?夢なんて元々脳の活動が…)


 あまりの緊急事態に優秀な頭脳も高速で蛇行運転したところで、車に放りこまれた。


車を走らせながら、母は心配そうに尋ねてきた。


「昨日、何かあったの?」


 その予想外の声に拓哉は驚く。いや、予想することは容易であった。朝になって、突然様子がおかしい息子がうんうんと唸っていたら、そう聞きたくなるのも当然である。


「いや、何にもないよ。と思う…」


最後の方はごにょごにょとお茶を濁した。


「今朝から様子が変だし、なんだか悩んでるみたいだし、辛いことあったら言うのよ?」


 まだ保育園に通ってる子供に悩みを我慢するなんてことできるとは思えないが、その言葉の暖かさに拓哉は少し落ち着く。


「うん。ヘーキだよ!ありがとう。母さん」


「ん?母さんって呼んでかしら?」


「あ、あはは。着いたよ。送ってくれて、ありがとう」


 強引に話を切り上げ、車から降りると保育園に向かって走り出す。


「いってらっしゃい!今日も1日ファイトだよっ!」


 最後の文句に拓哉は思うところがあった。
(…あのセリフ、可愛いけど母さんには言われたくないな)
 その言葉はアイドルをするような可愛い、それでいてみんなをまとめるカリスマ性のある人がいってこそだ!とこの時は存在しない未来の人に想いを馳せていた。
























 保育園に入って、騒がれても面倒なので、子供っぽく挨拶する。
しかし、ここで大問題に気づく。


(先生の名前も、同学年の子の名前も、ほとんど覚えてない!)


 どれもこれも見覚えのある顔のものの、名前がイマイチ思い出せない。同学年の子はまあ保育園だから、ネームプレートをつけているだろうから何とかなるだろうが、先生は全くわからない。


(どうしよう?聞くのも、なんか変だしな…またさっきみたいに怪しまれるのも嫌だし…)


 色々考えた結果、思い出せないものはしょうがないので、周りから情報を得て記憶の穴を埋めることにした。とりあえず、先生たちに挨拶して、部屋に入る。


「拓哉くん。君はそこじゃないよ」


「へ?」


 どうやら自分のクラスの部屋を間違えたらしい。


(あちゃーってそりゃそうだよね。保育園の頃のことなんてほとんど覚えてないしな…)


 後ろからは「拓哉のやつ、間違えてやんの〜」とバカにした声が聞こえた。


(落ち着け。内田 拓哉20歳。子供の冷やかしに腹をたてるな…)


 少しムカッとした心を慌てて抑える。


「あはは、少し寝ぼけてたみたいで…」


「そ、そう。それならいいけど」


(何だか、大人みたいな言い訳する子ね…)


 その女性保育士、大岡 すみれは園児らしからぬ言い訳と態度に少々驚いていた。


(さてと、状況から察するに…今僕は5歳ってことはおそらく1番上の学年。行きの道に桜の花が咲いてたから多分4月の前半。そうすると僕の誕生日は2月19日だから年号は2003年…随分とまあ戻ったものだな〜)


 拓哉は考えているうちに何だかとても長い時間を過ごしたように思えて感慨深くなっていた。


(さて、あとは…)


 自分の胸に付いているバッチに目を落とす。
そのバッチと同じマークの部屋へと入る。すると、


「ああ。拓哉くん。無事辿り着けてよかったね」


とニッコリする女性の姿があった。先ほどあったすみれ先生であるが、拓哉には先ほど会った以外の記憶はなかった。


「何とか遅刻せずに済んだね。それじゃ出席とろうかな〜うん。みんないるね〜」


 どうせ入ったところでその出席簿つけてるだから言わなくてもわかってるのでは?と思うも口には出さない拓哉。


「今日は天気予報で雨が降るって言ってたから、外では遊べないから、お部屋の中で遊びましょう!」


と言うや否や子供達は散り散りに各々好きなところへと散っていった。


(うーん…こういう時、僕は何してたっけ?)


 もう15年も前のことであるので、わかるはずもない。そこにすみれ先生が声をかけてきた。


「ねえねえ。拓哉くん。これから何人かでなぞなぞ大会やるんだけど、一緒にどう?」


 拓哉は声をかけられた瞬間ドキッとした。身長が小さいからか、考え事をして下を向いていると大人が近づいてくるのがまるで気がつかない。
とはいえ、特に断る理由もなかったので、


「あ、はい。やりま…」


とここまで来て気がついた。


(保育園児が敬語なんて使わないか)


「や、やるやる。僕も入れて〜」


「?」


 慌てて出したお子様言葉が不自然に感じたのか、すみれ先生は少し首を傾けたものの


「じゃあ行こう」


と手を差し伸べてくれた。


(あははは。僕、20にもなって何してるんだろう…)
















 すみれ先生に連れられてきた部屋は図書室のような比較的静かな場所で、そこにはすみれ先生が集めてきたのだろうか?数人の園児が集まっていた。


(この世界?での生活が続くなら今度からここに逃げ込もう)


 なーんて考えているとすみれ先生が集まった園児を見回して、「なぞなぞ大会」を始めた。
そこに集まったのは、男子3人、女子4人だった。
ネームプレートを見る限りでは男子は拓哉のほかに、けいた、みのるの3人で、女子ははるか、かすみ、ありさ、ふみの4人だった。


「さーて、じゃあ始めようかな〜第3回なぞなぞ大会〜」


 3回目なんだ…と苦笑いの拓哉をよそに周りの6人は大はしゃぎだった。


「今回の優勝者には…なんとオヤツのプリンの私の分をあげまーす!」


「やったー!」


「がんばろうね!」「うん!」
口々に賞品に対して喜びと興奮を見せる6人。一方、拓哉はというと…


(これ絶対ケンカするじゃん…あとでなだめるハメになるのはこの人だろうに…)


 未来を見越して哀れんでいた。


「それでは第1問!『かき』は『かき』でも火事の時に大活躍する『かき』はなーんだ?」


 おもむろに取り出したいかにも子供向けななぞなぞの本からだいぶ子供向けな問題が出題される。
これくらいなら解けるのかなと拓哉は周りを見渡すと


「え〜わからないよ〜」


(降参早いよ!)


「かきって果物の?」


(そう考えると答えからは遠ざかると思うけど…)
「果物で火を消すなんて無理だよ!」


(あはは、正論だけどね…)


「かきって果物じゃなくても貝の方もあるんじゃない?」


(いや、そっちでもないんだけどな〜)


 それぞれに心の中でツッコミをいれつつ、周りを見ていると不意にすみれ先生に声をかけられた。


「拓哉くんは?わかんないの?」


「えっ⁉︎ぼ、僕?」


 それまでからとっさのことについつい聞き返してしまう。


「なんか思いつかない?」


すみれ先生の視線がまっすぐ拓哉に注がれる。


「えっと…『しょうかき』かな〜なーんて…」


「はあ?ばっかじゃねえの?全然『かき』じゃないじゃん」


 すみれ先生よりも先に答えに食いついてきたのはけいただった。


(あはは。子供って口悪いよね〜…)


「正解!」


 けいたにとっては不意を突かれる形となった。


「え?なんで?かきじゃないじゃん!」


「ううん。しょうかきってゆっくり言ってごらん?」


 そこではすみれ先生による答えの解説講座が開かれていた。拓哉は照れくさそうにしばらくそれをみていたがふと1人の女の子、ありさに気づいた。その輪から少し離れたところでオドオドと恥ずかしそうに頬を赤らめていた。


(そういえばさっきの問題にも答えてなかったような?)


「よーし。それじゃあ第2問!」


 けいたを納得させたすみれ先生は満足そうに次の問題を告げた。


「反対から読んでもちゃんと読める紙はなーんだ?」


 拓哉には一瞬でわかったが、また例のごとく、間違いの嵐が続く。拓哉はこそこそとありさの方へと向かった。


「ねぇ。君も参加してるんでしょ?一緒に考えようよ」


 喋りかけられたありさはびっくりして、さらにオドオドしてしまう。


「あ、あの…わたし、は…」


 何かを言いかけたがその声を遮ってすみれ先生から話をふられる。


「うーん。惜しいな〜拓哉くん。わかる?」


 そこで拓哉は一瞬、ほんの一瞬ありさに向かってニコッと笑った。


「えぇ〜なんだろう?ぼ、僕にはわからないよ」


 最後の方は少し演技下手になってしまったが、やりたかったことには支障なかった。


「ありさちゃんがわかるって」


「ええっ!」


 いきなり前に押し出された女の子は驚いて大きな声を出してしまう。


「おお〜じゃあ、ありさちゃん。答えは何かな?」


「え、えと…あの、その…」


 ありさとしては迷惑な話だ。問題は聞いていた。それでも答えはわからないし、何よりみんなから注目されるのが、というよりは自分をうまく表現するのが、友達をつくるのが苦手だった。
どうしようもない状況に、泣き出しそうになる寸前、耳元で声が聞こえた。


「…しんぶんし、だよ……」


 慌てて後ろを振り返る。そこにはこの状況を作り出した張本人、拓哉が笑っていた。


「し、し…」


「ん?なになに?」


「しんぶんし…」


 目の前で先生が一瞬止まる。間違えたかと思って慌てて訂正しようとする。


「あ、いや…その、」


「正解!」


しかし、それは叶わなかった。


「やったね!おめでとう」


 さらに後ろから声をかけられた。後ろを見ると満足気な顔の拓哉がいた。


「ねぇ。ありさちゃん。一緒に遊ぼう?」


 その手を、差し伸べられた手を、拒否する理由はなかった。


「うん…!」


 2人が手を取り合うのをすみれ先生はニコニコと見届けると


「よし!第3問だね!」


と続けた。










「優勝は〜ありさちゃん!」


 結局、拓哉の協力もあってありさが優勝したのだった。当然である。事実上、20歳 vs. 5歳で勝てる5歳児なんているものだろうか?
拓哉も少し大人気なかったかな〜と反省しつつ、


「おめでとう!」


とありさに声をかけた。


「あ、ありがとう…」


ありさは少し後ろめたそうに見えた。


「ね、ねぇ。たくやくん」


「ん?」


 まだ何か?と思って拓哉は振り返る。
 拓哉にとっては特にお礼が欲しかったわけでも、彼女が可哀想だと思ったわけでもない。ただ昔の自分と重なって、引っ込み思案で自分のやりたいことも満足に言えない寂しい子供時代と重なったからだった。
 少し離れたところからはすみれ先生「おやつの時間だよ〜」というゆるい声が聞こえる。


「おやつだって。行こう?」


そう言って、拓哉はありさに微笑みかけた。ありさはそれに黙って頷いて、拓哉の後ろについて行った。












「はい。それじゃあ、優勝したありさちゃんにはプリンをプレゼント〜」


 おやつの時間、拓哉の隣に座ったありさは優勝賞品のプリンをすみれ先生から手渡されていた。


「あ、ありがとう。すみれ先生」


 子供にしては表情が読みづらい子ではあったが、明らかに嬉しそうだった。しかし、


「お前、ズルいぞ!どうせたくやに答え教えてもらったんだろ!」


 けいたのイチャモンにその顔は曇ってしまう。


「ズルで勝ったのにプリン貰うなんておかしいだろ!」


そう言うとけいたはありさの机の上に置かれたプリンを取り上げた。


「けいたくん!それはすみれちゃんのよ!」


それに気づいたすみれ先生が慌てて止めに入る。


(やっぱりもめたね…)


 拓哉も拓哉で我関せずな態度で苦笑していた。
正確にいえば、我関することできず。であったが。


「先生!聞いてよ!あいつズルしたんだ!答えたくやに聞いたんだ!」


 待つ隙もなく先生に告げ口するけいた。


「わたしはそんなつもりは…」


「そんなつもりも何も結局、プリン貰ってたじゃないか!」


 結局、2人は口喧嘩になってしまった。


「ちょ…ちょっと2人とも、落ち着いて。喧嘩はダメだよ」


 先生もそれにあわあわと対処するが今更事態はおさまらない。


「そんなんで、ありさがプリン貰うなんて許せない!それなら俺が貰う!」


 どんな理屈だ!とツッコミながらも未だどうすればいいかわからず、何も声をかけられない拓哉。


「あ、でも…」


 ありさは何にも言い返せない。


(確かにたくやくんに教えてもらったのもあった。わたしってズルい、のかな?)


 考えれば考えるほど表情が沈んでいく。


(まあ、大人っぽい子供なんて作り物の中だけだよね〜)


 しぶしぶというか、ほぼ選択肢なしといった状況で拓哉はそれを選びとった。


「はい。僕のあげるよ」


 拓哉は自分の分のプリンをありさへと差し出した。
周りはそれを見てポカンとしていた。


「た、拓哉くん。別にあなたのをあげなくてもいいのよ?」


「いえいえ。僕は別に、平気で…だから。これで全部丸く収まるでしょう?」


「あら、丸く収まるなんて難しい言葉知ってるのね」


 なるべく子供っぽく話そうとしたが、やっぱりボロが出た。


「よかったね〜ありさちゃん!拓哉くん、プリンくれるってさ」


 あははとおどけて笑っているとまだ不満気なけいたが迫ってきた。


「なんでそんなにありさの味方ばっかすんの?お前、あいつのこと好きなんだろ?」


 その言葉はいくら子供のものといえ拓哉には少しひっかかった。


「ちょっと!けいたくん?せっかく拓哉くんが譲ってくれたんだから…」


「まあまあ、先生。平気ですよ。それに…」


と拓哉はけいたの方に向き直る。


「よく考えてよ。僕はありさちゃんだけじゃなくて君のお願いだって叶えてあげたじゃない」


けいたはよくよく考えてみる。


「それに別にありさちゃんだけのことが好きなわけじゃないさ。ただケンカは嫌いなんだ。これなら2人とも満足だろ?」


そこまで言うとけいたもぐぬぬぬぬ…と悔しそうな顔をした。


(ちょっと言い過ぎちゃったかな?)


拓哉は今にも泣き出しそうなけいたを見て、1人反省していた。


「う、うう…このかっこつけ〜」


そんな捨てゼリフを吐きながら別の部屋に走って行ってしまった。


(あはは、かっこついてるならいいと思うけど…)


「たくやくん…」


 そんなことを心の中でつぶやいていると後ろから声をかけられた。


「ああ、何?ありさちゃん」


「あの、あのね。ありがとう。助けてくれて」


(別に助けたわけじゃないんだけどな…)


「お礼にプリンひとつあげるね」


「え、いや、いいよ。君が食べなよ」


(というか元々は僕のだったやつだし…)


「ううん。いいの。それにたっくん可哀想だし」


「いや、でも…」


(ていうかたっくんって…)


「いいんじゃない?貰っておいたら」


 頑なに進まない話を見て、すみれ先生が話に入ってきた。


「ありさちゃんの感謝の気持ちだから、貰っておいたら?」


低くかがんで拓哉たちに目線を合わせて話しかけてくれる。


「そ、そうだね。ありがとう。貰うよ」


 状況的に貰った方がいいと察知した拓哉はありさからプリンを受け取る。それ見てすみれ先生はにっこり笑うと立ち上がり、奥の部屋へと姿を消す。おそらく、というよりまず間違いなくけいたを慰めに行ったのだろう。


(保育士さんも大変だな…)


 拓哉は過去(今となっては未来だが)何人か保育士になりたいと言っていた友人を思い起こして、その後の苦労を考えたりしていた。


「じゃあ、一緒に食べよ?」


そんなところにありさが手を差し伸べてきた。


「そうだね」


拓哉はそれに精一杯笑顔で答えてみせた。














 あっという間に日は暮れ、段々と辺りが暗くなり始める。


「哲也くーん」


と同時にそろそろ迎えが来始めたところだった。
それを見て、拓哉は


「そろそろ片付けしようか」


とありさに提案した。
 この日はあの後、ずっとありさの遊びに付き合わされていた。自分で遊ぼうと誘った手前、断り辛いのもあったが、彼女の心から楽しそうな表情を見てるとなんだか少し気分が楽になる気がした。理由不明で戻ってきたことに拓哉自身、かなり戸惑っていたのは事実であった。


「ありさちゃーん」


「あ、ママ…」


ありさの方が先に迎えが来たようだ。
今まで一緒に遊んでいたおもちゃはまだ少し残っており、片付け終わったとは言えない状態だった。が、拓哉の中身も20歳だ。
それくらいは大目に見て代行しよう、と有沙を見送ることにした。


「じゃあね。また明日」


(明日が来るかわかんないんだけど…)


心の内の不安を隠して笑ってみせる。
しかし、有沙からの視線はそのビクビクした心に深く刺さるほど凛々しく、拓哉は自分の中身が見透かされたかのように感じ、ビクッとした。


「片付けてから帰る」


 拓哉は想定もしていなかったありさの言葉に少し驚く。
その驚きの間が拓哉の次の行動を遅らせた。


「ああ、いいよいいよ。僕片付けておくから。お母さん待たせても悪いだろ?」


「ダメだよ!」


珍しくありさは声を荒げた。
拓哉はそれまで聞いたことのないようなキリッと芯の通った声に気圧されてしまう。


「使ったらちゃんと片付けなきゃダメなんだよ。ママに怒られるもん」


それを聞くと拓哉は素直に感心した。


(なんだ…ちゃんと自分の意思を伝えられるんだ…)


 今まで見ていた彼女はどこかビクビクと周りに怯え、自分のことはあまり主張していなかった。
 学校は社会の縮図とはよく言われることである。
保育園で社会といえるほどの人の関わりはないかもしれない。
それでも、他人の視線が気になってしまう彼女にとっては十分な『壁』であったことは間違いないだろう。
 そんな中でも、ちゃんと自分の言いたいこと、言わなきゃいけないこと、それを面と向かって言える強さがあった。
 それはさながら、荒野に咲く小さな花のようで、拓哉にはとても美しく、魅力的に見えた。
 それと同時にありさちゃんのお母さん強いんだろうか?とまだ見ぬ他人の母に恐れを抱いていた。












それまで遊んでたものを一通り片付けるとありさは改まって拓哉の方を向いた。


「じゃあ、ありがとう。今日は楽しかった」


ありさの顔には満面の笑みが広がっていた。


「うん。また明日ね」


「?何言ってるの?明日は土曜日だよ?」


(し、しまった…)


「あ、そ…そうだね。忘れてたよ」


内心、今日の日付すらわからないことに冷や汗をかきながら、ごまかす。


「あはは、変なの!」


それでも、最初見かけた頃に比べるとよく笑うようになった。


(無理やり声かけちゃって、悪かったかなと思ってたけど、これでよかったのかな?)


「あのね…」


さっきまで笑っていたありさが急にもじもじしながら、口を開いた。
拓哉も何だろう?と耳を傾ける。


「大きくなったら、私のお婿さんにしてあげるね」


一瞬、拓哉の思考が停止した。中身は20歳である。
20歳からするとかなりの大事だが、すぐに我にかえる。
「あはは。ありがとう」


(子供ってこんな感じだよね)


一瞬、動揺してしまったことを恥ずかしく思いながらありさの後ろ姿を見送った。


(さて、と…)


さすがにそろそろ本腰入れてこの状況を考えねばならないだろう。
拓哉はすでに今現在が2003年4月18日であるというところまでは今日の生活の中でわかっていた。


(なんでだ?どうして?いや、普通にあり得ないことが起こってるんだ。常識は通じない…)


それを鑑みてさらに思考を広げる。


(あれ?そういえば、あの時そんな会話をしていたような…)


「拓哉くーん」


しかし、まとまりかけた思考はすみれ先生の呼び声によって見事にかき消されてしまった。






「ごめんね〜遅くなって。1人で寂しかったでしょう?」


「いや、別にいいけど。それよりどうしたのさ?働いてるわけでもないのに」


「いや、それがね〜っていつの間にそんなに冷静に?」


「あ、あの…その、お腹すいたな〜早く帰って夕飯にしよう。母さん」


(マ…マズい。母さん相手だとつい本音で話しちゃう…)
まだ若干怪しむ母の手を引き、その日は家に帰った。












翌朝、拓哉はとある道の上にいた。


(確かこの辺でそんな話を…)


やはり過去に戻りたいなんて口にしたのはここだけだというわけで、調べに来たのだが、見れば見るほど周りには何もないただの路地だった。
親にはすぐ戻ると言って、出てきた手前、あまり長居はできない。
ただここら辺には珍しく林のようになっている。


(ん?なんか光ったような…?)


隣の林の草の中に何やら違和感を感じた拓哉は慌ててそれを覆う草を除ける。


「何だろう?これ…」


そこには黒々と輝く大きな石のようなものがあった。
表面は黒っぽいが、顔を近づけてみると中の方でキラキラと光ってるものが見えた。


「まさか、宝石⁉︎こんなに大きかったら高いんじゃ…て、まあこの身体じゃ持てないしね」


一瞬、大金持ちを夢見た拓哉だったが、すぐに諦めて向きなおる。


「それにしてもこれなんだろう?不思議な石なのは間違いないけど」


さらなる情報を求めて、その石の辺りを掘り返してみる。すると、その石の下の方から案内板のようなものが出てきた。
「ここまで埋まってたら、気づかないよね…」
土と雑草まみれのその案内板から土を払い、何とか読んでみる。


【願い石:古くから過去の思い出や記憶が見えると言われ、多くの人に重宝されてきた。しかし、1900年代から、その信憑性は薄まり、現在では、過去の遺物となっている】


「な、何だろう。この可哀想な石は…」


拓哉は同情を誘うようなこの石の過去とこの案内板が埋もれてた理由を見たような気がした。


(まあ、でも…一応、ね…)


どう祈っていいかもわからず、とりあえず手を合わせて祈る。


(元の世界に帰れますように、と)


しかし、よく考えると、神も仏も信じず、無神教の拓哉がこんなことをするのはすこぶるおかしな話であった。それに気がついて、自分がかなり追い込まれていることにがっかりする。


「そろそろ帰らなきゃ」


時計に目を落とすと家を出て、もう1時間ほど経っていた。20歳ならともかく、5歳の子が1時間もいなければ、それはもう行方不明と言われかねない。


「結局、ここは特に関係ないのかな?」


肩を落として、家へと向かう拓哉の後ろでその石はキラキラと輝いていた。














「もう!どこ行ってたの?心配したじゃない!」


「ごめんなさい」


帰った拓哉を待っていたのは母親の説教だった。


「もう、今度からは気をつけてね」


「はい…」


拓哉にとってはずいぶん久方ぶりに叱られた気がした。それがなんだか懐かしくて少しむず痒く感じた。


その夜、拓哉は母に聞いてみた。


「ねぇ。母さん」


「ん?なぁに?」


「もし、過去に戻れたら、母さんならどうする?」


母親はえ?という顔をしていた。突然5歳の息子にこんなことを聞かれたらそうなるに決まっている。
それでも、しばらくしてどこか懐かしそうにこう答えた。


「何もしない、かな?
そりゃもちろん後悔とかはいっぱいあるけど、それでも、今の生活が変わっちゃうかもって考えると、それはやっぱり嫌。
失敗も、成功も、色々経験して、今が幸せだから、私は何もしない。まあ、ちょっと難しい話かな?
それにしても、どうしたの?急に」


「いや、なんでもないよ。なんでも」


「そう?不思議な子ね…さあ、早く寝なさい」


「はーい!」


母の答えを聞いて、拓哉にも決心がわいた。


(今の状況はまだよく分からないけど、なるべく『その時の僕』に合わせよう。形はどうあれ、あの時の生活にもきっとあったはずだ。まだ見ぬ幸せが…)
布団に入って目をつむる。
(いつ戻れるか分からないけど、いや、もう戻れないかもだけど…今まで通り、これまでのままに…)


そして意識は夢の中へと消えていった。


















「おーい!拓哉くん。そろそろ起きてよね」


ゆさゆさと揺られながら、拓哉は目を覚ました。


「ん〜おはよう。母さん」


眠い目を擦って母に挨拶をする。


「母さん⁉︎まだ寝ぼけてるの?今日、1限からあるんでしょう?そろそろ起きないと遅刻するよ」


しかし、帰ってきたのは全く予期しない返事だった。
目をさらに擦って、声の方向を見る。
そこには、真っ黒な髪を伸ばした20歳くらいの女性が立っていた。


「へ⁇え?」


未だ状況が飲み込めずにいる拓哉にその女性は呆れたような表情を向けた。


「はいはい。朝ごはん、できてるよ」


と言うとベッドの上から立ち退く。
よく見ると見慣れぬ天井、知らない部屋だった。
いや、寝起きこそ、驚きと戸惑いでうまく考えられなかったものの、落ち着いた瞬間、わかった。
彼女の顔も名前も、こうなった経緯も、全部全部その思い出にきっちり残されていた。


「あ…有沙、ちゃん?」


「? 何驚いた顔してるの?」


こうして、訳も分からないまま、彼には『彼女』ができた。

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