急がば回れと人は言う

ノベルバユーザー308082

最悪のデート


ジリジリジリジリーーーー

目覚ましがわりの携帯のアラームが私を眠りの底からすくい上げる。
まだゆらゆらと幸せな世界をさまよっていたいのに。確か、素敵な王子様が私をーー

「!」

そこで反射的にガバッと起きる。そうだ、今日はーー。

いつもよりフェミニンな花柄のスカート、いつもは面倒なのでやらないコテで外ハネウェーブを作って少し明るめのルージュを引いて鏡を見たら、ほら、私結構イケてる!
自画自賛をしながら腕時計を見ると約束の時間に迫ろうとしていた。

なんて素敵な日!満員電車の中で足を踏まれたり、雑踏の中で宗教勧誘に合いそうになったけど、それでも気分がルンルンなのは、今日が遠距離の彼と久々に会える日だからだ。

約束の時間まで、あと15分。
もうとっくに待ち合わせ場所についている私は辺りをキョロキョロしたり、ケータイ画面を見たりとにかくソワソワしていた。

俊介はいつも遅れてくるから、そんなことしたって無駄なんだけど、でも今日は珍しく早く来るかもしれないじゃん?電車を一本早く乗っちゃったかもしれないじゃん?大好きな彼を待つ私の鼓動は早鐘を打ちすぎて、顔も手もなんだかじんわりしてくる。

だって、2か月ぶりだよ?東京ー大阪間は距離がありすぎて、金銭的にも時間的にも頻繁に会えるわけじゃない。私もたまに東京へは行ってるけど、一回につき新幹線代で諭吉が数枚飛んでいく現実は、一人暮らしの私にはなかなか厳しい。
彼は彼で金銭的には私よりも余裕があるけど仕事が忙しくてなかなか大阪までは来れる暇がない。

この前会ったのは12月の2週目だったな。本当はクリスマスに会いたかったんだけど、彼の会社の忘年会が入ったとかで会えなかったんだ。
当然プレゼントだって交換してない。彼の誕生日が12月だったから、この前会ったときにちょっと奮発して彼の欲しがってたブランドの財布をプレゼントしたっけ。
クリスマスプレゼントに婚約指輪ーーなんて憧れるけど、どうやらそんなロマンチックなことは彼はしそうになかった。

「ごめん、遅れて」

思考の海をさまよっていたら、突然の声に現実に戻ってくる。

「ううん、今来たところ」

バレバレな可愛い嘘。いつも私の方が早く来るのはきっと彼も知ってると思う。俊介は少し笑って歩き出した。

指先に引っかけられた指。触れ合う体温が高い。こんな些細なことなのに、幸せを感じてしまう。
私は遠慮がちに触れ合う彼の手の平を少し強く握りしめた。



俊介は出張ついでに大阪に来たらしい。明日は日曜日だというのに仕事らしい。だから、デートも今日の夜まで。たった半日しか会えないのは少し寂しいけど、忙しい中私に会いに来てくれたのは素直に嬉しいし、感謝してる。

「ねぇ、今日はどこに泊まるの?」

あわよくば一緒にお泊りを目論む。

「近くのビジホ」

するっと彼の腕に手を絡めて小首を傾げ、あざとい目つきで今晩一緒にいていいか聞いてみる。

ーーが

どうもダメらしい。

そういえば、彼とお泊りデートはしたことない。いつも日帰り。東京ー大阪間だから、会える時間は限られる。
疑問に思ってそのことを聞いてみたら、仕事が立て込んでいるからって。

俊介は出版社に勤めてるみたいだから、忙しいらしい。マスコミの子は同級生にもいるから、話を聞いてみたら、確かに酷務らしく、有給もなかなか取れないらしい。

そんな中、私と会う時間を作ってくれるんだから、文句は言えないよね。

ダメダメ、彼とのデートに集中しなきゃ、もったいない!

大きな公園を通りかかったら、なにやら歓声が聞こえる。
なんだろう?と歓声の方へ目を向けたら、観覧車が見えた。

「あれ?こんなところに遊園地なんかあったっけ?」

「へえ」

面白そうだから、という理由で足を向けることにした。彼は絶叫系が好きらしく、私も嫌いではないため遊園地の一等地を陣取っているジェットコースターの列に並ぶ。

結構混んでいて、前に20人ほど並んでいたが、一度に乗れる人数が多いためか、すぐに順番が来る。

「貴重品、手荷物はロッカーにお入れください」

係のアナウンスに従い、ロッカーにバッグを押し込む。彼はバッグを持たないタイプの人だけど、尻ポケットから万一落ちたら困るからと財布とケータイを預かり、一緒のロッカーに入れた。

その時なぜか、彼は不機嫌な顔つきを一瞬したが、すぐにいつものにこやかな顔に戻った。


ベルがなり、ジェットコースターが出発するころには、そんな違和感は消えていたけど。



「サイッコー!!」

「うん、この辺りじゃこのコースターが一番怖いかも!」

口々に感想を言い合いながら、ロッカーへ荷物を取りに向かう。
私は自分のバッグを手に取り、ついでに彼のケータイも取り出そうとした。

「?」

手に取ると、携帯が反応してポップアップが表示される。

「着信 恵子」

一瞬そんな文字が見えた気がした。

考える間も無く彼が携帯を引ったくる。

「?なんだった?」

私の顔を覗き込むといつもの笑顔で微笑む。

丸め込まれそうな笑みに反するように、私の本能が危険を知らせる。

ーーこれは、いけないやつだーー



ー彼のことをどこまで私は知っている?

身長は175センチ。血液はA型。
東京の大手出版社に勤めていて、営業をしている。
趣味は映画鑑賞、ゴルフ、釣り。
休日は土日だけど、仕事でなかなか休めない。
結婚願望は人並みにあるけど、お付き合いをしてみて気の合う人がいたら結婚したい。

違う、違う……今のは、彼と知り合ったマッチングアプリの情報。
そうじゃなくて、「私」は、彼の何を知っている?

忙しくて夜に電話をしたら怒られた。
会いに来てくれるのはいつも土曜の日中。それも、2か月に1度会えればいい方。
私から東京へ行く時は泊まりで行くけど、なぜか一緒に泊まってくれずに次の日も会ってくれない。
ラインは夜11時以降にしか返事をくれない。日中送ってもしばらく未読スルー。
彼と私の友達とは会ったけど、彼の友達には会わせてもらえない。恥ずかしいらしい。
彼は37に見えないくらい、パリッとスーツを着こなしてて、オシャレでイケメン。

友達に言われたっけ、

「いい男は結婚しちゃってて残ってるのはブサイクか変な男だけ。35超えてスペック高いイケメンは危険だよ」

その時は反論したけど、今は友達の声が心に突き刺さって痛い。

ガンガンする頭と、血の気が引いていく身体が重い。

今は彼と一緒に歩くのは無理だ。

「ごめん、急に頭痛くなったから帰るね」

この後ラブホに行く予定だったからか、彼の顔が不機嫌に曇る。
いつもはこの顔が見たくないから機嫌を取って彼に合わせるけど、今日は無理。そんなことは無理。

一刻も彼と一緒に居てはいけない気がする。

私は小さく「ごめん」と呟き方向転換する。足早にさっきまで歩いていた道を引き返した。

家までの道のりがいつもより長く感じて吐き気がする。

私の直感が間違ってるかもしれないと気を取り直そうとする。
しかし、気分は塞ぐばかり。
ここは、一人で考えても仕方がないと思い、親友の智花に電話しようと思った。

3コール目に電話に出てくれた智花は、私の話を聞くと少しため息をついた。

「マッチングアプリは素性が分かんないからね。半分美希が悪いよ」

少し棘のある言葉は、心に突き刺さったけど智花の声は優しかった。

「で、証拠はあるの?」

「着信に女の人の名前があった」

「女友達かもしれないじゃない」

「うん……」

智花には俊介の話をよくしていたので、彼女も彼の不審なところは知っている。実際大丈夫?と聞かれた時もあった。

「でも、疑わしいのは事実だよね。美希は彼のフェイスブックは見たことあるの?」

「?ないけど?」

「バッカ!名前を知ったらまずそこから調べなきゃ!!」

彼女と通話をしながらフェイスブックを開く。
彼の名前を検索してーー。

「同じ名前がいっぱいあるよ」

「彼の出身地や出身校で絞るのよ」

「あ、そっか」

回らない頭を回そうと必死になる。智花に教えられた通りにすると、俊介のページに行けたみたいだ。写真は数枚だが、女性らしき人は写ってない。
少しホッとして、スクロールしたらーー

町田俊介は2013年に武田恵子と結婚しましたーー

ショッキングな文字が飛び込んできた。

恵子って、あの着信の恵子か。
思考が拡散する。視点がブレる。

やっとの思いで智花にこのことを告げる。絞り出した声は、低く暗かった。

「既婚者、か」

智花は許せない、30過ぎの婚活女を騙す男はアソコが腐って死ねばいいのに、とか酷すぎる、とか電話の向こうで喚いていたけど、私はその声を無視して電話を切った。

それからの行動は早かった。

俊介に一方的な酷い別れのラインを送りつけた。
どんな反応するか気になって1時間ほど待ったけど、未読のままだったので、未読スルー決め込んだんだな、と判断してブロックした。電話も着信拒否にした。

でも、笑えることにやることはこれだけ。私は彼と電話とラインでしか繋がってなかったんだ。当然家も知らない。住所もわからない。家電もGmailも知らない。会社もわからない。共通の友人もいない。

あははははは、ふふふふふ。

乾いた笑いがこみ上げて、最終的に狂ったような大きな笑い声がこだました。

涙は出てこない。今、自分は世界で一番不幸だと思いながら、ぼうっとその場に立ち尽くした。

女には賞味期限がある。そうは思いたくないけど、今年で35。高齢出産の年だ。子供が欲しい、とか結婚したい、とか思うくせになんで私はこんな無駄な一年を過ごしたんだろう。

自分の馬鹿さ加減に反吐がでる。そして、さっきまで私の隣を歩いていた愚かな男を想像で血祭りにする。
そんなことしか、私にはできない。私は無力だ。

ーーいや

違う。

私こそが一番幸せにならなきゃいけない。恋愛ごっこはもうしない。

幸せになる為にはどうしたらいいのかーー。

幸せ、それは結婚?子供?

いや、違う。

今の私に必要なのは自己肯定感や自己愛。自尊心。私を幸せにするのは、他でもない私だから。

私を貶める奴、利用する奴、陥れる奴はみんな死ねばいい!!

私は静かな怒りに燃えていた。

もう、恋なんかしない。したとしても、利用される恋なんて、真っ平だ。

強く生きよう。男が女を利用するように今度は私が利用してやる。

そんな思いと矛盾して寂しさが湧いてくる。誰も私のことをわかってくれない、私はひとりぼっちだ、という思い。

衝動的になる。男は誰も信用できないと思うのに、寂しくていてもたっても居られない。私は智花の言葉を無視して、マッチングアプリを再インストールする。

そして気づくと俊介と同じスペックの人を検索していた。


続く




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