君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

消滅

────その戦いには、どれほどの意味があるだろう。多くの犠牲を出し、多くを失ってなお、戦う意味はあるだろうか。


 16歳の少年は、あまりに残酷な運命を持っていた。姉が死に、両親が死に、死の謎を解き明かし復讐する。そのために、ここまで生きてきた。


 しかし、その幕切れは予想もしなかった。父は少年を守るために死に、母はただの病気で死に、そして姉は、友を守るための自殺だった。


 それまでに多くの人を失った。同級生だけではない、信じられると思った友人さえ失った。それも自らの腕の中で。


 復讐は、もはや、ただの謎の解き明かしではなくなり、殺すか殺されるかの戦いとなった。争いは何も生まない。誰だってわかっていたはずだ。


 人間を殺せない、だから自分が死ねば、もう何もかもなくなるのではないか。そうやって屋上から飛び降りたというのに、嫌というほど戦いを強いられる。


────今度は拒まなかった。決意、覚悟、そう思いたければそれでもいい。




……わかっていたんだ、自分は、戦う運命にあると。




────頼む、誰か、殺してくれ────




 ほんの一瞬、瞬きもできない間に、ぐちゃり、ぐちゃりと音を立て、触手と死の左腕は衝突する。金属音ともいえない不気味な音が響く。焼けこげるような、潰れるような、砕けるような。そのたびに、触手は壊死していく。パンドラが短刀を握るなら、悠治も剣を手に取った。


「殺す、殺してやるとも。未来を、未来を掴むんだ!」


 ガキン、ガキンと金属音を立て、刃同士が閃光のごとくぶつかる。火花が散り、刀は次第に明るくなる空を映し出す。
 それは、お互いに人としての速さを超えていた。どちらも、人間ではない。だが、刃がぶつかるそのたびに、悠治の持つ剣は欠けていった。


「クソっ……「世界」には叶わねぇってのか!」


 その刹那、触手が剣をはねた。同時に、幽体化していなかった右手が吹き飛ぶ。手はすぐさま煙になって、再生したが、今の一瞬は、死んだはずの悠治ですら怯んだ。
……もうこれ以上、後には引けない。死の左腕を、めいっぱい使う時だ。


「死ねっ! 俺は、絶対に、お前を殺さなきゃいけないんだ!」


 左腕から放たれる黒い波動は、周囲の草木を枯らし、火さえも止め、物体をも破壊し、空気を押し殺す。その左腕を思いきり、パンドラの胸に突きつけた。
……終わらせる。ただ一つのその思いは、ある結論にたどり着く。


────どれだけ手を伸ばしても、肉体であるパンドラには一切届かない。先に届くのは、術装となって彼の身を守っていた、怜治と日和だった。


「嘘だ……ろ」


 その手でつかんだものは、どこか暖かくて、優しくて。殺してしまったのに、まるで咎めていないようだった。気にするなよ、こういうの仕方ないって。怜治の声が悠治の頭に響いた。


「あ……あぁ……俺は、今度こそ……自分の手で……」


 風が通り抜けるように、頭の中に声が響く。それは、愛していた日和の声だった。


「死んだやつなんて気にしなくていいのよ。あなたは終わらせるべき。この世界を……いいえ、和仁を」


 まるで、その言葉のためだけに、待ってくれていたかのように、鎧はガシャン、と音を立て、崩れ落ちた。それがある命の終わりの形なんだと、悠治は気づいた。最後にもう一度、その姿を見ることは叶わなかった。
 そして跡形もなかったように砂となって、そして、その砂さえも消滅した。少しだけ和仁は見たが、目にも留めない様子だ。実の姉と、親友を、目の前でもう一度殺されたというのに。


「どうして……どうして……この手は、お前に届かない! 一番手を伸ばさなきゃいけないのは……」


 一番殺さなければいけないのは誰か。一番普通の手を差し伸べなければいけないものは何か。それでも前を向く。それでも戦う。そこにはもう逃げ道などない。ただ一つの道しかない。終わりへの、道しか。


「うおおおおおっ!」


 死の左腕と、触手が激しくぶつかる。必死な悠治に対し、パンドラは全く表情を動かさなかった。触手は見ると壊死していく。だが、反動は悠治にもあった。使えば使うほど、腕が焼けるように熱い。


「この手……俺の手には……合わないよ……」


 息も絶え絶えだ。ここまで、この夜ずっと戦い続けた。戦いたくなかった。本当なら全部、和仁に任せたかった。和仁なら、この悲劇を終わらせてくれるって信じてた。鳩を打ち崩す決定打だって。
────でも、それは違った。鳩を打ち崩す決定打には、誰にだってなれた。それは悠治も同然だ。
 なら、何がここまでひどくしたのだろう。この世界を、こんな滅亡にまで追い込んだのは。
……和仁だ。そう言いたい気持ちを悠治を堪えた。違うんだ、和仁一人のせいじゃない。和仁が世界の柱だから、和仁を中心に世界を作ったのだから、彼のせいというわけではない。


「なぁ、和仁、これは、俺が考えたんだけどさ」


 短刀の一撃が飛ぶ。左手で殺し、防ぎながら、何とか言葉を続ける。


「うっ……痛いな。ははっ……こんなこと、誰のせいにもできないよな。誰にだって願いはあったんだ」


 満身創痍、もう悠治は動けない。いいや、殺せる。殺すと決めた。だが体は動かない。いや、そうさせてくれない。


「誰かと結ばれたいのも、誰かを守りたいのも、未来を掴みたいのも、誰だってあった願いだ」


 無言の刃が、悠治を貫く。たとえ幽霊でも、たとえ死んでいても、実体化し続ける限り、その痛みは刺さる。胸を抉るような、心すら痛むような、そんな痛み。幽体化はしなかった。それこそ、目を逸らしているのと同じだから。


「うぐぁっ……俺に……だって……願いがある。未来が欲しい、誰かの未来を作りたい。俺はきっと、そのために今日まで……」


……生きながらえた。魂だとしても。そう言いたかった。だが、首元には触手が迫る。


────わかっている。首を落とされれば、形ある魂でも、死に至る。


「最後に、一つだけ。お前に……お前ひとりに……こんなことをさせるべきじゃなかった。一人の少年に、世界は重すぎるよ」


 悠治は右腕を、めいっぱい伸ばす。


「俺が掴みたかったのは死じゃない。本当に掴みたかったのは、お前の幸せになる未来だった」


 その手が、最後の抵抗だった。左腕が魂を蝕むよりも先に、悠治の首は、宙を舞った。そして、打ちあがった首は、煙のように消えて、はかなく空へと溶けていく。それに続いて、体も、空気に溶けていった。


……終われなかった。終わらせてしまった。唯一の自我は、体を動かすことに仕えなかった。


 どこで自分は間違ったのか。どこまでが正しかったのか。何をすればこんなことにはならなかったのか。


 わからない、それでも、こんな状態で生きているなんて罪だ。


 この世界は、罪がきっと多すぎた。自分自身が罪深い。


 誰かにこの身を変わってもらえたなら……いいや、それでも結果は同じだった。


 もし、あの時、ああしていれば。もし、あの時こうしていれば。


 人生というものは後悔がつきもので、必ずしもうまくいかない。


 その後悔の数だけ、分岐点があり、平行世界がある。


 どこかの大学教授がそんな論文を出していた。


 俺にそれはあったのだろうか。今思うとなかったように感じる。


 最初から、世界の理の外に居たのかもしれない。


 いいや、「俺たち」が世界の理から外れていたのか?


 どちらでもいい。俺が歩んできたこの人生は、おそらく覆らない。


 そうやって人は生きていく。間違いや後悔の上に立つ。




────だからこそ思う。俺はこれでよかったのだと。


────すべてを終わらせることに、何の悔いもないと────


 太陽が、昇る。その瞬間、世界はまばゆい光に包まれ、誰かの希望も、誰かの夢も、誰かの未来も、すべて、すべて、消してしまった。

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