君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

 放たれる圧倒的な力を前に、その場にいる全員が絶句する。確かにそこにいたのは、この世界を救う希望とはかけ離れていた。それはもはや化け物で、この世界を滅ぼす存在でもあった。
 もはや、人間ではない。その力と見た目に、かける言葉などなかった。世界を救う代償に、人間であることを、覚元和仁は完全に捨てたのだ。


「和仁……そんな……」
「問題ない。削除する」


 声に感情はなく、機械的に発せられる。思考ももはやない。そこにあるのは、戦うと決めた「人間だった覚元和仁」の思いの塊だった。


「和仁、決着を付けよう。もう俺はもたない」


 世津の息はぜぇぜぇと苦しそうだ。ここまでに、かなりの時間を消費している。あの悪魔を倒せるか。そのくらい、世津は限界だった。
 だが、世津は同時に、悔しそうに唇を噛む。世津だって、悠治だって、もうわかっていた。
 そこにいるのは、ただ一つのプログラムに従う機械だと。


「さぁ、やるぞ。もう後には引けないからな!」


 幸村は、から元気だった。装っても二人にはわかった。幸村も、事の重大さに気づいていると。だが、今はそれよりも、目の前の悪魔だった。


「アァ……さぁ、世界を……ホロボシ……テ」


 コスモももはや限界だ。ゆっくりと進むだけで、体も心も、罪という負の意識に汚染されていく。そこには人間らしさなどなく、ただの力の源としてでしか動いていなかった。それを果たして、生きていると言えるのか。


「ウオオオオオォォォォァァアアアア!!!」


 悪魔が悲しい叫び声をあげる。それを一番感じ取っていたのは世津だった。


「どうして……あの悪魔の叫びが、こんなにも悲しいんだ? あんなのは、関係ないはずなのに……」




 一方そのころ、邪波で囲まれた空間の外では、交通規制が行われていた。警察も消防も、多く駆け付けたが、その黒い霧の先に、入ることはできない。
確認に入った警察官が、たった一歩踏み入れただけで、意識を失って倒れた。何とか足を引きずり助け出したが、意識はない。


「毒ガス反応もないんですよね、神代さん」
「あぁ、どういうわけだかなぁ」


 神代は原因はわかっているものの、はぐらかした。なんといっても、これは外から見てもわかる。明らかな暴走だ。邪波がその域を超えている。何か中で大きなことがあったとしか思えない。霧はさらに濃度を増し、先ほどのように刀を放てるほどでもない。


「少し、ほかの場所から様子を見る。冬樹、お前はここで待機だ」
「またどこかに行くんですね、神代さん。すぐ帰ってきてくださいよ」
「あぁ、まぁ、な」


 はっきりしない返事でその場を去ると、先ほどのマンションの上へと上がる。七階から眺めても、やはりその光景はひどい。


「心眼の術・開眼」


 目を閉じ、肉体ではなく精神を使い、黒い霧を見る。少しばかり透視のできる能力だが、今回は見えが悪い。砂嵐のようになっていて、はっきりとはわからない。
 しかし、これだけはわかる。何か巨大な、力の塊、鳩の力を超えた何かがいた。


「こればかりはどうもならん。もうすぐ夜が明け、この町は完全に異界と化す。いや……滅びるのか?」


 その時だ、目を開けられないほどの風が吹く。思わずぎゅっと目を閉じた。そして、囁くようにその声は聞こえる。


「神代さん、お困りですか?」
「何者だ!」


 気配を全く感じなかった。目を閉じたほんの一瞬だったが、いつの間にか隣には美しい少女が立っている。刀を構えたが、これでは遅い。相手が敵なら、完全に殺されていた。


「そう殺気立たないでください。神の血を引く流れの、紀和家のものです」
「……紀和の現在の当主……なるほど、もっとも一般的で、奥の深い術「幻術」か」
「先ほどこの術で、覚元くんのそばにも行ったのですが……今は活用法の話ではありませんね」
「紀和家の人間は、いつも変わった神具を作るとして有名だが、今回はそのような品を売りに来たのか」
「売ることはありません。あなたに協力してほしいのです」


 その言葉に、神代は首をかしげる。


「今さら協力? もう昔に血は違えたというのに」
「えぇ、ですがこれは、世界を揺るがす一大事です。過去の怨恨は、今は忘れましょう。簡単に言うならば、あの化け物に一撃を」


 そう言って志乃は、どこからともなく、人の手に持つには少し大きい弓矢を差し出す。


「私が使っていたものですが、あなたの力ならばきっと、と思いまして」


 そして、志乃の体は足元から消えていく。まだ何も聞いていないのに、ただそれだけを託されて。神代はどうしても言いたいことがあった。俺なんかはもう、この町は救えない身だと。しかし、それ以上に、長年の執着が口から飛び出す。


「待て、紀和家の当主! 幻術であっても覚えておけ。神の血は、いつか必ず絶える!」


 言いたいことより先にそれが出てしまう。もはやそれは呪いだった。だが、今にも殺そうとするその覇気を、受け流すように、志乃はクスクスと笑う。


「えぇ、私は抗いません。ただ新しい神に仕えればよいでしょう」
「新しい神……?」


 その答えは出さず、志乃は消えてしまった。やり場のない気持ちが募るが、今はそれどころではない。一刻を争う事態。この世界の崩壊を、どこか感じ取っていた。心眼で、敵の位置を発見する。落ちつき、丁寧に弓矢を構え、引く。


「俺がまさか、世界をもう一度救う助けをするとはな」


 神代はニヤリと笑い、目を見開いた。


伊邪那岐イザナギ!」




 そのころ、悪魔に、悠治たちは苦戦を強いられていた。悪魔の放つ光線で、マンションに足場はなく、町はどんどん破壊され、破壊された箇所は、溶岩のように赤く焼け、ドロドロと溶けていた。マンションからマンションへ、破壊されるたびに、悠治は息をする怜花を抱えて逃げる。悠治は空に浮くことはできない。それが精いっぱいだった。


「くっそ……俺は飛べねぇよ!」


 不満を叫ぶも、そんな場合はない。またも足元は溶かされる。


「空中だ、悠治!」


 世津は、金色のキューブを空中にいくつも出現させる。それを使って、なんとか空へと上がり、町の全貌を見下ろした。
 そこはもはや、赤い地獄。溶岩であふれかえり、大火災に沈んだ町。あの遠距離から放たれる一撃に、悠治たちはなすすべもなく。ただただやられ続けるばかり。


「町が……」


 救えなかった。悠治はそう叫びたくなったが、ぐっとこらえた。まだだ、まだ世界を救う戦いは終わっちゃいない。遠くのマンションにいる幸村に、悠治は叫んだ。


「侍さーん! 大丈夫か!」
「おぉ、なんとかな! ところで真っ白助! 死の左腕の影響って、悪魔には届かねぇのか!?」
「無茶言うな侍さん! そんなことしたら、ここにいる全員が死んじまう! 侍さんは!」
「遠距離の一撃が放てるのは、一回だけ、力を使い果たしたら、消滅しちまう……あってもチャンスは一度だ!」


 圧倒的不利な状況。和仁に何とかしてもらいたかったが、和仁は、氷の波動を何秒か置きに悪魔に向かって放つだけの、機械となっていた。それは確かに、ゆっくりと悪魔を破壊させているが、これではもたない。
いや、和仁はそもそも、あの悪魔を倒す気などないのではないか? 悠治は、足元の下のマンションにいる世津に声を張り上げ聞いた。


「世津、てめぇはどうだ!」
「槍を放てばいける。だが、その槍を自分の力で返すのは無理そうだ。あってもチャンスは一度きりだ!」


 何か、その一度きりのきっかけになる一打を作りたいが、このままでは策がない。


「和仁、なぁ、和仁!」


 必死に悠治は呼び掛けるが、常に返事はこうだ。


「削除、削除」


 そこに意思がない時点で、呼び掛けても無駄だった。


「あーもう! 神でも悪魔でもいい、誰か助けてくれぇ!」


────そう願った、その時だった。悠治の横を、掠めるように通り抜けていった「流星のような一撃」が見えたのは。


「なっ……! なんだこの一撃! 誰が……」


 その白い矢は、悪魔を貫き、穴をあける。その穴から溶け出るように、核として閉じ込められていた全員があふれ出た。黒い泥にまとわれながら、一人、また一人と地上に落ちていく。出てきたのは5人、最上純を除いて、全員だ。


「今だ!」


 悠治は叫ぶ。その時、ちょうどよく、和仁から氷の波動が放たれた。


「世津! 俺はこの異界ごと破壊する。お前も協力してくれ」
「だが、幸村、お前は……」
「神社に強制送還だろうなぁ。いいぜ、この世界も悪いことばかりじゃなかったな!」


 幸村はその刀に力を集中させる。先ほどまで屋上で準備はしていた。あとは放つだけだった。


「異界を一度だけ壊して、穴をあけて……そこから朱音を助け出した……大丈夫、お前を必ず、お前の望む未来へ連れてってやるよ!」


 刀を振り上げる。白い光をまとい、周囲に閃光が走る。世津も最後の一撃のために、槍を構えた。


「閉じた世界の輪よ、今この身をもって切り開かん、白澤はくたくの……一刀いっとう!」
「世界よ、我が瞳の中に。空間は、この一槍いっそうによって貫かん。観測不能アンオブザーバブル次元ディメンショナル終焉シャットダウン!」


 全力で投げたその槍は、矢で空いた穴から貫き、大きな穴をあけるとともに、この邪波の空間へと突き刺さった。
……空間は次第にひび割れる。そこへ、振り下ろした幸村の一撃が加わり、悪魔は一刀両断。中心に空いた 穴もあり、完全に砕け散った。そして、その斬撃は、空間へも届き、槍の一撃と合わさって、邪波の空間を完全に破壊した。
────霧は次第に晴れ、星空が見え始める。


「空が!」


 見上げた悠治は思わず笑みがこぼれる。終わらなかったはずの夜が、ようやく終わるのだ。だが、幸村の声も、世津の声も聞こえない。


「おい、まさか……また俺は……」


 それを悟って、悠治から笑顔は消えた。
────まだ、この戦いは終わらない。そして、まだ多くを失う。




 体から悪魔の力が抜け、コスモは何とか息を吹き返す。一歩遅ければ、悪魔に完全に飲み込まれていただろう。


「ぐっっ……そんな……嘘よ……この世界を、破壊できなかっただなんて!」


 悪魔の消滅で正気を取り戻したコスモだが、まだ世界の破壊を、あきらめてはいなかった。もう一度、何度でも、その願いのために立ち上がる。それこそ執着だった。
 しかし、力を吸い上げられた今、コスモには世界一つ操る力すら残っていない。悔しさに唇を噛みながらも、目を緑に輝かせ、さらに力を貯める。


「もう一度……もう一度! 幸せな世界を絶対に作るんだから!」


 そこに、空間にタイルを作り、コスモの浮くその場所へと、歩んでいった青年がいた。一歩、一歩、ふらふらと、今にもその宙に浮くタイルから落ちてしまいそうな青年が、踏みしめるように、確かに、歩み寄る。


「嘘……でしょ?」
「やっと会えた。君恵」


 そして、青年はそっと抱きしめる。見えないその目で、何とか探るように、その体を確かに感じ取る。その体はもはやボロボロだった。先ほど槍を投げた右腕は、赤黒く変色し、もはや機能しない。「世界」を体に通した代償に、腕も、足も、首も、見える場所はすべて肉が裂けている。


「こんなボロボロに……私は目を確かに閉じたのに」
「……そうだな。でも、俺はその力が必要だと思ったから、こうなるのは覚悟の上だよ」


 最初から、その力は巨大すぎた。どれだけ凝縮し、ラプラスの瞳に収めても、それは確かに、体に影響を及ぼす。寿命は少しずつ削られ、喀血する。
 だからこそ、人間でありたかった。その反面で、その力で世界を救いたかった。
 矛盾していた。こんな世界を救うなら、人間をやめなければいけなかったのに。だからこそ、命を懸けた。


「達見くん。私、達見くんの幸せな世界を……作りたかったの……」


 すべての元凶であるコスモは、ただ、その失敗を嘆いた。どれだけ神性を上げても、体は耐えられないのだ。どれだけ人間を超える知識をつけても、根は人間だった。
 だからこそ、青年は思う。


「そんな必要はなかったんだよ、君恵。俺が何のために、この力を手に入れたと思ってるんだ?」
「私のせいでしょ……?」
「違うよ、最初からこの目は、君恵を映すためだけにあったんだ。そう、それだけのため……」


 空間のタイルは次第に消えていく。抱きしめた体は、次第に重くなっていく。コスモが泣いたって、誰かが叫んだって、きっと世界が変わらない限り、その事実は覆らない。コスモはようやく地上に降り、その重く、冷たくなった体を、もう一度抱きしめた。


「人の命は短いんだもの。私がそれに、合わせればよかっただけなのよね」


 青年の白衣に、涙が落ちる。青年はもう、口を開くことはないだろう。


「毎日のその一瞬を、大切にすればよかった」


 ただ、一人を守りたかった。世界よりも、命よりも、大切な一人を。




 一方、幸村は、ギリギリの力を残していた。空間を割ったのは全出力ではない。世津の命を懸けた一撃で、それは大きく緩和された。それはつまり、世津が死ぬ一撃を放つのを止めなかったということだ。
理由は一つ。呼ばれた理由が、邪波の破壊であったためだ。ただ、その一撃さえ放てば、この町から立ち去る予定だった。
────今の朱音の思いを聞くまでは。


「結局、俺は、最低の男だ。ただ一人のために、何かを犠牲にするなんてな」


 だが、幸村は今回、一人を失ってでも多くを救う道を選んだ。泥にまとわれたまま地面に落ちた、5人を何とか助け出す。刀で泥を切り、粘着質の泥を引きはがし、その場に寝かせる。二神様も、二上も、大参も、亮治も救出した。そして、最後、惜しみながらも、朱音の泥を引きはがす。息は確かにしていた。気を失っているだけだろう。


「朱音、どうか、どうか……幸せに」


 額にそっと口づけをする。次の瞬間には、体は強制的に神社へと転送された。体は、消滅しかかっている。すぐにでも戻らなければ、邪波のなくなった空間で、この魂は耐えられない。


「なぁ、コスモさんよ。俺の願いはちゃんとかなえてくれるんだろうな? お前の望んだとおり、世界の未来を作ってやったよ」


 そして、開いた空間の中へと入る。音もなく、その空間は、何事もなかったかのように閉じてしまった。






「世界終焉停止、削除。世界を、続けますか」
「続けるって言ってんだろ! 聞けよ、和仁!」
「世界終焉停止、削除。世界を、続けますか」


 邪波が晴れ、町は壊滅。日はあと少しで登ろうとする、最悪の夜の終わり、悠治の声に、和仁は耳を貸さなかった。いいや、最初から一つだけの答えしか持っていないんだ。


「お前はもう……和仁じゃねぇ……」
「反乱分子、似非悠治。世界を続けようとする、反乱分子、似非悠治。削除、削除」
「あぁ、お前が世界を終わらす反乱分子なら……」


 力を解放させ、その死の腕の力を放つ。遠くの木陰に、怜花は移動させた。周辺に「人間」はいない。この力を、存分に発揮する時が来た。


「俺は死神、世界の修正者だ。「世界」の一部、パンドラ、ここでお前を、殺す!」

「君の瞳の中で~We still live~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く