君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

予備

「おのれ……お前を取り込もうとしたのに、なぜだ。何がお前の目を覚まさせた!」


 白い触手と、双剣がぶつかる。双剣から伝わる感触は、柔らかくも、芯があり、とても簡単に切れるものではないことが分かった。


「決まってるじゃねぇか、仲間や家族だよ。パンドラにどれだけ未来を壊されようと、確かにそれはそこにある!」
「それ……とはなんだ」
「決まってるじゃねぇか、人間の中で一番ベタな感情……「愛」ってやつだよ!」


 悠治は力で、その触手を押し切り、なんとか一本切り伏せた。しかし、パンドラには大きなダメージではないようで、すぐさま切った触手は復活した。


「愛だの、くだらん。何を美化して語ろうとも、所詮は罪、悪、絶望の世界だ。そして、滅びを約束された世界だ。何を語ろうと、何をしようと無駄なのだ」


 一瞬の隙を突き、首からの細い触手が、下から突き上げるように、悠治の腹に刺さる。術装で防いだものの、あまりにも強い衝撃に、悠治は胃酸を吐き散らした。


「ぐっ……なんだよ、幽霊でも吐くんだなぁ。初めて知ったぜ」


 余裕を見せようとするが、悠治はその一撃に恐怖を覚えた。あれは、素の人間が食らえば確実に死ぬ。しかも、再生を繰り返し、力ではとても押し切れない。何とか、怜花を救い出したいが、あれは怜花であっても、最初から人間ではなかった。


「真っ白助、これはまずいな。あいつ、パンドラって言うんだろ? なら、箱にでも閉じ込めて永遠に出ないようにすればいいんじゃねぇか?」
「幸村、その手はあるが、それではこの世界への影響は止まらない。閉じ込めても、彼女がいる限り滅びへと向かう」
「では、俺は考える時間をくれ、何か引っかかる」


 幸村と世津は、考えながらも、まずは一撃食らわせることにした。何か、案を見出すために。そして、そのわずかな間、和仁は現象を考えることとなった。


白虎びゃっこ白雷はくらい・天地の怒り・その身を焦がせ、雷神地神らいじんちじん!」


 天から突きささるような一撃と、地から突き上げるような刃の一撃が、パンドラに突き刺さる。体が抉れるが、その体はすぐに再生する。


「ならばこうするほかない。能力だけを異空間へ転送する!」
「ぬぁ!? できるのか、世津!」
「体と力が別物だったらだがな!」


 世津はそう言って、槍に力を集中させる。槍先に、エネルギーがたまっていく。次第に空間を割るような力を帯びていき、近寄ることが容易でないほど周囲が圧迫される。


「食らえ、乖離ディタッチメントする次元ディメンション!」


 槍先から発射された金色の光は、包み込むようにパンドラを貫いた。触手が何本か焼き切れ、再生しなくなっているが、それ以外に変化はない。


「これはまた、厄介。あの体そのものが力。力の塊だ。だからこそ転送するならばその意識事、怜花は帰ってこなくなる」
「なかなかの一撃だ、しかし、甘い。世界の欠片を使うものよ、似非怜花という意識は帰ってこない。なぜなら、体を残して死んでしまったからだ。「世界」と繋がった瞬間、彼女は死んだのだ」


 パンドラの無慈悲なその発言に、場は凍り付く。今までのすべての思考が、無駄だったと突きつけられる。パンドラの顔は機械的な、無だった。


「嘘だろ、怜花! そんなはず……!」


 悠治はまた、絶望を突きつけられる。それは、昔の彼なら、立ち直れないほどの絶望だった。また人が死んだのだから。いいや、見殺しにしたも同然だったからだ。


「……ったくよぉ、世界ってのは無慈悲だな。運命は俺を幸せになんてしてくれないんだ」
「絶望せよ、そして、この世界を恨め、似非悠治」
「あぁ……恨むぜ。だがな、こんなことでくよくよしている時間なんてねぇんだよ! 世界が滅びるなら、俺は死んだ身として、未来を繋ぎたい! そこに妹が立ちふさがるなら、俺は……!」


 悠治の目が赤と青に光り、身体の目と精神の目の力が、最大限に達する。左腕は黒い炎を上げ、人間のものとは思えない腕へと変化した。


「俺の名は似非悠治、すべてを殺す死神だ!」


 双剣を右手だけに持ち、もう一度パンドラに向かって走る。降りかかる触手を、剣で押さえつけ、左手でつかんだ。死の概念が触手を伝わり、壊死していく。


「バカな、これほどとは」
「死神を敵に回すとはな、俺を止めてみろ」


 触手は、焼き切ったものと、壊死したものを除き、残り4本。首から1本、背中から3本。触手を再生不可能まで追い詰めたところまではよかった、だが、触手だけが、パンドラの本質ではない。パンドラは赤い目を光らせ、見開いた。


観測不能アンオブザーバブルシン
「させるか、観測不能アンオブザーバブルワールド!」


 パンドラが放った熱線と、凍てつくように冷たい斬撃がぶつかり、凄まじい閃光、爆風、熱と蒸気を上げ、打ち消しあって消滅した。打ち消しあったというのに、屋上は今にも崩れ落ちそうなほどひびが入り、鉄柵は歪んでいた。
 その中で、悠治は、衝撃を真っ向から受けた。しかし、その後ろに続く、世津も幸村も、ケガをしていない。もちろん、悠治もだ。


「衝撃波を殺したのか、似非」


 世津が聞くと、納得したように、悠治は左腕を見た。


「その気になれば、なんだって殺せるな、この手。和仁がそこにいるから制御できるんだけども」
「いいや、真っ白助。それもはや、お前の心じゃない? 死を耐えることができる、それだからこそ使えるんじゃねぇの?」
「侍さんの言うことも一理あるな。心が影響するって……本当だったんだ」


 そして、攻撃を見事防がれたパンドラの顔は、動いていた。ほんの少しだけ眉をしかめ、予想外だった、と言っているかのように。


「この力を見切るとは、さすがは世界の柱だ」
「今の一撃で考えがまとまったものでな。パンドラ、一つ質問をしたい」
「なんだ、言ってみよ」
「この世界に、パンドラは何人いる?」
「……何?」


 それは、パンドラにも、その場の人間も、疑問に思った。パンドラは、パンドラであることを自覚できないため、パンドラであることは誰にもわからない。パンドラであることを自覚した時、その精神は死ぬ。ならば、何人いるかなどわからないはずだ、と。


「パンドラは原罪、一人で十分だろう」
「だが、そのパンドラが必ずしも、世界を破綻させるような出来事を起こせるとは限らない。だって自覚がないのだから「世界」が予定したように、必ずしもなるとは限らない」
「……何が言いたい」
「俺の姉は「世界」が予定した未来を見ることができ、その通りに動いた。観測したため、未来が確定された。それはパンドラにとっては好都合だった。「パンドラの思う通りの未来が確定された」から、パンドラ側の心配はなくなったわけだ」


 和仁は、パンドラに近づきながら続ける。


「俺は、世界の理から外れ、平行世界がなく、死ぬ運命にはない、そう「もう一人の俺」は言っていた。そして、一周目と二周目の世界、違いを生むために、滅ぼすのか、続けるのか、選ぶことができるのは俺だけだと、父さんは言っていた。最初からイレギュラーだったわけだが、それは世界の柱だったから、それで片付いていたはずだった。だが、もし、世界の柱であることに理由があるとすれば、滅び、を選べば、ここまでややこしくはならなかったわけだ。パンドラが動くこともなく、悪魔が生み出されることもない」
「まさか、お前……?」


 パンドラは何もせず、ただただ、目の前に立つ、最大の脅威を見つめる。和仁も何もせず、ただ目の前の片割れを見つめる。


「パンドラには常に「予備」があるとすれば。そう、例えば、世界を滅ぼす元凶を作る存在を、一つくらい用意する。例えばそれは「俺の姉」で、例えばそれは「俺」だ。そして、パンドラと繋がらなければ、その予備は自覚しないまま生き続ける。または自覚しないまま人間として死ぬか、のどちらかだ」
「パンドラに予備だと!? 様々な時代を乱す存在に、予備……ありえない」
「あくまで予想だ。俺の姉は違ったかもしれないし、俺だけはそうなのかもしれない。だから、確かめさせてもらおう、パンドラ」


 そういって、和仁が手にしたのは、世界の欠片だった。「吸収」の概念を持ったそのナイフを、呆然として動けなくなっているパンドラに突き刺した。そのナイフに抜き取られるかのように、触手は縮んでいき、髪の毛も次第に茶色く戻っていった。


「確かに、無駄かもしれない。もう、死んでいるかもしれない。だが、少しでもその可能性にかける!」


 完全にパンドラを吸収すると、怜花はまるで死んだかのように、目を閉じ、その場に倒れこんだ。パンドラを引きはがすことには成功した。だが、この世界にパンドラは存在し続けなければいけない。それが人間の世界を作るうえでの決まりのようなものだからだ。罪がなければ、人間は生きていくことはできないのだから。


「この吸収したパンドラの概念を、自分に突き刺す。その前に、確認しなくちゃな」


 和仁が手に取ったのは「生」の概念。


「頼む、生きろ、怜花! お前は、みんなの希望なんだ!」


 突き刺す。誰もがその光景を、固唾を飲んで見守った。すると、体の血色が次第に良くなり、息をし始めた。


「よかった、生きている。じゃあ、俺の役目は終わりだな。俺の存在を、確かめさせてもらう」
「おい、和仁、何を……」


 悠治の制止を聞かず、和仁はパンドラの概念をためらいもなく胸に突き刺した。


「あ……あぁ! ぐっ!」
「和仁! やめろ!」
「構うな、悠治! お前は、俺が暴走した時、殺すことだけを考えろ!」
「っ……!!」


 苦しみながらも、和仁は世界の柱として、すべてを背負う覚悟だった。ナイフを突き刺したその隙間に、父から受け取った弾丸を詰め込む。体に、力のすべてを詰め込んだ。間の祖、パンドラ、「世界」の力、すべてを背負い、すべて受け入れると誓った。未来を繋ぐためなら……


────この身が壊れようとも構わない。


 背中から生えるのは、赤と青の翼。首元から生える2本の白い触手。白い髪の毛、赤と青の目は強膜が黒く染まり、そして頭から生えるのは白と黒の角。核となる日和と怜治もその一部となり、術装は、まるで騎士の姿となっていた。


「意識はあるな。どうやら実験は成功だ。これが俺の、今できる極限の姿だ……」



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