君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

原罪

「もういいの、何もかも! 達見くん、苦しまなくていいの、この世界で一番苦しいのは、あなたなんだから!」


 コスモは歌うように叫び、両手を広げる。その悪魔が吸い上げる力で、左腕から黒く変色し始めていた。悪魔は悲ししい叫びをあげながら、次第に歩き出す。
 そのコスモの声を、世津は聞き届けた。遠くにいるはずなのにその声が、心の中に訴えかけるように聞こえてくるのだから。世津の顔が歪む。その「世界」の力の重さに、そして、コスモ、いや、君恵の心の痛みに。


 そのころ、屋上では。


「世津、てめぇ、こんなところに!」


 世津が莫大な力を発するマンションの屋上に上がってきたのは、武装した悠治だった。世津は一目で見抜く。その武装は術装、似非怜治だと。かつてこの地を治め、襲い掛かる怪物に立ち向かった、十三人の侍は、術装でその体を守り、人間とは思えない力を手にしていたという。
 世津のいつもと違う様子に気づいた悠治は、思わず焦る。


「ん!? いや、そのな、すまねぇ、怒らせちまったら……」
「関係ない、この姿は「世界」の力が宿った姿だ、気にするな」


 そこへ階段を上がり、駆け付けたのは、和仁と怜花だ。怜花の姿も、日和が術装となったことに世津は気づく。


「術装、か……お前たちも最終決戦への準備は整ったみたいだな」
「世津さんも、なれてよかったですね」


 和仁のその言葉に、世津は眉をひそめたが、すぐに笑みに変わった。


「あぁ、そうか。俺はさっき、和仁と戦った。その時望んでたんだな、唯一無二を」
「もう、俺と世津さんの「世界」の力は別物です。それはもはや、世界の欠片の域を超えています」
「そういうお前もだな、和仁」
「お互い様です。ですが、時間もありません。世津さんがその姿を保てるのはあと10分といったところ、早く決着を付けなければ……」


 その先を考え、和仁も世津も、表情を濁らせる。


「わかっている。俺の負担は相当なものだ。だが今は、戦い抜かなきゃいけない。君恵を……もう一度救い出すんだ」
「もう……一度?」
「あぁ、無限の世界から救い出した次は、作り出した絶望から救い出さなきゃな。俺の目は、どんな世界でも見えている。この先の敗北も、勝利も、すべて。それを選び取れるよう行動する。そうして未来を掴むんだ」
「えぇ、俺も同じです。俺が世界の柱なら、俺が動けば世界が動く。俺の道しるべになってください、世津さん。そうすれば、未来は必ずいい方向へ行くはずです」
「あぁ……そうだ。必ず……」


 幸せな未来を絶対に掴む。その声は、数時間前、素晴らしいと称えあったお互いのように、重なった。


「っしゃ! まぁ、莫大な二人が協力するんだったら、俺も動くっきゃないわな。俺にとって和仁は神様。そんで、その世界の修正、抑止をする。軌道修正なら任せろ、二人とも」
「似非に言われると、どこか頼りないな」
「うるせぇ世津! このガリ勉メガネ!」


 世津は眉をひそめ、不機嫌そうだが、嫌ではなかった。なんだか高校生のころ、まったく違う学校なのに触れ合った、あの夏合宿を思い出す。幸せだったあの日々を。
 そうだ、誰だってあの日に帰りたい。日和も、二上も、大参も、世津も、悠治も、そして君恵も……あの日、親友となった少年少女は、みんな思い描く。この幸せが未来でも続けばいいと。
 それはもう離れてしまった。取り返せなくなってしまった。それでも、その未来を作るチャンスがあるならば、それを掴む。そう、あの日高校生だった、夢を追いかけた世津たちだからこそできる何かがある。
 それは和仁も、怜花も同じだ。これからの未来を、想像し、創造する、その権利がある。誰もが未来を描き創り上げる権利がある。それは、人間の特権である。
 見えないはずの未来を願う。それは、覚元義仁も、似非亮治も同じこと。未来を描き続けるなら、彼らもまた人間と同じ。どこまでも誰もが、人間なのだ。
 もう死んでしまったものは、意思を託す。託しきれず、戦い続ける魂がある。その魂がある限り、その存在には価値があり続ける。死んでもなお、目標のために戦い続けるなら、それもまた、どこまでも人間だ。
 人間であふれるこの世界に、本来は、幽霊も、怪物も、神も、ないはずなのだ。なのに、どうして、人は争うのだろう。わかっている。それが人間だからだ。どこまでも、どこまでも、人間だからだ。


「やれやれ、そこは楽しそうだなぁ……俺も混ぜろやい、とは言わねぇが……少々うらやましい。俺の村にはそんな和気あいあいねぇから!」


 死んでもなお戦い続ける幸村は、笑顔で言う。だがその裏に、どうしようもない悲しみを抱えていることは、どこかわかる。死んでしまったら、それ以上前には進めない。未来を描けても、その先には行けない。


「まぁ、そういうなって、侍さん。俺だって、こんな感じになれたの、この戦いがあったからだぜ?」


 突然の悠治の言葉に、幸村は目を丸くする。悠治はニカッと笑って続けた。


「なかったら、きっと永遠に恨んで、永遠に恨まれて、永遠に分かり合えなかっただろうよ。死んだらもう俺は、こいつらとは歩けない。でも、助けてやれるんだよ。俺はそのために、死んでもこうやって存在してるんだ」


 その悠治の笑い顔を真似したかのように、幸村もニカッと笑う。


「そうだった、大事なことだったな、それ。俺だって、これからの未来を繋ぎとめるために戦ってるんだった。あの閉じた村でもそう、ここに召喚されたのもそう、未来を繋ぐために俺はいるんだった。忘れてたぜ、ありがとな、真っ白助!」


 そして、幸村は、怜花を見る。怜花を見ると、その笑顔は優しく、柔らかな笑顔になった。


「なーんか、昔の朱音に似てるぜ、お前。戦う力はあるが、怯えてるよな。だが、心配すんな。ここに約束する。俺は絶対にお前を死なせない。お前の望む未来まで連れてってやる。ってね……朱音にも言ったんだが。まぁ、兄ちゃんもいるし、心配すんなよ」
「……あ、ありがとうございます、侍さん。でも、悠治は兄じゃ……」
「さーて、世津、どうするよ、こっから!」


 幸村、まったく話を聞かない。怜花はため息をつく。心の中で、お兄ちゃんみたいなところあるな、あの人、と嫌みったらしくつぶやいた。
 さて、話を振られた世津は、少し考える。悪魔は少しずつ、前進していた。おそらく、和仁を殺すつもりなんだ、そう考えた世津だが、どんなようにも取れる。この町を破壊しつくせば、それだけでも世界は崩壊するのではないか?または、自分自身が狙われているか、世津は様々な考えに溺れていた。


「俺が狙いか、町が狙いか、和仁が狙いか」
「まぁ、ここは和仁だろうなぁ。世界の柱だしよ」


 そう答えたのは悠治だ。だが、和仁は反論する。


「俺もそうだがこの町もかもしれない。この邪波で囲まれた空間、何が起こっても不思議じゃない。ここを滅ぼせば、世界に影響が及ぶ可能性も大いにある」
「なるほどねぇ、じゃあ、町と和仁か?」


 悠治の発言に答えたのは、幸村だった。幸村は腕組みしながら考える。


「いや、世津の可能性は捨てきれんな。コスモは、麻生川君恵。つまり世津の彼女だ。創造神が考えることなどわからんが、世津もろとも世界を終わらせに来るんじゃねぇか」
「ってことは、全部かよ……こりゃ、誰も負けられねぇな。誰を守るとか無理っぽいな。なら、作戦か、どうする、世津」


 世津は口元に手を当てる。その目を使い、数多の未来を見るが。ため息をついて首を横に振った。


「この戦いに勝つ正しい道筋はない。必ずどこかで、コスモの妨害が入る」
「未来通りには戦えねぇの?」


 悠治の質問に、そんなことはない、と世津は答える。


「必ず、共通して言えることは、まず悪魔を潰すことだ。そこから先、コスモの妨害が入る。よく見えないな……いくつか黒ずんで見えない。だが、それが無限のパターンがあって、その先はわからないが……悪魔を潰せば、まずは第一関門突破だ」
「勝つための絶対条件として、悪魔を潰すってことだな。じゃあそれで……」
「待て、悠治、世津。そのままじゃ何かおかしくないか?」


 悠治と世津の考えが固まるのを止めたのは和仁だ。和仁はどこか疑問感を抱いていた。


「さっきから気になるんだが「世界」に繋がる俺たちだが、いくつか読み取れない情報がある。「世界」に繋がるならば、コスモの動きだってわかるはずだ。無限の未来のすべてが、途絶えてるんじゃないのか?」
「え!? そうなの、和仁!」


 リアクションの大きかったのは悠治だが、世津も確かに驚いていた。


「このままじゃ、どう戦っても、敗北だ。悪魔を倒すことは先決じゃない。コスモを倒す未来は見えるか?」


 世津は顔をしかめる。盲点だった。それは、世津にとっても、和仁にとっても、絶対に気づくことができない「世界」の妨害。だが、今、その存在に、間接的に触れることができた。しかし、遅すぎたのだ、もう……


「……いや、見えない。仮に倒せても、世界が破綻している」
「「世界」が訴えかけているんだ、それが正解じゃないって。その瞳は確かにすべての未来が見える、だが「最善」はわからないんだ。それに、なにか大きな妨害がある。それは、未来さえも……」


 いてもたってもいられず、悠治が口を開いた。その唇は、悔しさと恐怖に震えていた。


「じゃあ……どうすれば……未来は、消滅したのか!?」
「あぁ、俺たちが理解できないだけで、きっと。観測すればそれは事実となってしまう。絶対に見るな。 見なければ可能性はある」


 和仁はただ、それだけを告げた。それに、世津も悠治も、頷くしかなかった。
 悪魔とコスモは、このマンションとの距離を、じわりじわりと詰めてきていた。残る時間はない。どちらを倒すことも、未来にはつながらない。未来は途絶えている。いや、ここまで振り回されたこの世界は耐え切れず、未来が消滅してしまったのだ。
 動くすべてが世界に繋がる和仁も、どんな未来でも見ることのできる世津では、この世界は救えない。「世界」に繋がる二大巨頭は、ここで潰えた。


 ねぇ……聞こえる? 私の声を、聞いて……


「誰!?」


 そのかすかな声を耳にしたのは、怜花だった。


「怜花、また何かと繋がったのか?」


 だが。今の怜花には、その悠治の声も聞こえない。怜花だけが、その見えない何かの声を聞いていた。そして、涙をつぅと流した。


「そうか、そのために、そして完成形……」
「怜花……?」
「私も、この時のために生まれてきた。私はなんで、先輩に過去を思い出してほしいと思ったんだろう」


 まるでそのすべてを悔やむかのように、声を押し殺しながら空を見上げる。


「それは……過去を知るためだ。真実を」
「そうね、悠治。でも、それは結果、この戦いを招いているの。お兄ちゃんだってそう。私を死神から守ろうとして、戦って死んだ」
「お前が原因だって言いたいのか? でも、そんなことない、違う! 自分を責めるな、怜花!」


 肩をゆすり、必死に訴えかける悠治を目の前に、怜花は首を横に振った。


「この世界はどこから、争いが始まったと思う? 知らないかもしれないけど、それは22年前の平静戦争から。どんなことが起こったかはさておき、そこがこの世界の異常の始まり。なんで世界は、異常を作ったと思う?」
「俺は……バカなんだよ、そんなこと聞くな!」


 バカだと言い張り、必死に話を逸らそうとするが、怜花は涙をつぅと流す。大声で泣かず、まるですべてを受け入れているかのように。


「「世界」はね、最初から、この世界を閉じようと「異常」を作ったの。すべての世界の捻じれとして始まるのが、世津さんが生まれたとき。その時からずっと、世界を歪め、世津さんを殺そうとする「異常」を作るための存在があった。だから、世津さんは、終わらない世界に巻き込まれた。確かにそれは、コスモという神様が作ったんだけど、原因があってね、周りの女子に囲まれている嫉妬、それが原因だった」


 それには世津も無自覚だった。確かにあのころから頭がよく、男女構わず色々な人に好かれてきたが、その中に怜花が?いやそのはずはない。怜花はずっと後に生まれたんだ。


「役目を終えれば、その「原因」は死ぬ。それを繰り返してきた。もう、わかるよね。私が最後なの。先輩が「柱」で、世津さんが「観測者」で、悠治が「修正力」なら、私は「元凶」なの。元凶は転生し、世界を少しずつ終わらせる。どれだけその時のヒーローが頑張っても、異常は連鎖し続ける」
「まさか……やめろ、怜花!」


 悠治の制止を振り切り、最後の力を振り絞るように離れる。体を動かし、何かに抵抗するが、その体は糸が途切れたように、突然動きを止めた。涙を一通り流し終え、そして三つ編みの髪をほどいた。風はないはずなのに、その髪はなびく。そして、見開いた眼は赤く。しかし、鳩とも、二神様とも、何者とも違う赤だった。


「我が名はパンドラ。パンドラの箱の一片であり「世界」のめいにより「世界」を乱すもの」

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