君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

悪魔

「あなたに、支配する力を授けましょう。その代わり、すべてを破壊しなさい」


 ひざまづく純に、コスモは手を差し伸べる。しかし、純はどこか唇を噛みしめ、目を逸らし、ためらった様子だった。


「何を迷う必要があるの? だって、あなたの願いは叶うのよ? 何が不安なの?」
「先ほどのご無礼をお許しください。確かに私の願いは叶います。しかし、私の求めた形とは違うのです」
「求めた形?」
「えぇ、自らが王になるとは思わなかったので。常に私は、王となるべきお方のそばにいました。二上町でも……えぇ、あの邪波あふれる流我村りゅうがむらでも」
「あぁ、赤羽家の婿養子、赤羽愁季あかばねしゅうきね。彼も素晴らしい鳩だった。だって「人間のために尽くした鳩だった」から」


 クスクスと怪しげに笑い、コスモは続ける。


「そうか……19年前、愁季という鳩が死ぬ前までは、あなたはまだ迷っていたのよね。人間につき、愛に生きるか、鳩として、使命を全うするか」
「あぁ、あの頃の私は……弱かった」
「そう、だからこそ「誰かを道しるべとして建てる」ことでしか、あなたは存在できなかったのよ。それがあなた自身で存在できるようになるんだから、いいじゃない。あなたはようやく、あなたとして存在できるのよ」


 どれだけコスモが説き伏せても、その顔は苦悩に満ちていた。それを見たコスモからは、称えていた笑みが消えた。


「今更なんて言わせないわ。あなたはここまで、この世界の破綻に尽くした。ならば最後までやり切ってもらうわよ。どうせ、娘が死んで、愛した息子が「自分を殺すのか」と思うと怖いんでしょ? 最初からどこにも愛なんてなかったくせに!」
「間違えたんだ……何もかも……最初から!」
「なら、全部やり直しましょ? あなたがこの世界を破壊し、支配すれば、世界は元通りに出来るんだから」
「……なぜあなたは、この世界の破綻を望む! 創造神たるあなたが、どうしてこの世界を破壊しようとするんだ!」


 純の必死な叫びを踏みにじるかのように、コスモは純の首を絞める。そして少しずつ、力を注入していった。破壊、絶望、虚無、死、悲恋、劣等感、負の感情のすべてを、押し詰めるように。
 そんな感情のすべてに、耐えきれるはずがない、体は溶けるように、心と体を苦痛でゆがめ、少しずつすべてを黒く変貌していく。


「すべて……押し込む気か……コスモ!」
「えぇ、壊れるでしょうね、あなたは。だから、壊れる前に、教えてあげる」
「いいや、その苦痛に歪む顔……あなたの顔ですべて察しましたとも。あなたは、この世界が間違っていると自覚している。だからこそ……!」
「わかったなら、私に協力しなさい。すべて破壊した暁に、あなたの願い、叶えてあげる」


 この世のものとは思えない叫び声をあげ、その塊は黒くそして爆発的に膨張した。次第に黒い角が現れ、赤い目が光り、黒い体が浮かび上がり、漆黒の翼を広げる、巨大な怪物が誕生した。もしこの世にそれがあるならば、その姿は悪魔、ともいうべきだ。


「グォォォォォォァァァァァ!」
「悲しい悪魔だこと。さぁ、すべてを破壊しなさい。この世界もろとも! 覚元和仁を、止めなさい!」


 悪魔の咆哮はこの町全体に響いた。今起きているすべての住民が、この叫びを聞いただろう。


「さて、この悪魔……核が彼だけは頼りないわね……だから!」


 コスモは近くで眠っていた大参を力を使い、引き寄せると、そのまま巨大な悪魔に飲み込ませた。力はさらに、巨大なものとなり、力は周りの空気を威圧し始めた。


「もっと、もっと……! そうね、ただの人間じゃダメだったわ。力のある……えぇ、私が探してきますとも。あなたこそ破壊神、私は創造神、そう、ここに古き世界の終わりを、新しい世界の幕開けを!」


 その姿は、神社からでも捉えることができた。神社にいる、朱音と二神様は、その様子に焦りの表情を浮かべる。座り込んでいた隆平も、立ち上がってその様子を見た。


「あれは……双眼鏡でも確認しましたが……あれは最上純です。ずいぶんと変わり果ててしまいましたが……」
「本当にあれが……鳩……?」
「まずいのぉ……太陽の神の領域をはるかに超えておる。神性の高い体とて、あんな莫大な力、持つわけがない!」
「そう、だからこそ、あの体を支える「核」が必要なのよ」


 朱音と二神様の間に入り込むように現れたのは、コスモだった。見たこともない姿、そして、その力による威圧感に、三人は一瞬怯んだ。


「あなた……誰……?」
「創造神コスモ。この世のすべてを塗り替える神よ」


 自己紹介はほんの一瞬。目をただ一回、瞬きしたのみ。朱音はあっけにとられたまま、意識を失った。


「朱音!」


 よろよろとした体を何とか起こした隆平も、その目を見た瞬間、あっけなく意識を失った。


「何をする! 創造神! あぁ、そうだな。14年前か、一度出会ったはずじゃ。あの頃のお前は、ここまで落ちぶれてなかったはずじゃがな! 希望に満ち溢れ、何もかも幸せだった、そのはずじゃったがな!」


 その時、コスモの頭には、14年前、学生として世津達見と幸せな日々を過ごしたことが頭によぎった。だがそれももはや過去の日々。それは今ではないのだ。
 その幸せな日々を奪ったのは、まぎれもなく……


「黙れ、下等な分際で、神を名乗るなど甚だしい! お前も取り込まれるがいい!」


 すべてを失う覚悟、すべてを作り変える覚悟のコスモには、もう余裕などない。怒りの感情をあらわにし、鋭い目つきで二神様を睨み、意識を奪おうとする、だが、その一撃に、二神様は僅かに耐えた。


「堪えたか、下等な神め……おとなしく核になるがいい」
「あぁ、その前に一つ聞かせよ。お前はいったい、偽った状態のお前で、何を愛したというのだ?」
「決まっているじゃない、世津達見、ただ一人よ」
「そう……か……」


 そして、満足した笑みを浮かべ、二神様の意識は暗闇へ落ちた。三人の体を抱え上げ、コスモはまた瞬間移動する。そこにあるのは、ただ一つの思いのみ。その思い、願いのために、悪魔たる破壊神に、生贄を捧げる。破壊神は何も言わず、生贄を飲み込むのだ。


「まだ……破壊には足りない。そう、覚元和仁はこれじゃ殺せないわ。もっと、力を……!」


 もはや、コスモは盲目的になっていた。いや、破壊神の吸い上げる力が、創造神の力を上回っているのもある。負の感情をコスモから、周囲から吸い上げ続ける破壊神を、コスモはもはや、まともな精神では制御しきれなかった。
 だが、それよりも大きな理由は、一筋の思いが強すぎるからだろう。強い思いだけが、コスモを奮い立たせていた。


「達見くん、私ね、達見くんの幸せな世界を作りたいの。今の世界には、上書きできないし、書き換えられないから……もう一度、やり直そう……だって、達見くん、とっても苦しそうなんだもの。希望が見えたって……あなたはやっぱり……」


 その思いに乗せて、その体は早く動く。「世界」に通じ、その体を「世界」に映す。様々な記録が漂う中、その依り代となった肉体を引き寄せ、現実世界へ引きだそうとする。しかし、その肉体の腕はつかめたが、強制的な力で、その肉体は「世界」に引き留められていた。


「これは上質な依り代よね。無くなったら困るわよね、間の祖! でも、もうこの世界は終わるんだもの、堕落した世界を作り変えるんだもの、いいでしょ、この体を使っても!」


 「世界」より、その強い思いが上回った。いや、間の祖が「世界を作り変えることを許した」というべきか。
 依り代────似非亮治の体は、現実世界へと引き戻された。もはや間髪入れず、問答無用。乱雑に投げ込むように、コスモは亮治を悪魔に食わせた。


「あぁ、核がずいぶんと強固なものになってきたわ……! これで、これで叶うはず。破壊の限りを尽くす、破壊神が!」


────その様子を、遠目に見ていた和仁たちは、戦闘態勢へと入る。


「あのコスモって神様、心象世界に来た時から全然理解できなかったけど、こんなにも想像つかないことやってのけるのかよ……」


 怜治はそう言って身震いする。


「仕方ねぇ、あの神にちょっとは痛い目食らわせねぇとな、悠治!」
「あぁ、こっちには和仁っていう神様がいるんだからよ、負ける気はしねぇ!」


 怜治は悠治と拳を交わすと、鎧と白いマントのようなマフラーに姿を変える。タンクトップと短パンにただ鎧が付き、黒いマフラーが白に変わっただけだが、術装の力は壮大だ。その力は、本来の悠治の力を大幅に増幅させていた。


「怜治、その「世界」の一部、借りるぞ。志乃、お前からもな」


 かつて志乃にもらった神具、双剣「風林火山」を出現させ、悠治はその剣先を、強大な死の象徴である悪魔に向けた。


「どういうこと……? もう未来がずれてる!」


 日和はその目で見た未来に、驚きが隠せない。


「亮治さん、朱音さん、二上くんも飲み込まれたわよ。あの力、とんでもない……!」
「そんな……! お父さん! 今助けるからね!」


 日和と怜花は決意を固め、見つめあい、うなづいた。日和は怜花の術装となり、その身を白いドレスに変えた。


「なるほど……浄化、穢れなき純白のドレスってところか。さて、この場には、俺と怜花と和仁だけだ。どうする、あの巨大な敵に、和仁は何をする」


 真剣な悠治の問いかけに、和仁はいたって冷静に、そして当たり前のように答えた。


「決まってるだろ、あの悪魔を殺す。情けも迷いももうない。俺は俺の未来を変えるために戦うんだ」
「なるほどな、それはつまり俺たちの未来ってことにもなりそうだ」


 お互いにニヤリと笑って、巨大な敵を睨みつける。


「やるぞ、和仁」
「あぁ、これは、未来をかけた戦いだ!」




────そのころ、とあるマンションの屋上では、この異界を断ち切るための準備が進んでいた。だがしかし、距離にして500メートル先、その破壊の限りを尽くす悪魔は現れた。


「ぬぁ!? なんだあれ! 術のレベル超えてるよな、な!」
「あぁ……あんなの「世界」の一部でも使わないと無理だろう。まずはあれを倒すのが先決だな」


 幸村と世津は、その巨大な悪魔を見つめる。先に異変に気付いたのは、幸村だった。


「……この気配、朱音! あの中に取り込まれてる! じゃあ中心の似た二つの核は、鳩か!」
「なんだと! 鳩がここまで……?」
「んぁ? お前に似た気配を感じるが、なんでだ?」


 幸村が首を傾げ、世津を見たとき、世津の顔は凍り付いていた。いや、目に見える事実を受け入れきれないというべきか。


「君恵……?」


 世津は、今の今まで、気づけなかったのだ。身近に、その危険が潜んでいたことを。

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