君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

未来視

────それは、僅か数十分前のこと。


「覚元日和! 貴様ごときに何ができる! できるのはたかが未来予知、それすらもはや使い物にならない! そんな貴様が、私に歯向かうのか!」


 怜花の心象世界に吸い込まれた、和仁、悠治、死神を除いて、屋上に残ったのは、日和と純だけだった。
 もちろんのこと、純は怒り狂っていた。宿った体である怜花の心象世界に引きずり込まれれば、怜花の力が勝る。今の状態の死神が、勝てないとわかっていたのだ。
 そして、もう一つの怒りの原因が一つ。それが、一人だけ、しかも一番彼にとっては厄介な日和が、現実世界に残ってしまったこと。


「あぁ、計画がすべて潰れた! 貴様らのせいだ、いや、貴様のせいだ日和! 貴様が観測した未来は現実となった! そうだ、貴様が「世界」の記録を見たのではない、記録に沿って「貴様が望んだ未来」だったんだ!」
「……なんですって?」


 それは、日和も予想外だった。日和はあくまでも、あらかじめ予測されている未来を見ていた。それをもとに、行動していたのだ。いや、そうか。日和は感づいた。
────未来は「観測したとき、初めて確定される」のだと。
 最初から世界の筋書き通りに動いていたわけではない。世界の筋書きを確定させ、そのうえで動いていた。良くも悪くも、今の現状を作ったのは、彼女であった。


「そう……私が、不確かなはずの未来を確定させていたのね。なら、和仁の選択肢の無さは、私がさらに加速させるのね」
「だが、その力をお前がもう使えないのはわかっている。貴様は「世界」を観測できなくなった。予定された未来は終わったのだ。だからなぜ、ここにいるのかと聞いている!」


 純は怒り狂い怒鳴り散らした。それは、どこかで分かっていたからだ。


「あら、私はどうやら「世界」と繋がっているみたい。私は可能よ「世界」の観測が。だから、あなたの未来を、ここで確定させる!」
「やはりかぁ! いったい誰だ! もう一度、日和を「世界」と繋げたのはぁ!」
「私、かしら」


 空から声が聞こえる。見上げるとそこには、藍色の髪に緑の目を輝かせた少女が浮いていた。その少女はゆっくりとこの場所へ降り立つ。その神々しさ、そして覇気。並大抵のものではない。


「未来確定の力を持っててもらったほうが、こちらとしては楽だし、ありがたいなぁと思ってたから、渡したんだけどな。見なければ不確定、見れば確定。彼女はほとんど見ちゃったけど」


 その姿にも驚いたが、その顔を見て一番驚いたのは日和だった。


「あんた、14年前……うちの高校と一緒に、合同合宿した、福徳高校の、麻生川さんじゃないの!?」
「あら、覚えててくれたのね。嬉しいわ」
「嬉しくないわよ! あんときは、ただの仲睦まじい科学部ってイメージだったけど、こんな悪魔が潜んでたなんてね! あんたの力でどんだけこの世界振り回されてると思ってんのよ!」


 フフフと、怪しく君恵……いや、コスモは笑う。それこそが本性。
 14年前の7月、日和、悠治、大参の通う「志田高校」と、君恵、世津、二上の通う「福徳高校」この二つの科学部による合同合宿が行われた。その際、ある程度の顔見知りに放っていた二人だ。しかし、今の今まで、コスモが君恵だということは気づかなかった。いいや「気づけないようになっている」んだろう。


「でも、さっきの手は正解だったわね。覚元和仁の未来が動くまで、大参くんの瞳に囚われる。あなたは逃れられなかった。決まってない未来を見ちゃったからね。だからこそ、あなたは、とりあえずこちらが用意していた未来を見つくしてしまった。現実で見なければ確定はされないけど、大体はわかってたはずでしょ?」
「そうね、こっちはもどかしいったらありゃしないわ。そして、私はさっき、決められた未来の範囲を超え、瞳の中から出ることができた。しかし、同時に「世界」とは離れたことになるから、体を保つのは難しかった。でも、大参から離れたはずなのに突然、体か保てるようになって……まさか!」
「そう、さっき、あなたの声をまねして、大参くんを戦線離脱させて、幻影を見せた後、和仁くんに神の目を回収してもらったの。そう、日和さんから、大参くんへ、大参くんから、和仁くんへ、その目は移動したのよ」
「じゃあ、私は今、和仁の瞳の中に……? だから「世界」と繋がることができたのね。ようやく腑に落ちた」


 日和はその目をもう一度、赤と青に輝かせる。14年前の、未来を見たあの時のように。


「本気以上が出せそうじゃない。いいわ、どこまでも戦ってあげる!」
「でも、駄目よ」


 そのコスモの言葉に、一瞬、日和の表情は固まる。


「このままじゃ面白くないわ。最後の鳩である、最上純には頑張ってもらわないと」
「鳩の最後……何を言う、太陽王がいるはずだ!」
「もう死ぬわ、あれ。だからあなたに全部託すわ。頑張りましょ?」


 あり得ない……どうしてコスモは世界を破滅に導こうとするのか、それが日和にはわからなかった。もちろん、純もわかり切ることができなかった。太陽王、大治が負けるなんてありえない。そして「世界」と繋がる強大な力であるコスモが、協力すると言い出しているのだ。理解しきれない。


「なんで……」


 声を絞り出した時には、コスモは純を連れて姿を消してしまった。日和はそのやりきれない思いを押さえつけるように、腕組みし、ため息をついた。
 その時だ。和仁たちが心象世界から帰ってきたのは。その目には、待ちくたびれたように見えただろう。


「怜花ちゃんの心象世界は、現実世界と同じだけ時間がたつのね。それも、この世界そのものに展開するものじゃなくて、内側にある世界に入り込むようなものだから……」


 申し訳なささを顔に出しながら、言いづらそうに、だが、日和は言った。


「た、戦うには戦ったんだけど、、最上純、逃がしちゃった……」


 コスモが純に協力し、この世界を滅ぼそうと動いていることを、隠したまま。




 視点を今に戻す。和仁は、日和、悠治、怜治、そして怜花を連れ、僅かに感じる大参の気配を探していた。大きな戦いを終え、自らの未来を決定させた和仁に休む暇などない。大参を安全な場所で眠らせていたが、事が済めば、迎えに行く予定だった。そしてすべて伝えるつもりだったのだ。神の目を、もうあなたは持っていない、と。


「しかし、大参のやつ、どこ行ったんだよ。その眠らせていた場所には、いなくなってるんだよな」


 悠治の言う通りだった。まったくの予想外、大参は姿を消していた。


「孝人さん、どこに……」


 あれほど傷つき、力の代償も大きい状態で動けるとは到底思えない。誰かに連れ去られたとしか考えられなかった。


「日和さん、未来視は使えねぇの?」


 怜治は日和に聞いた。すると日和は眉をひそめ、うなる。


「私の見たみたいは、良くも悪くも確定してしまう。だからこそ、今、未来を見るのが怖くってね」
「昔はひょいひょい使ってたのにか?」


 悠治の声掛けに、日和は首を横に振った。


「コスモが……未来を操作していたら……私が未来を見たら確定してしまう。それがもし、都合の悪いものだったとしたら……私……!」
「姉ちゃんは、何も心配することないよ」


 思わず顔を覆った日和を慰めるように、和仁は日和の肩に手を置いた。


「姉ちゃんはどんな形であれ、未来を見てくれ」
「でも……それは……!」
「いえ……先輩ならできます! 私たちが力を合わせれば、その状況は、変えられるのでは?」


 そこで、今まで口を閉じていた怜花が口を開いた。どこか怯えているようにも見えるが、その声にはしっかりとした意思があった。


「先輩の、世界の欠片なら、確定した未来すら、動かせるのではないでしょうか」
「そういえばそうだな。もし、和仁が動きすぎたんなら、俺が世界の修正力だ」


 怜花の言葉に、悠治が続く。


「あとは俺だけど……死んだ俺にできるのは、術装じゅそうかな?」
「あー、あのまたわけのわからん術か。詳しいな、怜治」
「伊達に「世界」に繋がってるわけじゃないんだ。死んだ俺が、衣装のような形で、悠治を守る。悠治も死んでるから、力の強化になるのかな」


 術装とは、死者の術とされ、成功したものは少ないと言われていた術だ。仕組みは、死者が生者を守るために、装備や衣装のようになり、力を強化させる上に守るといったものだ。


「日和さんは怜花についてくれないか? 怜花の力ははっきり言って「浄化」だからな」
「でも、それで本当に?」
「できる。俺たちを信じて、未来を見て、姉ちゃん」


 和仁の真っすぐな目に答えるように、日和はその目で未来を見た。だが、やはり、予想していた通りだ。絶望に胸を押しつぶされそうになりながらも、最後までその未来を見届ける。


「……最上純がコスモと協力して、この町を……いや、世界を心象世界で塗りつぶすわ。そのための人柱に、孝人は使われるみたい」
「うーん、まぁ、そうだろうなとは思ったよ。やりかねないでしょ、あの人」


 最初に返事をしたのは、怜治だった。コスモとは会ったことがあるからか、納得したように普通の顔をしていた。


「人柱に大参ねぇ……神性も何もないけどただ「一度でも神の目を使ったことがある」から選ばれたのか。無防備だったしな」


 次に返事をしたのは悠治だった。唇を噛みしめ、悔しそうにするも、そこにはどこか腑に落ちた彼がいた。


「どこまで私の力は使えるかな……?」
「怜花、お前の力は最後の希望であり切り札だ。お前のその心だけでいい」


 怜花と怜治はお互いに見つめあい、その意思を確認しあった。それだけで、兄妹は事足りた。


「その未来すら、死の概念が通じるなら、打開できるはずだ。俺たちの世界は、俺たちが決めるんだ」


 最後に和仁は、日和を見つめる。そして、微笑みかける。安心していいよ、と。日和は心の底から安心した。どんな未来でも、みんなでなら、きっと変えられる。
 そうだ、未来は変えるために、あるのだから。

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