君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

向日葵

────死神は願った。神の復活を。
しかしそれが叶うことはなかった。世界の柱を守り抜くために動いた守護者によって、それは阻止されたのだ。


────死神は願った。人を殺したくないと。
しかしそれが叶うことはなかった。その手は無情にも人を殺し続けた。だからこそ、死を選ぶことで、願いを叶えようとした。それさえも無駄だった。


────死神は願った。かつての死神に成り代わりたいと。
しかしそれが叶うことはなかった。なぜなら、最初から描いていた理想など、存在しなかったからだ。


 第三の死神は、常に父親に教えられた。太陽の神の復活こそが、我々の願いなのだと。だからこそ、その手で、邪魔者を排除しなければならないと。そのために、執行者である「死神」が必要であると。
 死神とは、神の復活を助ける、大切な役割で、やっていることは、邪魔者という悪人の排除、つまりは太陽の神にとっては「正義」なのだ、そう教えられた。


────わかってはいた。死神自身もわかってた。絶対的な正義などないと。そんなのは夢物語だと。遠き理想郷だと。
それでも、手を伸ばし、求め続けた。それしか、自分の存在意義を見出せなかった。
 存在意義を求め続けるのは、苦しい生き方だった。神がいるなら、どうして自分だけが、苦しまなければいけないのか、それを聞きたかった。
 でもその神はいない。神を復活させるための自分自身との戦いなんだ。だから、人を殺す、存在し続ける。


────疲れた。もう、いいや。すべてを捨てたい。
その思いで、2年前のあの日、死神は確かに、覚元和仁と戦ったはずだった。殺してくれることを望んだ。終わらせてくれることを望んだ。
 だが、彼は死神を殺めなかった。彼だって戦いたくなかった、殺したくなかった。だからこそ、死にかけの一番苦しい状態で、殺すのをやめた。
 「待ってくれ、逃げないでくれ、僕と戦ってくれ」そう言えたならよかったんだろう。しかし、口からこぼれたのは「殺す、それが運命だ」といった、死神の定型文だった。それしか言えなくなっていたんだ。
 自我なんてない、戦うたびに、失っていく。それは神の目の代償なのだろうか。人を殺したことの代償ではないんだろうか。


────ねぇ、覚元くん。もし、次会ったときは……


 殺してくれる?


 それだけが、希望なのだから。




「殺す、殺す、殺す!」


 悲痛な叫び声をあげながら、その黒い怪物の吐息は、真っ青だった空を黒く染める。透き通った水を、汚泥と変える。人を殺すことにしか、存在意義が見当たらない。悲しい化け物の末路。


「ひどいな……怜花の心象世界なのに、自分のものに塗り替えようとしている……!」


 怜治はその地獄のような光景を眺めながら、ポケットからカッターナイフを出す。怜治の顔は、どこか哀れみを滲ませていた。唇を噛みしめて、一言つぶやく「ごめん」と。
 怜治は目を赤と青の神の目に変え、風のように走り、怪物の足元をカッターナイフで強く切り裂いた。あふれ出たのは、真っ黒な泥のような血だった。


「痛い……イタイ……」


 だが、死神は大声で泣くかのように笑うのだ。


「2年前もこうだったね、お兄ちゃん」
「あんときは、殺されたけどな!」


 怜治はニヤリと笑って、悠治の名を呼ぶ。バトンタッチするかのようにハイタッチすると、次は悠治が、双剣で、死神のもう一方の足を切りつけた。


「フフッ、嬉しいよ。痛いよ、でも、お兄ちゃんたちは、僕を殺そうとしてくれる!」


 その言葉の意味は、悠治にも、怜治にもわかって悲しい意味だ。生きる意味が見いだせず、死にたくても、死にたくても、死ぬことを許されない、死神という存在。
 鳩は、これ以上死神を失うわけにはいかなかった。次の死神は、もう見つからない。だから、この死神がいなくなれば、執行者はいなくなる。だから、死ぬことができない。


「俺が逃げなければ、お前に行くことはなかったのかもな……!」


 悠治はその声とともに、黒い塊の巨大な腕で弾き飛ばされる。肩から落下する。痛かった。だが、彼女の痛みに比べれば、こんなの痛くはないだろう。


「俺が悠治を追いかけなければ、お前は俺を殺すことはなかった。苦しみが増すことはなかった」


 怜治もその巨大な腕に体を握りつぶされ、そのまま、地面に叩きつけられる。死に物狂いでその巨大な腕をナイフで切りつけ、何とか脱出する。


「死んでも、死に物狂いとか、痛みとかあるんだな」


 冷や汗をかきつつ、怜治は後ろに下がる。化け物を挟み反対側、悠治も息を切らして立っていた。
 二人がやったことに意味はあった。足を切り崩したことで、化け物はバランスを崩しつつある。修復しようとしているが、なかなか治らない。いや、治そうとしていなかった。


「ねぇ、死神。あなたの本名は、最上由紀もがみゆきって言うんでしょ? 女の子なんでしょ?」


 怜花は心に呼びかけるように、化け物となった死神を見つめ、その言葉をかける。殴ろうとする腕、放たれる衝撃波。すべてが殺そうと、怜花に襲い掛かる。だが、そのすべてを和仁が受け止め、そして振り払った。
 その上で、だからこそ、怜花は続ける。


「なのに、自分を僕って呼んで、今までの死神のように男を装って、白髪でもないのに、悠治の真似をして、あなたなんてものは、どこにもなかった」


 死神はもがき苦しむ。そんな言葉はいらないと、否定するように。だが、それを完全に否定できないことは、ここにいる誰もがわかっていた。それは、生きてきた今までを否定することだから。


「先輩やお兄ちゃんと、同級生だったんでしょ? だったらやっぱり、好きな人とか、いたんじゃないの? 普通に生きて、普通に勉強して、普通に恋して……それができたら、どれだけよかったか」


 やめろ、やめろ、叫びながら怜花に殴りかかる。何度も、何度も。だが、それをすべて受け止めるように、和仁は盾となり、怜花を守り抜いた。


「私はあなたになれない。私はあなたの苦しみを本当の意味で分かってあげられない。でも、それでも、あなたが救われるとしたら、何?」


 泣きながら、怜花は叫ぶ。問う、本当の幸せは何かと。


「怜花、さすがにもうこれ以上、攻撃を受けきることができない。決着を付けよう」
「先輩……」


 和仁の言葉は、残酷な現実を表していた。これ以上の説得は無理だと、殺すほかないと。
 だが、その時の怜花の目には、別のものが映っていた。制服姿の、長い髪の毛を、怜花と同じような、赤いピンで前髪を止めている、少女の姿が。
 その少女は泣きながらも、笑っていた。そして、確かに声が聞こえたのだ。


「殺して」


 怜花は、泣くのをやめた。泣いてなどいられないと。自身の戦いは何なのか、人を守るための戦いなら、救うべきじゃないか。一番目の前で苦しむ、彼女のことを。


「殺すことが、救いかな……」


 戦わない道を、殺さない道を、生きる道を、誰もが探し続けた。だが、その答えにはたどり着けなかった者のほうが多い。
 和仁は、戦いたくなくても、戦わなければならなかった。でもそのうえで、殺したくないとしっかりとした思いを持っていた。
 ならば、和仁には殺せない。同時に、戦う決意さえも持ち合わせてない怜花にも殺せない。
 答えは決まった。怜花は目を見開く。その目は生きる象徴の血液のように赤く、輝いていた。


 真っ黒に染められた世界に、一筋の光が差し込む。その日は次第に、黒い霧のような雲を散らし、美しい青空を取り戻す。そして、地面は洗われるように白くなり、そこからは黄色いヒマワリがこの心象世界を埋め尽くすように咲き誇った。
 怜花はその一輪を摘み取ると、花を化け物に向けた。


「ヒマワリの花言葉は「あなただけを見つめる」私はあなたを忘れない。あなただけを見つめ、この目にしっかりと焼き付ける。私はあなたに寄り添いたい。あなたの救いになりたい」


 それでも目からは、一筋の涙がこぼれた。


「私は、あなたにあなたとして生きてほしい! 死ぬなんて駄目、やり直しましょう、由紀さん!」


 その呼びかけに反応するように、ヒマワリは輝く。その輝きは、化け物を包み、浄化するように白く輝く。だが、もがき苦しみながら、最後の悪あがきをするように、化け物は、怜花を握りつぶそうと、殺意を持った手で襲ってきた。


「無理だ!」


 泣き叫ぶように、その間に和仁が入り、ナイフを取り出す。切るの概念を形とした「世界の欠片」それを化け物の胸に思いきり突き刺した。


「殺したかったのに、殺したくなくなったじゃないか……」


 俯いた顔から、一滴の涙が零れ落ちる。和仁にとっては仇だった。だが、人を殺すことにもしも、残酷な運命のような理由があるとすればどうだろう。人の心を持つならば、殺せない、殺すことがすべての解決策だとは、思えなくなってくる。
 決意が揺らいだ、一種の迷いだった。
化け物は、ゆっくりと後ろに倒れる。鈍い音と同時に、ヒマワリの花びらが、舞い上がった。ヒマワリをかき分けながら、和仁と怜花は近寄った。そして、悠治と怜治も近寄った。


 そこには、安らかな笑みを浮かべ、手を組み、静かに眠る、可愛らしい少女の姿があった。ヒマワリに見つめられ、とても、幸せそうに眠っている。


「俺は、思うんだよ。死神、いや……最上の救いは、死ぬことだったけど、死ぬ前に、希望が見えたんじゃないかなって」


 怜治はヒマワリを、そっと彼女の胸元に乗せる。


「俺はこいつに殺された、それは許されることじゃない。でも、相手の気持ちを考えることはできる。どうしてそうなったか、くらいは」


 そして、怜治はそっと手を合わせ、目を閉じた。


「そうだな、俺はもう、何も言えないけど……怜治の思いには同感だ」


 悠治もそういって、ヒマワリを胸元に乗せ、手を合わせる。


「怜治がそう思うなら、本当に復讐すべき相手は、別にいるってことだよな」


 和仁もそういって、ヒマワリを乗せる。


「俺は、お前自身は、嫌いじゃなかった。最上」


 静かに、和仁は手を合わせた。
 怜花は最後に、自分の持っていたヒマワリを、彼女の上に乗せた。


「見捨てないよ、私は」


 怜花が祈る前に、最上由紀の体は、光の粒となって消えた。世界は白く塗りつぶされ、景色はまた、殺風景で暗い、マンションの屋上へと変わる。そこには、死神も、最上純の姿もなかった。
あったのは、日和の待ちくたびれた姿だけだ。


「怜花ちゃんの心象世界は、現実世界と同じだけ時間がたつのね。それも、この世界そのものに展開するものじゃなくて、内側にある世界に入り込むようなものだから……」


 申し訳なささを顔に出しながら、言いづらそうに、だが、日和は言った。


「た、戦うには戦ったんだけど、、最上純、逃がしちゃった……」
「構わないよ、姉ちゃん。また追えばいい。さっき最上由紀が、息を引き取った。俺たちはそれで心がいっぱいだ」


 あまり顔には出ていなくても、和仁の言葉には、確かにその思いが乗っていた。殺したのではなく、息を引き取った。


「和仁は、やっぱり殺せないのね。世界の欠片を突き刺したとしても、それは概念の塊だから、死には直結しないもの。引き取ったってことは、命の終わりだったってことね」


 あくまで冷静に、日和は答えた。しかし、顔が晴れなかったのは、怜花だった。


「私、何のために戦ったんだろう。私には、救えなかった」
「そうかしら? 最上由紀は怜花ちゃんには感謝してるわよ」
「な……なんでわかるんです?」


 すると日和は、自信たっぷりの笑顔で答えた。


「私がそう思うから! 死んだ相手に、どんな気持ちかは聞けないでしょ? だから、生きている人間は、間違っていたとしても、そう思い込むしかないの。でもね、嘘でもそう思い込んでると、本当にそうなってくるんだから!」


 それにね、と言って、日和は続ける。


「最上由紀は死んでないわ」
「え?」
「死んだのは、精神体よ。肉体は生きているわ。ただ……」


 言葉に詰まらせた日和の言葉を、怜治が繋げた。


「死神は、肉体が使い物にならないから、その精神を形にして行動していた。その精神が死んだ今、その生きている肉体は、抜け殻のようなものだ、ってことだな」
「そうね……それって、生きているって言えるのかしら」
「いや、そうじゃない」


 口を開いたのは、和仁だった。


「肉体と精神は繋がり、それに魂は繋がっている。ならば、精神の情報は、魂と肉体に伝わる。俺はそう考えている。だからこそ、怜花の思いは、肉体に届いている」


 そう信じるしかない、誰もが思った。思い続けることが、今の自分達の救いなのだと。




「ふぅ……少し干渉を抑えてみたけど、いい感じに進んでるじゃない」


「世界」から、青い髪の少女は、その現実を眺める。水没した町、その中で、唯一生きられる場所、高校の屋上。そこに少女と少年はいた。


「ねぇ、和仁。この先どうなると思う?」
「さぁな。こっちとは状況がほとんど違う。これが正しい歴史なのかもわからない」
「ふーん、じゃあ、あるべき場所へ、導くの?」
「コスモがそう言うなら、そうするべきか?」


 そこにいたのは、麻生川君恵でありコスモ。そして、覚元和仁であり、覚元和仁ではない、和仁。


「君が世界を作ったおかげで、俺のいた世界とは筋書きは似てるが、どこか違うんだ」
「そうね、あなたのいた世界は、もうないものね。それとはまったく違うものになるわよね」
「一週目の世界。その世界が終わったとき、俺は「世界」に存在を刻んだ。そうすることで、二度と自分と同じ存在が誕生しないようにした」
「でも、それがこの世界を生んだ……それを悔やんでるの?」
「あぁ。コスモ、お前が「世津達見」と結ばれたかった。その願いだけを叶えるためだけに作り出されたこの世界は、なにか柱を立てなければ、存在することができなかった」
「そうね。そこで無理やり、二週目の世界の一部を分岐させた」
「だから「世界」に刻まれた「覚元和仁」という存在を柱として、世界を作った。創造神そうぞうしんコスモ。お前が「世界」の異常の原因だ」


そう言われたコスモは、嬉しそうに笑った。


「そうね、私の願いだもの、すべては。その願いが、こんなにも人を苦しませた。あなたは、私を殺したいでしょう?」
「そうだな、だが、殺すよりももっと苦しむ方法があるだろう」


その手には、世界の欠片が握り締められていた。


「世界の柱を、壊せばいいじゃないか。この世界の、終わりだよ」

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