君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

兄妹

「馬鹿な! ありえない! 覚元和仁、なぜここに!」


 純の顔は怒りと狂気に歪んでいた。血走った眼を見開きながら、すぐさま和仁から距離を取る。


「決まっている。2年前の決着を付けに来た。そうだよ、すべて終わらせるためにな!」


 投げたナイフは、純の頬を掠めていく。そのナイフは、その先で待ち受ける悠治の双剣によってはじかれた。


「危ねぇな、和仁。ちゃんと狙ってるのか?」
「おっとすまない。ちょっと逸れたな」


 その二人の会話に怒っている様子などなく、むしろ余裕をたたえた笑みを浮かべていた。それを見た純は、濁った舌打ちをする。


「随分と……鳩をなめてかかっているようですねぇ! 死神、覚元和仁を殺せぇ!」


 その号令とともに、死神は駆けだす。振りかざした手は、空気に波を起こし、周囲を振動させる。すると、空間を歪めるような衝撃波が起こった。和仁はそれをナイフで打ち払ったが、その衝撃波に耐え切れず、ナイフは歪み、跳ね飛んだ。
 すぐさま、手を引き、衝撃波から紙一重離れる。それは、瞬時の判断だった。あのまま飛んだナイフに気を取られていれば、腕は捻じ切れていただろう。


「反応がいいね、お兄ちゃん」


 死神は不気味にニタニタ笑う。


「似非さんの顔で、お兄ちゃんはやめろ。俺が好きなのは、似非さんの笑顔だ」
「……なんだよ、それ」


 冷静な顔で衝撃的なことを口にした和仁に、死神は嫌悪感を滲ませる。


「気を取られてんじゃねぇ!」


 刹那、後ろから悠治が、死神に切りかかった。だが、知っていたかのように、左手を出し、周囲を捻じ曲げ、悠治を跳ね飛ばす。


「ぐぅ! 痛ってぇじゃねぇか!」
「僕がお兄ちゃんのにおい、わからないとでも思った?」
「あぁ、そうだったな。俺に関しては変態だったな、お前!」


 だが、怯むことなく、悠治は双剣を持ち直し、切りかかる。


「また曲げるよ?」
「バーカ、俺に曲げられるものなんか、もうないんだよ!」


 すべてを捻じ曲げるよりもずっと早く、悠治はその体を煙に変え、怜花の口から体の中に溶け込んだ。
 瞬間、死神の顔が苦痛に歪む。目を見開き、首を掻きむしり、悲痛な声をあげながら、のたうち回るように苦しみ始めた。


「ぐあ゛あ゛あああっ! やめろ、引きはがすな、僕は、この体がなきゃ!」
「存在を保てないんだろ? だが、一つの体に魂が二つ。本来これは、あってはならない。言うならば、女性という、弱い体にはもっとだ。その体の主への負担は、尋常じゃない!」


 誰のものであっても構わない。その思いで、和仁は死神の胸元を思いきりつかんだ。


「お前は2年前、多くの人間を殺した。この体の兄、怜治だけじゃない、同級生だって、何人も殺した。お前を心配し、お前を信頼してくれていた人たちを裏切って、お前は殺したんだ!」
「だから何だ……っ!僕は目的を達成させるんだ……僕は……間違ってない!」
「ならば聞こう、それは必要な犠牲だったのか!」


 その質問に、死神は言葉を詰まらせた。死神だって、わかっているはずなんだ。
 2年前、和仁と怜治は同じ部活に所属していた。総合理科研究部、そこには多くの仲間もいた。そこには最上由紀、つまり死神の姿もあった。だが、和仁は思う。あれはあれで、幸せで、最高の仲間たちと、生活だったと。
────死神の思惑さえなければ。
 部活の全員で過ごせた時期など、春だけだ。春の終わりには、次々と部員は殺されていった。和仁と怜治はその時、日和の死を探りつつも、同時進行で、部員の死も探ることとなった。
 その先で和仁は、怜治の思いを知り、父親のことを知り、死神の思いを知り、そのすべての思いに、耐え切れなくなった。すべての現実に、耐えられなくなった。
 和仁も、悠治と同じだったのかもしれない。すべてから逃げて、ゼロに戻るための、自殺だったのかもしれない。
 だが、それでも、和仁は殺すのは拒んだが、戦うことからは逃げなかった。どれだけ苦痛でも、戦うことを選んだ。殺さずに、守り切り、勝つ方法を、模索しようとした。
 それが、叶うなら……今……
────怜花、君の心に聞きたい。怜花、君の目指す戦いとは、なんだ。


「心象世界。それは……」


 彼女の心、それを表す言葉とはなんだろうか。だが、それはすぐに浮かんだ。
 この戦場の一輪の花であり、兄への花を絶やさなかった彼女に当てはまる言葉……花……


「心象世界。それは花、それは愛。その目が見たのは、愛する心!」


 あたりが白い光に包まれる。次に目を開けたとき、そこには真っ青な空と、それを映す鏡のような水面が広がっていた。
 ここは、怜花の心象世界。心象世界は、誰もが心の中に持っている。だがそれを、自覚できる人間は少ない。ましてや、その世界に自他ともに入り込むなんて最もだ。
 展開するか、入り込むには、その心の中を強く思い浮かべる必要があった。和仁はそれに「花」と「愛」を選んだのだ。
 薄く張った水は、どこまでも青空を映し出す。もはや、空か地かわからない。この世の境目などない。だが、空気はどこか暑く、夏のようだった。足元から、水のひんやりした空気が伝わる。
 境界は、確かにあった。でもそれは、目に見えるものじゃない。感じるものだ。似非怜花には、区別はあっても、差別はないのだ。
 しかし、どこを見渡しても、怜花の姿はなかった。和仁はゆっくりと歩きながら、探す。
────水面は、和仁を映し出すことはなかった。
 太陽がないのに暑い。太陽がないから影がない。なのに、世界は明るい。
 大きな矛盾、それこそが彼女の心ならば。姿を見せないのは、迷っているから?


「戦いたい。悠治のようにはなりたくない。だって彼は、戦いから逃げた愚か者だから」


 唱えるように、伝えるように、届けるように、和仁はつぶやく。


「戦いたくない。怜治のように死にたくはない。だって彼は、一人で抱え込んだから」


 その声は、こだまする。どこまでもどこまでも広がる。届いているのかはわからない。


「でも本当は、本当はどう思っている? 戦いたくないのは確かにそうだ。でも、戦わなくては、守りたいものは守れない。どちらか取らなければならない」


 和仁は、その言葉に自分の思いを乗せる。


「俺は、戦いたくないけど、戦った。戦うしか、俺に選択肢はなかったから。でも、お前は違う。戦いたくないなら、戦わなくていいんだ。それで誰かが後ろ指を指し、笑うことなどないのだから」


 その時だ。目の前に白いワンピースを着た怜花が立っていた。しかし、その距離は和仁から、どこか遠かった。そして、まとわりつくように、黒い人の塊が、後ろから怜花を抱きしめていた。


「私は、戦うことが願いだった。誰かを守るために、戦い抜く。お父さんは戦えない、お母さんも戦えない、お兄ちゃんにはもう頼れない……なら、戦えるのは私しかいないの」
「戦いを、誰かに任せるのも、一つの手だ。お前は、逃げたっていいんだ」


 しかし、怜花は死んだ目をしたまま、首を横に振った。


「悠治みたいにはなりたくない。人を見殺しにしたくないのよ」


 そうだったか、和仁は納得した。


「知らなかったな、悠治のこと」


 怜花はふと、顔を上げる。


「やめてよ、今更……何聞いても遅い……」
「悠治は、最初から誰も殺す気なんてなかった。だが、死の左腕で、多くの人間を殺してしまった。それを避けるために、人を避けた。手を伸ばせば、怜治は助けられたかもしれない、でもその手は同時に、殺す可能性だってあったんだ」
「伸ばしたほうが、結末は変わるわよ。そんなの、逃げてるだけよ」
「人を殺した罪悪感に苛まれたこともないやつが、語っていいことじゃない」


 怜花の言葉を食うように、和仁はそれを告げる。絶望した様子で目を見開く怜花を、黙って、見つめた。和仁は、あえて冷たく突き放した。悠治の思いを知った上だ。自らも、死神を殺しかけた時の罪悪感に耐えかねた。なら、直接ではないのに、どんどん周りの人間が死ぬ悠治の気持ちなんて……




「いいんだよ、それで。俺が逃げたことは、間違いじゃない。弱者、弱虫、愚か者、言いたいだけ言えばいい。その通りなんだからさ」


 気づけば、和仁の隣には、悠治が立っていた。白髪に赤い目。そしてその服は、血まみれの、高校の夏服だった。
 その姿で、ゆっくりと歩み寄っていく。怜花は、少しずつ、後ろに下がっていく。守るように、黒い塊はしがみつく。
 その時、悠治の目が赤と青に変わり、青い目がひときわ輝いた。
────目の前には、陽炎に揺らめくように、ゆらゆらと揺れる姿。だが、その姿は確かに「似非怜治」の姿だった。


「お兄ちゃん……?」


 だが、その姿はすぐに、元の似非悠治の姿に戻ってしまった。あーあ、とため息をつき、悠治は頭を掻く。


「無理だな。この心象世界で、俺は怜治の代わりなんてできない。でも、俺は、少しだけ信じたかったんだ」


 悲しい目をして、空を見上げる。その口元は、確かに笑っていた。


「逃げたくなかった。怜治が命がけで守ったのは怜花だ。だから俺にもしも、次があるならば、怜花を守りたかったんだ。怜治の代わりにな」


 その声は震えていた。空に手を伸ばし、震えながら握り締める。


「自分自身を信じたかった。この心は確かに、誰かを殺すためじゃなく、愛するためにあった……ってさ」


 その目からは涙がこぼれていた。それでも、悠治は上を向き続けた。


「怜花が一番許せないのは、お前についてる死神じゃない。怜治を見殺しにした俺だ。殺したのを許せないんじゃない、逃げたのを許せないんだ」
「そんな……そんなことない、殺した死神は、許せないよ!」
「でも、怜花が死神と波長が合ったってことは……殺したかったんだよな、俺を」


 和仁はその言葉の意味を、少し理解できなかった。だが、しばらくすれば自然と理解できた。死神はどこまでも初代死神である悠治を尊敬していた。だからこそどこかで気づいていたんだ。悠治は自分の思っていたような死神ではなかったことに。
 自分の理想でないのなら、そこから離れてしまったのなら、壊すか、無理やり引き戻すか、それしかないんだと。そこが、死神に執着し続けたモノの末路だった。


「どうだ、今二人で力を合わせれば、俺は殺せる。なぁに、首を切り落とせばいいだけの話だ。お前の願いは、ようやく叶う」


 殺そう、殺そう。怜花の耳もとで、死神は囁いた。


「嫌だ、嫌……私には殺せない!」
「そうだよな。じゃ、答えは簡単」


 そう言って、悠治は怜花を抱きしめる。その後ろに付く、死神も一緒に。


「戦わなくていい。お前たちは、俺じゃないんだから。どっちも可愛い、俺の妹なんだからよ」


 和仁はその様子を見つめていた。完敗だ。たとえ魂がどこかで繋がっていたとしても、あそこまではできない。ずっと長め続け、どこまでも二人をわかり切っている彼だからこそ、あれが可能なんだ。


「愛は「世界」に繋がる意識さえも超える。きっとそうだ」
「そうだな、和仁。兄妹きょうだい愛ってのは、強いんだぜ」


 和仁の心象世界から、怜治が出てきた。和仁は驚いたが、すぐに腑に落ちた。怜治だって、二人を愛してる。怜治も、駆け足で、怜花の元へと向かう。


「怜花! 俺、和仁の中からずっと呼び掛けてたんだぜ? 俺だって、怜花が大好きだからよ、だから、俺も悠治と同じ気持ちだ!」


 悠治が抱きしめる怜花に、覆いかぶさるように、怜治も抱きしめる。


「おい、怜治! なんでお前ここに?」
「和仁の瞳の中で生きてるんだよ。お前らのことを、和仁の中からずっと見てたぜ」


 怜花も悠治も、腑に落ちた。あの日、怜治の声が聞こえてきたあの日、一方は鳩からの呼びかけだったが、最後の声は、怜治そのものの声だったのだと。


「お兄ちゃん、会いたかった……!」


 抱きしめる怜花の頭をポンポンと笑顔で叩きつつ、その目は確かに死神を見つめていた。


「なぁ、最上。俺はお前に殺されたことを許したとは言ってねぇ。だがな、お前の心境は察する。お前だって、もう肉体は瀕死なんだろ?」


 黒い塊は、じわりじわりと、怜花から離れていった。何かを恐れるように。恐れるのは、自分自身。


「お前の神の目が右目だけなのは、左目を失明しているからだ。つまり、力の代償を体に受けてる。そして、記憶、感情、そのすべてに、力の代償を受けている。死神ってのは、なるべくしてなるものだ。役が居ないから無理やりなるもんじゃない」
「僕は……僕なんだ……僕は、死神で……」
「じゃあ、お前から死神を取ったら、何が残るの? もうお前に「本来の人格」は残ってないんだろ。今あるすべてを、使い続けるしかない。摩耗しても、自分が自分でなくなってもずっと」


 死神は悲しい咆哮を上げる。その黒い塊は次第に巨大化し、もはや人の姿とは言えない、黒い二息歩行の化け物だった。


「僕は死神だ、僕は強いんだ、僕のやっていることは正義なんだ!」


 自分に言い聞かせるように、叫び続ける。死神は、もはや人を捨てた。自分のあるべき理想になるために、人を捨てたんだ。


「お兄ちゃん、どうすれば……」
「怜花、落ちつけ。ここはお前の心象世界。お前の力が最も発揮される場所。本来の力を使うならここしかない」


 怜治は和仁を見た。その目で、和仁はすべてを察する。


「あぁ、わかった。俺の復讐のため、似非さんの決別のため、似非さんと一緒に戦おう」


 和仁は怜花の横に並んだ。怜花はその巨大な化け物に怯えている。
 だが、戦いは迫っていた。そう、自分自身との戦いが。



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