君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

願い

 湧き出るように溢れる泥。その泥は次第に形を形成し、人の形となる。それが、決して広いとは言えないこの屋上に、嫌というほど溢れかえった。


「厄介なことになったな、世津。雑魚の処理は俺に任せろ!」


 大参は音速で駆け抜け、泥人形を粉砕していくが、それはまた、新しく形を作る。


「畜生、キリがないな。だが……」


 まだやれる。何度だって砕けばいい。そうすればいつか……だが、体は無常にも倒れ込んでいく。なんとか手をついてとどまったが、付いた膝からは焼けるような熱さが伝わってくる。


「うああああああっ!」


 ここで、倒れるわけには行かなかった。でも、どれだけ日和が代償を取っていったとしても、この異常な睡魔だけは残ってしまった。それが、人間の体に目を入れたということ。適合なんて夢だ。


「しっかりして、孝人! もう一回だけ、立ち上がって!」


 日和の声が脳内に聞こえた。おかしいな、ここに、日和はいないはずなのに、どうしてその声が聞こえる。しかし、どうすれば。できたとして、あと一回。それを使い果たせば、俺はもう戦えない。眠たい、瞼が……重い……


「あなたの戦いを、終わらせるから!」


 戦いが、終わるのか?


「……どこにいけば……」
「屋上から飛び降りて! それだけよ」


 あぁ、まるで────死ぬみたいだな。


 その身を屋上から投げ、なんとか神の目を使い着陸する。


「日和……」


 目の前に日和が立っているような気がした。そうじゃなくても、日和に映った。


「日和……やっぱり、俺には無理だ……」


 この目を返す、言えたかどうだか分からないが、大参は深い眠りへと落ちていった。


「姉ちゃんの目をありがとう、孝人さん。ゆっくり休んでください」
「まぁ、成功ってところかしら。日和さんの声で私が誘導するって言うのは」


 少年には見えないなにかが見えていた。


「これが、俺の何になる」
「そうねぇ、彼の戦いは終わるし、あなたは、お姉さんに会えるわ」
「……そうか。それ以外はないんだな」


 少年はすぐ近くの木陰に、大参を移動させると。闇を斬るように、また歩き出した。目指すはもうひとつのマンションで待つ、2年前の宿敵のもとへ。




「大参!」


 飛び降りた大参を追いかけることはできなかった。だが世津にはわかった。あれは、活動限界だ。神の目の代償がどれだけ小さくても、人間の体である以上存在する。しかし、何故飛び降りたのか。汚染を避けるためか、逃げたのか、いや違う。
 周辺にある、膨大な力、それが更に増した。おそらく、大参が神の目を渡し、重ねたのだろう。特異点、覚元和仁に。
 和仁が目指す先は、おそらく死神の元だ。それ以外は、なんとかしなくてはならない。今は目の前にある巨大な泥人形が先だろう。


「神の目を重ねる。力は増すが、体には負担がかかる。しかし、それすらも超越する体が存在する。それが、世界の欠片を使うもの。いや、世界と繋がるものか」


 まぁいい。そう言って、謎の人物は刃先を床につける。


「俺はただ、目前の敵を処理するのみ」


 泥は吸い込まれるように刀に集まり、黒い霧を纏う。


「死を纏い、根源へといたれ、イザナミ」


 言葉に呼応するかのように、刀は黒い波動を放ち始める。波動をそのままに、謎の人物はその刀を高く上げた。


「死の門は開かれた、死より原初へと還れ、黄泉よみへの道!」


 そして、振り下ろされたその刀は、黒い光を放ち、まるですべてを巻き込み、消し去るような力で、地獄のような唸り声を上げ、人形を一刀両断した。それだけじゃない、周囲の泥人形たちも、溶けるように消えていく。


「死の世界に返す準備は整った。あとは達見、核を作ったお前が、それを壊すんだ。これはそう長くは続かない、早く決着をつけろ」


 世津は槍に力を込める。今持てる、全身全霊……しかし、自分自身が邪魔をする。自分じゃこの町は救えない、自分は対して強くない、唯一無二じゃない、自分らしくあっても、誰の役にも立てない。


「ぐっ……」


 思わず声が漏れた。俺は、ここにいてもいいのか、俺はどうして、今まで生きてきた。


「達見、お前は何故、世界の欠片を手にしたんだ?」
「えっ?」


 顔は知っているが、中身は全く別人な誰かからの、唐突な質問だった。しかし、それには上手く答えられない。だってあれは……


「死んでしまう同級生が死なない世界を、ただ作りたかった、それだけだ」


 彼女が死ねば、気づけば自分も死んでいて、またベッドの上に戻る。自分が死んでも、彼女も死んで、また自分の家のベッドの上に戻る。死を繰り返した。同じ日々を繰り返した。何度も、何度も。
 だって、彼女が好きだったから。彼女に死んで欲しくなかったから。閉じられた世界にいても、それでもいつか、この思いが、閉じた世界すら超えると信じていた。


「思いは世界に通じたんだろう。だから、その力を得たのではないか?」
「世界に通じる……」
「人を助けたい、この状況を変えたい。どんな状況であれ、限界を超えたとき、人というものは初めて、根源に触れることが出来るのだ。俺はそう信じている。その根源が「世界」お前の持つ、世界の欠片だ。そうではないか? ならば、お前を塞ぐものは何だ」


 それは自分自身だ。ならば、世津達見は、何のために世界を掴んだ、何のために、世界を見た、何のために、ここまでその力を使った。
 その魂胆にあるものはほかでもない「誰かのヒーローになりたかった」かつて憧れた、町を襲った驚異に立ち向かい、戦場を戦い抜いた男のように。自分も誰かを救いたい、そう、目の前で死んでしまう、大切な彼女を救いたい。そう強く願ったのだ。
 うちひしがられて忘れていた。俺は自分自身の目的のために戦っていた。この町を救いたい、愛する人を守りたい。そのために掴んだはずの、この力なのだから。


「お前が目指すものは何だ」


 謎の人物は俺に問いかける。迷うことなく、その名前を口にする。


「俺は憧れた人に近づきたい。神代刀利かじろとうりさん。かつてこの町を救ったヒーローのように、俺は、自分のやったことが人のためになるなら、最高だ!」


 その時、金の槍は眩い光を放ち始めた。槍からは風が巻き起こる。空間すら歪めるような、勢いのある風が。その光景を見て、謎の人物は確かに笑っていた。


「空間を穿つ、この槍は、決意とともにある! 空間を掴む、この瞳は、願いとともにある! 力を示し、その身を穿て! 観測不能アンオブザーバブル・ラプラス!」


 金色の輝きを放つ槍は、稲妻を走らせながらその人形の身を貫き、空間を歪めた。周囲が眩い光に包まれ、その開いた穴に吸い込まれ、周辺の泥は、跡形もなく消え去った。


「死の門すら変形させる槍、いや、世界の欠片。合わさり、まるでブラックホールのようになったというわけか。これはまた変わった結果というわけだ」
「結果の観測でもしているのか? お前はいったい何者だ」
「結果とは全て変化する。俺は、今まで戦いを見届けてきたに過ぎない。すべてを見て、すべてを知って、いつかそれが一つの結末に収束するなら良し、収束しないならば、自らが手を加える、それだけのことだ」
「お前の言う一つの結末とは何だ」
「あぁ、神の血を濃く持つ、全ての人間の抹消だよ。俺は間違ってしまったんだ、戦ったことを後悔した。多くの仲間を失って、多くの大切な人を失って、多くのものを壊し、犠牲にした。鳩の力を高めてしまったというのに、町の人は称えたのだ「町を救ったヒーロー」だと」
「……まさか」


 かつて戦った男がいた。男には仲間がいたが、男は孤独だった。常に自分ひとりで戦っていると思っていた。仲間なんていないと思っていた。大切な人すら、完全に信じきれていなかった。
 戦いが終わり、男は全てを得て、全てを失った。全てを失った男には、富も名声も、ガラクタのようにした思えなかった。
 それでも、演じ続けようとした、そのガラクタをまとってでも、町を救ったヒーローを。警察官になり、町を救ってきた。多くの人に愛され、多くの人に憧れられた。しかし、男はそれすら自分の中で否定した。
 あの戦いでの勝利を、心から良いと思ってくれた人など、存在しないのだ。だから、どれだけ褒められても、愛されても、憧れられても、全てを手に入れても、心から喜べなかった。




「もう22年も前のことだが、かつて、ここから少し離れた場所で、二神様の子孫である二つの家が、家宝をめぐって争いを起こした。この土地に眠る邪悪なものすら使った争いで、周辺の土地の邪波は刺激され、戦いは終わっても、それは鳩の力を活性化させることに繋がってしまった。そう、この戦いの原点はこの俺が起こした争いなんだ」
「じゃあ、あなたは……刀利さん?」
「こんな形の再会になってしまうとはな。だが、俺はお前のことは知っていたつもりだ。お前が幸せであることを何よりも望んだ。俺はお前に助けてもらった。そう、今も」


 二上の姿をした刀利さんは、空を見上げた。もちろん、星なんて輝いていない。閉ざされた真っ黒の空だ。それでも、手を伸ばした。


「お前の言葉で、22年が嘘のようだ。今の俺には、あの黒い空でさえ、光が差しているように見える」


 手を下ろすと、少しだけ表情を緩ませた。


「あの時ともに戦った仲間は、もうみんな死んでいる。だから、問うことができなかった「俺は誰かの為になっているか」と。でも、家を貸してくれたお前に、いつか聞けたなら、そう思っていた。だが、心の中で、聞きに行ったって言わされているかのようにしか感じない、そう思って、諦めていた」
「そんなことはない、刀利さん、あなたはすごい人じゃないか! 今思えばもっとすごい。神の目を持っていないのに、特別な力はなかったのに、その刀一本で戦い抜いた、俺には到底出来ないほど、すごい人じゃないか!」


 だからこそ思う。世津は胸に手を当てて、心の底から叫ぶように言った。


「俺にとってのヒーローはあなただ、刀利さん! その結果が、今の鳩の暴走に繋がったとしても、それで多くが犠牲になっても、それでも構わない。あなたはあの時、確かに、この町を闇に陥れようとした相手を倒したんだ! 誇っていい、誇れ。自らを、もっと大事にするんだ、刀利さん!」


 すると、刀利は笑って答えた。


「そうだな、そしてその言葉は、まるっとお前に返そう。達見、お前も自分を大事にするんだ。わかったな?」
「あぁ、だから刀利さん、いつかまた……」
「そうだな、今度は生身で話をしよう……」


 まるで、魂が抜けたかのように、二上の体は倒れた。刀は空を飛び、どこかへと飛んでいく。


「さよなら、刀利さん。あなたはいつまでも、俺のヒーローだ」
「あいてて……何があったのかな、本当に」


 二上は目をこすりながら、意識を取り戻す。声は先程より高めになり、いつもの二上だった。それを見て、俺は少しだけ笑う。


「あれ、なんで笑ってるの? なんでいるの? 世津!?」
「ぬぁ!? 戦い終わってるじゃねぇかよ! 神具の気配もねぇし、かー! 完全にタイミング逃したぜ!」


 そこへ、屋上の扉を開け、白い着物に刀を持った少年がやってきた。見ただけでわかる。さっき、刀利さんとして飛んできた刀と等しいほどの、凄まじい神具……!
 こんなのを平然と持てる、この男は何者だ?


「まぁ、お前誰、って顔だわな。わかるわ」
「その刀……神社で語り継がれてきた特徴に似てる。二神様の十三本の刀の一つ、白虎?」
「あぁ、いかにもってかんじか。ぬぁ! あんただな、朱音の旦那!」
「あぁ! 君だな、朱音の恩人っていう男は!」


 語らずとも、お互い、朱音の恩人だった、二上と幸村はすぐにお互いを分かりあえた。だが、深い話をしている場合ではなかった。


「こんなことしている場合じゃない。僕はさっきまで、太陽王と戦っていたんだ。だが、今ここにはいない。どういうことだ?」
「下で、白髪の男と、それによく似た男が戦ってたぜ。まぁ、そこは任せればいいかと、俺は上がってきたってわけだ」


 幸村は下を指差す。屋上から見下ろすと、確かに人が二人いた。


「だがまぁ、二上……隆平だっけ? お前はもう戦える状態じゃねぇだろ。神社にでも退くのが最もだ。俺はこの場所で、空間を裂くための力を貯めなければいけない」
「空間を裂く?」


 幸村の言葉に反応したのは、世津だった。


「空間は俺の得意分野だ、二上を神社に届けたあと、お前を手伝うこともできるが」
「ほー、新手の術使いか? まぁ、そんじゃあ話は早い。やってやろうぜ」


 世津は二上の肩を持つと、神社へと空間を移動した。神社では、朱音と二神様が、驚いた様子で世津を見ていた。


「隆平さん!? 生きてたんですか!」
「話は後だ、戦いが終わればもどる」


 世津はそれだけ言い残すと、また空間を移動し、屋上まで戻ってきた。その様子を見て、幸村は驚く。


「術ってレベルじゃねぇな。あんた、何者だ?」


 世津はニヤリと笑って答える。


「世界の欠片を使う、この町のヒーローを目指している男だ」




 硬いアスファルトの上、男は目覚める。体をしばらく動かしてなかったせいで、少々体中が痛い。


「神代さん、やっと目が覚めましたか! 意識がないんで、救急車呼ぼうと思ったんですけど、この渋滞で呼べなくて……」
「あぁ、構わんよ。よくある失神だ」


 ふぅ、とため息をつく。さきほどと違い、空には星が瞬いていた。


「神の血を滅することも考えたが、やはり、彼らの運命は彼らに任せる。どれだけ辛い結果になっても、それでいいって、思えた気がする」
「? 何言ってるんですか、神代さん」
「いいや、何でも。さて、警察官として、出来る仕事を探そうじゃないか」


 死んでいたはずの目が、どこか明るくなった気がするのは、気のせいだろう。



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