君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

歪む

「何故ここにいるのだ、白虎の使い手よ」


 二神様は、幸村くんを睨みつける。だが、幸村くんは屈することなく、むしろその場の緊張感を崩すかのように、大きく伸びをする。


「んー、見たこともねぇ神様にこっちに連れてこられたんだ。俺は竜神様によって閉じられた異界にいてな。絶対に外には出られないと思ってたんだよ。死んでるし」


 やっぱり、ここにあるのは、魂が形になったもの。幸村くんはもう死んでいるのだ。


「世界を閉じる神……噂には聞いていたが、竜神様というのか。流我村には実在するのだな。空間すら逸する神が」
「邪神だと思うぜ? 生贄よこせなんて」
「……口は慎め、わしも昔は「生きた人間」を喰っておった」


 それはある意味、二神様への侮辱だ。だが、そういったことはお構いなし、といった様子の幸村くんは気にせず続ける。


「まぁ、二神様がそれより怒ってるのは「十三本の刀」についてだろ? 俺も、こうなったのは15の時だ。それなりに伝説は知っているよ」
「助かる、ならば、その刀、わしに返してもらおうか」


 独特の緊張が走る。隆平さんから、そして母親から、昔聞いたことがあった。
────約800年前、二神様には13人の家来がいた。全員が二神様と何かしらの血縁があり、4本の短刀と8本の刀で、二神様を守っていた。その12本がある限り、二神様の力は絶対的に揺るがず、この世の全てすら手に収めてしまうほどだった。
 しかし、あるとき、13本目の刀が出来上がった。それは二神様の力をさらに高めたが、同時に13人の決裂を生んだ。結果、13人は意見が分かれ、それぞれ別の地へと旅立っていった。
 その際、二神様の元に残ったのは、日輪の刀と月輪の短刀のみ。二神様の力は次第に衰え、年に一度の生贄では力を維持できなくなり、人の前から姿を消した。それが、約400年前のことだという。
 その後に、生贄の文化もなくなり、神は忘れ去られた。神を呼ぶ儀式は、子供たちの都市伝説として形を変えて残ることとなった。
 13人の中で、朱雀、麒麟、白沢の3本を持ち去った3人は、流我村に身を置くこととなる。その朱雀の刀の持ち主の子孫が、この私だ。麒麟の持ち主は、白沢の持ち主と家を合併し、子孫を残してきた。それが、幸村くんなのだ。
 朱雀の刀は、私の知る限りは村に残ってはいなかった。持ち出されたと聞く。麒麟、白沢は村にあると聞いた。そして、流我村の人間は、各地に散らばった刀を集め、保管していた。白虎もその一つで、幸村くんが所有者となった。それが、私の知る8年前までの流我村でのこと。
……約800年間失ってきた「十三本の刀」の一つが、今ここにある。二神様としては、逃すことのできない機会だった。


「何をしておる。それはもともと、わしのものじゃ。返せと言っておるのじゃ」
「んー、確かにさ、二神様の言い分もわかるんだよ。一本でも取り戻せば、力が戻るからな」


 だが、と言って、真剣な目つきで、幸村くんは二神様を睨んだ。


「こっちは異界に閉じ込められている。これが無ければ、終わらない一日を戦い続けることができない」
「何故戦う。死してなお、なぜ刀を振るう。お前はもう戦う必要などない。一日を繰り返すなら、どれだけ戦いぬいたとて、振り出しに戻るのだ」
「何故も何もない。これが異界化を緩める唯一の術だ。どれだけ一日を繰り返しても、それが連なり続ければ、死霊の数もどんどん増えていく。そうすれば、異界化していない流我村にも影響が及ぶ。少しでも、村を守るためだ」
「愚かな、どうあがいたとて、村は全て異界と化すのだ。無駄ではないか。苦しむだけではないか。お前の得など、何もないではないか!」


 二神様は声を荒げる。目を見開き、必死に訴えかける。人のために戦うことが、自分の利益ではないのだと。


「わしは、全身全霊で、この町を守り続けたわ! だが、それで人々が何を返したと思う? 生贄だ、宝物だ、祭りだ。だがな、その中にわしの利益になるものなど、これっぽっちもなかったわ! 生贄は確かに力は高まった、だが、わしが求めておる物は違う。わしは、失われた家族を、返せと言いたかったのだ!」


 覇気のある目で、二神様は訴える。それでも、幸村くんの顔はこれっぽっちも動くことはなかった。


「十三の刀とともに、帰ってきて欲しかったのだ。娘や息子、孫たちに。その時の力さえあれば、太陽の神とも和解し、家族で、一緒に……」
唇を噛み締めてこらえても、涙は溢れ出してきた。どれだけこらえようと、歯を食いしばっても、嗚咽はもれる。


「神の子、また鳩は、かなり寿命が長いって聞くが、800年もあれば、とっくに死んでる。過去に固執するのはいいもんじゃない」


 現実を突きつけた。だが、幸村くんはそっと二神様に、白虎の刀を持たせる。


「だがまぁ、今だけでも持っとけ。白虎の力が、少しでも、二神様に力を与えたらいいな」


 刀に触れ、術を唱える。


「十三の誓い、ここにあり。神は我らに、我らは神に力を。この刃は神とともにある! 十三の二・白虎!」


 白銀の光が、刀から溢れ、二神様を包む。それは、周囲すら浄化してしまうような、聖なる輝き。光に包まれた二神様は、どことなく笑っているようにも感じた。
 光が治まると、二神様は刀を、幸村くんに渡した。


「昔を思い出せた。それだけで充分じゃ。これは、今、お前が未来を切り開くために持つ刀なのだろう?」


 幸村くんは、何も言わず、その刀を受け取った。二神様は、優しい笑顔を見せる。


「さて、これでいいか。朱音、さっきまで泣いていたのには理由があるんだろ? 何があった」


 幸村くんは早速私を見る。思い出したくない、さっきの光景を、また思い出してしまう。


「隆平さんが……」
「ん、今の朱音に大切な人なんだな。どこにいる」


 何も言わずとも、その先をわかってくれた。その顔は、全く先ほどと変わらない。嫉妬なんて感じていないんだろうな。さすが、幸村くんだ。


「あのマンションの屋上に」


 私はさっきまで目で捉えていた、マンション群を指差す。すると、幸村くんは目を輝かせた。


「ぬぁ! あれがマンションなのか! 流我村では絶対ないもんな、あんな建物!」
「うん、私もびっくりしたんだ。ここ8年間で建ったんだよ」
「へぇー、確かにな。あのマンションの上、神具の気配がする」
「えっ? 隆平さんは、二神様の子孫だけど、神具は持ってないはずよ」


 隆平さんじゃない何か?でも、私には理解できない。神具を持つ人は……


「紀和さんの神具かしら。それならありえるわね」
「紀和!? 800年前の親戚って言われてる紀和か?」


 私たちはお互いに驚いた。私は村で紀和家を知ることはなかったけど、幸村くんは知っていたって言うの?


「いやぁ、家系図みたいなのは俺の家には残ってたんだ。だから知ってた。でも、それでようやくわかったぜ。神具に「似た」気配がいくつもある」
「紀和さんの作るものは、神具だって言うけど……それとはわけが違うの?」
「あぁ、神具っていうのは、年数が経てば経つほど深みが増す。だから、俺から見れば、現代に作られた神具はあくまで「似た」ものだ。あのマンションの上にあるのは、まさに、俺の持つ刀と同じレベルの神具だ」


 私を見つめたあと、遠くのマンション群を見つめる。その時、感じた。もう、別れなければいけないんだと。幸村くんは戦いに向かう。もう、話すことなんてできないんだ。


「朱音、さっき二神様にも言ったが、過去に固執するもんじゃない。だから、俺との別れをいつまでも惜しむ必要なんてない」
「それでも……私は、あなたを犠牲にここに立っていることを、悔やんでいるの。村には家族だって置いてきた、私だけ幸せになるのは間違ってる」


 すると、幸村くんは私の頭に手を置き、ポンポンっと叩いた。


「俺がそれを望んだんだ。お前のために、戦うことを選んだ。だから、幸せになれ、じゃないと困る」


 ニカッと笑う幸村くんは昔と変わらなくて……心の奥底なんて、わかりやしない。


「……わかった、私、幸村くんの思いは踏みにじらない。精一杯、今を生きてみせる。だから……」
「いいじゃねぇか。じゃ、また帰ってくる。ここから村に帰るからな」


 神社の階段を降りようとする彼の腕を掴み、引き寄せる。


「どうした、しゅお……」


 その口を、私の口で塞ぐ。それは、許されないことだと思ってる。どれだけ過去に固執するなと言われても、それでも。


「私は、夫が出来た今でも、あなたのことが一番好きよ」


 私はどれだけ罪深くても、どれだけ悪女でも、それだけは揺るがない。


「じゃあ、これあげる。8年前、渡し損ねた」


 そう言って、差し出したのは。かつて長かった彼の髪の毛を止めていた、飾りのついた白い紐だった。


「俺が生きてりゃ不倫だぜ? ま、俺も朱音が大好きだけどな」


 そして、私を離したくないと言わんばかりに、強く、強く、抱きしめる。その瞬間が、何分にも感じられた。


「愛してる、朱音」


 言い残すように離れ、神社の階段を飛ぶように降りていく。去り際の彼の顔は見えなかった。それでも、確かに私の首筋には一滴の涙がついていた。
 誰よりも、美しく、悲しい涙を流す人だ、彼は。




「これはひどい……どうやって降りる」
 その頃、俺は宙に浮いた状態で、大参とともにいた。聞いてみても、大参も首を振るばかりで、解決策が見当たらない。この闇の泥、只者じゃないことはわかる。
 しかも、二上の体に刀が突き刺さっている、という、大問題のオマケ付きだ。出血はしていないが、危機的状況である。


「仕方ない、泥を空間凝固で固めてみる」


 目を金色に輝かせ、四角い箱をイメージし、その中に泥を詰め込む。そして、手を握り締め、圧縮させた。すると、屋上はどうやら片付いたように見える。一時的に、ではあるが。
 すぐに大参とともに降り立ち、二上のもとに駆け寄る。意識がないというよりかは眠っているような様子で、安心した。だが、いったいどうして刀が刺さっている。


「二上、しっかりしろ、二上!」


 大参は神の目を使い、呼びかけるが、反応はない。その時だった。凝固した泥の周りに、周辺の闇の泥が集まってくる。それはまるで、その凝固した泥を核とし、形を形成しているかのようだった。


「なんだと!? 空間すら貫通するのか、この泥は!」


 だが、この泥を鳩のものとすれば、それも納得がいく。このラプラスの瞳に、神の力などない。世界の欠片であって、鳩とは関係ないのだ。
 ましてや、人間の切り札として存在する、覚元和仁に劣る。そんなやつの力など、鳩よりも弱いのだ。


「ゴアアアアアアッ!」


 唸り声を上げ、その泥は一つの生き物として、命を得た。もはや黒い泥の化物。ゴーレムにしてみたら、随分と汚染されたものだ。


「この槍で、一気にケリをつける。大参、やるぞ」
「あぁ、なんだかゲームみたいだな」


 その時、さっきまで冊に寄りかかっていた二上が目を覚ました。


「標的は射抜いたか。達見、この背中の刀を抜いてくれ」


 だが、発したその声は、二上のものとは思えない、別人の声だった。


「お前は、誰だ?」
「時間はない、一気に決めるぞ、達見」


 言われるがまま、背中の刀を引き抜く。触っただけでわかる。これは、今、手元にある槍よりも、明らかに神性の高い神具だ。


「さて、二神様の血が流れていれば、誰でも良かったのだが、素体が少々悪い。泥に汚染されている上に、神性が薄い。二神様の血も、廃れたものだな」


 二上は俺から刀を奪い取ると、慣れた手つきでそれを構えた。おかしい、二上には、刀を持つことはできても、こんなに手馴れた様子で扱うことは不可能だ。


「あんたは、何者だ。只者じゃないな。世界の欠片の使い手か? はたまた、神の目を持った人間か」


 そいつは、こちらを向かず、死んだ目で答える。


「どちらでもない。若かりし頃、剣士だった、それだけだ」
「剣士?」
「俺は自分のために戦っている。でもそれが人のためになるならば、もっといい」


 刀は漆黒の輝きを放つ。その姿に、幼い頃描いた、ヒーローの姿を重ねた。


「あんた……俺と前に会ってないか」
「さぁな。ただ、俺はお前を知っている。行くぞ、達見」


 かつて、町を襲った驚異に、立ち向かった男がいた。その男には仲間がいた。
────しかし男は、どこまでも孤独だったのだ。



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