君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

 二上神社の中、朱音と二神様は町の状況を眺めていた。私は、双眼鏡を覗き込み、霊を捻じ切りながら、その精度を確かめる。確かに殲滅できている感触があった。


「朱音、幻影の鳩を放った。これで悠治だけでも動いてくれるであろう。今のわしに千里眼は使えぬ。誰がどこにいるかなどわからぬ。力になれず、すまんの、朱音」
「えぇ、お気になさらず。やはり、隆平さんが見当たりません。霊は見えるのですが……」


 一度離した双眼鏡を、私は再び覗き込む。どこを探しても隆平さんがいない。隆平さんの助けになりたいのに、隆平さんは……


「朱音、あの建物は怪しくないか? 千里眼も衰えたが故に、形しか捉えることができぬ。あの建物を見てみるが良い」


 遠くに見えるマンション群。この周辺では一番高いマンションが、頭一つ抜き出て見える。そこマンションが、どこか闇が濃く見えた。
 すぐさま双眼鏡で覗き込む。すると、泥のような闇が、屋上から流れ落ちている。さらに寄ると、そこには二人の人影があった。横たわる男性と、それを眺める白髪の男性……


「隆平さんっ!」


 泣き叫びたい気持ちを抑え、照準を白髪の男に合わせる。精一杯の力を込め、その目にしかと焼き付ける。


「万物よ、捻じ曲がれ。法則は、我が目に収まる。我が前に立ちはだかるものは滅せよ。身体の目・めつ!」


 その目で捉えた。白髪の男性は、能力を直に受け、衝撃で屋上から転落した。しかし、隆平さんは、黒い闇が深くなり、どうなったかがわからなかった。
 双眼鏡を目から外し、堪えていた涙が溢れ出す。どうしてこうなるの、どうして私は誰も助けられないの、どうして私は失うの。昔から悩み続けていたそれが、一緒に溢れ出してきた。


 8年前、太陽の神や二神様より上の存在、竜神様を祀る村で、秘祭が行われた。今は禁忌である生贄の儀式、私はそのために生まれ、竜神様に捧げられるために育てられた。
 その運命を必死に変えようと奮闘した、鳩であった父も、私の首を落とす役目を持っていた、大切な人も、私の命を守るために、その命を散らした。
 どうして私なんかが。私に守られる価値はあるの? 決まって彼らはこういった


「あなたは幸せになるべきだ」


 後に生贄になるであろう妹と、戦い続けたあの人を置き去りにして、私は村を出た。あの人は命をかけて私を逃がしたんだ。
 なんて私は罪深い。妹だって、生贄になるのに、父もあの人も、私が殺したも同然なのに、私は平凡に今日まで毎日を生きてきた。
 犠牲の上の命なのに、その命で、他人を救うことすらできない。私はなんて無力なんだ。私はどうしてこんなにも罪深いのだ。


────それは、夏の終わりのある日のこと


「……名前は? 僕の名前は二上隆平。ここにいたら風邪引くよ、家に上がっておいで」


 8年前、二上神社の中で泣きじゃくっていた私に、隆平さんは声をかけてくれた。逃げてたどり着いた場所がここだったんだ。それは、とても幸運だった。


「家には、一人でね。両親はたまに帰ってくるんだ。僕はここの神主、仮だけどね」
「……」
「大学では文学部にいるんだけど、考古学を自力で勉強してるんだ。この土地は、学ぶものが多いからね」
「……」
「……僕じゃ、話が下手くそかな。ごめんね」
「……私は、生きていてもいいんでしょうか?」


 その時の唐突な質問に、隆平さんは驚いただろう。でも、それを全く表情に出さず、私の肩にそっと手を置き、笑顔で私にこういったのだ。


「君は生きてていいんだよ。生きちゃダメな人間なんていない。そんなに生きるのが不安なら、僕がそばにいてあげる。僕が、君を幸せにするよ」


 あなたは幸せになるべきだ、必ず幸せにする。父にも、あの人にも言われた言葉だ。でも彼らは死んだ。その言葉は、私を何よりも不安にさせた。


「あなたは、死なない? 私と一緒にいると、みんな死んじゃうの。幸せにするって言った人は、みんな」
「うーん……詳しいことはよくわからないけども、僕は君を幸せにするためなら、死ぬ覚悟だよ」
「っ! そんなの、寂しいよ! 幸せになんてなれない、一人にしないでっ……!」


 気づけば泣きじゃくっていた私を、隆平さんは優しく抱きしめた。とても暖かくて、ちょっと細い。父にも、あの人にも似ていない体つき。
 弱そうで、守るなんて到底できないような、そんな人なのに、今まで出会って来た人の中で、一番純粋で、優しい人だった。


「じゃあ、約束しようよ。僕は君を幸せにする、だから君も僕を幸せにして。僕が君を守る時もある、君が僕を守るときもある。そうやって、支えあわないかな……ダメかな?」


 今思えば、それは隆平さんの恋心だったのか、純粋な優しい心だったのかわからない。でも私はその愛をしっかりと受け止めた。


「私の名前は朱音、赤羽朱音あかばねしゅおん。これからよろしくお願いします、隆平お兄さん」
「やだなぁ、お兄さんはやめてよぉ……僕、まだ22だよ?」
「私、14です」
「あ、大人っぽいね。18歳だと勘違いしちゃった」


 静かな誰もいない家の中が、ふたりの幸せな笑い声に包まれた。あの幸せな時を、私は死んでも忘れない。


「……約束、守れなかったじゃない……隆平さん……」


 私は地面に這いつくばるかのように、静かに泣いた。私は、人を失ってばかりだ。もう愛すのもやめよう、人に会わないように生きていこう。光を見たのが、間違いだった。


「朱音さん、あなたはやはりこちら側だ。光を見たくないのなら、その世界を作ればいいではありませんか。あなたになら、その力があるのです」


────本当に?


「えぇ、さぁ、いらっしゃい。鳩の女王様」


 幻覚だろうか、キャラメル色の髪の毛をした男が見える。私は自然と手を伸ばしていた。隆平さんが死なない世界を、お父さんも、あの人も一緒にいる世界を、私は作りたい……




 荒廃した村、死霊が一日が終わり度に復活する、正しく異界のこの土地に、一人、刀をもってぶらつく少年がいた。
 乱雑に切ったその髪の毛と、白い着物、月明かりに照らされ白く光る刀。普通の少年ではなかった。


「何年たったかなぁ、もう。次の異界化は始まりそうだし、異界化してない村には繋がれないし、困ったもんだなぁ」


 いつのことだったか、生贄の秘祭が行われた日のことを思い出していた。あの日、少女を逃がして、その間の時間稼ぎの際、死霊に体を食いちぎられ、死んでしまった。我ながらあっけない死に方だ。
 ここ、流我村りゅうがむらは、閉ざされた村だった。600年ほど前から外部との交流をほぼ断ち、特殊な環境となっていた。神、幽霊、生贄、何でもあり。村の人間たちは神に近づくことが目標であり、自分も神の子孫だった。
 だからこそ、こんな生と死があべこべな世界が、竜神様によって作られた。竜が自分の尻尾を食べ、円環となるように、この世界もまた、閉じた世界だった。


「朱音、どうしてるかな」


 外の世界は幸せだろうか。あいにく、こちらからは、異界化していない村のこともわからないので、朱音のことはもっとわからない。でも、幸せだろうと思う。いや、幸せであって欲しかった。
 あんなにも光を望んだ人を、俺は知らない。死してなお、そばにいたかった、守りたかった。この村から魂が解き放たれるのならば、すぐにでも行きたい。


「俺は、朱音のこと好きだったって、言えなかったなぁ」


 それだけが後悔だ。永遠の時の中で、それだけが、心残りだ。ただそれを想い続けることで、自分がこの世界にいると自覚させる。狂うのを止めてくれる。


「こんな永遠の世界の中で、全く狂ってないのは、朱音のおかげなんだぜ」


 お前は十分、俺を守ってくれてる。なのに、俺はお前を守れないんだ。
 邪神以外がいるのなら、一度だけこの願いを聞いてくれ。


「朱音に、会いたい」


 その時だ、この世界にはなかった眩しい光が、目の前に現れた。久々の眩しさに思わず目を閉じる。ゆっくりと開くと、そこには、藍色の髪に緑の目をした女の人が立っていた。
 少女か、女性か。いや、ここは少女と言ったほうが失礼じゃないだろう。こんなの今までなかった。彼女はいったい何者なんだ?


「初めまして。白沢幸村しらさわゆきむらくんだったかな? 私はコスモ、神様よ」
「ぬぁ! こんな可愛い神様いるの!? 初耳なんだけど!」


 久々に人と話して、ついついテンションが上がってしまう。こうやって誰かと話せるなんて夢みたいだ。


「まぁ、初耳なのもわかるわ。だって私、伝承にない神様だもの。うーん、神様じゃないからかな」
「どっちなんだよ! まぁ、いいや、誰かと話せただけで十分」
「いやいや、満足してもらったら困るわよ! 私はね、あなたの願いを叶えに来たの」
「ホントにぃ!?」
「……オーバーリアクションね……で、今のあなたなら、二上町の一角に行くことができるわ」
「どうして?」


 その言葉に、上がりまくっていたテンションは冷めきる。


「鳩によって、異界化が進んでいるからよ。今、二上町に朝は来ない。ずっと夜のまま。死者が蘇り、いずれ生者と逆転する。あなたの力が必要なの」
「そりゃあ、なんとかしなけりゃなんねぇなぁ……願いが叶うってのは、そこに朱音がいるんだな」
「えぇ、そういうことよ。ただし、やっぱり戦ってもらうけどもね」
「まぁ、戦いは慣れっこよ。俺はどうせ、ここから出られねぇんだし、ここで戦い続けるのが逆に使命だ。一度だけ持ち場を離れられるんなら、それだけで十分だぜ」


 コスモといった神様は、俺の顔を覗き込む。そして、悪魔が囁くように、耳元に張り付いた。


「あなたの頑張り次第では、この閉じた世界から、魂を解放することも可能なのよ」


 思わずピクリと眉が動く。だが、俺はいたって冷静だった。


「なぁ、もし、その結果次第で、魂をここから開放してくれるんだったら、それ、保留にできねぇか?」
「どうして?」
「まぁ、予想だけどよ、次の異界化はもうすぐ始まる。それまで俺はここにいなくちゃいけない。もし出て行くんなら、それの様子みたあとがいいんだが……」


 すると、その神様はクスクス笑った。


「なっ、何がおかしいんだよ」
「ううん、すごく親切なのね、あなたって。見かけのガサツさによらずだわ」


 確かに、俺は髪の毛整えないし、着物だって着崩してるけど、そんな風に見えてたか。うーん、可愛い女の子相手にこりゃいかん。あ、神様か。


「それじゃあ、空間の扉は開けておくわ。行き帰りはここからね」


 消えかけた神様は最後に俺に囁いた。


「あなたって、キーマンだから」


 また荒廃した、静かで不気味な村と変わった。空は曇天、ただその中に、ぽつんと、その周りだけ雲がなく、目のように月が輝いている。永遠の夜。この世界をこれ以上作るわけには行かない。


「行くの、幸村くん」


 そこにやってきたのは、滅多に現れない人だった。何回この閉じた世界が回ったときに現れるものか。ランダムにも程がある。
 赤い着物を来たその人は、黒く長い髪を揺らす。


「あぁ、愁季しゅうきさん。ちょっくら、別の場所に召喚されたみたいで」
「そうかい」


 小さくうなづくと、柔らかな笑顔になった。


「娘を頼むよ」
「えぇ、帰ってきたら、朱音さんのお話聞かせますわ」


 白い門が開いている。手始めに刀を投げ、それから、未知なる外の世界へ飛び込んでいった。


「あぁ、頼みたいことがあったのだが……純に謝りたかった……私のせいであなたは、妻を愛しきれなかったことを」


だが、仕方ない。言葉を残すと、無限の狭間へと消えていった。




 幻影に手を伸ばす。願いはただ一つ、大切な人が死なない世界を作りたい、それだけだ。
 その時だ。カキンッと音がして、指先数センチ先に、日本刀が刺さっていた。


「えっ……」


 その刀は見覚えが有る。私を守ってくれたあの人の刀、白虎びゃっこだ。


「何故だ、何故「失われた十三本」の一つ「白虎びゃっこ」がここにある!」


 二神様もそれには驚いていた。だってこれは、私の生まれた閉ざされた村「流我村りゅうがむら」にしかないはずだ。


「よっと、着地成功っと。ぬぁ!? なんだこの空気、流我村と変わらねぇじゃねぇか。そうとう異界化進んでんな、これ」


 白い着物に雑に切った髪の毛の男は、刀を引き抜き、目の前の幻影に剣先を向ける。


「さては、お前か、最上!」
「何故だ、異界と化した村からどうしてここに!」
「そういうのは直接会って話そうぜ、クソ野郎」


 振り抜いた刀は線を描き、幻影でさえも切り裂く。


「覚えていろ、白虎の使い手!」


 捨て台詞を残し、幻影は跡形もなく消え去った。振り返ったその男は、8年前と変わらない姿でそこにいた。


「朱音、久しぶりだな。元気してたか?」
「幸村、くん……?」
「いやぁ、長い黒髪とか、やっぱ朱音だわ。すっかり大人の女になっちまってさー!」
「会いたかった!」


 私は思わず飛びついてしまう。おっとっと、と声を上げながらも、幸村くんは笑顔だった。


「置いていってごめんなさい。私だけ生きて……」
「まぁ、いいっての。幸せならなんでもいいのよ。俺も「実体化できる幽霊」になっちまったし、もう、ぶっちゃけ、お前が生きててくれたらいいっての!」


 豪快に背中をバシバシ叩く。元気で豪快で、明るい彼は、8年前のままだった。


「私は、生きていてもいいの?」
「いいとも!」
「私は、陽のあたる場所を歩いていいの?」
「いいに決まってんだろ。むしろ、俺ができないからやってくれって感じだぜ!」


 また、涙が溢れてきた。あなたに生きていていいって言われるなら、私は、どれだけ苦しくても、生き抜いてみせる。絶対に、幸村くんの思いは踏みにじらない。

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