君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

日和

 剣がぶつかり合う度に、脳裏をよぎる、14年前の夏の日。戦えば戦うほど、あの日を思い出す。だが、同時に、忘れかけていた、愛する人の笑顔を思い出していく。
 俺は、思わず、剣を落とした。辛いだけだ、思い出すだけ辛いだけだ。あの時俺の、死の左腕が覚醒し、その近くにいた日和が衝撃を受けた。だから、俺が殺したも同然だ。お前の笑顔を思い出すたびに、どれだけ胸が締め付けられるか。
 それが、未来が見えていたお前が、俺に残した呪い。変えられない世界の結末。


 剣を落とした似非を見て、俺も剣を落とした。お前にも見えていたのか、14年前の光景が。俺は片時も忘れなかった、愛する人の笑顔を。
 思い出しても辛いだけだ。それでも俺は、未来を託された。戦わなくてはいけない、和仁を守らなくてはいけない、彼女の代わりに生きなければならない。
 それだって構わない。お前の呪いなら、俺はいくらでも受けてみせる。俺はこの戦いで、それを誓ったんだ。


────もし、日和。お前が許すなら。


────もし、日和。願いが叶うなら。


「もう一度……」
「日和に……」


 会いたい。


 その二人の声は重なった。お互いの顔を見つめる。涙を浮かべたお互いの表情は、14年前と変わらないように感じた。


「なんだ、大参。お前もそう思ってたのかよ。お前が1番だもんな、そう思うよな」
「からかってんのか? お前が一番だろ? お前も会いたかったんだよな、日和に」


 俺はその場に泣き崩れた。なんだよ、俺が14年前に感じた失恋は、嘘だったっていうのかよ。日和、これはお前がかけた呪いじゃなかった、俺自身が自らにかけた呪いだったんだな。
 クソ、自分の命損した気分だよ。日和に申し訳ないな。さっきまで大参を恋敵で殺そうとしてた。大参にも申し訳ない。


 泣き崩れた似非の元に、ゆっくりと歩み寄る。そして、今まで抱えていたものがすべて溶けたかのように、大声で泣く似非を、そっと抱きしめた。
 お前が一番じゃなかったんだな。俺は、さっきまでこいつを日和を殺した奴だって考えてた。でも、違うって2年前から分かっていても、今まで納得できなかったんだ。
 今、ようやく納得した。似非が殺したとしても、殺したくて殺したんじゃない。むしろ愛してたんだ。


「ごめんな、大参。ずっと誤解してた。本当にごめんな」
「俺だってごめん。誤解してたんだよ、俺も。お前は何も悪くない。誰も何も、悪くないんだよ」


 気づけば、抱き合ってお互いに泣いていた。14年前から埋まることのなかった溝は、ようやく埋まった。すれ違っていた運命も、交わらなかった心も、全部、一瞬で、変えてしまえるそれこそが……日和、彼女の力だ


 その時、景色が急に明るくなった。蒸し暑い天気の中、爽やかな風が吹き抜ける。セミの声が下から聞こえる、空が近い、不思議な場所。
 青く澄み渡る空、夕立を呼ぶであろう入道雲、熱を帯びるコンクリート、どれも懐かしく、そのままに、8月28日のあの日のまま、彼女はそこに立っていた。


「ふぅ、やっと外部の世界に干渉できたわ……もう、私を瞳の中にずっと置きながら、似非と争い続けるのってどういうつもりよ、ニンジン野郎!」
「は……!? 日和、お前、どうして……」


 理解が追いつかない、どうしてここにいるんだ、どうして日和が、目の前で喋っている?


「抱き合うな、男同士! 気持ち悪い!」


 そう言われて、俺たちは涙を拭き、すぐさま一定の距離を保った。それを見て日和は、大きくため息をつく。


「まぁ、14年の誤解が解けたんだもんね。元々親友だったんだし、いいとは思うけども」


 ふふっ、と怪しげに口角をあげる日和。鋭い目つき、セミロングの黒い髪の毛、口元のほくろさえも、とても懐かしい。


「ようこそ、私の心象世界へ! って言ってる場合じゃないのよね。あくまで、ニンジン野郎の瞳の中で成り立ってるわけだし、今はそれよりも、14年間言えなかったこと言わないと」


 息を吸い込み、日和は俺を指さす。


「しかし、ニンジン野郎! 地質学学んでいるから脳みその容量増えたかと思ったら、結局すっからかんのままなわけ? 未来を頼むってのは、和仁だけじゃないの、似非のことも頼んでたの!」


 まぁ、死に際で何も言えなかったわけだけども……そう言って日和は口をすぼめる。


「でも、死に際に、目を相手に移すのは大成功だったわ。できる未来は見えてたけども」
「じゃあ、俺が今まで使ってた、神の目っていうのは……」
「そうよ、代償は私の命で、ほぼ支払い済みの、代償ほぼなしの神の目。しかも神の一部「音速」つき、これで戦えるとは思ってたから私は大満足ね」


 でも、と言って、日和は悲しく空を見上げた。


「それは、孝人、あんたに戦いを強いたことになるのよね。あんた、喧嘩は強いくせに優しいから、戦うなんて嫌だってことは、私だってわかってたのよ。でも、こうするしかなかった」


 そう言って、俺を見つめる。「それが、予定された未来だったから」


「予定された未来ってのは、もう変えられないのか?俺の左腕の時もそう言ってたけども」
「そうねぇ……変えられないものだわ。そうね、私が見たから、ではなく「世界」にそれが予定されていたの。未来視って言っても、確定されたもの、いわゆる「「世界」があらかじめ予定した結末を見ているに過ぎない」のよ」
「「世界」っていうのは、和仁が使う「世界の欠片」と同じか。あの力、バケモンじゃないか」
「そうね、すべて使えば神と同義よ。でも、私たちには所詮、一部しかつかめない。見えたとしてもそれは断片なのよ」


 そうだわ、と言って日和は俺の左腕を掴んだ。すぐさまそれを振り解こうとするが、好きな人に掴まれているので、解きたくもない。そもそも、日和は死んでいるから、触っても大丈夫なんじゃないか。そう考えると、振り回していた左腕を下ろす決意をした。


「落ち着いた? この左腕、どうやって押さえ込んだらいいか、やっとわかったのよ。最近はどうやって押さえ込んでたか覚えてる?」
「えぇっと、和仁に会う前は、空気に触れないようにしてた。でも、和仁と出会ってからは、空気に触れても問題なかったし、人に触れても問題なかった」
「それが、当たり前のように感じてたでしょ」


 そう言われてみて、確かにそうだ。足りない頭が考えるのをやめていたとしても、流石に忘れすぎではないだろうか。


「理由は二つよ。一つ目は、和仁の神の一部「封印」よ。和仁は気づいてないけども、2年前に屋上から飛び降りたとき、それが目覚めてる。意識は「世界」を漂っても、体や記憶は自らの力で「封印」されている。並大抵の術や世界の欠片じゃ、和仁の動きは止まらないもの。それが、無意識のうちに、悠治にも働いたわけ」


 でも、と言って俺の左腕を外側に捻る。


「痛てて、何すんだよ」
「その「封印」の力を解いたのはあんた自身よ。この腕は、あんたの精神状態に関わるもの」
「……やっぱりか」


 日和はその手を離し、俺を見つめる。その目は、ひどく申し訳なさそうな目をしていた。


「私のせいなのよね。どんな言葉を残しても、それが世界の筋書きなんだもん。何を言っていても、あんたの精神は乱れて、死の左腕は覚醒する。変えられないのよね、ごめんなさい。あんたは、父親みたいになりたくなかったのに」
「まぁ……な。でも、俺ももう死んじまったし、いいんだよ、そんなこと」
「死まで追い詰めてしまったことを謝ってるのよ。それも、変えられない運命だったんだけど」
「別に、お前は筋書きを見ただけで、お前のせいじゃないんだからいいんだよ」
「でも……それでずっと罪の意識に苛まれてたなら、ずっと苦しかったよね……」


 それは同感、何も言い返せない。この苦しみ続けた14年が、無間地獄のように遠く、長かったんだ。 ずっと地獄の業火で焼かれ続けてた。そうだ、君の笑顔は忘れたが、君を殺した罪を忘れたわけじゃない。


「でも「世界」が予定していた未来はさっきまでで終了。ここからは私も好きなように動けるわ。ようやく本気が出せるわよ。本当に14年間長かったわ……」
「どうして、予定していた未来は終わったんだ?」


 日和は二人を見つめる。そして、両腕でぎゅっと、二人を抱き寄せた。


「覚元和仁の人生が一つの区切りを迎えたからよ。さぁ、二人共、私についてきなさい。これはただの鳩の争いじゃないわ。これからの未来がどう動くか、和仁によって決まるのよ。そうとなったら、和仁を応援に行くしかないわよね!」


 その声に威圧感を、俺たちは感じていた。14年前から、女王様気質の彼女に、俺たちはただただ、屈服する他なかったのだ。だが、今は違う。
 日和とともに歩めるのなら、どんな形でも構わない。


「さぁ、二人共、未来を決める戦いに行くわよ!」

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