君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

神具

 神の目……それを聞いたとき驚いた。普通の人間が神の目を使用すれば、何かしらの代償を伴う。あるいは命、あるいは記憶。それは例え鳩でも、鳩の子であっても、伴う可能性を持っていた。
 それを、隆平さんの親戚が持っていた。隆平さんが使えなかったはずの神の目を。しかし、過去に持っていた……ということは?


「志乃は、2年前の死神との戦いの際に、学校を危機から守ろうと目を欲したのだ。だが、わしとの血の繋がりはかなり薄い。無論、代償はそれなりに伴う。唯一できたことは、死神の精神操作。だが、それも虚しく、返り討ちにあったのだ」


 二神様はうんうん、と頷きながら、懐かしむように話す。


「そうじゃったな、確か2ヶ月は入院しておったのかの? その間に、覚元和仁は自殺を計り、死神は行方を眩ませた」
「そうですわね、私は、何もお役に立てなかった……それから卒業して、大学に通いながら、裏家業を継ぐことにしましたの」


 紀和さんは、そう言って「こちらへ」と案内する。それは神社の外だった。


「ご心配なく、我が家の「神具」は、魔を弾きます」


 神社の長い階段を降りると、そこには人力車があった。その荷台には、様々な道具が入っている。見ただけで、その周辺の邪悪な気配が断ち切られているのがわかった。もはや、この力は、神社の中にいるのとほぼ同義……


「2年前、私は戦いたいと願っても、戦うことが叶いませんでした。私はそれほどの器ではなかったのです。ですが、それでも微力ながら協力できるなら、鳩の殲滅に、この町の平和に、人々の笑顔に、少しでも関われるなら。そう思いまして「神具」と呼ばれるものを作っております」
「800年前から、紀和家は代々、神具を作り続けておってな。度々、神社にも奉納された。そのすべてが神性が高くてな、わしにとても良く馴染む。神性が高すぎる故に、普通の人間が使っても、ただの道具となるだけだが、朱音のように、術を使うものに使わせれば、その力を高めることができるのだ」


 ニコニコと笑いながら、ごそごそと二神様は荷台を漁る。何かめぼしい物はないか、おもちゃを探す子供のような眼差しだ。


「どれも新作であるのぉ! どれ、わしには何かないのか!」
「どれも二神様でも使えるようになっておりますが、ここにある神具すべて、二神様にあてたものではありませんよ」
「なっ……そうであったか……」


 ショックを受けたのか、少し二神様はふてくされる。紀和さんは「今度、また作りますね」と笑顔で励ました。


「ここにあるものは、世津様宛や、大参様宛……覚元様宛もあります。朱音様宛もありますよ」


 そう言って、多くのものが詰まった荷台から、すぐさま取り出したのは、双眼鏡だった。


「確認ですが、朱音さんは「千里眼」に似たものは使えませんでしたか?」
「えぇ、私は、目に映るものの動きを操ることができますが、千里眼……ではないです」
「でしたら、この双眼鏡を。この双眼鏡は、千里眼の代わりになる代物でございます。使うだけではただの遠方まで見える双眼鏡ですが、朱音さんの能力を載せれば、透視を可能にし、朱音さんの能力を遠方まで、そしてより正確に使うことができます」
「つまり……これは……」
「戦いに微力ながら協力するための品でございます」


 そばに行くことができなくても、その思いを届けることができるかもしれない。少しでも力になれるなら、力になりたい。嬉しさのあまり、思わずその双眼鏡を、ギュッと抱きしめた。


「お気に召したなら光栄です。神社は山の上にありますから、安全な場所から力を使うことができるでしょう。ですが……届くものは目を通してですので、扇は使えません。あと、双眼鏡を使っている間は、周りが死角ですので、注意してくださいね」


 それでは、と言って可憐にお辞儀をする。


「えっ、もう行かれるんです?」
「えぇ、神具を届けねばなりません」
「しかし、その……」


 女性がこんな中を歩き回るなんて、危険だ。ましてや、神の目を今はもう持ってないと言うならば、戦う手段はないはずだ。だが、紀和さんは、優雅に微笑む。


「女性だから戦えない、戦ってはいけない、なんてものはないのです。朱音さんも、娘さんを守るために戦い、隆平さんを助けるためにその目で見つめるのでしょう?」


 それでは、今度こそ、失礼いたしますね。そう言ってお辞儀をして、明らかに重いはずの人力車を軽々と引きながら、彼女は去っていった。真っ白なブラウスに黒いフレアスカート。この戦場には似合わないはずの、その立ち振る舞いで、彼女は確かにそこにいた。
 あんな強い女性を、私は見たことがなかった。そこに確かな強い意志と、行動力があった。力を持たずとも、自分にできる最善を尽くし続ける、その姿にひどく感銘を受けたのだ。
 その分、私はどうだろうか。戦いに助力したいのは、自分自身に力があるからでは? 無意識のうちに、この力を使いたがっているからでは? 
 まずは考え直すんだ。私が持つ物は、隆平さんと娘を守りたいという思い。そのために、私はこの力を使い、助けたい。意志と行動を繋ぐもの、それがこの双眼鏡だ。


「答えを得たか、朱音よ」


 二神様は静かに私を見つめる。頷き返すと、二神様は少しだけ微笑んだのだ。


「では帰るかの。二上神社へ」


 結論を導き出した私は、二神様と帰路へつく。ここが、私の守るべき場所であり、戦場なのだ。


「ところで二神様。紀和さんが投げた短刀はなんだったのです?」
「あぁ、あの場で使った短刀か。あれは「月輪がちりんの刀」の偽物にあたる。何本か複製品があってな、本物はわしだけの秘密じゃ」


 口元に人差し指をあて、怪しく笑う二神様は、まるで子供のように、可愛らしかった。それが、この戦場での、小さな癒しだった。
────どうか、怜花さんを救い出して、隆平さん。




────13年前。私が当時7歳であったときのこと、この町を騒がせた死神の幽霊が、家にやってきた。


「あなたは……誰……!?」
「んぁ、ここの子か? 紀和貞時はどこにいる」
「い……家の奥です」


 白髪に血まみれの夏の制服を着た、赤い目の男。今は秋だというのに、その時は夏で止まっていたかのようだった。
 父を呼ぶと、今、手が離せないから、対応をしておいてくれと言われ、私は不本意ながら、幽霊と話すことになった。


「あ、あの……あなたが町を騒がせた死神であることは知っています。死んだことも知っています。なぜ、あなたは幽霊になってまで、ここに来たのです?」
「んー、二神様に言われたんだ。素手では、何とも戦えないだろうってな。もう、戦うものなんてないのに。それよりお前、名前はなんて言うんだ」
「志乃、です」


 そっか、と言って、そこで会話は途切れた。興味もなさそう、というよりは、未来そのものがない、絶望した目をしているような気がした。


「あなたは、未来が欲しいですか?」
「いや、死人に未来どうこうもないさ。俺はただ、渡されたこの「不確かな命」をどう使うか、考えているだけ。どうせ、殺しちまうんだけどよ。俺は死神だから」


 その言葉は、どこか諦めたようにも聞こえた。左腕には、包帯が分厚く巻かれ、まるで空間そのものに触れないようにしているかのようだった。


「志乃、俺には近寄るな、死ぬぞ」


 その言葉に一瞬、恐怖を覚えた。だが、目を見て、それは違うと思った。殺されるのではない、殺したくもない、訴えかけるような悲しい瞳だった。
 すぐに、家の奥に駆け込み、兄の着なくなった服、そして、家に代々伝わる、神具の一つ「風林火山」と呼ばれた双剣を、倉庫から持ち出した。
 そして、彼の前に並べ、右手をそっと持つ。


「なっ……何してんだお前、俺に触れるな!」


 忠告を聞かず、私はつい最近教わった「神具の儀」を試してみる。彼の右手に、自らの額を置き、それを唱える。


「その魂を、器に分けよ。紀和の名に置いて、魂を許す」


 そしてその手を、衣服と双剣にそれぞれ置いた。


「魂は器に分けられた。これより器は、魂とともにある────これで完了です。いつまでも死んだ時の姿では辛いでしょう。この衣服は差し上げます。そしてこの双剣も、あなたのものです。念じればいつでも呼び出すことができます」
「いや、待て。父親の許可もなしに、やっていいもんじゃないだろこれ。お前、小学生だろ?」
「あ……あなたを救いたいと思った。それが理由じゃ……ダメですか?」


 その言葉に、彼は頬を赤くした。だが、それと同時に、私では分かりきれない苦しみが、固く握り締めた左手に現れていた。


 その後、父には叱られたが、状況を話せば、すぐに理解してもらうことができた。この時初めて「似非悠治の神具」が誕生したのだった。




────現在、その神具とともに、彼はあった。周辺の霊を倒し、一息ついた大参の目の前に、双剣の片割れがアスファルトを貫通し、突き刺さった。
 電柱の上、人影がある。夜でも、その白い髪の毛は、目立って見える。


「俺と戦え、大参」


 赤い目が光る。こちらは、赤と青の目を光らせた。


「再戦と行こう、似非」


 交わるはずのない双剣は、今ここで火花を散らせる。生きるように、泣くように。

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