君の瞳の中で~We still live~

ザクロ・ラスト・オデン

英雄

────俺は、孤独だった。幼い頃に父も母も無くして、兄弟なんていなくて、親戚の工務店で、働きながら生活していた。仮の家族は暖かかったけど、俺はそれでも、孤独だった。


 8歳の頃だろうか、ある日、工務店に転がり込んできた男の人がいた。どうやら、なにか争いに巻き込まれて傷ついていたようだった。それを見ても、俺は何も思わなかった。幼い頃形成されるべき感情が、俺には作られなかったんだ。


 だが、それを変えてくれたのも、その男の人だった。日本刀を扱い、当時、町を騒がせた亡霊たちを、次々となぎ倒していくその姿は、俺にほんの少しの希望を与えた。


「俺は自分のために戦っている。でもそれが人のためになるならば、もっといい」


 かつて、俺にそう教えてくれた男の人は、気づけば俺の憧れになっていた。


 そんな中、戦いの終わりに、男の人は大切な人を失ったらしい。悲しみの中、その人の遺品で指輪を作ってくれないか、と頼まれ、俺は男の人の指に合う指輪に、大切な人の遺品である琥珀色の石を埋め込んだ。


「自分のために戦うのも、人のために戦うのもいいことだ。しかし、その行いをヒーローのようだと思ってくれる人がいなければ、ただの破滅行為だってある。俺がそうだ」


 指輪をはめたとき、男の人は泣きながらそういった。その中で俺は言ったんだ。


「そんなことはない、俺はあんたをヒーローだと思う」


 その時、微笑み返してくれたその人の笑顔が、今でも脳裏に焼き付く。この時初めて、俺は誰かのヒーローになれたんだ。それと同時に決まった。俺は、だれかのヒーローに、どんな形でもいいからなりたいって。


 そんなヒーローに俺は……近づけたのか?




「どこまでも愚かだな、和仁! 戦うなと言われれば、戦わなければいいというのに!」


 右手で空間を捉え、握りつぶす。その瞬間、その空間は一瞬にして圧縮される。しかし、その空間から和仁はいつの間にかずれていた。紙一重、そのレベルで。
 一部の空間圧縮なら、ほんの一瞬でできる。だが同時に、かわされやすい。そして、この周辺一帯の空間に閉じ込めて圧縮しようにも、これはまた、彼の力で弾かれてしまう。
 ならば、彼の動きをすべて逆にしてしまえばいい……


「ベクトル空間、空間の動きは反転せよ、観測不能アンオブザーバブル空間スペース!」


 流石に、彼自身も避けることはできない。空間の中に囚われた和仁は、上に動こうとしても、下に沈んでいく。どうやってもすべてが逆になる。空間の動きが逆になるならば、俺の能力の場合、体から放出される熱でさえもそうだ。放出されるべき熱は閉じ込められ、次第に体温が上昇し、焼け死ぬ。
 今は殺してでも止めたほうがいい。後になって考えればいい。彼の体は死んだあと、勢いよく回復する。故に彼の体は不死身だ。生命活動が止まったあと、また記憶を完全に封じればいい。
 そうだ、今は有無を言わさず、殺せ。
 安心しきったその時、和仁の口元が動く。その瞬間、空間はまるで叩きつけられたガラスのように、脆く砕け散った。初めに割れた場所に目を凝らすと、ナイフが刺さっている。


「世界の欠片を先に外に出しておいたか。だが、同じ手は通用しない!」
「俺も、同じ手は通用しませんよ、世津さん」


 気づいた頃には、彼はもう俺の後ろに回っていた。空間移動を考えた、だが、考えてから能力を発動させるまでの1秒にも満たない間に、背中から胸にかけて、ナイフが突き出ていた。
 体の動きがまるで、時を止めたかのようだ。顔だけは動くが、それ以外は全くだ。
 この瞳があるならば、どんなことも可能だろう。だが今は、その瞳すら封じられていた。開けているのか、閉じているのかわからない。それでも、この瞳は何も映し出さないんだ。


「何故だ……どうして……同じ世界の欠片を使うというのに、俺が負けなくてはいけないんだ!」


 こんなの、敗北だ。死と同じだ。俺はただ、彼の情で生かされているだけだ。彼が冷酷な人間なら、とっくに俺の首をはねている。屈辱だ、認めない、こんなものは……!


「では、逆に聞きたいのです。どうして俺たちは争わなくちゃいけなかったんですか」


 そう言われてみたら、確かにそうだ。同じ鳩を倒すという目的を持ちながら、どうして俺たちが戦ったのか、言うまでもない。俺の「嫉妬」だ。
 世界の欠片が使えるのは、ヒーローだと思ってた。30の歳で、こんなことを考えるなんて馬鹿らしい。でも、俺はこの力を使える「唯一無二の存在でありたかった」ただそれだけなんだ。
 自分のために戦ったことが、誰かのためになればいいと思った。でも、それは間違えば、ただの自分勝手で、傍から見れば暴走で、誰かの「悪」だった。今まさに、俺はその通りになっている。
 俺が理想にしたあの人が、歩んだ道の通りじゃないか。


「子供の頃、戦うヒーローに憧れた。唯一無二の力があるならば、ヒーローになれると思ってた。でも、現実は甘くない。力を持っても、守れるものは少ないし、失うものの方が多い。幸せな生活を望んだけども、それすら遠い」
「だから、俺が力を持ったら、唯一無二じゃなくなる、ヒーローになれなくなる、そう思ったのですか」


 彼の表情などわからない、淡々と繰り返される質問に、俺はただただ、答えるのみ。


「完全な嫉妬だよ。子供みたいだ、馬鹿みたいだ。未だにヒーローに固執するなんて、こんなのが教授なんて、呆れるだろ? 力なんて、使いようによっては悪だ。まさに俺は今、お前にとっての悪じゃないか」


 目は見えない。それでも確かに、目から頬を伝う何かがあった。


「いいえ、全く。それが子供の頃に描いた理想なら、生きる希望じゃないですか。俺には、どれだけ過去を思い出しても、恨み、復讐、悲しみ、苦しみしかなかった。姉が、母が、俺の事を思ってくれていた。それだけにしか、すがることができなかった」


 だから、世津さんは。それを言って、しばらく言葉を詰まらせた。そして、やっと口を開いたとき、その声は震えていた。


「世津さんは、戦う意味も、生きる意味も、夢も、理想も、あるじゃないですか。だから、ヒーローという理想を追いかけるのは……」


 素晴らしい。その時、二人の声は重なった。和仁は俺に、俺は和仁に、その言葉を告げる。それだけで、俺は和仁の顔が見えなくても、通じ会えた気がした。


「俺は今回、悪役だったようだな。この戦いのヒーローである、和仁にとっては」


 ふぅ、とため息をつく。どうやら、俺の理想は間違いではなかったが、今回は方向性を間違えたらしい。


「負けたというのに、今は、気持ちが爽やかだ」


 和仁はもう、そこにはいないことは、足音から薄々感じ取れた。ただの独り言、負け犬の遠吠え。それでも……


「俺の描いた理想は、間違いじゃなかった。また、ゼロに戻って、ヒーローになろう。今度こそ、みんなの……」


 瞳が、色を取り戻していく。目の前にあるのは、真っ暗な空だった。


「ありがとう、和仁。俺の夢を、否定しないでくれて」


 夢も希望もない、真っ暗な空に、そのつぶやきは無情に消えていった。




「あぁ、達見くん。ちゃんと間違いに気づいて、反省したか。むしろ、希望が見えたようでよかった」


 窓から小さな望遠鏡を覗き込む。青い髪の毛を腰まで伸ばした、エメラルドのような目をした女性。目を離し、安心したようにため息をつくと、こちらを向いた。


「窓をお借りしました。ありがとうございました」
「い……いいえ。それより、あなたは何者なんですか? 先ほどの世津くんと、どこか似た空気を持っていますが」


 その溢れる、周りを屈服させるような覇気に、部屋を貸していた、亮治と怜花は怯えていた。亮治は怜花を自分の後ろに回し、なるべく彼女から遠ざける。


「そんなに怯えないでください。私は味方でも敵でもありません。この戦いを、観戦する者です」


 次の瞬間には、風景は移り変わり、二上神社の境内にいた。


「先ほどの場所は神域ではないですから、身を守るには向かないでしょう。だから、こちらに移動しました」
「ですが、あの家には妻がいるんです、とても置いてはいけません!」
「あら、そうでした?」


 そう言って、彼女はクスクス笑う。


「あなたはご存知ではなかったですか? やけに、この町は静かでしょう。鳩に関係のない人間は、みんな眠っていますよ。死界の術は、死者を蘇らせますが、逆に、生者は死に近い眠りに落ちます。起きていられるのは、神と血が繋がっている者だけでしょう」
「じゃあ、早くこの戦いを終わらせなければ……」
「えぇ、生と死は反転します。事は急がねばならないですよ」


 それだけ言うと、まるで、その場に最初からいなかったかのように、何も残さず消えてしまった。まるで、止まった時の中にいたかのようだ。
 息がずっと、止まっていたかのように、呼吸は乱れている。今のは一体、なんだったのか。
ガラリ、と音を立てて、扉が空く。そこには二上隆平の妻、朱音がいた。


「亮治さん! 大丈夫だったんですね!」
「朱音さん、お久しぶりです。ここは、やはり空気が違いますね」


 朱音に招かれ、怜花と亮治は、家の中に入った。さらに、ひんやりとした空気は改善されている。


「ここは神社、二神様のいる場所。やはり、神の加護です」
「そうなのですね……」


 部屋に通される。すると、奥で寝息を立てて眠っている子供がいた。その子を見て、朱音はふふっと上品に、でも嬉しそうに笑った。


「肝が据わっているのですよ、この子は」
「娘さん、でしたか」
「えぇ、6歳で可愛いさかりですよ。私は、この子を守るだけで精一杯です。隆平さんの助けになれることなんて、何もしてあげられない……」


 その顔に、暗い影を落とす。亮治、そっと、彼女の手を取った。ふっと、朱音は顔を上げる。朱音にはまるでその顔が、失った父親のように思えた。


「ならば、どうか怜花だけでも守ってくれませんか。その代わりに、僕が二上さんを助けに行きます」
「でも、亮治さんあなたは……」
「わかっていますよ、それでも、この右手が、伸ばせる限り」


 握っていたその右手を離し、亮治は壁につけた。


「この家が、何があっても、守られますよう」


 右腕が光り輝き、壁に伝わり、家中に光の波紋が広がる。


「僕に出来ることは、これだけです。どうか、お願いしますね」


 そして、最後に、亮治は怜花を強く抱きしめる。


「お父さん……戦うの?」
「お兄ちゃんだって、和仁くんだって、朱音さんだって戦うんだ。もちろん、きっと、悠治も。だから、僕が戦えないから戦わないわけにはいかない。僕は僕の役目を果たすよ」


 その手を離し、見つめ合い、無言の別れを告げる。それが一瞬であっても、永遠であっても。


神社の外に出た亮治は、神経を集中させる。


「借りるよ、義仁」


 その手には、さっきまでなかったリボルバーと、弾丸があった。メガネを外し、弾をこめ、リボルバー片手に歩き出す。
 夜は長く、一向に明ける気配などない。月さえない真っ暗な夜、その目の赤が煌々と輝いていた。


「君が命をかけて守ったものを、僕が守らないわけにいかない」



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